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事件 平成 26年 (ワ) 11557号 損害賠償請求事件
原告 株式会社クローバー
同訴訟代理人弁護士 西博生
同補佐人弁理士 鈴木由充
被告 株式会社LEC
同訴訟代理人弁護士 松本司
同 田上洋平
同訴訟代理人弁理士 森脇正志
同補佐人弁理士 繁雅裕
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2015/10/26
権利種別 意匠権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,1151万6206円及びこれに対する平成26年1 2月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要等
1 事案の概要 本件は,ロッカー用ダイヤル錠付き把手の意匠権を有していた原告が,被告 が販売する製品に係る意匠が原告の意匠権に係る意匠と類似し,原告の意匠権 を侵害すると主張して,被告に対し,意匠権侵害の不法行為に基づく損害賠償 請求として,平成25年4月1日から平成26年11月30日までの損害賠償 金1151万6206円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26 年12月12日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金 の支払を求めた事案である。
なお,原告の有する意匠権の存続期間は,平成26年12月17日に満了し ている。
2 前提事実(争いのない事実並びに証拠及び弁論の全趣旨により容易に認めら れる事実) (1) 原告は,合い鍵用鍵材,各種の錠などの製造,販売を目的とする株式会社 である。
被告は,電気工事,ロッカーの販売,設置等を目的とする株式会社である。
(2) 原告は,次の意匠権(以下「本件意匠権」といい,その登録意匠を「本件 意匠」という。)を有しており(甲1,2),意匠公報に掲載された図面は, 別紙意匠図面のとおりである(甲3)。
登録番号 意匠登録第1065351号 出願番号 意願平10-30515号 出願日 平成10年10月20日 登録日 平成11年12月17日 意匠に係る物品 ロッカー用ダイヤル錠付き把手 (3) 類似意匠 本件意匠には,次の類似意匠(以下「本件類似意匠」という。)が登録さ れており(甲1,4),意匠公報に掲載された図面は,別紙類似意匠図面の とおりである(甲5)。
登録番号 意匠登録第1065351号の類似意匠登録第1号 出願番号 意願平10-35879号 出願日 平成10年12月11日 登録日 平成11年12月17日 意匠に係る物品 ロッカー用ダイヤル錠付き把手 (4) 被告の行為 被告は,業として,「Myプラロッカー」の商品名で,別紙被告製品目録 及び別紙「つまみ及び周辺部分の拡大図」に記載のロッカー用ダイヤル錠付 き把手(以下「被告製品」といい,同製品に係る意匠を「被告意匠」とい う。)が組み込まれたセキュリティBOX及びパーソナルロッカーを販売し ている。
3 争点 (1) 被告意匠は本件意匠と類似するか。
(2) 原告の損害額
争点に関する当事者の主張
1 被告意匠は本件意匠と類似するか(争点1) 【原告の主張】 (1) 本件意匠の構成 ア 基本的構成態様 本件意匠は,手がかり部を有する筐体にダイヤル錠が一体に組み込まれ たものであり,基本的構成態様は次のとおりである。
(ア) 筐体は,前面部と本体部とを一体に備えている。
a 前面部の外形は正面から見て縦に長い矩形状である。
b 本体部は前面部の後方へ突き出ており,ラッチとデッドボルトと が突出する。
(イ) 手がかり部は,前面部において開口する凹部よりなる。
(ウ) ダイヤル錠は,手がかり部と横並びに配置されている。
(エ) ダイヤル錠は,前面プレート上にダイヤル操作部とつまみとが配置さ れてなるものである。
イ 具体的構成態様 (ア) 筐体 前面部の上端部位置に横に長い矩形状の名札入れが設けられている。
(イ) 手がかり部 a 手がかり部の凹部は,前面部における開口部分が縦に長い矩形状で ある。
b 前面部における開口部分は,幅がダイヤル錠の前面プレートの幅よ りやや短く,長さが前面プレートの長さよりやや短い矩形状である。
(ウ) ダイヤル錠 a ダイヤル錠の前面プレートは縦に長い矩形状であり,その幅中央部 に僅かに盛り上がる縦に長い突部を有する。
b ダイヤル操作部は,突部の位置に4個のダイヤルが突部の長さ方向 に沿って一定の間隔ごとに整列配置されてなる。
c 各ダイヤルは,横向きであって突部と直交している。
d つまみは,突部の上方位置であって4個のダイヤルの列上に配置さ れている。
e つまみは,正面から見た形状が円形であり,直径は各ダイヤルの幅 とほぼ一致している。
f つまみは,直径に沿って突出する操作部を有する。
ウ 要部 本件意匠の要部は,正面側から見た筐体の形状に加えて,手がかり部及 びダイヤル錠(ダイヤル操作部を構成する4個のダイヤルとつまみ)の 形状と配置とにあり,具体的には,縦に長い矩形状の手がかり部を有す る縦に長い矩形状の筐体の前面部に,手がかり部の前面部における開口 部分と横並びに縦に長いダイヤル錠が組み付けられると共に,ダイヤル 操作部を構成する4個のダイヤルとつまみとが縦並びに配置されている 構成態様にある。
名札入れは,本件類似意匠にはないものであり,本件意匠と本件類似意 匠との共通点を考慮したとき,本件意匠の要部を構成するものではない。
(2) 被告意匠の構成 ア 基本的構成態様 被告意匠は,手がかり部1を有する筐体2にダイヤル錠3が一体に組み 込まれたものであり,その基本的構成態様は次のとおりである。
(ア) 筐体2は,前面部4と本体部5とを一体に備えている。
a 前面部4の外形は正面から見て縦に長い矩形状である。
b 本体部5は前面部4の後方へ突き出ており,ラッチ6とデッドボル ト7とが突出する。
(イ) 手がかり部1は,前面部4において開口する凹部よりなる。
(ウ) ダイヤル錠3は,手がかり部1と横並びに配置されている。
(エ) ダイヤル錠3は,前面プレート8上にダイヤル操作部9とつまみ10 とが配置されてなるものである。
イ 具体的構成態様 (ア) 手がかり部1 a 手がかり部1の凹部は,前面部4における開口部分11が縦に長い 矩形状である。
b 前面部4における開口部分11は,幅がダイヤル錠3の前面プレー ト8の幅とほぼ一致し,長さが前面プレート8の長さとほぼ一致す る矩形状である。
(イ) ダイヤル錠3 a ダイヤル錠3の前面プレート8は縦に長い矩形状であり,その幅 中央部に僅かに盛り上がる縦に長い突部12を有する。
b ダイヤル操作部9は,突部12の位置に4個のダイヤル13が突部 12の長さ方向に沿って一定の間隔ごとに整列配置されている。
c 各ダイヤル13は,横向きであって突部12と直交している。
d つまみ10は,突部12の上方位置であって4個のダイヤル13の 列上に配置されている。
e つまみ10は,正面から見た形状が円形であり,直径は各ダイヤル 13の幅とほぼ一致している。
f つまみ10は,外周面に凹凸のある操作部14を有する。
(3) 本件意匠と被告意匠の類否 ア 共通点 被告意匠を本件意匠と対比すると,本件意匠の要部を含む全体の共通点 は,以下のとおりである。
(ア) 基本的構成態様の共通点 a 筐体2は,前面部4と本体部5とを一体に備えている。
(a) 前面部4の外形は正面から見て縦に長い矩形状である。
(b)本体部5は前面部4の後方へ突き出ており,ラッチ6とデッドボ ルト7とが突出する。
b 手がかり部1は,前面部4において開口する凹部よりなる。
c ダイヤル錠3は,手がかり部1と横並びに配置されている。
d ダイヤル錠3は,前面プレート8上にダイヤル操作部9とつまみ1 0とが配置されてなるものである。
(イ) 具体的構成態様の共通点 a 手がかり部1 (a) 手がかり部1の凹部は,前面部4における開口部分11が縦に長 い矩形状である。
(b) ダイヤル錠3 @ ダイヤル錠3の前面プレート8は縦に長い矩形状であり,その 幅中央部に僅かに盛り上がる縦に長い突部12を有する。
A ダイヤル操作部9は,突部12の位置に4個のダイヤル13が 突部12の長さ方向に沿って一定の間隔ごとに整列配置されてな る。
B 各ダイヤル13は,横向きであって突部12と直交している。
C つまみ10は,突部13の上方位置であって4個のダイヤル1 3の列上に配置されている。
D つまみ10は,正面から見た形状が円形であり,直径は各ダイ ヤル13の幅とほぼ一致している。
イ 差異点 (ア) 基本的構成態様の差異点 被告意匠は本件意匠と基本的構成態様において差異はない。
(イ) 具体的構成態様の差異点 a 本件意匠では,筐体の前面部の上端部位置に横に長い矩形状の名札 入れが設けられているが,被告意匠では,そのような名札入れは設け られていない(以下「差異点1」という。)。
b 本件意匠では,手がかり部の前面部における開口部分は,幅がダイ ヤル錠の前面プレートの幅よりやや短く,長さが前面プレートの長さ よりやや短い矩形状であるのに対し,被告意匠では,手がかり部1の 前面部4における開口部分11は,幅がダイヤル錠3の前面プレート 8の幅とほぼ一致し,長さが前面プレート8の長さとほぼ一致する矩 形状である(以下「差異点2」という。)。
c 本件意匠では,つまみは直径に沿って突出する操作部を有している のに対し,被告意匠では,つまみ10は外周面に凹凸のある操作部1 4を有している(以下「差異点3」という。)。
ウ まとめ 名札入れの有無は,手がかり部とダイヤル錠との位置関係に影響を与えるものではなく,手がかり部とダイヤル錠とがバランス良く整然と配置さ れているという印象を変更するものではない。したがって,差異点1は, 上記した共通点を凌駕するほどの影響を看者に及ぼすものではない。
また,本件意匠と被告意匠との手がかり部の大きさにおける差異も,手 がかり部とダイヤル錠との位置関係に影響を与えるものではなく,手がか り部とダイヤル錠とがバランス良く整然と配置されているという印象を変 更するほどのものではない。したがって,差異点2も,上記した共通点を 凌駕するほどの影響を看者に及ぼすものではない。
なお,本件類似意匠は,本件意匠における名札入れに相当する構成がな く,また,手がかり部の構成態様も被告意匠と一致するものである。
次に,本件意匠と被告意匠とのつまみの操作部における差異を検討する に,被告意匠のつまみ10の形態はありふれており,その上,正面から見 た形状が共に円形である点で一致し,その径もダイヤルの幅とほぼ一致す る点で差異がない。つまみの操作部の差異は,手がかり部とダイヤル錠と の位置関係に何ら影響を与えるものではなく,また,手がかり部とダイヤ ル錠とがバランス良く整然と配置されているという印象を変更するもので はない。したがって,差異点3も上記した共通点を凌駕するほどの影響を 看者に及ぼすものではない。
以上のとおりであるから,本件意匠と被告意匠とは,差異点の存在にか かわらず,全体として,看者に対して共通の美感を与えるものであると認 められ,被告意匠は本件意匠及びこれに類似する意匠の範囲に含まれるも のである。
(4) 被告の主張に対する反論 ア 名札入れは,基本的構成態様ではない。
名札入れは,ロッカー用ダイヤル錠付き把手の付加的な構成要素であっ て,本件意匠の骨格をなす形態を構成するものではない。また,本件類似 意匠に名札入れは存在しない。
イ 本件意匠の出願時における公知意匠にもつまみは存在することから, つまみはそれ単独で要部を構成するものではない。
また,使用の際に操作するために視認するのはつまみだけではなく,4 個のダイヤルも手がかり部も同様であり,被告の主張は当を得ない。
ウ 本件意匠登録出願時に既に存した公知意匠(甲10ないし12。意匠 登録第482793号,同号の類似1及び第1029249号に係る各 意匠公報)を参酌し,本件意匠と共通する点を考慮すると,本件意匠の 要部は,正面側から見た筐体の形状や,手がかり部及びダイヤル錠の形 状だけでなく,こうした構成部分を組み合わせた配置の仕方も含むもの であり,こうした配置が生み出す美感が新規であると判断されて本件意 匠登録に至ったものであって,つまみ及びその周辺部の形状や構成態様 だけが本件意匠の要部を構成するというものではない。本件意匠出願時, 各構成要素が集まって一つのまとまりのある意匠を構成している公知意 匠は存在せず,その点に特徴を有し,新規性があったからこそ,本件意 匠の登録が認容されたのである。
この点について,被告は,後願意匠の参酌を主張するが,参酌すべき は公知意匠であり,後願意匠を参酌することはできない。
エ 鍵穴を有するダイヤル錠は,本件意匠の出願当時一般に知られており, 格別需要者の注意を惹くというものではなかった。また,この鍵穴は, 需要者が解錠符号列を忘れてしまったときなどに,管理者により応急処 理的に使用されるものであり,需要者がこの鍵穴へ鍵を挿入して操作す ることはないから,需要者の注意を惹くということはない。
【被告の主張】 (1) 本件意匠の構成態様 ア 基本的構成態様 本件意匠は,手がかり部を有する筐体にダイヤル錠が一体に組み込まれ たものであることは認める。
原告の主張(1)ア(ア)ないし(エ)は認める。
ただし,(ア)cとして,「前面部の上端部位置に横に長い矩形状の名札 入れが設けられている」点も,基本的構成態様に加えるべきである。
イ 具体的構成態様 原告の主張(1)イ(ア)は否認する。名札入れは,基本的構成態様に当たり, その具体的構成態様としては,「名札入れは,前面部上縁に達する扁平な 直方体状の凹部が形成されると共に,当該凹部の左右に溝が形成されてい る。」,「名札入れの上下長さは前面部の上下長さの約5分の1を占め る」とすべきである。
同(イ)aは認める。
同(イ)bは否認する。
bは,「前面部における開口部分の幅は,ダイヤル錠の前面プレートの 幅より狭く,前面プレートの約6割の幅であり,長さも前面プレートより 短く,前面プレートの約9割の長さである。」とすべきである。
同(ウ)aは否認する。
aは,「ダイヤル錠の前面プレートは縦に長い矩形状であり,その幅中 央部に僅かに盛り上がる縦に長い突部を有し,該突部の中央には棒状の印 が描かれている。」とすべきである。
同(ウ)bは認める。
同(ウ)cは否認する。
cは,「各ダイヤルは,前面プレートに設けられた開口部から突出した 外周面の長手方向が突部と直行するように,かつ,ダイヤル中央部の前面 プレートからの突出高さが突部と同一の高さとなるように設けられてい る。」とすべきである。
同(ウ)dないしfは認める。
同(ウ)には,次の具体的構成を追加すべきである。
g つまみは,前面プレートに埋設された円筒形の基底部と,当該基底 部の直径に沿って突出する略直方体状の操作部とを有し,操作部は, 基底部に向かって滑らかな凹面を形成するように基底部と一体成型さ れている。
h つまみの操作部には,正面に突出する面の上端部付近から基底部に 至る棒状の印が描かれている。
i 正面視におけるつまみの右上約45度の方向及び左上約45度の方 向には,それぞれ,先端を基底部の外周に接する矢尻状の印が描かれ ている。
ウ 要部 手がかり部,ダイヤル操作部及びつまみの配置は,後願意匠(乙6ない し8,意匠登録第1355146号,同第1442053号,同第149 9492号)にも見られる構成であり,ありふれたものである。他方,名 札入れは,正面視において約5分の1という相当大きな面積を占めている ことから,看者の注意を惹く部分であり,意匠の要部を構成する。また, つまみ及びその周辺部は,毎回つまみを操作するために視認する部位であ り,看者の注意を強く惹く部分である。したがって,本件意匠の要部は, 名札入れ,つまみ及びその周辺部である。
(2) 被告意匠の構成態様 ア 基本的構成態様 被告意匠は,手がかり部1を有する筐体2にダイヤル錠3が一体に組み 込まれたものであることは認める。
原告の主張(2)ア(ア)ないし(エ)は認める。
イ 具体的構成態様 原告の主張(2)イ(ア)のaは認める。
同(ア)のbは否認する。
bは,「前面部4における開口部分11の幅は,ダイヤル錠3の前面プ レート8の幅より狭く,前面プレート8の約8割の幅であり,長さが前面 プレート8の長さとほぼ一致する矩形状である。」とすべきである。
同(ア)には,更に次の具体的構成を追加すべきである。
c 手がかり部1の凹部は,正面視右内側面は背面に向かって中央に向 かい緩やかに傾斜すると共に,当該傾斜の右開口始端部には段差が形 成されている。
同(イ)のaは認める。
同(イ)のbは認める。
同(イ)のcは否認する。
cは,「各ダイヤル13は,前面プレート8に設けられた開口部から突 出した外周面の長手方向が突部12と直交するように設けられており,ダ イヤル13中央部の前面プレートからの突出高さは突部12の高さの約2 倍である。」とすべきである。
同(イ)のdないしfは認める。
同(イ)には,次の具体的構成を追加すべきである。
g つまみ10は,円筒形状の底部が正面に対して突出しており,当 該底部の中心部に鍵穴15を備えている。
h つまみ10の上方に円弧状の切り欠き部16を備え,切り欠き部 16の両端付近から左右に矢印17が伸びると共に,正面視右側の 矢印17の先端には解放された錠前の印18が施され,正面視左側 の矢印17の先端には閉鎖された錠前の印19が施されている。
i 上記解放された錠前の印18は緑色,上記閉鎖された錠前の印1 9は赤色に着色されている。
(3) 本件意匠と被告意匠の類否 本件意匠と被告意匠とを対比すると,以下のとおり,被告意匠は,本件意匠と,要部における差異(差異点1,4)や,看者に相当程度の印象を与える差異点を有し,美観を異にするものであるから,本件意匠とは類似しない。
ア 基本的構成態様における差異点 本件意匠では,筐体の前面部の上端部位置に横に長い矩形状の名札入れ が設けられているが,被告意匠では,名札入れは設けられていない(差異 点1)。
イ 具体的構成態様における差異点 (ア) 本件意匠では,手がかり部の前面部における開口部分は,幅がダイヤ ル錠の前面プレートの幅の約6割であり,長さが前面プレートの長さの 約9割である矩形状であるのに対し,被告意匠では,手がかり部1の前 面部4における開口部分11は,幅がダイヤル錠3の前面プレート8の 約8割であり,長さが前面プレート8の長さとほぼ一致する矩形状であ り,かつ,手がかり部1の凹部は正面視右内側面は背面に向かって中央 に向かい緩やかに傾斜すると共に,当該傾斜の右開口始端部には段差が 形成されている点(差異点2)。
(イ) 本件意匠におけるダイヤル錠の前面プレートに設けられた突部はダイ ヤル中央部の前面プレートからの突出高さと同一の高さとなっているの に対し,被告意匠では,前面プレート8に設けられた突部12の高さは, ダイヤル13に対して約2分の1の高さである点(差異点3)。
(ウ) 本件意匠では,つまみは,前面プレートに埋設された円筒形の基底部 と,当該基底部の直径に沿って突出する略直方体状の操作部とを有し, 操作部は基底部に向かって滑らかな凹面を形成するように基底部と一体 成型されており,操作部には,正面に突出する面の端部付近から基底部 に至る棒状の印が描かれており,正面視におけるつまみの右上約45度 の方向及び左上約45度の方向には,それぞれ,先端を基底部の外周に 接する矢尻状の印が書かれているのに対し,被告意匠では,つまみは, 外周面に凹凸のある操作部14を有し,円筒形状の底部が正面に対して 突出しており,当該底部の中心部に鍵穴15を備えており,上方に円弧 状の切り欠き部16を備え,切り欠き部16の両端付近から左右に矢印 17が伸びると共に,正面視右側の矢印17の先端には解放された錠前 の印18が施され,正面視左側の矢印17の先端には閉鎖された錠前の 印19が施されており,上記解放された錠前の印18の模様は緑色,上 記閉鎖された錠前の印19は赤色に着色されている点(差異点4)。
(4) 原告は,筐体の形状,手がかり部及びダイヤル錠の形状を組み合わせた配 置の仕方が本件意匠の要部であると主張する。しかし,要部は前記のとおり, 名札入れとつまみ及びその周辺部であり,その余はありふれたものであり, 要部とはなり得ない。
仮に,要部についての原告の主張を前提としても,本件意匠において大き な割合を占める名札入れの有無,原告が要部であると主張する手がかり部の 差異及びダイヤル部の差異に,看者の注意を強く惹くつまみ及びその周辺部 の差異からすれば,要部において差異がなかったとしても,その差異は共通 点の有する美感を凌駕するものであり,全体として本件意匠と被告意匠は類 似しない。特に,本件意匠からは,被告意匠が有する「つまみにおける鍵穴 の存在による,一つの部品に二つの機能が融合されていることによる機能的 な美感」は生じない。よって,原告の主張には理由がない。
2 原告の損害額(争点2)【原告の主張】 被告は遅くとも平成25年4月1日から平成26年11月30日までの1 年8か月間にわたって被告製品を販売しており,その販売数は,少なくと も1年間に1万個,通算で1万6666個である。
原告は,原告製品を年間12万個以上製造・販売できるが,平成25年7 月21日から平成26年7月20日までの間の製造・販売数量は,11万8 155個,売上は1億5397万9450円,利益は8167万7501円 (利益率53%),原告製品の1個当たりの利益額は691円であった。
よって,原告は,被告製品の販売により,少なくとも1151万6206 円(691円×1万6666個)の損害を受けた。
【被告の主張】 争う。
争点に対する当裁判所の判断
1 争点1(被告意匠は本件意匠と類似するか)について (1) 前提事実(2),(4)のとおり,被告意匠と本件意匠の「意匠に係る物品」は 同一である。
(2) 本件意匠の構成 証拠(甲2及び3)及び弁論の全趣旨によれば,本件意匠の構成は以下の とおりと認められる。
ア 基本的構成態様 本件意匠は,手がかり部及び名札入れを有する筐体にダイヤル錠が一体 に組み込まれたものであり,基本的構成態様は次のとおりである。
(ア) 筐体は,前面部と本体部とを一体に備えている。
a 前面部の外形は正面から見て縦に長い矩形状である。
b 本体部は前面部の後方へ突き出ており,ラッチとデッドボルトとが 突出する。
(イ) 手がかり部は,前面部において開口する凹部よりなる。
(ウ) ダイヤル錠は,手がかり部と横並びに配置されている。
(エ) ダイヤル錠は,前面プレート上にダイヤル操作部とつまみとが配置さ れてなるものである。
(オ) 名札入れは,前面部の上端部位置に横に長い矩形状に設けられている。
イ 具体的構成態様 (ア) 手がかり部 a 手がかり部の凹部は,前面部における開口部分が縦に長い矩形状で ある。
b 前面部における開口部分の幅は,ダイヤル錠の前面プレートの幅よ り狭く,前面プレートの約6割の幅であり,長さも前面プレートより 短く,前面プレートの約9割の長さである。
c 手がかり部の凹部は,正面視右内側面は背面に向かって中央に向か い緩やかに傾斜している。
(イ) ダイヤル錠 a ダイヤル錠の前面プレートは縦に長い矩形状であり,その幅中央部 に僅かに盛り上がる縦に長い突部を有し,該突部の中央には棒状の印 が描かれている。
b ダイヤル操作部は,突部の位置に4個のダイヤルが突部の長さ方向 に沿って一定の間隔ごとに整列配置されてなる。
c 各ダイヤルは,横向きであって,前面プレートに設けられた開口部 から突出した外周面の長手方向が突部と直交するように,かつ,ダイ ヤル中央部の前面プレートからの突出高さが突部と同一の高さとなる ように設けられている。
d つまみは,突部の上方位置であって4個のダイヤルの列上に配置さ れている。
e つまみは,正面から見た形状が円形であり,直径は各ダイヤルの幅 とほぼ一致している。
f つまみは,直径に沿って突出する操作部を有する。
g つまみは,前面プレートに埋設された円筒形の基底部と,当該基底 部の直径に沿って突出する略直方体状の操作部とを有し,操作部は, 基底部に向かって滑らかな凹面を形成するように基底部と一体成型さ れている。
h つまみの操作部には,正面に突出する面の上端部付近から基底部に 至る棒状の印が描かれている。
i 正面視におけるつまみの右上約45度の方向及び左上約45度の方 向には,それぞれ,先端を基底部の外周に接する矢尻状の印が描かれ ている。
(ウ) 名札入れ a 名札入れは,前面部上縁に達する扁平な直方体状の凹部が形成され ると共に,当該凹部の左右に溝が形成されている。
b 名札入れの上下長さは前面部の上下長さの約16.4%である。
ウ 原告は,名札入れは基本的構成態様に当たらないと主張するが,名札入 れは,本件意匠に係る物品の使用者を提示するためのものであり,つまみ やダイヤル錠等,他の構成態様とは異なる独自の機能を有し,それらとは 独立に設けられた構成であり,正面視で,前面部全体の10%程度 の大 きさを占めるものであること(甲2,甲3,弁論の全趣旨)も考慮すると, 本件意匠に係る基本的な骨格に相当する部分というべきであり,基本的構 成態様に当たるとするのが相当である。
(3) 被告意匠の構成 ア 基本的構成態様 被告意匠は,手がかり部1を有する筐体2にダイヤル錠3が一体に組み 込まれたものであり,その基本的構成態様は次のとおりである。
(ア) 筐体2は,前面部4と本体部5とを一体に備えている。
a 前面部4の外形は正面から見て縦に長い矩形状である。
b 本体部5は前面部4の後方へ突き出ており,ラッチ6とデッドボル ト7とが突出する。
(イ) 手がかり部1は,前面部4において開口する凹部よりなる。
(ウ) ダイヤル錠3は,手がかり部1と横並びに配置されている。
(エ) ダイヤル錠3は,前面プレート8上にダイヤル操作部9とつまみ10 とが配置されてなるものである。
イ 具体的構成態様 (ア) 手がかり部1 a 手がかり部1の凹部は,前面部4における開口部分11が縦に長い 矩形状である。
b 前面部4における開口部分11の幅は,ダイヤル錠3の前面プレー ト8の幅より狭く,前面プレート8の約8割の幅であり,長さが前面 プレート8の長さとほぼ一致する。
c 手がかり部1の凹部は,正面視右内側面は背面に向かって中央に向 かい緩やかに傾斜すると共に,当該傾斜の右開口始端部には段差が形 成されている。
(イ) ダイヤル錠3 a ダイヤル錠3の前面プレート8は縦に長い矩形状であり,その幅中 央部に僅かに盛り上がる縦に長い突部12を有する。
b ダイヤル操作部9は,突部12の位置に4個のダイヤル13が突部 12の長さ方向に沿って一定の間隔ごとに整列配置されている。
c 各ダイヤル13は,横向きであって,前面プレート8に設けられた 開口部から突出した外周面の長手方向が突部12と直交するように設 けられており,ダイヤル13中央部の前面プレートからの突出高さは 突部12の高さの約2倍である。
d つまみ10は,突部12の上方位置であって4個のダイヤル13の 列上に配置されている。
e つまみ10は,正面から見た形状が円形であり,直径は各ダイヤル 13の幅とほぼ一致している。
f つまみ10は,外周面に凹凸のある操作部14を有する。
g つまみ10は,円筒形状の底部が正面に対して突出しており,当該 底部の中心部に鍵穴15を備えている。
h つまみ10の上方に円弧状の切り欠き部16を備え,切り欠き部1 6の両端付近から左右に矢印17が伸びると共に,正面視右側の矢印 17の先端には解放された錠前の印18が施され,正面視左側の矢印 17の先端には閉鎖された錠前の印19が施されている。
i 上記解放された錠前の印18は緑色,上記閉鎖された錠前の印19 は赤色に着色されている。
(4) 本件意匠と被告意匠との対比 ア 共通点 (ア) 基本的構成態様の共通点 a 筺体に手がかり部とダイヤル錠が一体に組み込まれたものである。
b 筐体は,前面部と本体部とを一体に備えている。
c 前面部の外形は正面から見て縦に長い矩形状である。
d 本体部は前面部の後方へ突き出ており,ラッチとデッドボルトとが 突出する。
e 手がかり部は,前面部において開口する凹部よりなる。
f ダイヤル錠は,手がかり部と横並びに配置されている。
g ダイヤル錠は,前面プレート上にダイヤル操作部とつまみとが配置 されてなるものである。
(イ) 具体的構成態様の共通点 a 手がかり部 (a) 手がかり部の凹部は,前面部における開口部分が縦に長い矩形状 である。
(b) 手がかり部の凹部は,正面視右内側面は背面に向かって中央に向 かい緩やかに傾斜している。
b ダイヤル錠 (a) ダイヤル錠の前面プレートは縦に長い矩形状であり,その幅中央 部に僅かに盛り上がる縦に長い突部を有している。
(b) ダイヤル操作部は,突部の位置に4個のダイヤルが突部の長さ方 向に沿って一定の間隔ごとに整列配置されてなる。
(c) 各ダイヤルは,横向きであって,前面プレートに設けられた開口 部から突出した外周面の長手方向が突部と直交するように設けられ ている。
(d) つまみは,突部の上方位置であって4個のダイヤルの列上に配置 されている。
(e) つまみは,正面から見た形状が円形であり,直径は各ダイヤルの 幅とほぼ一致している。
イ 相違点 (ア) 基本的構成態様の相違点 本件意匠では,筺体の前面部の上端部位置に横に長い矩形状の名札入 れが設けられているのに対し,被告意匠では,名札入れが設けられてい ない。
(イ) 具体的構成態様の相違点 a 手がかり部 (a) 本件意匠では,前面部における開口部分の幅は,ダイヤル錠の前 面プレートの幅より狭く,前面プレートの約6割の幅であり,長さ も前面プレートより短く,前面プレートの約9割の長さであるのに 対し,被告意匠では,前面部4における開口部分11の幅は,ダイ ヤル錠3の前面プレート8の幅より狭く,前面プレート8の約8割 の幅であり,長さが前面プレート8の長さとほぼ一致する。
(b) 被告意匠では,手がかり部の凹部の傾斜の右開口始端部には段差 が形成されているのに対し,本件意匠ではそのような段差が設けら れていない。
b ダイヤル錠 (a) 本件意匠では,ダイヤル錠の突部の中央には棒状の印が描かれて いるのに対し,被告意匠ではそのような印が描かれていない。
(b) 本件意匠では,ダイヤル中央部の前面プレートからの突出高さが 突部と同一の高さとなるように設けられているのに対し,被告意匠 では,ダイヤル13中央部の前面プレートからの突出高さは突部1 2の高さの約2倍である。
(c) 本件意匠では,つまみは,@直径に沿って突出する操作部を有し, A前面プレートに埋設された円筒形の基底部と,当該基底部の直径 に沿って突出する略直方体状の操作部とを有し,操作部は,基底部 に向かって滑らかな凹面を形成するように基底部と一体成型されて おり,Bつまみの操作部には,正面に突出する面の上端部付近から 基底部に至る棒状の印が描かれており,C正面視におけるつまみの 右上約45度の方向及び左上約45度の方向には,それぞれ,先端 を基底部の外周に接する矢尻状の印が描かれているのに対し,被告 意匠では,つまみ10は,@外周面に凹凸のある操作部14を有し, A円筒形状の底部が正面に対して突出しており,当該底部の中心部 に鍵穴15を備えており,Bつまみ10の上方に円弧状の切り欠き 部16を備え,切り欠き部16の両端付近から左右に矢印17が伸 びると共に,正面視右側の矢印17の先端には解放された錠前の印 18が施され,正面視左側の矢印17の先端には閉鎖された錠前の 印19が施されており,C上記解放された錠前の印18は緑色,上 記閉鎖された錠前の印19は赤色に着色されている。
c 名札入れ 本件意匠では,名札入れは,前面部上縁に達する扁平な直方体状の 凹部が形成されると共に,当該凹部の左右に溝が形成されており,上 下長さは前面部の上下長さの約16.4%であるのに対し,被告意匠 では名札入れが設けられていない。
(5) 本件意匠と被告意匠の類似性について ア 意匠の類否は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うも のであるところ(意匠法24条2項),その場合には,需要者の注意を惹 く構成,すなわち要部がどこであるかを,意匠に係る物品の性質や使用態 様,公知意匠等を参酌して把握し,登録意匠と対象となる意匠とが要部に おいて構成態様を共通にするか否かを中心に観察して,両意匠が全体とし て美感を共通にするか否かによって判断すべきものである。
イ 本件意匠に係る物品はロッカー用ダイヤル錠付き把手であるから,その 需要者は,ロッカーを購入して設置する者であるが,設置者は使用者の使 いやすさ等を勘案してロッカーを選択するものであるし,設置者の中には 自らロッカーを使用する者も相当程度存すると考えられるから,使用者の 立場に立って観察すべきものである。そして,本件意匠に係る物品は,ロ ッカーに取り付けられて使用されるものであり,その側面や背面はロッカ ーに埋め込まれて見えない状態になることからすると,需要者は,その正 面視での形状に関心を持つものと認められる。そこで,以下,正面視での 形状における需要者の注意を惹く構成を検討する。
ウ まず,本件意匠の基本的構成態様のうち,正面視略縦長長方形のプレー トに,つまみとダイヤル操作部と手がかり部が設けられる構成は,公知意 匠(甲10。意匠登録第482793号に係る意匠公報)に見られるもの であり,また,ロッカーに必要に応じて名札入れを設けることは以前から よく行われていることであることからすると,それらの部位を設けたこと は,需要者の注意を惹く構成であるとは認められない。
次に,原告は,本件意匠の正面視における,つまみ,ダイヤル操作部及 び手がかり部の配置が要部であると主張する。確かに,本件意匠において は,正面視で,右側に手がかり部,左側上部につまみ,左側下部にダイヤ ル操作部が配置されており,本件で提出された公知意匠においては,それ らの要素を本件意匠のように配置したものは存在しない。しかし,つまみ は施錠及び解錠操作に,ダイヤル操作部は暗証番号の設定に,手がかり部 は扉の開閉において,それぞれ機能するもので(甲2),それぞれがまと まった部位を構成するものであるところ,これらの部位を長方形状の筺体 前面部に収まるように配置する場合,その態様には自ずと制限があり,本 件意匠における前記配置は,上記三つの部位が筺体前面部内に収まるよう に配置したという以上に,格別特徴的なものということはできないことか らすると,その配置関係自体が需要者の注意を惹くとは認め難く,このこ とは名札入れの配置を考慮しても同様である。したがって,原告の上記主 張は採用できず,各部位の配置が需要者の注意を惹く構成であるとは認め られない。そして,このことは,本件意匠と基本的構成態様を同じくする 後願意匠が複数登録されていること(乙6ないし8,意匠登録第1355 146号,同第1442053号,同第1499492号)にも沿うもの である。
以上からすると,本件意匠の基本的構成態様は,要部であるとは認めら れない。
エ 次に,各部位の具体的構成態様について検討する。
(ア) 手がかり部については,公知意匠として,本件意匠の手がかり部と同 様の形状の手がかり部を有する家具用引手が存したと認められること (乙1,意匠登録第607053号意匠公報)からすると,この点に需 要者の注意が惹かれるとは認められない。なお,これらの上記公知意匠は,家具用引手に関するものであるが,家具用引手はロッカー用把手としての用途も備えるから,上記公知意匠は参酌することができるものである。
(イ) ダイヤル錠のうちのダイヤル操作部については,公知意匠として,つ まみの横に4桁のダイヤルが正面視横方向に配置されている符号錠装置 が存したと認められること(甲20。特開平6-221037号公開特 許公報)からすると,4桁のダイヤルを縦方向に配置した本件意匠のダ イヤル操作部の構成に需要者の注意が惹かれるとは認められない。
(ウ) ダイヤル錠のうちのつまみ及びその周辺部については,公知意匠とし て,@円盤の直径部分に持ち手が設けられているもの(甲10。意匠登 録第482793号に係る意匠公報),A円盤の中央に鍵穴があり,円 盤の周囲の2時の位置に「OPEN」,10時の位置に「CLOSE」 の表示があるもの(前掲甲20)や,Bそれに加えて双方の表示を結ぶ 矢印の表示があるもの(甲21。特開平9-317271号公開特許公 報)が存在したことが認められるが,本件意匠のつまみの具体的構成は, それらのいずれにも見られないものであることからすると,需要者の注 意を惹く部分であると認めるのが相当である。
この点について,原告は,つまみは単独では要部を構成しないと主張 するが,つまみの形状は,物理的にも機能的にも,ダイヤル操作部から は独立した構成であり,使いやすさ等の観点からもそれ自体として需要 者が関心を持つものであるから,原告の主張は採用できない。
(エ) 名札入れについては,本件意匠の上部という比較的目立つ位置に存在 し,大きさも,前面部全体の10%程度と小さいとはいえないものの, その形状は,正面視でプレート内側に向けて浅い開口部が形成されてい るにすぎず(甲2,3),名札入れとしてさほど特徴的なものではない 上,その機能も,当該ロッカーの使用者を提示するもので,ロッカーの 開閉及び施錠という本件意匠に係る物品の本来的な機能とは異なる付随 的なものであることに照らせば,他の部位に比して,需要者の注意を惹 く程度は限定されるというべきであるから,この構成が需要者の注意を 特に惹くとは認められない。そして,このことは,本件意匠と名札入れ の有無について相違がある意匠が本件意匠の類似意匠として登録されて いることからも裏付けられる。
オ 以上からすると,本件意匠の要部は,その基本的構成態様を前提として, つまみ及びその周辺部の具体的構成態様にあると認めるのが相当である。
そこで,以下,これを前提にして本件意匠と被告意匠との類否を検討する。
カ 前記のとおり,本件意匠と被告意匠とは,本件意匠の要部であるつまみ 及びその周辺部の具体的構成態様において差異がある。すなわち,本件意 匠のつまみは,円筒形の基底部とそこから直径に沿って滑らかに突出する 略直方体状の操作部とが一体成形されているのに対し,被告意匠のつまみ は,外周面に凹凸のある操作部を有する円筒形状で鍵穴を有するというよ うに,つまみ自体の形状が大きく異なる。また,つまみ周辺部についても, 被告意匠では,円弧状の開口部,矢印,並びに閉鎖及び解放された色違い の錠の印が存在するのに対し,本件意匠においては,つまみ基底部外周に 接する形で矢尻状の印が存在するのみであるなど,異なっている。特に, 被告意匠のつまみにおける鍵穴の長さは,つまみの直径の2分の1を上回 るものであり,それ自体目を惹くものである上,鍵穴は,鍵を挿入するこ とにより,ダイヤル錠が施錠状態でもデッドボルトを回すことが可能とな るという重要な機能を果たすものであること(乙10p13,弁論の全趣 旨)も考慮すると,需要者の注意を強く惹くものであるというべきである。
原告は,鍵穴が設けられたつまみは本件意匠出願時公知であった(甲20, 21)点を指摘するが,そうであるとしても,鍵穴のあるつまみと,鍵穴 のないつまみとを対比した場合に,鍵穴の存在が類否判断に大きな影響を 与えるとの判断は左右されない。以上より,本件意匠の要部であるつまみ 及びその周辺部における差異は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼす ものというべきである。
他方,本件意匠及び被告意匠の共通点は前記のとおりであるところ,そ の基本的構成態様,手がかり部及びダイヤル操作部の共通点は,前記のと おりいずれも需要者の注意を惹くとは認められない。
そして,以上の点に加え,名札入れの有無及びそれに伴う手がかり部の 相違をも併せ考慮すると,本件意匠と被告意匠との差異点の印象は,共通 点の印象を凌駕し,全体として異なる美感を与えるものというべきである から,被告意匠は,本件意匠に類似するものと認めることはできない。
2 以上の次第で,その余の争点につき検討するまでもなく,原告の請求には理 由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 松宏之
裁判官 田原美奈子
裁判官 大川潤子