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関連審決 不服2015-15461
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事件 平成 28年 (行ケ) 10123号 審決取消請求事件

原告 テバユーケー リミテッド
同訴訟代理人弁理士 徳岡修二 竹内公孝 北東慎吾
被告特許庁長官
同 指定代理人正田毅 斉藤孝恵 橘崇生 冨澤武志
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/11/30
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2015−15461号事件について平成28年1月20日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨 1
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 原告は,平成26年4月7日(域内市場における調和のための官庁(商標及び意匠)への出願に基づくパリ条約による優先権主張:平成25年10月8日),以下の意匠(以下「本願意匠」という。)の登録出願(意願2014-7572号)をした(甲2)。
意匠に係る物品:吸入器 イ 本願意匠の態様:別紙第1のとおり (2) 原告は,平成27年5月18日付けで拒絶査定を受けたため,これに対する不服の審判を請求した。
(3) 特許庁は,これを,不服2015-15461号事件として審理し,平成28年1月20日,「本件審判の請求は,成り立たない」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同年2月3日,その謄本が原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。
(4) 原告は,平成28年5月30日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本願意匠は,本願出願前に特開2007-289716号公報に掲載された図1,図2及び図9によって表された「薬剤吸入器」の意匠(甲1。以下「引用意匠」という。別紙第2参照)に類似する意匠であるから,意匠法3条1項3号に該当し,同項柱書の規定により,意匠登録を受けることができない,というものである。
本件審決が認定した本願意匠と引用意匠の各形態の共通点及び相違点は,おおむね,以下のとおりである。
(1) 共通点 ア 全体の基本的構成態様における共通点 2 主に本体部及びマウスピースカバー部からなるものとし,横幅,奥行き及び高さの比率を約1対1対3とする柱形状の下端が正面側斜め下方に短く屈曲した形状の本体部と,その下端部に本体部の長さの約3分の1の長さのマウスピースカバー部とがヒンジ部を介して開閉可能に設けられ,全体の形状が側面視略倒立「ヘ」の字形状とするものであり,本体部の下端部から前面に向かってやや扁平筒状のマウスピース部が配設されたものである。
イ 各部の具体的構成態様における共通点 (ア) 本体部は,正面及び背面を平面視凸弧状面とし,左右両側面を平坦面とする柱形状のものであって,正面は背面の長さの約5分の3の長さとし,その下端寄り(本体部正面全長の約5分の1)は正面斜め下方に向かって側面視凹弧状に少し曲がって形成されている。上端面はその中央部分を左右両端にわたり左右両側面の平坦面と同幅帯状の正面視凸弧状面とし,上端面の正面側及び背面側の部分はそれぞれの端縁に向けて凸弧状面に形成されている。底面は背面の全長の約6分の1の長さとし,背面から正面やや斜め下方に向けて屈曲して形成されたものである。
本体部長手方向における中間部の全周にわたり1条の線が表れ,その下方背面に設けた略横長長方形の領域内の左側に隅丸四角形の窓部を備えたものである。
(イ) マウスピース部は,上面及び底面を凸弧状面,左右両側面を平坦面とする断面略紡錘形のやや扁平筒状に形成され,本体部の底面端部と正面下端部とを結ぶ側面視略傾斜面に配設され,正面やや斜め下方に向かって本体部の奥行きの約2分の1の長さで突出したものである。
マウスピース部の上方に平面視略弓形板状の突出片が形成されたものである。
(ウ) マウスピースカバー部は,本体底面の端部に側面視略半円形状に突出しているヒンジ部を介して接続されており,全体が少し先細りしたカップ型とし,周側面については正面及び背面(ヒンジ部を除く)を本体部の正面及び背面と同様の凸弧状面,左右両側面を本体部の左右両側面と同様の平坦面としたものであり,また,正面の底部寄りに左右方向にわたる帯状凹部が形成されたものである。
3 (2) 相違点 ア マウスピースカバー部について,本願意匠は,透明であるのに対して,引用意匠は,不透明である。
イ マウスピース部について,本願意匠は,その端部に,中央に円形孔が形成された端壁を設けたものであるのに対して,引用意匠は,その端部に端壁がなく,単に筒状のまま大きく開口したものである。
3 取消事由 本願意匠が意匠法3条1項3号に該当するとした判断の誤り
当事者の主張
〔原告の主張〕 (1) 共通点に関する評価 使用者が本体部を持って,本体部から突出するマウスピース部をくわえて薬剤を吸引するタイプの吸入器は,この種の吸入器の分野において,従来から見られる態様である(甲4)。
一方,使用者は,喘息などの発作時や毎日1〜2回吸引を行う際,マウスピースカバー部を開けて,マウスピース部をくわえて使用するため,マウスピース部の形態によって,全体の印象が大きく左右される。すなわち,本体部を持って,本体部からマウスピース部をくわえて薬剤を吸引するタイプの吸入器に係る分野では,マウスピース部の構成態様は,使用者がくわえる部分であることから,非常に目立つ部分であり,需要者の注目を惹く意匠の要部ということができる。
したがって,吸入器に係る意匠において,本体部,マウスピース部及びマウスピースカバー部の態様はありふれており,それらの共通点のみをもって,両意匠の類否判断に及ぼす影響が極めて大きいということはできない。
(2) 相違点に関する評価 マウスピース部は,確かに全体から見れば部分的ではあるが,吸入器を使用する際,マウスピースカバー部を開けて使用するため,非常に目立つ部分であり,マウ 4 スピース部の形態によっても,全体の印象が大きく左右される。また,マウスピース部は,吸入器の薬剤を吸引する使用者がくわえる部分であるので,特に需要者に注視される部分である。すなわち,マウスピース部の構成態様は,吸入器に係る分野では,非常に目立つ部分であり,需要者の注目を惹く意匠の要部ということができる。
そして,本願意匠のマウスピース部に端壁,薬剤出口孔(円形孔)を設けた態様は,当該孔によって,本体部に貯蔵された薬剤を,十分に速い速度で直線的に使用者に送ることで,十分な量の薬剤を吸引できるという優れた機能を奏する。そのため,本願意匠はマウスピース部の端部における付加的な態様であるが,当該態様は,非常に優れた機能を奏するため,需要者に強烈な機能美を奏するものであり,両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きいといえる。
このように,本願意匠のマウスピース部に端壁,薬剤出口孔(円形孔)を設けた態様は,需要者に強い機能美としての印象を与えるのに対し,引用意匠のマウスピース部の端部が単に開口している態様は,従来から見られる態様であって,需要者に弱い印象を与えるものといえ,マウスピース部の端部における上記相違は,両意匠から受ける印象を異にし,類否判断に及ぼす影響を決定付けるということができる。
(3) 小括 以上のとおり,本願意匠のマウスピース部の端部における態様は,需要者に強烈な機能美を与えるものであって,需要者の注目を惹く意匠の要部と認定されるべきであり,本願意匠と引用意匠は,全体として需要者に異なる美感を起こさせるものであるから,類似しない。したがって,本願意匠は,意匠法3条1項3号の意匠に該当しない。
〔被告の主張〕(1) 共通点に関する評価 ア 吸入器の物品分野における需要者は,吸入器の構造や構造によってもたらさ 5 れる機能に関する専門的知識を必ずしも備えていない需要者である。
イ そして,このような需要者が,自己が求めている商品であるのか,その他の商品であるのかの判断を行う場合,商品の細部を認識するのではなく,まず,商品の外観(物品の全体形態)を観察し,これによる認識,選択に基づいて当該判断を行うと考えられる。そうすると,吸入器においては,物品全体の形態が一番重要な意匠的要部というべきである。
また,本願意匠と引用意匠の共通点を備える形態は,吸入器の分野においてありふれたものではないから,吸入器としての全体の印象を大きく左右するものであって,他の意匠との類否判断において,需要者の注目を惹く一番重要な意匠的要部といえるものである。なお,原告は,本体部を持って,本体部からマウスピース部をくわえて薬剤を吸引するタイプの様々な吸入器が一般的に使用されている事情が認められると主張するが,本願意匠と引用意匠の共通点を全て満たした意匠の存在は認められない。
ウ 一方,マウスピース部の構成態様は,使用者は主に使用時に限って注目するものであるから,仮に意匠的要部といえるとしても,それは限定的なものにとどまる。
エ なお,マウスピースカバー部は,本体とヒンジを介して一体化させ,回動して開けるようにしたものであって,カバーを落としたり,なくしたりすることがないようにしていること,正面にある底部寄りの左右方向に大きな帯状凹部を設け,開ける際に便利であることを使用者に示唆する形態としていることなど,機能性から生じた形態も,両意匠の特徴の一つとみることができ,この特徴点も両意匠において共通している。
オ このように,本願意匠と引用意匠の共通点は,物品全体の形態に関わる点であるから,一番重要な意匠的要部といえ,かつ,吸入器の分野においてありふれた形態ではない事情に照らせば,これらの共通点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は極めて大きい。
6 (2) 相違点に関する評価 ア 本願意匠の吸入器が,マウスピース部の端部の態様により,十分な量の薬剤を吸引できるという優れた機能を奏するとしても,需要者が吸入器を見る場合,物品全体の形態から認識するものであって,閉じられているマウスピースカバー部に覆われたマウスピース部の端部の態様は,主に使用時に限って注目するものである。
また,マウスピースカバー部が透明であるため,マウスピース部の端部が透けて見えるものであるとしても,需要者は,物品全体の外観を目にするものであり,まず,物品の外形状を認識すると考えられ,購入時などカバー部が閉じられた状態では,透けて見えるにすぎないマウスピース部の端部部分の態様は,需要者に強い印象を与えるものとはいえない。
したがって,前記第2の2(2)イ記載の相違点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さい。
イ また,マウスピース部の端壁の有無が,薬剤の流入効果に関わる技術的要部と認められるとしても,吸入器の需要者の立場で物品を全体的に観察して,類否を判断する際には,全体から見れば一部分と認められるマウスピース部の,さらにその先端部分のみの相違であって,全体からすると僅かな範囲のものであるから,当該相違が両意匠の類否判断に及ぼす影響は限定的なものといえる。
また,マウスピース部に端壁を設け薬剤出口孔を形成した態様は,本願出願前に知られている態様であるから(乙1〜3),本願意匠のみの特徴ある態様とはいえず,この点からも相違点として大きく評価することはできない。
(3) 小括 以上のとおり,本願意匠は,引用意匠と対比して,物品全体の形態が需要者に強い印象を与えるものであり,マウスピース部の端部における態様を考慮してもなお,需要者に異なる美感を起こさせるものではないから,本願意匠は,引用意匠に類似する。したがって,本願意匠は,意匠法3条1項3号に該当する。
当裁判所の判断
7 1 類否判断の前提となる事実 (1) 意匠に係る物品について,本願意匠が「吸入器」であり,引用意匠が「薬剤吸入器」であって,いずれも使用者が本体部を持って,マウスピース部から薬剤を吸引するためのものであるから,それぞれ意匠に係る物品を共通にしていることは当事者間に争いがない。
(2) 本願意匠と引用意匠の形態に前記第2の2(1)記載の共通点があり,前記第2の2(2)記載の相違点があることは,当事者間に争いがない。
2 本願意匠と引用意匠の類否 (1) 両意匠に係る物品の需要者について ア 意匠に係る物品は,本願意匠が「吸入器」,引用意匠が「薬剤吸入器」であり,いずれも使用者が本体部を持って,マウスピース部から薬剤を吸引するための吸入器に関するものである。したがって,その需要者は,当該薬剤を吸引する必要のある患者及び医療関係者であり,この点について当事者間に争いがない。
イ そして,需要者である患者は,薬剤を必要とする際に吸入器を使用するものであって,その使用方法は,本体部を持って,マウスピース部を口にくわえて,薬剤を吸引するというものである。したがって,患者は,両意匠に係る物品を,このような使用状況に応じて観察するものということができる。
また,需要者である医療関係者は,患者が薬剤を適切に吸引できるよう,薬剤の性質に応じた吸引の機能を有しているか否か,患者の症状や属性に応じた使用が可能か否かという観点から,両意匠に係る物品を観察し,選択するものということができる。
ウ 需要者である患者及び医療関係者は,以上のとおり,吸入器を観察,選択することからすれば,持ちやすさや使いやすさという観点からは,吸入器全体の基本的構成態様が需要者の注意を惹く部分であるとともに,薬剤の吸引という吸入器の機能の観点からは,患者が薬剤を吸引するマウスピース部の端部の形態が最も強く需要者の注意を惹く部分であるということができる。
8 そこで,これらを前提に,両意匠が需要者である患者及び医療関係者の視覚を通じて起こさせる美感が類似するか否かについて,以下,検討する。
(2) 基本的構成態様について ア 本願意匠の基本的構成態様 本願意匠は,本体部,マウスピース部及びマウスピースカバー部からなる。横幅,奥行き及び高さの比率を約1対1対3とする柱形状の下端が正面側斜め下方に短く屈曲した形状の本体部と,その下端部に本体部の長さの約3分の1の長さのマウスピースカバー部とがヒンジ部を介して開閉可能に設けられ,全体の形状が側面視略倒立「ヘ」の字形状とするものであり,本体部の下端部から前面に向かってやや扁平筒状のマウスピース部が配設されたものである。上記の点は,引用意匠と共通する(前記第2の2(1)記載の共通点ア)。なお,本願意匠の図面は,マウスピースカバー部が閉じた状態のものである。
意匠に係る物品は,使用者が本体部を持って,マウスピース部から薬剤を吸引するためのものであるから,使用者が片手で持って,薬剤の吸引を容易にできるよう,その全体の大きさ,形状や,マウスピース部を本体部から独立させるなどの基本的な構成は,必然的に限定される。本体部とマウスピースカバー部とをヒンジ部を介して開閉可能に設けることも,使用者が片手で使用できるよう持ちやすい形態にする必要から限定される本体部とマウスピースカバー部との接続形態の一態様にとどまるものである。
さらに,使用者が本体部を持って,マウスピース部から薬剤を吸引する吸入器の基本的構成態様について,証拠(甲4)によれば,@本体部のおおまかな形状が,横幅及び奥行きが同程度であり,高さがそれらよりも長い柱形状であって,A本体部の下端部に,本体部の長さの約3分の1の長さのマウスピースカバー部があって,B全体の形状が側面視略倒立「へ」の字形状であって,C本体部の下端部から前面に向かって,やや扁平筒状のマウスピース部が配設された吸入器が,ありふれたものとして存在することが認められる。なお,証拠(甲4)によれば,使用者が本体 9 部を持って,マウスピース部から薬剤を吸引するための吸入器において,全体が,両意匠のように「へ」の字形状になっているもののほか,柱状になっているもの,円盤状になっているものがそれぞれ存在することは認められるものの,「へ」の字形状になっているものが多数認められることからすれば,全体が柱状や円盤状になっている吸入器があることをもって,「へ」の字形状となっている吸入器が,特徴的な形状を有するものということはできない。
ウ そうすると,本願意匠の基本的構成態様は,需要者である患者及び医療関係者の注意を強く惹くものとはいえない。
(3) 具体的構成態様について ア 本願意匠の具体的構成態様 (ア) 本願意匠の本体部は,正面及び背面を平面視凸弧状面とし,左右両側面を平坦面とする柱形状のものであって,正面は背面の長さの約5分の3の長さとし,その下端寄り(本体部正面全長の約5分の1)は正面斜め下方に向かって側面視凹弧状に少し曲がって形成されている。上端面はその中央部分を左右両端にわたり左右両側面の平坦面と同幅帯状の正面視凸弧状面とし,上端面の正面側及び背面側の部分はそれぞれの端縁に向けて凸弧状面に形成されている。底面は背面の全長の約6分の1の長さとし,背面から正面やや斜め下方に向けて屈曲して形成されている。
本体部長手方向における中間部の全周にわたり1条の線が表れ,その下方背面に設けた略横長長方形の領域内の左側に隅丸四角形の窓部を備えている。
(イ) 本願意匠のマウスピース部は,その上方に平面視略弓形板状の突出片が形成され,上面及び底面を凸弧状面,左右両側面を平坦面とする断面略紡錘形のやや扁平筒状に形成され,本体部の底面端部と正面下端部とを結ぶ側面視略傾斜面に配設され,正面やや斜め下方に向かって本体部の奥行きの約2分の1の長さで突出している。マウスピース部の端部に,中央に円形孔が形成された端壁が設けられている。
(ウ) 本願意匠のマウスピースカバー部は,透明であり,本体底面の端部に側面 10 視略半円形状に突出しているヒンジ部を介して接続されており,全体が少し先細りしたカップ型とし,周側面については正面及び背面(ヒンジ部を除く)を本体部の正面及び背面と同様の凸弧状面,左右両側面を本体部の左右両側面と同様の平坦面としたものであり,また,正面の底部寄りに左右方向にわたる帯状凹部が形成されたものである。
(エ) 以上の点は,マウスピース部の端部の中央に円形孔が形成された端壁が設けられていること及びマウスピースカバー部が透明であることを除き,引用意匠と共通する(前記第2の2(1)記載の共通点イ)。
イ 本願意匠のマウスピース部の端部について (ア) 前記アのとおり,本願意匠のマウスピース部の端部には,端壁が設けられ,その中央に円形孔が形成されている。しかも,本願意匠のマウスピースカバー部は,透明であることから,マウスピースカバーを開けたときも閉めたときも,その円形孔を観察することができる。そして,その円形孔は,本体部に貯蔵された薬剤を患者に噴出させる速度,方向等に影響を与えるのであるから,この点は,特に機能を重視する医療関係者に対し,強い印象を与えるものということができ,患者についても同様である。
(イ) これに対し,引用意匠のマウスピース部の端部は,端壁がなく,単に筒状のまま大きく開口したものであり,マウスピースカバー部は,不透明であるところ,マウスピース部の端部に端壁がなく,単に筒状のまま大きく開口した態様の吸入器は,従来から見られたものであり(甲4),ありふれたものである。
(ウ) なお,証拠(乙1〜3)によれば,使用者が本体部を持って,マウスピース部から薬剤を吸引するための吸入器において,マウスピース部に端壁を設け,薬剤出口孔を形成した態様のものが,特許公報に記載されていることは認められる。
もっとも,当該吸入器の全体の形態は,本願意匠のように「へ」の字形状になっている吸入器の全体の形態とは大きく相違するから,それぞれのマウスピース部の端部の形状が有する印象は,本願意匠に係るそれとは相違するものである。したがっ 11 て,上記特許公報の記載をもって,本願意匠に係る形態を有する吸入器において,マウスピース部に端壁を設け,薬剤出口孔を形成したものがありふれていたということはできず,マウスピース部の端部が需要者の注意を惹く部分でないということはできない。
(エ) 以上によれば,本願意匠のマウスピース部の端部に端壁が設けられ,その中央に円形孔が形成されている点は,マウスピースカバー部が透明であることと相まって,最も強く需要者の注意を惹く部分であり,本願意匠におけるこの点は,需要者である患者及び医療関係者の視覚を通じて起こさせる美感に大きな影響を与えるというのが相当である。
ウ その余の具体的構成態様について 一方,本願意匠の具体的構成態様のうち,マウスピース部の形状が断面略紡錘形であって,その奥行きが本体部の奥行きの約2分の1の長さであり,マウスピースカバー部の形状が全体的に少し先細りしたカップ型であり,これらに本体部を含めた形状が,左右両側面については平坦面,それ以外の面については,本体部の上端面を除き,凸弧状面又は凹弧状面であって丸みを帯びるという形態は,吸入器において従来から見られたものである(甲4)。また,本願意匠において,マウスピース部の上方に突出片を備え,マウスピースカバー部の正面の底部寄りに左右方向にわたる帯状凹部を形成する形態は,吸入器に配設されたマウスピース部の機能上要請されるものであるから,その形態は限定されるものであるし,意匠全体に占める割合も小さなものである。さらに,本願意匠において,本体部の上端面を凸弧状面とし,本体部の中間部の全周にわたり1条の線を表し,その下方背面に窓部等を備えるという形態は,吸入器の本体部の上端面,中間部,下方背面にそれぞれ離れて位置しており,一体的に観察されるものではなく,その形態をみても,意匠的まとまりを形成するものではない。
したがって,本願意匠の具体的構成態様のうち,以上に掲げた各形態は,需要者である患者及び医療関係者の注意を惹く部分であるということはできず,引用意匠 12 と類似するその余の具体的構成態様についても,同様である。
(4) 両意匠の類否 以上のとおり,両意匠に係る物品の性質,用途及び使用態様並びに公知意匠との関係を総合すれば,本願意匠と引用意匠は,基本的構成態様において共通するものの,その態様は,ありふれたものであり,需要者の注意を強く惹くものとはいえない。また,具体的構成態様における共通点も,需要者の注意を強く惹くものとはいえない。これに対し,マウスピース部の端部の形態の相違は,需要者である患者及び医療関係者らの注意を強く惹き,視覚を通じて起こさせる美感に大きな影響を与えるものである。
したがって,本願意匠と引用意匠の相違点のうち,マウスピース部の端部について,本願意匠は,その中央に円形孔が形成された端壁を設けたものであるのに対して,引用意匠は,端壁がなく,単に筒状のまま大きく開口した点は,マウスピースカバー部が透明であることと相まって,需要者である患者や医療関係者の注意を強く惹くものと認められ,異なる美感を起こさせるものであり,それ以外の共通点から生じる印象に埋没するものではないというべきである。
よって,本願意匠は,引用意匠に類似するということはできない。
3 被告の主張について 被告は,使用者は主に使用時に限ってマウスピース部の構成態様に注目し,購入時などマウスピースカバー部が閉じられた状態では,透けて見えるにすぎないマウスピース部の端部の態様は,需要者に強い印象を与えるものとはいえない,マウスピース部の端壁の有無は全体から一部分と認められるマウスピース部の,さらにその先端部分のみの相違であって,全体からすると僅かな範囲のものであるとして,マウスピースの端部の相違点が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は限定的であると主張する。
しかし,マウスピース部の端部は,需要者である患者が吸引器を使用する際に観察するものであるし,医療関係者も,処方する薬剤を前提に機能を重視して観察す 13 るものであるから,かかる部分が全体と比較して僅かな範囲のものであるとしても,マウスピース部の端部の相違点が類否判断に及ぼす影響を限定的であるということはできない。被告の前記主張は採用できない。
4 結論 以上によれば,本願意匠は,引用意匠と類似するとはいえず,意匠法3条1項3号に該当しないから,本件審決の判断は誤りであり,原告主張の取消事由は理由がある。
よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 柵木澄子
裁判官 片瀬亮
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