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事件 |
平成
28年
(ワ)
5739号
意匠権侵害差止等請求事件
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原告 ファーベル株式会社 同訴訟代理人弁護士 石井義人 同 牟田口卓也 被告 株式会社サン・スマイル 同訴訟代理人弁護士 本山信二郎 同 岩佐祐希 |
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裁判所 | 大阪地方裁判所 |
判決言渡日 | 2017/02/07 |
権利種別 | 意匠権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙被告商品目録記載1及び同2の各商品を製造し,譲渡し,譲渡 のために展示し,若しくはインターネット上に掲載してはならない。 2 被告は,別紙被告商品目録記載1及び同2の各商品を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,407万5000円及びこれに対する平成28年6月 26日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要
本件は,美容用顔面カバーを意匠に係る物品とする後記意匠権を有する原告が, 1被告による別紙被告商品目録記載1及び同2の各商品(以下,両者を併せて「被告商品」という。)の製造販売行為が同意匠権の侵害となると主張して,被告に対し,@意匠法37条1項に基づき,被告商品の製造,譲渡,譲渡のための展示,又はインターネット上の掲載の差止め,A同条2項に基づき,被告商品の廃棄,B意匠権侵害の不法行為に基づき,同法39条3項による実施料相当の損害307万5000円及び弁護士費用相当の損害100万円の合計407万5000円,並びにこれに対する不法行為の日の後の日である平成28年6月26日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めている事案である。 1 判断の基礎となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 当事者 ア 原告は,日用雑貨製品,化粧品等の販売,輸出入等を目的とする株式会社である。 イ 被告は,化粧品,衣料,及び装具品等の販売及び輸出入業務を目的とする株式会社である。 (2) 原告の意匠権 原告は,以下の意匠権(以下「本件意匠権」といい,その登録意匠を「本件意匠」という。)を有している。 意匠登録番号 第1453869号 出願日 平成24年2月22日 登録日 平成24年9月28日 意匠に係る物品 美容用顔面カバー 本件意匠 添付意匠公報の図面のとおり (3) 被告の行為 被告は,遅くとも平成27年10月5日から現在まで,美容用顔面カバーである 2被告商品を展示,インターネット上で掲載,及び販売している。 (4) 本件意匠の構成態様 本件意匠の構成態様は以下のとおりである。 ア 基本的構成態様 人の顔面の形状に合わせて略半楕円体状に立体に形成されたマスクであり,装着時に,目,口,耳に位置する部分には孔部が,鼻に位置する部分には,突起及び切れ込みが設けられている。 イ 具体的構成態様 @ 輪郭の形状は,次のとおりである。 額部である上部は,顔の輪郭にほぼ合わせて,外側に凸となる曲線で構成されている。耳部である中央部分は,耳を覆う形状で,外側に凸となる曲線で構成されており,中央部の輪郭はこめかみから顎部に至るまで,輪郭に沿って凸状の筋が形成されている。 A 本件意匠の両目部には,両目が露出するように,横長楕円形の孔が開けられている。 B 本件意匠の鼻部は,ほぼ鼻の形状に合わせて両目付近から鼻尖部まで連続的に隆起し,鼻尖部で水平に切断され,鼻翼部に合わせた略倒「コ」字状の切れ込みが存在する。さらに,両目部の孔の内側頂点から,同切れ込みの先端まで垂直方向から外側に向かって略直線状の実線を構成している。鼻尖部は丸型であり,隆起部分に明確な鼻梁は認められない。 C 本件意匠の耳部は,耳が露出するように,耳の輪郭に合わせた,縦長の変形略楕円の孔が開けられており,孔部の外形に沿って凸状の筋が形成されている。 D 本件意匠の口部は,口が露出するように,口の輪郭に合わせた,横長の略楕円の孔が開けられている。 (5) 被告商品の形状 被告商品を顔面に装着するため展開した使用状態における外観及び形状(以下「被 3告意匠」という。)は,別紙被告商品写真記載1及び同2の各写真のとおりである(ただし,いずれについても【商品外観】を除く。なお両商品は,色彩が異なるだけで形状は同一である。)。 2 争点及び争点についての当事者の主張 (1) 本件意匠と被告意匠の類否 (原告の主張) ア 被告意匠の構成態様は以下のとおりである。 (ア) 基本的構成態様 人の顔面の形状に合わせて略半楕円体状に立体に形成されたマスクであり,装着時に,目,口及び耳に位置する部分には孔が,鼻に位置する部分には,突起及び切れ込みが設けられている。 (イ) 具体的構成態様 @ 輪郭の形状は,次のとおりである。 額部である上部は,顔の輪郭にほぼ合わせて,外側に凸となる曲線で構成されている。耳部である中央部分は,耳を覆う形状で,外側に凸となる曲線で構成されている。顎である下部は,顔の輪郭にほぼ合わせて,外側に凸となる曲線で構成されている。 A 被告意匠の両目部には,両目が露出するように,横長楕円形の孔が開けられている。 B 被告意匠の鼻部は,ほぼ鼻の形状に合わせて両目付近から鼻尖部まで連続的に隆起し,鼻尖部で水平に切断され,鼻翼に合わせた切れ込みと連続している。 C 被告意匠の耳部は,耳が露出するように,縦長の略ハート型の孔が開けられている。 D 被告意匠の口部は,口が露出するように,口の輪郭に合わせた,横長の略楕円の孔が開けられている。 イ 本件意匠と被告意匠の類否 4 本件意匠と被告意匠は,基本的構成態様において同一であり,具体的構成態様について,耳部の形状(C)以外は同一である。 ウ 本件意匠の要部 本件意匠に係る物品は美容用顔面カバーであり,顔面全体に密着させて装着する方法で使用されるため,同物品の需要者は,同物品を装着した状態の形状,すなわち,本件意匠の正面,左右斜め上から俯瞰して観察される外観に注目する。 そして,このように本件意匠を観察した場合,需要者は,まず,顔面に装着する美容用顔面カバーの特徴である全体が顔面にフィットする立体的な形状であること,目,口及び鼻の部分の孔部,並びに耳掛け部の存在に注目する。そして美容用顔面カバーの装着方法に関係する部位の形状は多岐にわたることから,需要者は,顔面に装着する方法に用いられる耳掛け部の存在及びその形状を重視する。 さらに,需要者は,美容用顔面カバーについて,顔面へのフィット感に注目するため,同物品の装着時において特に立体的な形状を有する鼻部分の形状を注視する。 また,需要者は,同物品の耐久性についても注目するところ,耳の孔部に凸状の筋が存在することで,需要者は,同美容用顔面カバーの装着時に,耳掛け部分に亀裂等が生じにくい等,「丈夫である」との印象を持つことから,耳部の孔部の外形に沿った凸状の筋の存在についても注視する。 以上により,本件意匠の要部は,本件意匠全体の立体的な形状,目,耳及び口部の孔部の存在,凸状の外形線の有無並びに鼻部の具体的形状であるというべきである。 エ 本件意匠と被告意匠の類似性 (ア) 本件意匠と被告意匠は,その要部において同一であり,需要者に対し,極めて強い共通感を与えるものである。一方,両意匠の耳部の形状の差異が需要者の美感に与える影響はごく軽微なものにすぎず,その余の共通点によって形成された共通感をしのぐものではない。 したがって,本件意匠と被告意匠は類似する。 5 (イ) 被告の主張に対する反論 a 被告は,@上面から見た本件意匠の鼻部形状は丸いのに対し,被告意匠の鼻部形状は尖っており,一見して異なる,A本件意匠と被告意匠の正中線(二つ折にした場合の外形線)の形状,寸法及び比率が異なるなどと主張する。 しかし,鼻部の形状は,被告が被告商品を二つ折りにしたことによって,鼻部形状が尖っているように観察されるにすぎない。意匠の観察は,販売態様を考慮するべきではないところ,被告の販売態様を取捨して被告意匠の鼻部分を観察した場合,実際の鼻部の形状は,本件意匠と同様,丸いものである。 したがって,被告の主張は失当である。 b また,本件意匠の要部は,被告が主張するような顔面の正中線(二つ折りにした場合の外形線)ではない。 被告は,被告商品を二つ折りにした状態で撮影して作成された左側面図(乙12の2)と,本件意匠の左側面図によって類否を主張しているが,後者の図面は,顔面へ装着した状態のものであるため,両左側面図を比較するのは不適切である。被告商品の使用時における被告意匠の左側面図と本件意匠の左側面図を比較すると,正中線の外形線の形状は類似しており,両意匠の鼻部は,いずれも,ほぼ鼻の形状に合わせて両目付近から鼻尖部まで連続的に隆起し,鼻尖部で水平に切断され,鼻翼部に合わせた略倒「コ」字状の切れ込みが存在する点で共通している。また,耳の孔部における凸状の筋の存在についても共通しているため,被告意匠と本件意匠の要部は全体として類似している。 他方,目の形状の差異については,本件意匠の要部に係るものではないため,その差異が需要者に与える影響は軽微なものである。また,耳の孔部の形状につき,本件意匠は縦長の変形略楕円型であるのに対し,被告意匠は略ハート型であるという差異が存在するが,この差異は,本件意匠に係る物品の使用方法に関係する部位の形状の差異ではないため,要部の差異と評価することはできず,需要者に与える影響は軽微なものである。 6 したがって,本件意匠と被告意匠とは要部において類似しているため,需要者に対し,極めて強い共通感を与えるものであり,その余の差異の評価は,同共通感をしのぐものではない。 (被告の主張) ア 被告意匠の構成態様について 原告の主張する被告意匠の基本的構成態様,具体的構成態様はいずれも否認し,争う。被告意匠の構成態様は以下のとおりである。 (ア) 基本的構成態様 人の顔面の形状に沿うよう立体に形成されたマスクであり,目に位置する部分にはアーモンド型の開口部が,口に位置する部分にはハート型の開口部が,耳に位置する部分にはハート型の耳かけフック(開口部)が,鼻に位置する部分は折り込み線つきの隆起及び鼻呼吸用切れ込みが設けられている。 (イ) 具体的構成態様 @ 輪郭の形状は,次のとおりである。 額部である上部は,全体的に見て外側に凸,ただし,頂部はわずかに凹となる曲線で構成されている。耳部である中央部は,ハート型をした開口耳フックが,外側に凸となる曲線で構成されている。顎である下部は,中心部に逆V字の切れ込みを設けた曲線で構成されている。 A 被告意匠の両目部は,鋭角の「<」「>」を強調したアーモンド型の開口部が設けられている。 B 被告意匠の鼻部は,鼻尖部に折り込み線を設けた隆起及び鼻呼吸用切れ込みが設けられている。 C 被告意匠の耳部は,「縦長のハート型」の開口部が設けられている。 D 被告意匠の口部は,本件意匠の「横長の略楕円」ではなく,「横長ハート型」の開口部が設けられている。 イ 本件意匠と被告意匠の類否について 7 (ア) 原告の主張は否認し,争う。 (イ) 被告意匠の具体的構成態様は,上記ア(イ)のとおりであり,本件意匠とは,以下のとおり様々な特徴的な点で形状が異なる。 @ 輪郭の形状において,額部,耳部,顎下部とも,被告意匠は全体として丸みと切れ込みを設け,本件意匠と形状が異なっている。 A 両目部において,本件意匠が「横長楕円形」であるのと異なり,アーモンド型の開口部が設けられており,フェイスマスクの目頭及び目尻部分を鋭角にして,美感的に,はっきりした目元を強調,イメージさせるものである。 B 鼻部において,本件意匠の鼻の頂点部が丸型の形状であるのと異なり,鼻尖部に折り込み線を設けた隆起及び鼻呼吸用切れ込みが設けられている。 C 耳部において,本件意匠が「縦長の変形略楕円」であるのと異なり,「縦長のハート型」の開口部が設けられている。 D 口部において,本件意匠が「横長の略楕円」であるのと異なり,被告意匠は,「横長ハート型」の開口部が設けられている。 ウ 本件意匠の要部について (ア) 美容用顔面カバーは,正中線で二つ折りにして販売され,購入者も二つ折りにして保管するのが一般的であるから,二つ折りにして横から見た場合の耳の孔部,目の孔部,鼻梁部を含む正中線など各部位の具体的形状に注目するはずであり,当該部分が要部であるといえる。需要者が,目と鼻翼部を結ぶ凹部にある略直線状の実線の存在及び耳掛け部の形状自体ではなく凸状の筋の存在に主として注目するとは到底考えられない。 そして,創作性が認められない本件意匠は,本来,無効であるが,仮に本件意匠の権利範囲があるとしても,本件意匠と形状,寸法,比率等が全く同一(いわゆるデッドコピー)といえるような限定された範囲でのみ法的効力を有すると考えるのが相当である。 (イ) 原告は,本件意匠の要部は,本件意匠全体の立体的な形状,目,耳及び口部 8の孔部の存在,凸状の外形線の有無並びに鼻部の具体的形状であると主張するが,フェイスマスクという物品の用途及び使用形態から,全体が顔面にフィットする立体的な形状であることは,至極当たり前のことである。また,顔面に装着するフェイスマスクの目,口及び鼻の部分が穿たれていることは,使用形態から,機能上不可欠であり,原告が独占権を有すべき何らの特徴でもない。原告の主張する孔部及び補強部(凸状の外形線の存在)は,設計思想,アイデアであって,「形状」保護法である意匠法とは相容れない主張である。 エ 本件意匠と被告意匠の類似性について 本件意匠と被告意匠は,以下の点で類似とはいえない。 @ 輪郭の形状につき,美容用顔面カバーの輪郭自体も,額部,耳部及び顎下部とも,被告意匠は全体として丸みと切れ込みを設け,本件意匠と形状が異なっている。 A 両目部は,被告商品を二つ折りにして横から見た場合,需要者は,目の孔部の具体的形状に注目し,フェイスマスクの目頭及び目尻部分が鋭角であることで,美感的に,はっきりした目元をイメージする。本件意匠の「横長楕円形」とは全く異なる形状である。 B 鼻部は,需要者は,被告意匠の鼻尖部に折り込み線を設けた隆起に注目して,「高い鼻」,「きれいな鼻筋」をイメージすると思われる。これに対し,本件意匠の鼻の頂点部は丸型であり,一見して形状が異なっており,類似していない。 C 被告商品を二つ折りにして横から見た場合,需要者は,耳の孔部の具体的形状に注目し,女性一般が「かわいい」と思うハート型が視覚的に強い第一印象を受ける。本件意匠の「縦長の変形略楕円」と全く異なる形状及び設計思想である。 これに対し,原告が主張する耳の孔部周囲の凸状の筋に気づく需要者が多いとは思われず,また,それにより「丈夫な印象」を強く受けるとも思えない。 D 口部は,耳部同様,被告商品のコンセプト(需要者へのアピールポイント)である「かわいらしさ」を,視覚的に強調するため,「ハート型」を用いた独自の 9意匠としている。本件意匠の「横長の略楕円」とは異なる形状及び設計思想である。 以上から,本件意匠と被告意匠は,その要部において異なっており,需要者に与える印象も異なるもので,類似しない。 (2) 本件意匠に無効事由があるか (被告の主張) ア 本件意匠が登録を受けることができないものであること (ア) 「人の顔面の形状」自体に何ら創作性はなく,そうであれば,「顔面の形状に合わせた略半楕円形状の立体」についても,創作性はない。そして,顔面の形状に合わせたマスクを作成すれば,それほど大差のないものとなるはずである。 「目,口及び耳に位置する部分」に「孔」を設けること自体も,何ら創作性がなく,目,口及び耳に位置する部分が開いていないマスクは,物を見ることも,呼吸をすることも,また,耳に掛けることもできず,「物品の機能を確保」することができない。同様に,「鼻に位置する部分」に「突起及び切れ込み」が設けられていることも,独自の特別な形状でない限り,何ら創作性が認められない。 結局,本件意匠の創作上の新規性,要部及び美感上の需要者の識別性は,上記の「顔面の形状に合わせた略半楕円体」及び「目,口及び耳に位置する部分の孔」自体ではありえず,それらについて,原告の新規性,独自固有の形状がもしあれば,その形状の限りで保護されることになるようなものである。 (イ) マスク形状の公知意匠 a 人の顔面の形状に合わせた略半楕円体のフェイスマスクには,多くの公知意匠がある。 実開平5-21813号公報(乙1,公開日:平成5年3月23日)のその全体は,伸縮性のあるシリコン樹脂製シートを,顔面形状に対応した浅い椀状に形成したパック用マスクであり,その形態は,正面視では,上端縁(額部)及び下端縁(顎部)が外側に凸となる緩弧状に構成され,央部には,目に対応する左右一対の横長略卵形孔,及び口に対応する下方中央の横長扁平状の楕円孔をそれぞれ設けるとと 10もに,これら三つの孔の中央部には,目に対応する上記左右一対の横長略卵形孔付近から鼻に対応する鼻尖部まで連続的に隆起し,鼻翼部に合わせて下端部を,角部が丸みを帯びた略三角形状に切り欠き解放した鼻露呈部を設け,さらに,左右の額端縁付近の中央部が耳を覆う形状で外側に凸となり,耳が露出するように耳の輪郭に合わせた縦長略三日月状の環状孔を形成することで,マスクと一体的な耳掛け部を設けたものである。 b また,本件意匠に係る物品と用途及び機能が共通する物品において,その全体が,可撓性を有するシート材を,人間の顔面形状に対応する立体形状に保つよう形成してなるものとして,以下の公知意匠が存在する。 昭56-6008号公報(乙2,公告日:昭和56年2月9日)には,人の顔と同型をなすラテックス製の薄膜からなる面にして,目,口及び鼻口の一部が開口してなるものが開示されている。 公開実用昭和55-33169号公報(乙3)には,「美顔用マスク」として,伸縮性を有する薄ゴム又は皮膜状の布片でなるマスクを,お面のように人間の顔面形状に対応する立体形状を保つよう形成し,目鼻口の開口部分を設けてなるものが開示されている。 公開実用昭和55-86613号公報(乙4)には,人の顔と同型を為し,目,口及び鼻孔の一部が開口する面体と,該面体を顔面に当接させる紐体とがゴム薄膜(ラテックス)で一体に形成されたものが開示されている。 公開実用昭和55-167313号公報(乙5)には,人の顔と同型の面体と,該面体を顔面に当接させる耳掛け部とがゴム薄膜(ラテックス)で一体に形成されてなるものが開示されている。本考案は,人の顔と同型を為し,目,口及び鼻孔の一部が開口するゴム薄膜製の面において,該面の面側部に耳掛け部を前記面と一体に設けた美顔用面である。 c さらに,本件意匠に係る物品である美容用顔面カバーと一緒に用いることがあり,かつ,需要者が共通すると思料される物品として,化粧用(若しくはパック 11用)フェイスマスクがあり,この種物品において,目及び口に対応する部分の形状を横長扁平状の楕円孔とし,鼻に対応する部分の形状を鼻翼部に合わせて下端部を上向き略コ字状の切り欠きとするものは,以下の公知意匠が存在する。 意匠登録第1129377号公報 「化粧用フェイスマスク」(乙6) 意匠登録第1371301号公報 「立体フェイスマスク」(乙7) 意匠登録第1383056号公報 「フェイスマスク」(乙8) 意匠登録第1394990号公報 「フェイスマスク」(乙9) 意匠登録第1422249号公報 「化粧用フェイスマスク」(乙10) (ウ) 以上の公知意匠からすると,本件意匠は,公然知られた意匠に基づいて当業者が容易に創作することができたものと認められる。 したがって,本件意匠には,意匠法3条2項,5条3号の規定に基づき,本来意匠登録が認められない無効事由があるから,同法41条,特許法104条の3により原告は被告に対し,本件意匠権を行使することができない。 (原告の主張) ア 本件意匠は,公知意匠等と比較して,需要者に対して新たな美感を与えるものであり,また,その着想は独創性を有するものであるから,容易に創作することができない意匠である。 (ア) 本件意匠の鼻部は,ほぼ鼻の形状に合わせて両目付近から鼻尖部まで連続的に隆起し,鼻尖部で水平に切断され,鼻翼部に合わせた略倒「コ」字状の切れ込みが存在し,さらに,両目部の孔の内側頂点から,同切れ込みの先端まで,垂直方向から外側に向かって略直線状の実線を構成するところ,このような切れ込み及び同実線は,被告が指摘する公知意匠(乙1)には存在しない特徴である。他方,上記切れ込みの形状は他に指摘する公知意匠(乙6ないし乙10)において存在するが,鼻部分の形状や配置には,造形上工夫の余地があり,本件意匠においては,鼻梁部の隆起部分に上記切れ込みを連続的に構成し,また,実線を形成することによって,「人間の鼻らしさ」という美感を強調している。 12 したがって,本件意匠の鼻部の形状は,公知意匠の切れ込みの形状を単に本件意匠において組み合わせたものにとどまらず,当業者において独創性をもった工夫によって形成されたものである。 (イ) また,本件意匠に係る美容用顔面カバーは,需要者が繰り返し使用することが前提となっているため,このような物品の需要者は,耐久性に関係する形状にも注目する。そして,本件意匠は,耳部において孔部の外形に沿って凸状の筋が構成されており,同筋によって,耳の孔部が補強されている。同補強部の存在は,公知意匠には存在せず,需要者に対し,「丈夫な印象」という美感を与えるための独自の創作性が存在する。 (ウ) 以上により,本件意匠は,当業者が公知意匠等に基づいて容易に創作することができない形状を有している。 イ また,被告は,本件意匠は,顔面の形状に合わせたマスクに係るものであり,目,口及び耳に位置する部分が開いていることは,本件意匠に係る物品の機能を確保するために不可欠な形状であると主張する。 しかし,耳に位置する部分に存在する孔部については,マスクを顔面に装着する方法が多岐にわたることから,フェイスマスクという物品の機能からは不可欠なものとはいえない。これは,被告の主張する各公知意匠(乙2,乙3)につき,孔部が存在しないものが存在していることからも明らかである。また,顔面に対応する全体の形状,目,鼻及び口に対応する部分の孔部の具体的形状や各部位の配置については,工夫の余地があるため,各部位の形状自体は,物品の機能を確保するために不可欠なものではない。 したがって,本件意匠の形状が,同意匠に係る物品の機能を確保するために不可欠な形状であるとする被告の主張は,理由がない。 (3) 原告の損害 (原告の主張) ア 被告は,遅くとも平成27年10月5日から現在までの間に,被告商品を1 13個あたり410円で少なくとも5万個を販売しており,販売額の合計は2050万円を下回らない。 原告が,本件意匠の実施に対して受けるべき実施料率は15%が相当であるから,被告の本件意匠権侵害により原告が受けた損害の額は,意匠法39条3項の適用により,被告商品の上記販売額合計2050万円に上記実施料率を乗じた307万5000円となる。 イ 弁護士費用相当の損害 被告による本件意匠権侵害と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は100万円である。 (被告の主張) 原告の主張は,否認ないし争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(本件意匠と被告意匠の類否)について (1) 登録意匠とそれ以外の意匠との類否の判断は,需要者の視覚を通じて起こさせる美感に基づいて行うものとされており(意匠法24条2項),この類否の判断は,両意匠を全体的に観察することを要するが,意匠に係る物品の用途,使用態様,更には公知意匠にない新規な創作部分の存否等を参酌して,当該意匠に係る物品の看者となる需要者が視覚を通じて注意を惹きやすい部分を把握し,この部分を中心に対比した上で,両意匠が全体的な美感を共通にするか否かによって類否を決するのが相当であると解される。 (2) 被告意匠の構成態様について 被告意匠の形状は,別紙被告商品写真記載1及び同2の各写真のとおりであり(ただし,いずれについても【商品外観】を除く。),その構成は以下のとおりと認めるのが相当である。 ア 基本的構成態様 人の顔面の形状に合わせて立体に成形されたマスクであり,装着時に,目,口及 14び耳に位置する部分には孔部(開口部)が,鼻に位置する部分には,隆起と切れ込みが設けられている。 イ 具体的構成態様 @ 輪郭の形状は,次のとおりである。 額部である上部は,顔の輪郭に合わせて,ほぼ,外側に凸となる曲線で構成されているが,頂部はわずかに凹となっている。 耳部である中央部分は,耳を覆う形状で,外側に凸となる曲線で構成されており,輪郭のこめかみから顎部に至るまで,輪郭に沿って凸状の筋が形成されている。 顎である下部は,顔の輪郭にほぼ合わせて外側に凸となる曲線で構成されているが,中心部に逆V字の切れ込みを設けた曲線が構成されている。 A 両目部は,両目が露出するように,両端が尖った横長楕円形の孔が開けられている。 B 鼻部は,両目部の孔の内側付近から鼻尖部付近まで連続的に隆起し,正中線に沿ったその頂点に折り込み線が鼻梁を構成しており,鼻尖部で水平に切断され,鼻翼部に合わせた略倒コの字状の切れ込みが存在し,両目部の孔の内側頂点から,同切れ込み部分まで垂直方向に谷折りとなる外側にやや膨らんだ直線を構成する。 鼻尖部の隆起部分は,その下にある人中部分に重なる長さを有している。 C 耳部は,縦長のハート型の開口部が輪郭の形状に沿って設けられており,ハート型の外形に沿って凸状の筋が構成されている。 D 口部は,顔の中心線に線対称の横長のハート型の開口部が設けられている。 なお,原告は,被告商品の鼻部が尖って隆起しているようにみえるのは,販売の際に二つ折りにされているからにすぎず,意匠の観察においてこのような販売形態を考慮すべきでない旨主張するが,その指摘に係る隆起が二つ折りに由来するものであるとしても,実際の使用状態においてもその隆起状態が明確に看取されるのであるから,これを斟酌して当然であり,これと異なる原告の主張は採用できない。 (3) 本件意匠の要部について 15 ア 美容用顔面カバーの用途,使用態様 本件意匠に係る物品である美容用顔面カバーは,不織布等に美容液を含浸させたフェイスパックの上から装着することにより,気温や空調による美容液の急激な蒸発を防ぎ,効率よくパックするために用いられるものとされ,また,耳に掛けることで顔面を後方に引っ張るリフトアップ効果やフェイスパックをしたままの歩行も可能となるなどの効果や,装着したまま入浴する事により顔面の発汗作用を促す効果なども期待されるものである。さらに,シリコーン樹脂で立体成形されることにより,洗って繰り返し使用できることを特長としている(甲1)。 そして,美容用顔面カバーの,このような用途,使用態様からすれば,女性を主とする需要者は,その選択に当たり,その使用時の形状が効率よくパックするため全体的に顔にフィットする形態かどうかに注目し,また,ある程度の時間装着したままであることや装着したまま移動することも想定されるため,装着時に物を見る,呼吸をするなどのための目,鼻及び口の部分の形状,さらには装着のための耳掛けの形状等に注目するものと考えられる。 なお,この点につき,被告は,美容用顔面カバーが,正中線で二つ折りにして販売され,購入者も二つ折りにして保管するのが一般的であるから,二つ折りにして横から見た場合の各部位の具体的形状,すなわち二つ折りにした状態で現れる顔面の正中線の形状に注目するものである旨主張する。しかし,本件意匠に係る美容用顔面カバーが一般的に二つ折りにされて販売ないし保管されるとしても,本件において原告は,被告商品を顔面に装着するため展開した使用状態での形状を捉えて,これが本件意匠に類似し本件意匠権侵害となるとしているのであるから,これと異なる状態の被告商品の形状を前提に反論する被告の主張は失当であり,本件においては,あくまで被告商品の上記状態の形状を検討すべきものである。 イ 公知意匠について 証拠(乙1,乙5,乙6,乙8,乙9)によれば,顔の輪郭に合わせて外側に凸となる曲線の形状をしたシリコン樹脂製シートのパック用マスクであって,目,鼻, 16口部に孔が開けられ,耳部には,紐状の耳掛け部があるもの(乙1)や,人の顔と同型の,顔の輪郭に合わせて外側に凸となる曲線の形状をしたラテックス製の美顔用面であって,目,及び鼻孔部に孔が開けられ,耳部には耳を覆うように面の輪郭が一体形成され,顔面に当接させる耳掛け部として,長楕円形の開口部が設けられているもの(乙5)が,公知意匠として存在していたこと,また,シート状の不織布等を素材とするフェイスマスクにおいては,鼻部が孔でなく,鼻尖部でコの字状に切り込みを設け,鼻の形状に合わせて隆起する形状のものが公知意匠として存在していたことが認められる。 ウ 本件意匠の要部の認定 美容用顔面カバーの用途,使用態様のほか,上記認定に係る公知意匠からすれば,本件意匠の基本的構成態様は,本件意匠に係る物品である美容用顔面カバーにおいて,通常考えられる形態であって新規な形態とは認められず,本件意匠において新規で創作性の認められる部分は,その具体的構成態様における以下の点,すなわち輪郭の形状において,こめかみから顎上部にかけて外形に沿った凸状の筋が設けられている点,鼻部において,鼻の形状に合わせて両目付近から鼻尖部まで連続的に隆起しており,隆起部分の脇に谷折りとなる略直線を構成する点,耳部において,耳を開口部の外形に沿って凸状の筋が構成されている点という具体的構成にあるといえる。 そして,上記(1)の美容用顔面カバーの需要者が選択時に物品が顔にフィットする形状であるかとともに,使用状態に影響する目,鼻及び口の部分の形状,さらには装着のための耳掛け部の形状に注目することを考慮すれば,顔面にフィットするよう立体的に形成された美容用顔面カバーにおける鼻部の具体的な形状,耳掛け部周辺の具体的形状が需要者の注意を最も惹く部分であり,これらが本件意匠の要部であるといえる。 (4) 本件意匠と被告意匠との対比 ア 共通点 17 両意匠は,人の顔面の形状に合わせて立体に成形されたマスクであり,装着時に,目,口及び耳に位置する部分には孔部(開口部)が,鼻に位置する部分には,隆起と切れ込みが設けられているという基本的構成態様において,同一であるといえる。 また,具体的構成態様においても,額部である上部が顔の輪郭に合わせてほぼ外側に凸となる曲線で構成されており, 耳部である中央部分は,耳を覆う形状で,外側に凸となる曲線で構成されており,顎である下部は,顔の輪郭に合わせてほぼ外側に凸となる曲線で構成されている点,また,鼻部は,鼻尖部で水平に切断され,鼻翼部に合わせた略倒コの字状の切れ込みが存在し,両目部の孔の内側頂点から,同切れ込み部分まで垂直方向に谷折りとなる直線を構成する点,耳部の開口部の外形に沿って凸状の筋が構成されている点で共通する。 イ 差異点 具体的構成態様において,@被告意匠は,額部において頂部がわずかに凹となっており,顎部において,中心部に逆V字の切れ込みを設けた曲線が構成されており,中央部の輪郭はこめかみから顎部に至るまで,輪郭に沿って凸状の筋が形成されているのに対し,本件意匠は,全体が凸の曲線であり,輪郭に凸状の筋がない点,A両目部において,その孔が,被告意匠は横長楕円形で両端が尖っているのに対し,本件意匠は横長楕円形である点,B鼻部において,被告意匠は,両目部の孔の内側付近から鼻尖部付近まで連続的に隆起し,正中線に沿ったその頂点の折り込み線が鼻梁を構成しているのに対し,本件意匠は,なだらかに隆起しており,鼻尖部は丸型であって,明確な鼻梁が認識できない点,C耳部において,その孔が,被告意匠は,縦長のハート型であるのに対し,本件意匠は,縦長の変形略楕円である点,D口部において,その孔が,被告意匠は,顔の中心線に線対称の横長のハート型で設けられているのに対し,本件意匠は,横長の略楕円形である点において相違している。 ウ 以上により検討するに,被告意匠と本件意匠の上記イ認定の差異点は,上記(3)で認定した本件意匠の要部にもかかわるものであると認められる。そして,その 18中でもとりわけ,被告意匠は,鼻部において,両目部の孔の内側付近から鼻尖部まで連続的に隆起し,正中線に沿ったその頂点の折り込み線が,明確な鼻梁を構成している上,両目部の両端,あるいはハート形である口部に尖った形状の部分が現れることも合わさって,全体に鼻筋の通った引き締まった顔立ちの印象となっているといえるのに対し,本件意匠は,鼻尖部が丸型であり,また鼻梁を明確に認識できないだけでなく,両目部及び口部がいずれも単純な楕円形であることから,全体にのっぺりとした印象を与えるものであるといえ,これらから,両意匠を全体的に観察した場合,看者である需要者に与える印象は異なっているということができる。 したがって,両意匠は類似するということはできないというべきである。 2 結論 以上のとおり,被告意匠は本件意匠に類似せず,被告に意匠権侵害が認められないから,その余の点を判断するまでもなく,原告の被告に対する請求はいずれも理由がない。 よって,原告の被告に対する請求をいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 森崎英二 |
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裁判官 | 田原美奈子 |