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関連審決 無効2021-880007
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事件 令和 5年 (行ケ) 10007号 審決取消請求事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2023/08/10
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2021-880007号事件について令和4年12月13日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は、意匠登録無効審決の取消訴訟である。争点は、新規性の有無(意匠法3条1項3号)である。
1 特許庁における手続の経緯等 原告らは、意匠に係る物品を「瓦」とし、その形状等を別紙第1の図面のとおり(実線で表された部分)とする意匠(意匠登録第1670710号。以下「本件意匠」という。)の意匠権者である(甲1、2)。
本件意匠に係る出願は、平成29年6月16日の特許出願である特願2017-118407号(特許法30条2項(平成30年法律第33号による改正前のもの。
以下同じ。)の適用を申請してされたもの。以下「本件原出願」といい、その出願日である平成29年6月16日を「本件原出願日」という。)の一部を新たな特許出願とした特願2020-28620号を令和2年5月19日に意匠登録出願(意願2020-9785号。意匠法4条(平成30年法律第33号による改正前のもの。以下同じ。)2項の適用を申請してされたもの)に変更したものであり、本件 意匠は、令和2年10月2日に設定登録がされたものである(甲1ないし3、26、
72。以下、本件意匠に係る意匠登録を「本件意匠登録」という。)。
被告らは、令和3年5月18日、本件意匠登録を無効にすることについて意匠登録無効審判を請求したところ、特許庁は、これを無効2021-880007号事件として審理した上、令和4年12月13日、「意匠登録第1670710号の登録を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月22日、原告らに送達された。
原告らは、令和5年1月19日、本件審決の取消しを求めて本件訴えを提起した。
2 本件審決の理由の要旨(1) 本件意匠 ア 本件意匠の意匠に係る物品 本件意匠の意匠に係る物品は、意匠公報(甲2。別紙第1参照)の記載によれば「瓦」である。
イ 本件意匠における意匠登録を受けようとする部分 本件意匠(部分意匠)は、別紙第1の各図面の実線で表された部分(以下「本件部分」という。)であって、本件部分の位置は、正面視において、女瓦から連続して一体的に形成された半円筒形の男瓦の両側部と上部であり、本件部分の全幅(大きさ及び範囲)は、男瓦の横幅と一致している。また、本件部分は、男瓦の一部としての用途及び機能を有している。
ウ 本件意匠の形状模様若しくは色彩又はこれらの結合(以下、「形状模様若しくは色彩又はこれらの結合」を「形態」という。) 本件意匠の形態は、以下のとおりである。
(ア) コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様である。
(イ) コ字状のラインの内側線が、ラインの外側線と略平行に形成されている。
また、左右と上側ラインの幅は、コ字状の全幅の約6分の1である。
(ウ) 男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起しており、その段差の幅(隆 起の厚み)は一様である。
(2) 無効理由1(意匠法3条1項3号(新規性)違反)について ア 万葉に釉薬を塗布して焼成し擬似漆喰模様を施した瓦(甲4、5。別紙第2及び第3参照。以下「本件模様瓦」という。)の構成のうち本件意匠に相当する部分の意匠(以下「引用意匠」という。)について 引用意匠は、本件模様瓦及び軒先に用いる役物瓦を撮影対象とした写真(甲5。
別紙第2参照。以下「本件写真」という。)及び本件模様瓦等が撮影されている複数枚の写真等が掲載された「美ら瓦(ちゅらかわら)」と題するパンフレット(甲4。別紙第3参照。以下「本件パンフレット」といい、本件写真と併せて「本件パンフレット等」という。)に掲載された意匠である。
本件パンフレット等は、本件原出願日より前の平成29年2月16日に、電子データとして電子メール(以下「本件メール」という。)に添付して、原告小林瓦工業株式会社(以下「原告小林瓦工業」という。)の代表者であるA(以下「A」という。)が被告株式会社隈研吾建築都市設計事務所(以下「被告隈研吾事務所」という。)の従業員であるB(以下「B」という。)に送信する方法により交付したものである。
実際に、本件メール(甲20)によれば、「DSC_0582.JPG」として本件写真が添付され、「ちゅら瓦パンフレット.pdf」として本件パンフレットが添付されていることが認められる。なお、本件メールの宛先には、CCとして、
被告隈研吾事務所の従業員であるC(以下「C」という。)も含まれている。
そうすると、被告隈研吾事務所の従業員であるBらは、本件原出願日より前の平成29年2月16日に、引用意匠が現された本件パンフレット等を入手した事実が認められる。
イ 引用意匠が意匠登録出願前に公然知られた意匠であるかについて 引用意匠が現された本件パンフレット等には、引用意匠が開発中であることや、
関係者に対する内部的なものであるなどの記載はなかった。例えば、本件パンフレ ットには、「秘」、「内部資料」、「非公開資料」などの表記がなく、それどころか、1頁右下には、製造販売元として「大里瓦工場」との工場名、その住所、担当者名及び同人の携帯電話番号が記載されており、Bらが望めば、その担当者と引用意匠の製造販売について相談などが行える状況にあったことがうかがえる。
そして、本件メールにおいても、被告隈研吾事務所のBらに送信するに当たって、
メール本文などに、添付された本件パンフレット等の各電子データが関係者に対する内部的なものであるとか、正式な販売前のものであるなどの説明はなかった。加えて、本件模様瓦について、特許、意匠等の出願をする予定であるなどといった説明もなかった。そうすると、本件メールを受け取ったB、C、さらには、同人らから本件メールの内容が伝達され得る被告隈研吾事務所の従業員等は、本件メールに添付されている本件パンフレット等が関係者に対する内部的なものであるとして、
特許、意匠等の出願をする予定であるものとして、それらを取り扱うということはなかったといえる。
また、被告隈研吾事務所は、原告らとの間で、引用意匠に関し、秘密保持についての契約を締結したことはない。
したがって、引用意匠は、原告小林瓦工業が平成29年2月16日に被告隈研吾事務所に対し本件パンフレット等を交付したことにより、本件原出願前に公然知られたものと認められる。
ウ 本件意匠が引用意匠に類似するものであるかについて(ア) 引用意匠に係る物品 引用意匠に係る物品は、本件パンフレットの記載によれば「瓦」である。
(イ) 引用意匠 引用意匠は、正面視において、女瓦から連続して一体的に形成された半円筒形の男瓦の両側部と上部に位置している部分(以下「模様瓦部分」という。)であり、
模様瓦部分の全幅(大きさ及び範囲)は、男瓦の横幅と一致している。また、模様瓦部分は、男瓦の一部としての用途及び機能を有している。
(ウ) 引用意匠の形態 引用意匠の形態は、以下のとおりである。なお、本件部分の向きに合わせて、模様瓦部分の向きを認定する。
a コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様である。
b コ字状のラインの内側線が、ラインの外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、コ字状の全幅の約6分の1である。
c 男瓦表面の他の部分と面一である。
d 白色で表されている。
(エ) 本件意匠と引用意匠の対比 a 意匠に係る物品の対比 本件意匠の意匠に係る物品と引用意匠の意匠に係る物品は、共に瓦である。
b 本件部分と模様瓦部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能 本件部分と模様瓦部分(以下「両部分」という。)は、共に半円筒形の男瓦の両側部と上部に位置しており、全幅(大きさ及び範囲)が男瓦の横幅と一致し、男瓦の一部としての用途及び機能を有している。
c 両部分の形態の対比 (共通点1)コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様である。
(共通点2)コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、コ字状の全幅の約6分の1である。
(相違点1)本件部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に隆起しており、
その段差の幅(隆起の厚み)は一様であるのに対して、模様瓦部分は男瓦表面の他の部分と面一である。
(相違点2)模様瓦部分は白色で表されているが、本件部分には色彩は表されていない。
(オ) 本件意匠と引用意匠の類否判断 a 意匠に係る物品類否判断 本件意匠と引用意匠(以下「両意匠」という。)の意匠に係る物品は、同一である。
b 両部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能の評価 両部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能は共通しており、特に、共に男瓦の両側部と上部に位置し、全幅が男瓦の横幅と一致している共通点は、需要者に一定の視覚的印象を与えているので、両意匠の類否判断に及ぼす影響は大きい。
c 両部分の形態の共通点及び相違点の評価(a) 両部分の形態の共通点の評価 共通点1及び共通点2の形態、すなわち、コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様を形成し、コ字状のラインの内側線を男瓦の外側線と略平行にして、左右と上側ラインの幅をコ字状の全幅の約6分の1にした形態は、需要者の視覚を通じて共通の美感を起こさせるものであるから、両部分の類否判断に及ぼす影響は大きい。
(b) 両部分の形態の相違点の評価 これに対して、両部分の意匠の形態の相違点については、以下のとおり評価される。
相違点1、すなわち、本件部分ではコ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から僅かに段差状に一様に隆起しているのに対して、模様瓦部分ではコ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分と面一であるという相違は、本件部分に見られる隆起(厚み)が僅かなものではあるものの、段差の幅は一様であって、
男瓦の表面という目立つ部位に形成されていることから、需要者に一定の視覚的印象を与えているといえる。したがって、相違点1が両部分の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められる。
他方、瓦が褐色であることは普通であり、瓦の一部に白色を施すことも(漆喰を用いた)沖縄瓦に見られるようにありふれているので、色彩の有無の相違(相違点 2)は、需要者の注意をひくとはいい難い。したがって、相違点2が両部分の類否判断に及ぼす影響は小さい。
(c) 総合判断 以上のとおり、本件意匠と引用意匠は、意匠に係る物品が同一であり、両部分の位置、大きさ及び範囲並びに用途及び機能の共通点が両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼしている。そして、両部分の形態についても、相違点1が両部分の類否判断に及ぼす影響は一定程度認められるものの、相違点2が両部分の類否判断に及ぼす影響は小さく、これらの相違点に対して、共通点1は需要者の視覚を通じて共通の美感を起こさせ、両部分の類否判断に大きな影響を及ぼしている。したがって、
本件意匠は、引用意匠に類似する。
エ 小括 本件意匠は、意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠である引用意匠(本件パンフレット等に掲載された意匠)に類似するから、意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当し、同項柱書の規定により意匠登録を受けることができないものであって、本件意匠登録は、意匠法48条1項1号(令和元年法律第3号による改正前のもの。以下同じ。)の規定により無効とすべきである。
したがって、被告らが主張する無効理由1については、理由がある。
(3) 無効理由2(意匠法15条1項(平成30年法律第33号による改正前のもの)において準用する特許法38条(共同出願)違反(以下、特許法38条の規定に言及する際は、準用条文の記載を省略する。))について ア 本件意匠の着想の提供について 被告隈研吾事務所の代表取締役のうちの一人であるD(以下「D」という。)は、
平成28年7月頃、石垣市新庁舎の設計者選定に応募し、白色の模様を付した赤瓦を用いた屋根とすること、軒先部分の瓦と屋根下地との間の隙間を埋めるために軒先に通常用いられる在来役物瓦を用いずに隙間を露出させること等を内容とする設計案を提示した。
具体的には、Dは、平成28年7月14日に、沖縄県石垣市の石垣市民会館中ホールで実施された「石垣市新庁舎建設設計選定プロポーザル二次審査公開プレゼンテーション・ヒアリング」(甲9)におけるプロポーザル資料(甲10)において、
石垣市新庁舎の屋根のデザインとして、赤瓦を用いること、当該赤瓦に白色の模様を施すことを記載した。
これを踏まえて、被告らは、「Dは、遅くとも平成28年7月14日には、赤瓦に白色の模様を施すアイデアを着想していた。」と主張する。
しかしながら、上記プロポーザル資料には、「男瓦の両側部と上部」の位置と、
「コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様」の形態、すなわち、前記(1)で認定した本件部分の位置と形態は表されておらず、例えば、同資料の10頁ないし12頁に表された屋根瓦には白色の模様が表されているものの、瓦の下部が白色に着色されているのみであって、コ字状のラインの模様は表されていない。
そうすると、平成28年7月14日に、Dが赤瓦に白色の模様を施すアイデアを着想していたとしても、Dが本件部分の具体的構成態様であるコ字状のラインの模様の創作をした事実は認められないから、そのアイデアの着想をもって、Dが本件意匠の創作をしたということはできない。
イ 本件意匠の改良の指示について Dは、平成29年2月頃、原告小林瓦工業に対し、瓦の擬似漆喰模様部分に厚みを持たせるなどの改良をするよう指示し、原告小林瓦工業は、同年春頃、万葉の瓦型を調整することによって擬似漆喰模様部分に2から5mmの厚み(肉盛り)を持たせたり、また、擬似漆喰模様部分の幅を広げたりするなどの改良を行った。
これを踏まえて、被告らは、「このDによる指示に基づく改良点は、本件意匠において需要者の注意をひく部分である「男瓦に形成されたコ字状のラインの模様において、コ字状のラインの内側線が、男瓦の外側線と略平行に形成されている。また、左右と上側ラインの幅は、男瓦の横幅の約6分の1である。」(具体的構成態 様(イ))の構成とされ、また、「コ字状のラインの模様の部分が男瓦表面の他の部分から隆起している。」(具体的構成態様(ウ))の構成とされた。」と主張する。
しかしながら、Dの指示は、瓦の擬似漆喰模様部分に厚みを持たせることであって、コ字状のラインの模様について内側線を男瓦の外側線と略平行にすること及び左右と上側ラインの幅を男瓦の横幅の約6分の1にすることの具体的かつ精確な指示ではなく、例えば、図面などによってそれを指示したものではない。また、Dの指示は、隆起の態様に言及したものではなく、本件部分に見られる僅かな段差状の隆起、幅が一様な段差を具体的に指示したものではない。すなわち、Dは、厚みをもたせるというアイデアを与えただけであって、本件部分についての隆起の態様を明確かつ十分に指示したものではない。
そうすると、平成29年2月頃に、Dが厚みを持たせるなどの改良をするよう指示したとしても、Dが本件部分についての隆起の態様の創作をした事実は認められないから、その指示の行為をもって、Dが本件意匠の創作をしたということはできない。
ウ 被告らの主張について 被告らは、「本件意匠の要部のうち、特にコ字状のラインの模様を隆起させることについては、Dの提案であることは原告らも認めるところであり、この点だけをとっても、Dは、本件意匠の着想及びその具体化を行っていることは明らかである。」と主張する。
しかしながら、前記イで説示したとおり、Dの指示は、アイデアにすぎず、図面などによる、隆起の態様の具体的かつ精確な指示ではないので、前記(1)ウ(ウ)で認定した本件部分についての隆起の態様の創作をDがしたとは認められない。
エ 小括 以上のとおり、Dが本件意匠の創作をしたということはできないので、D(又は被告隈研吾事務所)は、本件意匠の意匠登録を受ける権利を有する者ではなく、本件意匠登録が特許法38条の規定(共同出願)に違反してされたものであるとはい えない。
したがって、被告らが主張する無効理由2には、理由がない。
(4) むすび 以上のとおりであるから、被告らの主張する無効理由1については理由があり、
本件意匠は、意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠に類似する意匠であり、意匠法3条1項3号に規定する意匠に該当し、同項の規定に違背して登録されたものであるから、本件意匠登録は、意匠法48条1項1号の規定により無効とすべきものである。
原告ら主張の審決取消事由(意匠法3条1項3号該当性についての判断の誤
り) 以下のとおり、本件意匠は、意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当しないから、
これと異なる本件審決の判断は誤りである。
なお、本件意匠登録は、特許法38条に違反してされたものではないとの本件審決の認定判断部分に誤りはないから、本件意匠が意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当しない以上、本件意匠登録を無効とした本件審決は取り消されなければならない。
1 引用意匠について意匠法4条2項(意匠の新規性の喪失の例外)が適用されることについて 本件審決は、引用意匠が平成29年2月16日に公然知られた意匠に該当するに至ったと認定するところ、原告らは、同日から6か月以内の日である同年6月16日、特許法30条2項の適用を受けようとする旨を記載した書面を提出して本件原出願(特許出願)をするとともに、「発明の新規性の喪失の例外の規定の適用を受けるための証明書」と題する書面(Dが同年2月19日にした引用意匠の公開をもって、引用意匠が公然知られた意匠に該当するに至った旨の記載があるもの。以下「本件証明書」という。)を提出した。そして、以下のとおり、本件証明書は、本件審決が認定した同年2月16日の公開行為との関係でも、意匠法4条3項に規定 する証明書(以下「法定の証明書」という。)に該当するから、引用意匠は、同条2項により、公然知られた意匠に該当するに至らなかったものとみなされる。したがって、引用意匠が同法3条1項1号に掲げる意匠に該当することを前提に本件意匠が同項3号に掲げる意匠に該当するとした本件審決の判断は誤りである。
(1) 意匠の公開の事実が形式的に複数ある場合において、これらの一つ一つを分解していずれも意匠の公開の事実であると捉え、そのうち法定の証明書として提出された証明書に記載されない公開の事実が一つでもあるときに当該事実については法定の証明書を提出したことにならないとすると、実務が煩雑になるのみならず、
意匠の保護を図ることにより意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与するとの同法の目的(同法1条)が実現されないことになる。特に、本件のように、意匠を創作した者(以下「意匠創作者」という。)が意匠創作者でない者に対して当該意匠に係る情報を提供し、その後、意匠創作者でない者が当該意匠を公開した場合において、意匠創作者でない者が後になって意匠登録の無効を主張するために法定の証明書として提出された証明書に記載のない公開の事実(当該情報提供の事実)を指摘するときは、意匠権者の対抗手段が極めて限定されることになり、不都合は大きい。また、意匠創作者でない者が意匠を公開する場合において、意匠創作者が意匠創作者でない者に対してした情報提供行為につき、これを法定の証明書に記載するよう求める特許庁の指針もない。そうすると、意匠創作者が意匠創作者でない者(意匠を公開した者)に対してした情報提供行為につき、これを法定の証明書として提出された証明書に記載しなかったからといって、当該情報提供行為について法定の証明書の提出がないと解するのは、意匠権者にとって余りに酷である。したがって、意匠創作者が意匠創作者でない者に対して意匠に係る情報提供をし、これにより当該意匠を公開し、その後、意匠創作者でない者によって当該意匠が更に公開された場合において、意匠創作者でない者による公開の事実のみが法定の証明書として提出された証明書に記載されたときは、当該情報提供行為は、当該証明書に記載された公開の事実に包摂され、当該証明書は、当該情報提供行為との関係でも 法定の証明書に該当すると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみるに、被告隈研吾事務所は、Aに対し、平成29年2月13日、Dが石垣市長に対するプレゼンテーション(同月19日に予定されるもの)を行うための資料の提供を依頼し、Aは、これに応える形で、被告隈研吾事務所に対し、同月16日、本件パンフレット等を送付したところ(以下、同日にされた本件パンフレット等の送付を「本件送付」という。)、本件送付は、Aにおいて、それがDによるプレゼンテーションの一助となることを望んだことによりされたものであり、Dが同月19日にした引用意匠の公開(以下「本件発表」という。)の前の段階で必要な情報提供行為であるといえる。したがって、本件送付は、本件証明書に記載された本件発表に包摂され、本件証明書は、本件送付との関係でも法定の証明書に該当する。
(3) 被告らは、前記(1)のような場合(意匠創作者が意匠創作者でない者に対して意匠に係る情報提供をし、これにより当該意匠を公開し、その後、意匠創作者でない者によって当該意匠が更に公開された場合)には、法定の証明書として提出された証明書に最先の公開行為についての記載がなければ、公開された意匠について意匠法4条2項の適用を受けることができないと解すべきであるから、本件においても、公開された引用意匠について同項の適用を受けるためには、法定の証明書として提出された本件証明書に最先の公開行為である本件送付についての記載があることを要すると主張する。
しかしながら、意匠を公開する行為が複数ある場合において、ある公開行為が最先の行為に当たるか否かの判断に当たっては、@公開の時期が客観的かつ明確であるか、A意匠登録出願人にとって把握が容易であるか、Bいずれの公開行為により公開された意匠について同項が適用されるのかが判断しやすく、審査の負担が抑えられ、かつ、第三者の予見可能性の確保が可能であるかの各点を考慮して検討するのが相当である。
これを本件についてみるに、本件発表は、市民ホールで行われたものであり、新 聞報道もされているものであるから、本件発表に係る公開の時期は、客観的かつ明確に判断することができる(これに対し、本件送付は、原告小林瓦工業と被告隈研吾事務所との間のメールのやり取りにおいてされたものであり、内部的な情報交換としてされたものであるから、第三者において、公開の時期を客観的かつ明確に判断できないものである。)。また、本件発表は、市民ホールにおいて一般市民に対して行われたものであり、客観的かつ明確なものであるから、本件意匠に係る意匠登録出願人である原告らにとって把握が容易なものである(これに対し、本件送付は、本件発表に至るまでの内部的な意見交換の過程においてされたものであるところ、原告小林瓦工業は、そのような意見交換が意匠の公開に当たるとは認識していなかったから、原告らにとって、本件送付が公開行為に当たると把握するのは容易でなかった。)。さらに、Dにより市民ホールにおいてされた本件発表が法定の証明書として提出された証明書に記載されれば、意匠法4条2項の適用の対象について判断しやすく、審査の負担も抑えられ、第三者の予見可能性の確保においても十分である。以上によると、本件証明書には、最先の公開行為である本件発表についての記載があるといえるから、被告らの上記主張を踏まえても、引用意匠については、同項の適用があることになる。
2 引用意匠が本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠(公然知られた意匠)に該当するに至ったものではないことについて 本件審決は、引用意匠が平成29年2月16日の本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当するに至ったと認定したが、以下のとおり、当該認定は誤りであるから、引用意匠が同号に掲げる意匠に該当することを前提に本件意匠が同項3号に掲げる意匠に該当するとした本件審決の判断は誤りである。
(1) 意匠について守秘義務を課せられた者が当該意匠を知った場合に、当該意匠が公然知られた意匠に該当しないことはいうまでもないが、意匠の公開の相手方が当該意匠について守秘義務を課せられているとまでいえない場合であっても、意匠を公開した者とその相手方との間の客観的な関係に照らし、当該相手方において、
信義則上又は社会通念上若しくは商慣習上、当該意匠につきこれを秘密扱いにすることが暗黙のうちに求められ、かつ、当該意匠を公開した者において、そのような扱いをされることが期待できると認められるときは、当該公開の事実をもって、当該意匠が公然知られた意匠に該当するに至ったということはできない。この場合において、当該相手方に対する秘密保持の指示又は要求、当該相手方が当該指示又は要求を理解したことの確認、秘密保持義務を課せられていることについての当該相手方の認識等は、当該意匠が公然知られた意匠に該当しないための要件ではなく、
客観的にみて、当該意匠が秘密のものであること(当該意匠につき秘密保持義務が課せられていること)につき当該相手方がこれを認識する可能性があれば足りると解される。なお、特許庁が作成した法定の証明書のモデル書式においても、意匠の発表者が当該意匠を知った事情についての記載を要求していないところ、これは、
単に当該発表者が当該意匠を知ることをもって、当該意匠が公然知られた意匠に該当するとはいえないことを裏付けている。
(2) これを本件について検討する。
ア 本件においては、次の各事情が存在し、これらによると、被告隈研吾事務所は、開発中の瓦に使用される引用意匠と特別の関係を有し、信義則上又は社会通念上若しくは商慣習上、引用意匠を秘密扱いとすることが暗黙のうちに求められ、かつ、原告らにおいて、そのような扱いをされることが期待できるといえ、また、客観的にみて、被告隈研吾事務所には、引用意匠が秘密のものであることを認識する可能性があったといえる。
(ア) 引用意匠等の意匠を含む赤瓦は、原告らが石垣市の新庁舎の建設工事のためにオーダーメイドで製造していたものであり、引用意匠を含むデザインの開示の相手方は、当該建設工事の関係者2名(設計を担当する被告隈研吾事務所及び建設工事の施主である石垣市)という極めて限られた者のみであった。
(イ) 原告らが被告隈研吾事務所に対して引用意匠等の意匠を含む赤瓦の試作品を提供した当時、当該赤瓦は、一般向けに販売されていない開発中の製品であり、
被告隈研吾事務所や石垣市に対しても販売されたことはなかった。また、Aは、被告隈研吾事務所に対し、本件送付がされるまでに、本件パンフレットが正式な販売をする前の製品に係る内部的なパンフレットであることを説明していた。
(ウ) 被告隈研吾事務所及び石垣市は、引用意匠等の意匠が第三者に対して内容を明らかにしていない開発中のものであり、同市の新庁舎において初めて用いられるものであることを十分に認識していたはずであるし、そうでないとしても、被告隈研吾事務所においてそのように認識することは十分に可能であった。
(エ) Dは、本件発表の当時も、引用意匠を含む赤瓦が開発中の製品であることなどを十分に認識していた。
(オ) 被告隈研吾事務所は、30年以上のキャリアを有する設計事務所を経営する会社であり、Dは、世界的に著名な建築家である。したがって、被告隈研吾事務所ないしDは、赤瓦が開発中の製品である段階では、これについて特許出願がされたり、これに含まれる意匠について意匠登録出願がされたりする可能性があることを十分に想定していた(仮にそうでないとしても、取引通念上又は商慣習上、そのように想定するのが通常であるといえる。)。また、原告らにとって、石垣市の新庁舎の建設工事において自社商品である赤瓦を使用してもらうため、設計を担当する被告隈研吾事務所に当該赤瓦を採用してもらうことが何より重要であったところ、
そのような立場にある原告らにおいて、被告隈研吾事務所ないしDに対し、引用意匠の開示の前に秘密保持契約を締結せよなどと要求できるはずがない。
(カ) 被告隈研吾事務所は、原告らが製造した赤瓦を高く評価し、当該評価を外部メディアに対して公表し、また、原告らとの間で当該赤瓦に係る見積りの打合せを実施し、もって、原告らに対し、当該赤瓦が石垣市の新庁舎に採用されるとの大きな期待と信頼を惹起した。
(キ) 原告らは、被告隈研吾事務所及び石垣市との間で、同市の新庁舎に採用される瓦のデザインの調整に向け、適時に情報及び課題を共有しながら意思疎通を図ってきた。
(ク) Dは、本件意匠を備える模倣品(丸鹿セラミックス株式会社の登録意匠に係るもの)に自己のサインを付した上、本件意匠を社会に向けてアピールしており、
石垣市も、そのことを是認している。また、石垣市は、当該模倣品について寄附を募り、その結果、本件意匠を社会に向けて発表している。
イ 本件パンフレットに係る以下の各事情に照らすと、本件パンフレットは、被告隈研吾事務所及び石垣市に対する説明資料にすぎず、本件送付は、秘密の公開を求めるものではないといえる(原告らは、被告隈研吾事務所及び石垣市において本件パンフレットを検討資料として利用してもらうとの意図は有していたものの、これを一般の第三者に対する発表の際に積極的に利用してもらいたいとの意図は有していなかった。原告らが本件パンフレットを制作し、これを送付したのは、被告隈研吾事務所及び石垣市において、瓦1枚を見ただけでは分からない組み上がりのイメージを試作段階において持ってもらうためであった。)。したがって、本件送付によって、原告らが引用意匠に係る秘密の保持を期待し、そのように秘密が保持されるものと信頼する関係が失われるものではない。なお、本件送付に当たり、被告隈研吾事務所に対する本件メールに本件パンフレットのデータを添付したのは、Aが石垣市に送付した瓦の内容を特定するためであって、原告らにおいて、本件送付の段階で、当該瓦を商品として一般向けに販売することを考えていたわけではない。
(ア) 本件パンフレットには、完成品ではなく試作段階の瓦の写真が掲載されているだけであり、本件パンフレットは、そのままでは一般向けの販売用に使用できるものではない。
(イ) 本件パンフレットの1枚目冒頭には、「新しい沖縄の屋根瓦のご提案」と記載されているが、これは、被告隈研吾事務所及び石垣市に対する「ご提案」との意味である。
(ウ) 本件パンフレットの2枚目以降は、試作品の瓦が組み上がったときの擬似漆喰模様の連なり、平瓦の段差との組合せ、軒先の役物瓦を備え付けたときの外観等を主たる内容とするものである。
(エ) 本件パンフレットに掲載された瓦は、試作品であるため、本件パンフレットには、瓦単体の多方向からの撮影写真や説明書きがほとんどない。なお、本件パンフレットの1枚目の「軽くて、雨、風、地震につよい」などの説明書きは、一般向けの販売を念頭に置いたものではなく、体裁を整えるため、申し訳程度に書き加えられたものである。
(オ) 本件パンフレットには、製造販売者名の記載がない。なお、本件パンフレットの1枚目には、便宜的に製造工場の場所、実務担当者の名前及び同人の携帯電話番号が記載されているが、この者に販売の権限はない。また、本件パンフレットには、販売予定者である原告らの名称の記載がないところ、このような記載の仕方をしている本件パンフレットについて、これが一般向けの販売を予定した商品のパンフレットであるとみることはできない。
(カ) 本件パンフレットの体裁は、瓦に係る通常の商品パンフレットの体裁とは異なる。
(キ) 原告らは、被告隈研吾事務所及び石垣市以外の第三者に対して本件パンフレットを公開し、頒布し、流通させるなどすることを一切意図していなかったし、
実際にもそのようなことはしていない。
ウ 以上のとおりであるから、Aにおいて、本件発表の前の段階で石垣市の新庁舎の建設工事の関係者に限って引用意匠を開示したとしても、このこと(本件送付)により、引用意匠が公然知られた意匠に該当するに至ったものと認めることはできない。
被告らの主張
以下のとおり、本件意匠は、意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当するから、
これと同旨の本件審決の判断に誤りはないし、仮に本件意匠が同号に掲げる意匠に該当しないとしても、本件意匠登録は、特許法38条に違反してされたものであるから、本件意匠登録を無効にした本件審決の結論に影響はない。
1 引用意匠について意匠法4条2項(意匠の新規性の喪失の例外)が適用され ないことについて 以下のとおり、本件証明書は、引用意匠に係る平成29年2月16日の公開行為(本件送付)との関係では、法定の証明書に該当しないから、後記2のとおり本件送付により公然知られた意匠に該当するに至った引用意匠について意匠法4条2項が適用される余地はない。
(1) 原告らが主張するような場合(意匠創作者が意匠創作者でない者に対して意匠に係る情報提供をし、これにより当該意匠を公開し、その後、意匠創作者でない者によって当該意匠が更に公開され、後行の公開行為(意匠創作者でない者による公開行為)のみが法定の証明書として提出された証明書に記載された場合)において、先行の公開行為(意匠創作者による情報提供行為)により公開された当該意匠につき意匠法4条2項の適用を受けるためには、原則として、先行の公開行為について記載した法定の証明書を提出することを要する。もっとも、特許庁の運用及び裁判例の状況を踏まえると、例外的に、法定の証明書として提出された証明書に記載されていない公開行為(以下「法定の証明書に記載のない公開行為」という。)により公開された意匠について同項の適用が肯定される場合もあり得るが、そのためには、@法定の証明書に記載のない公開行為によって公開された意匠が法定の証明書として提出された証明書に記載された公開行為(以下「法定の証明書に記載された公開行為」という。)により公開された意匠と同一であるか、又は同一であるとみなすことができるものであること、A法定の証明書に記載のない公開行為が法定の証明書に記載された公開行為と密接に関連するものであること又は法定の証明書に記載のない公開行為により公開された意匠が意匠権者若しくは意匠権者が公開を依頼した者のいずれでもない者により公開されたものであること、B法定の証明書に記載のない公開行為が法定の証明書に記載された公開行為の後にされたものであることの全ての要件を満たす必要があると解するのが相当である。
(2) これを本件について検討する。
ア 本件証明書は、本件送付について記載するものではないから、本件送付によ り公開された引用意匠は、上記(1)の原則的に求められる要件を欠く。
イ 被告隈研吾事務所は、原告らに対して本件パンフレット等の送付を求めておらず、また、本件パンフレットは、その体裁に照らし、単なる広告用のチラシであるから、本件パンフレット等は、本件発表に際して全く必要のないものであった。
したがって、本件送付は、本件発表と密接に関連するものではなく、上記(1)のAの要件を欠く。さらに、本件送付は、本件公開より前の公開行為であるから、上記(1)のBの要件も欠く。
ウ 以上のとおりであるから、本件送付により公開された引用意匠は、意匠法4条2項の適用を受けられない意匠である。
(3) 原告らは、本件においては本件発表が最先の公開行為であると主張するが、
最先の公開行為に該当するか否かは、公開行為の時期の先後によって確定するものであるから、原告らの主張は失当である。
2 引用意匠が本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠(公然知られた意匠)に該当するに至ったことについて 以下のとおり、引用意匠は、平成29年2月16日の本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当するに至ったものであるから、これと同旨の本件審決の認定に誤りはなく、したがって、引用意匠が同号に掲げる意匠に該当することを前提に本件意匠が同項3号に掲げる意匠に該当するとした本件審決の判断に誤りはない。
(1) 意匠が公開された場合において、なお意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当しないというためには、公開の相手方が意匠について秘密保持義務を負っていることを要する(公開の相手方において、意匠が秘密のものであることについての認識可能性があるというだけでは足りない。)。そして、意匠を公開した者とその相手方との間で明示的に秘密保持契約が締結されていない場合に、当該相手方が秘密保持義務を負っているというためには、意匠を含んだ公開の対象物が客観的にみて営業秘密であることが明らかであること又は意匠を含んだ公開の対象物が広く第 三者に流通することを予定したものでないことが必要である。ここで、客観的にみて営業秘密であることが明らかな対象物は、「設計図面」や「装置そのもの」のような場合に限られ、また、公開の対象物が広く第三者に流通することを予定したものであるか否かは、公開の対象物の内容や公開の当事者の認識を精査して検討するのが相当である。
(2) これを本件について検討する。
ア 本件パンフレット等は、その内容に照らし、「設計図面」や「装置そのもの」に該当するものではない。また、本件パンフレットには、秘密情報を含む旨の「部外秘」などの記載はない。本件パンフレットに記載された広告文言によると、本件パンフレットは、単なる広告用のチラシにすぎず、「設計図面」や「装置そのもの」に準ずるような客観的にみて営業秘密であることが明らかな公開の対象物であるということはできない。
そうすると、本件パンフレット等につき、これらが客観的にみて営業秘密であることが明らかであるということはできない。
イ(ア) 以下の各事情に照らすと、被告隈研吾事務所において、引用意匠が秘密のものであることを認識する可能性があるとはいえず、本件パンフレット等は、広く第三者に流通することを予定したものであったといえる。
a 原告小林瓦工業は、被告隈研吾事務所に対し、引用意匠について秘密にすべき旨の要求をしておらず、被告隈研吾事務所は、引用意匠が秘密扱いとすべき情報に該当するとの認識を有していなかった。
b 石垣市の新庁舎の瓦のデザインは、同庁舎の完成前から、広く一般に公表されることを想定したものであった。
c 原告小林瓦工業は、Dによる本件発表について異議を述べるなどしなかった。
d 被告隈研吾事務所は、本件送付の時点において、原告小林瓦工業から引用意匠について意匠登録出願をする予定であるなどとは知らされていなかった。
e 被告隈研吾事務所は、原告小林瓦工業に対し、単に瓦のサンプルを石垣市に 送付するよう依頼しただけであるが、原告小林瓦工業は、一方的に本件パンフレットを同市に送付した上、被告隈研吾事務所に対しても、一方的に本件パンフレット等を送付した。また、原告小林瓦工業は、被告隈研吾事務所に対し、本件パンフレットが正式な販売をする前の製品に係る内部的なパンフレットであるなどと説明しなかった。現に、本件送付に係る本件メールには、本件パンフレットがそのような内部的なパンフレットである旨の記載や引用意匠の秘密保持に関する記載はない。
なお、本件パンフレットがそのような内部的なパンフレットでないことは、本件パンフレットに「部外秘」などの秘密情報を含む旨の記載がないことからも明らかである。
f 本件送付の際、原告小林瓦工業は、被告隈研吾事務所に対し、本件パンフレット等の取扱いについての説明をせず、引用意匠の秘密保持について触れることもなかった。なお、原告小林瓦工業と被告隈研吾事務所との関係を考慮しても、原告小林瓦工業は、被告隈研吾事務所に対し、そのような説明等をすることができたはずである。
(イ) 原告小林瓦工業は、本件発表の準備の段階から本件発表にかけて、引用意匠の保護や引用意匠の公表の可否について何らの注意も払っていなかった(このことは、原告小林瓦工業が当初は意匠登録出願ではなく特許出願を行ったことからも裏付けられる。)。また、原告小林瓦工業は、本件証明書において、「Aは、Dに対し、平成29年2月19日の石垣市新庁舎基本設計説明会において発明を公開するよう依頼した」旨の記載をしており、原告小林瓦工業は、引用意匠が公表されることを把握していたといえる。加えて、原告らが「本件送付は、Aにおいて、それがDによるプレゼンテーションの一助となることを望んだことによりされたものである」旨の主張(前記第3の1(2))をしていることも併せ考慮すると、原告小林瓦工業は、本件送付により引用意匠が公開されることを想定していたのであるから、
原告小林瓦工業の認識に照らしても、本件パンフレット等は、広く第三者に流通することを予定したものであったといえる。
(ウ) 本件パンフレット等には、「試験目的の使用のみのサンプル」などといった使用目的を限定する趣旨の記載は見当たらない(なお、前記(ア)e及びfのとおり、本件パンフレット等は、被告隈研吾事務所が依頼していないにもかかわらず、
原告小林瓦工業から一方的に送付されたものであり、第三者に対して広く配布することを控えてほしいなどと説明されることもなかったものである。)。また、本件パンフレット等には、特定の宛先が記載されていないから、本件パンフレット等は、
特定の事業者への配布を前提とするものではない。さらに、本件パンフレットには、
製造販売者の名称及び住所並びに担当者の名前及び電話番号が記載されているところ、これは、顧客からの問合せを予定したものであるから、本件パンフレットは、
広く公表されることを前提に制作された資料である(なお、製造販売者の名称及び住所並びに担当者の名前及び電話番号の記載があれば、販売権限のある者が記載されていると認めるのが自然である。また、本件パンフレットが被告隈研吾事務所及び石垣市に対する単なる説明資料であれば、製造販売者の名称及び住所並びに担当者の名前及び電話番号を記載する必要はない。)。加えて、本件パンフレットに記載された宣伝文句につき、体裁を整えるために申し訳程度に書き加えられたなどということはできず、本件パンフレットは、瓦の全体の構成、作用効果等を一目で分かるように表示した資料であるといえる。
したがって、本件パンフレット等は、その客観的な内容に照らしても、広く第三者に流通することを予定したものであったといえる。
(エ) なお、本件送付により引用意匠が公然知られた意匠に該当するに至ったか否かは、本件パンフレット等に掲載された製品が一般向けの販売を念頭に置いていたか否かではなく、本件パンフレット等が広く第三者に流通することを予定したものであったか否かによって決せられるべきである。
ウ 以上のとおりであるから、被告隈研吾事務所が引用意匠について秘密保持義務を負っていたということはできず、したがって、引用意匠は、本件送付により公然知られた意匠に該当するに至ったというべきである。
3 本件意匠登録が特許法38条(共同出願)に違反してされたものであることについて 以下のとおり、Dは、本件意匠の創作者であり、被告隈研吾事務所は、本件意匠について意匠登録を受ける権利を有する者であるから、原告らがD及び被告隈研吾事務所に無断でした本件意匠に係る出願は、特許法38条に違反し、本件意匠登録は無効である(本件意匠に係る出願が同条に違反してされたものではないとの本件審決の判断は誤りである。)。したがって、仮に本件意匠が意匠法3条1項3号に掲げる意匠に該当しないとしても、本件意匠登録を無効とした本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(1) 意匠登録を受ける権利を有する創作者とは、意匠の創作に実質的に関与した者をいい、具体的には、意匠の形態の創造及び作出の過程にその意思を直接的に反映し、実質上その形態の形成に参画した者をいうが、主体的意思を欠く補助者や単に課題についての指示ないし示唆をしたにとどまる命令者は、これに含まれないものと解される。
(2) これを本件についてみるに、Dは、本件意匠の試作品を作製した原告小林瓦工業に対し、「コ字状のラインを270度回転して下方開口とした縦長の模様」であって「コ字状のラインの内側線が、ラインの外側線と略平行に形成されている」模様(以下「本件模様」という。)において、肉盛りを形成している部分の厚みを5mm程度とするよう明確かつ具体的に指示したところ、本件意匠は、当該指示のとおりに構成されているのであるから(前記第2の2(1)ウ(ア)及び(イ))、Dは、
本件模様の隆起の態様を創作した者であり、この点のみをもってしても、Dが本件意匠の創作者であることは明らかである。
また、Dは、「本件模様のコ字状のラインを270度回転して下方開口」とする構成を着想し、原告小林瓦工業に対し、当該構成の試作品の作製を指示したほか、
本件模様のその余の構成及び本件意匠の全体の構成についても詳細な指示を複数回にわたって行ったものであり、本件模様及び本件意匠の形態の創造並びにこれらの 作出の過程にDの意思が直接的に反映されていることは明らかである。したがって、
この点からも、Dが本件意匠の創作者であることは明らかである。
当裁判所の判断
1 認定事実 掲記の証拠、A作成の報告書(甲62、68、乙3)、B作成の陳述書(甲41の3、甲43の4)及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 石垣市は、同市の新庁舎を建設するに当たり、公募によるプロポーザル方式により建設工事に係る設計者を選定することとし、平成28年7月14日、一次審査により選定された5つの業者(被告隈研吾事務所を含む。)を対象に、二次審査として公開プレゼンテーション・ヒアリングを実施した。Dは、同日の公開プレゼンテーション・ヒアリングに参加し、被告隈研吾事務所の提案の内容等についてのプレゼンテーションを行った。石垣市は、同日、業者によるプレゼンテーションの結果も踏まえて審査し、特に優れた提案を行い新庁舎の建設工事に係る設計を委ねるにふさわしい業者として、被告隈研吾事務所を選定した。なお、Dが上記のプレゼンテーションにおいて使用した資料には、新庁舎の屋根につき赤瓦を使用することが記載されていた。(甲9、10、12) (2) 被告隈研吾事務所の担当者(B、Cら)は、平成28年8月10日、石垣市の新庁舎の建設工事に係る設計について、同市の担当者、被告隈研吾事務所と共に共同企業体を構成していた洲鎌設計室株式会社(市内企業候補者として選定されていた業者)の担当者らと打合せを行った。同打合せにおいては、琉球赤瓦についても協議がされ、洲鎌設計室株式会社の担当者は、「数社の瓦業者から屋根にS瓦を用いるのは難しいとの報告がされている。宮古島にあるホテルの屋根に用いられている瓦はスペイン瓦であると思われる。S瓦等の耐風圧性能は高いと考えられる。」などと述べた。Cは、Bに対し、同日、宮古島にあるホテルの屋根について施工実績のある原告小林瓦工業の連絡先等を紹介した。なお、Cは、原告小林瓦工業も関与した宮崎県にある物件に係る業務の担当者であった。(甲13ないし15) (3) Cは、Aに対し、平成28年11月16日、「石垣島についてですが、
「B」という社員が対応しております。…石垣島に関しては、実は私も少し係っており、小林瓦さんのことは信頼できる瓦屋さんであること、シギラベイ(裁判所注:宮古島にあるホテル)の実績等を伝えております。現状では、基本設計の序盤ということもあり、どういった瓦というところまでは検討できていない状態です。赤瓦を使いたいが、台風も多いため問題も多いという状態です。」などと記載したメールを送信した(甲17)。
(4) Aは、B及びCとの間で、平成28年11月21日、石垣市の新庁舎の屋根に用いられる瓦についての初めての打合せを行った(甲18、19)。その際、
Aは、赤瓦の試作品及びこれを組み上げた際のイメージ写真を持参した。
(5) Aは、Bに対し、平成28年11月22日、参考として瓦の断面図を送付した(甲19)。
(6) Bは、Aに対し、平成28年12月12日、「石垣市の新庁舎の件、参考にポリフォーム工法での赤瓦のu単価(材工)を教えていただけますでしょうか?正式な見積もりは年明けにお願いしたいと考えておりまして、とり急ぎ参考価格で構いません。施工面積は 10,000 uです。」などと記載したメールを送信した。これに対し、Aは、翌13日、在来瓦、ちゅら瓦、ちゅらS瓦、S瓦漆喰仕上げ及びS瓦漆喰なし(いずれもポリフォーム工法)のそれぞれについて、平米単価(離島経費込みの実行概算価格)及び施工面積に対応する金額を回答した。(甲67) (7) 原告らの各代表者は、Dに対し、平成29年2月1日、引用意匠を含む発明(擬似琉球瓦(擬似沖縄漆喰瓦)に係るもの。以下「本件発明」という。)について、これを同月19日に行われる予定の石垣市新庁舎基本設計説明会(以下「本件説明会」という。)において公開するよう依頼した(甲26、72)。
(8) Bは、Aに対し、平成29年2月13日、「今週日曜日(裁判所注:同月19日)に石垣市役所にて、Dの市長プレゼンを予定しており、ちゅら瓦については、Dも画期的と大変気に入っており、ぜひ説明したいと考えております。そこで 以前いただいたサンプルと同様のものを二枚ほど、市役所まで送付いただくことは可能でしょうか?」などと記載したメールを送信した上、石垣市役所における具体的な送付先を尋ねるAに対し、具体的な送付先を記載したメールを更に送信した(甲20、21の1)。
(9) Aは、平成29年2月16日、石垣市役所に対し、ちゅら瓦のサンプル2枚、ちゅら軒巴琉球模様のサンプル1枚、ちゅら軒巴石垣市模様のサンプル1枚、
ちゅら軒唐草のサンプル1枚及び本件パンフレット3部を送付した上、Bに対し、
これらのサンプル等を同日に同市役所に送付したことに加え、「この瓦を隈事務所が提案するならばと思い、漆喰の釉薬の部分の厚みを0〜4.5mm程度で試作作成中です。もちろん型代としてコストはかかりますが、より本物に近い物が出来るものと思っています。」などと記載し、本件パンフレット等に係る各ファイルを添付した本件メール(Cを受信者(CC)に含めたもの)を送信した(本件送付)。
なお、本件メールには、引用意匠や本件パンフレット等につきこれらを秘密扱いにするよう求めるなどする記載はない。(甲20)(10) 本件パンフレットは、1枚目に引用意匠を含む赤瓦等の写真が掲載された上、これらの写真を背景として、「美ら瓦」との表題(「ちゅらかわら」とのルビが振られている。)のほか、「伝統的な琉球島瓦のイメージを持つ新しい沖縄の屋根瓦のご提案」、「丸瓦に平瓦2段が一体化した、新しいタイプのかわらです。一体成型だから、軽くて、雨、風、地震につよいかわらです 釉薬で焼き付けた漆喰柄は永久に剥がれることはありません。」、「製品仕様 働き幅273〜288mm 働き長さ245mm、坪あたり48枚 重さは206kg(従来の約半分の重さ)」及び「製造販売:大里瓦工場 担当:E(電話番号省略)」との各文言が記載され、2枚目及び3枚目には、引用意匠を含む赤瓦の写真(合計8枚)が掲載されている(甲4)。また、本件写真は、引用意匠を含む赤瓦を撮影したもの(写真1枚)である(甲5)。なお、本件パンフレット等には、引用意匠が開発中のものであるなどの記載はなく、「秘」、「部外秘」、「非公開」などの記載もない。
(11) Dは、平成29年2月19日、石垣市健康福祉センターにおいて開催された本件説明会において、石垣市の新庁舎に係る設計コンセプトについて説明した上、
原告らの各代表者による前記(7)の依頼にも応じる形で、本件発明に係る瓦(引用意匠を含むもの)を使用することを報告した(本件発表)。本件発表は、石垣市長のみならず、石垣市民に対してもされたものであり、それについての新聞報道がされたものである。(甲23の1、甲24、25、72)。
(12) Bは、Aに対し、平成29年2月20日、「昨日、無事市長説明と市民説明会を終えました。ちゅら瓦については、市長にも大変好評でして、市民説明会での記事にも一部出ておりますので、共有致します。瓦の形状については、Dや市長からリクエストが出ておりますので、今後こちらにいらっしゃるときに打合せをお願いできればと思います。」などと記載し、新聞記事に係るファイルを添付したメールを送信した(甲24)。Dによる同月19日の本件発表について、Aから異議が述べられることはなかった。
(13) 原告らは、平成29年6月16日、特許法30条2項の適用を受けようとする旨を記載した書面を提出して本件発明に係る本件原出願(特許出願)をするとともに、本件証明書を提出した(甲26、72)。本件証明書には、公開の事実として、同年2月19日の本件発表についての記載があるが、同月16日の本件送付についての記載はない。なお、原告らにおいて、被告隈研吾事務所に対し、本件原出願に先立って、引用意匠を含む発明、引用意匠等につき特許出願、意匠登録出願等をする予定がある旨を伝えたことはなかった。
2 原告らの主張2(引用意匠が本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠(公然知られた意匠)に該当するに至ったものではないこと)について 原告らの主張1(引用意匠について意匠法4条2項が適用されること)は、原告らの主張2(引用意匠が本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当するに至ったものではないこと)に理由がないこと(引用意匠が本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当するに至ったものであること)を前提とするも のであるから、原告らの主張1に先立ち、原告らの主張2について検討する。
(1) ある意匠が他の者に知られた場合であっても、当該者が当該意匠について秘密保持義務を負うと認められるときは、当該意匠は、いまだ意匠法3条1項1号にいう「公然知られた意匠」に該当するものではない。もっとも、当該者が当該意匠について秘密保持義務を負うといえるためには、必ずしも秘密保持義務の発生の根拠となる契約が存在することまでは必要とされず、当該者とその相手方との関係、
当該者において知るに至った事項の性質及び内容等に照らし、当該者が当該意匠について秘密にすることを社会通念上求められる状況にあり、当該者がそのことを認識することができれば、当該者は、当該意匠について秘密保持義務を負うものと解するのが相当である。
(2) 以上を前提に、本件について検討する。
ア 前記認定のとおり、引用意匠は、本件パンフレット等に掲載されているものであるところ、AがB及びCに対して平成29年2月16日に本件パンフレット等を送付したことから(本件送付)、引用意匠は、遅くとも同日、被告隈研吾事務所の知るところとなったものである。
イ 原告らは、本件送付に係る本件パンフレット等に掲載された引用意匠について、原告らと被告隈研吾事務所との間で秘密保持契約が締結されたと主張するものではない。
ウ 前記認定のとおり、原告らの各代表者は、本件送付に先立つ平成29年2月1日、Dに対し、引用意匠を含む本件発明について、これを同月19日に行われる予定の本件説明会(石垣市長及び石垣市民が参加するもの)において公開するよう依頼し、Dは、同日、当該依頼にも応じる形で、本件説明会において、石垣市の新庁舎に使用する瓦として本件発明に係る瓦(引用意匠を含むもの)を発表したものである。また、Aは、同月13日、Bから「Dは、同月19日の本件説明会においてプレゼンテーションをする予定であり、当該プレゼンテーションにおいてちゅら瓦(引用意匠を含むもの)について説明したいので、石垣市役所に対してちゅら瓦 のサンプルを送付してほしい」との趣旨のメールを受信した際も、Dが本件説明会において引用意匠を含むちゅら瓦について説明することに異議を述べるのではなく、
同月16日、Bの上記依頼に応じてちゅら瓦のサンプル及び本件パンフレットを石垣市役所に送付した上、同日、本件パンフレット等をB及びCにも送付したものである(本件送付)。さらに、Aは、本件説明会が開催された日の翌日である同月20日、Bから本件説明会(本件発表)の様子等を知らせるメールを受信した際にも、
特にこれに異議を述べるなどしなかったものである。加えて、Aにおいて、本件パンフレット等を添付ファイルの形式で送付したメールである本件メールに、引用意匠や本件パンフレット等を秘密扱いにするよう求めるなどする記載をせず、かえって、被告隈研吾事務所が本件説明会において引用意匠を含むちゅら瓦を石垣市の新庁舎に使用する瓦として提案することを前提とする記載をしたこと、Aにおいて、
本件パンフレット等に、引用意匠が開発中のものであるなどの記載や本件パンフレット等が秘密情報を含むものであることを示す「部外秘」などの記載をしなったことなどの事情も併せ考慮すると、Aは、Dが同月19日に開催される本件説明会において引用意匠を含む瓦(本件発明に係る瓦)を公開することを十分に知りながら、
これを容認し、被告隈研吾事務所の従業員であるB及びCに対して、そのように公開を予定している引用意匠が掲載された本件パンフレット等を送付したものと認められるところ、本件送付から本件発表までの僅かな期間においてのみ引用意匠を秘密にすべきとする事情はうかがわれないから、本件発表がされた同月19日の時点においてはもちろんのこと、本件送付がされた同月16日の時点においても、被告隈研吾事務所が引用意匠について秘密にすることを社会通念上求められる状況にあったものと認めることはできない。
エ 前記認定のとおりの本件パンフレットの体裁によると、本件パンフレットは、
宣伝、広告等のための一般的なパンフレットであるといえ、加えて、本件写真が本件パンフレットと同時にB及びCに送付されたものであること、本件パンフレット等には、引用意匠が開発中のものであるなどの記載や本件パンフレット等が秘密情 報を含むものであることを示す「部外秘」などの記載がないこと、本件メールにも、
引用意匠や本件パンフレット等を秘密扱いにするよう求めるなどする記載がないこと、Dは、原告らの各代表者から、本件送付に先立つ平成29年2月1日、引用意匠を含む本件発明について、これを同月19日に行われる予定の本件説明会において公開するよう依頼されていたこと、本件パンフレットは、Bが同月13日にした引用意匠の公開を前提とする依頼(「Dは、同月19日の本件説明会においてプレゼンテーションをする予定であり、当該プレゼンテーションにおいてちゅら瓦(引用意匠を含むもの)について説明したいので、石垣市役所に対してちゅら瓦のサンプルを送付してほしい」との趣旨の依頼)に応じたAにおいて、ちゅら瓦のサンプルと共に石垣市役所に送付したパンフレットと同じパンフレットであること、原告らにおいて、被告隈研吾事務所に対し、本件発明に係る本件原出願(特許出願)がされた同年6月16日に先立って、引用意匠を含む発明、引用意匠等について特許出願、意匠登録出願等をする予定がある旨を伝えたことがなかったこと、本件送付から本件発表までの僅かな期間においてのみ引用意匠を秘密にすべきとする事情はうかがわれないことなどを併せ考慮すると、本件パンフレット等を受領した被告隈研吾事務所において、本件発表がされた同年2月19日の時点においてはもちろんのこと、本件送付がされた同月16日の時点においても、本件パンフレット等に掲載された引用意匠を秘密にすることが求められる状況にあると認識し得たものと認めることはできない。
オ 以上によると、被告隈研吾事務所が本件送付により知るところとなった引用意匠について、被告隈研吾事務所が秘密保持義務を負うということはできないから、
引用意匠は、平成29年2月16日にされた本件送付により、意匠法3条1項1号にいう「公然知られた意匠」に該当するに至ったものと認めるのが相当である。
(3) 原告らの主張について ア 原告らは、@引用意匠等の意匠を含む赤瓦は、原告らが石垣市の新庁舎の建設工事のためにオーダーメイドで製造していたものであること、A引用意匠の開示 の相手方は、被告隈研吾事務所及び石垣市に限られること、B引用意匠等の意匠を含む赤瓦は、一般向けに販売されていない開発中の製品であったこと、CAは、被告隈研吾事務所に対し、本件送付がされるまでに、本件パンフレットが正式な販売をする前の製品に係る内部的なパンフレットであることを説明していたこと、D被告隈研吾事務所は、引用意匠等の意匠が第三者に対して内容を明らかにしていない開発中のものであり、石垣市の新庁舎において初めて用いられるものであることを十分に認識していたか、又は同被告においてそのように認識することが十分に可能であったこと、E被告隈研吾事務所及びDは、引用意匠を含む発明、引用意匠等について特許出願、意匠登録出願等がされる可能性があることを十分に想定していたか、又はそのように想定するのが取引通念上又は商慣習上通常であること、F原告らが置かれた立場に照らすと、原告らが被告隈研吾事務所に対し引用意匠について秘密保持契約を締結するよう要求することは不可能であること、G本件パンフレットは、その体裁に照らし、被告隈研吾事務所及び石垣市に対する説明資料にすぎないこと、H原告らは、被告隈研吾事務所において、本件パンフレットを一般の第三者に対する発表の際に利用してもらいたいとの意図を有していなかったこと、I本件パンフレットには、試作段階の瓦が組み上がったときの外観等を主たる内容とする写真が掲載されているだけであり、また、製造販売者名、販売権限のある実務担当者及び原告らに係る記載がないから、本件パンフレットは、瓦に係る通常のパンフレットの体裁を備えておらず、そのままでは一般向けの販売用に使用できるものではないこと、J原告らは、被告隈研吾事務所及び石垣市以外の第三者に対して本件パンフレットを公開し、頒布し、流通させるなどする意図を有していなかったことなどの事情を挙げ、引用意匠は本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当するに至ったものではないと主張する。
しかしながら、原告らが引用意匠等の意匠を含む赤瓦を石垣市の新庁舎の建設工事のためにオーダーメイドで製造していたとの点(上記@)、引用意匠の開示の相手方が被告隈研吾事務所及び石垣市に限られるとの点(上記A)、引用意匠等の意 匠を含む赤瓦が一般向けに開発されていない開発中の製品であるとの点(上記B)及び引用意匠等の意匠が石垣市の新庁舎において初めて用いられるものであることを被告隈研吾事務所が認識し、又は認識し得たとの点(上記D)については、仮にそのような事実があったとしても、そのことをもって、被告隈研吾事務所が引用意匠につき秘密にすることを社会通念上求められる状況にあり、被告隈研吾事務所において、そのことを認識し得たと認めることはできない。
Aにおいて被告隈研吾事務所に対し本件送付がされるまでに本件パンフレットが正式な販売をする前の製品に係る内部的なパンフレットであることを説明したとの点(上記C)及び引用意匠等の意匠が第三者に対して内容を明らかにしていない開発中のものであることを被告隈研吾事務所が認識し、又は認識し得たとの点(上記D)については、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
被告隈研吾事務所及びDが引用意匠を含む発明、引用意匠等について特許出願、
意匠登録出願等がされる可能性があることを想定し、又は想定するのが通常であるとの点(上記E)については、原告らが主張する被告隈研吾事務所及びDのキャリア等を考慮しても、引用意匠を含む具体的な発明、意匠等につき、被告隈研吾事務所又はDにおいて、これらに係る出願等がされる可能性があることを想定し、又は想定するのが通常であるとまで認めることはできず、その他、そのように認めるに足りる証拠はない。
原告らが被告隈研吾事務所に対し引用意匠について秘密保持契約を締結するよう要求することが不可能であるとの点(上記F)については、原告らが主張する原告らの立場を踏まえても、例えば、原告ら(特に原告小林瓦工業)において、被告隈研吾事務所に対し、本件送付に際して資料の取扱いにつき注意を求めたり、本件パンフレットに掲載された瓦、瓦に現れている意匠等について、今後、特許出願、意匠登録出願等をする予定であるなどと説明したりすることまで不可能であったと認めることはできず、原告ら(特に原告小林瓦工業)において、被告隈研吾事務所に対し、本件パンフレット等に掲載された引用意匠に関して秘密保持が問題になり得 ることを告げることが不可能であったとまで認めることはできない。
本件パンフレットが被告隈研吾事務所及び石垣市に対する説明資料にすぎないとの点(上記G)並びに本件パンフレットが一般向けの販売用に使用できるものではないとの点(上記I)については、前記認定のとおりの本件パンフレットの体裁及び本件パンフレットにこれが秘密情報を含むものであることを示す「部外秘」などの記載がないことに加え、前記認定のとおりの本件メールの記載、本件パンフレットが被告隈研吾事務所に送付された経緯等にも照らすと、本件パンフレットを受領した被告隈研吾事務所(なお、弁論の全趣旨によると、同被告は、瓦の製造の専門家ではないものと認められる。)において、本件パンフレットが一般向けの販売用に使用することができず、被告隈研吾事務所及び石垣市に対する説明資料にすぎないことを認識し得るものとは認められない。
被告隈研吾事務所において本件パンフレットを一般の第三者に対する発表の際に利用してもらいたいとの意図を原告らが有していなかったとの点(上記H)については、前記認定のとおりの本件パンフレット送付の経緯等に照らすと、かえって、
原告小林瓦工業は、被告隈研吾事務所又はDにおいて、本件パンフレットを一般の第三者に対する発表の場である本件説明会の際に利用してもらいたいとの意図を有していたものと認められるし、また、仮に、原告らがそのような意図を有していなかったとしても、原告らがそのような意図を有していないことを被告隈研吾事務所において認識し、又は認識し得たものと認めるに足りる証拠はない。
原告らが被告隈研吾事務所及び石垣市以外の第三者に対して本件パンフレットを公開し、頒布し、流通させるなどする意図を有していなかったとの点(上記J)については、仮に、原告らがそのような意図を有していなかったとしても、原告らがそのような意図を有していないことを被告隈研吾事務所において認識し、又は認識し得たものと認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから、上記@ないしJの事情を根拠に、引用意匠は本件送付により意匠法3条1項1号に掲げる意匠に該当するに至ったものではないとの原告 らの上記主張は失当である。
イ その他、原告らは、引用意匠が本件送付により意匠法3条 1 項1号に掲げる意匠に該当するに至ったものではないことにつきるる主張するが、いずれも採用の限りでない。
3 原告らの主張1(引用意匠について意匠法4条2項(意匠の新規性の喪失の例外)が適用されるか)について (1) 前記1及び2によると、引用意匠に係る公開行為としては、平成29年2月16日の本件送付及び同月19日の本件発表があるといえるところ、本件証明書には、公開の事実として、本件発表についての記載はあるが、本件送付についての記載はないから、本件においては、本件送付及び本件発表によって公開された引用意匠について、本件発表についての記載しかない本件証明書の提出により、意匠法4条3項に定める手続(法定の証明書の提出)が履践されたといえるか否かが問題となる。
(2) 意匠法4条2項は、同項及び同条3項に定める手続が履践されることを条件に、意匠の新規性の喪失の例外を特に認める規定であると解されることからすると、ある意匠の公開行為が複数存在する場合において、当該意匠につき同条2項の適用を受けるためには、原則として、全ての公開行為について同条3項に定める手続を履践する必要があるが、例外的に、ある意匠が同項に定める手続を履践した公開行為及び当該公開行為と実質的に同一であるとみることができるような密接に関連する公開行為によって公開された場合には、全ての公開行為について同項に定める手続を履践しなくても、当該意匠について同条2項の適用があると解するのが相当である。
したがって、本件証明書に記載されていない本件送付及び本件証明書に記載された本件発表によって公開された引用意匠は、本件送付が本件発表と実質的に同一であるとみることができるような密接に関連する行為であるといえる場合に限り、意匠法4条2項の適用を受けることになる。
この点に関し、原告らは、本件送付は本件発表の前の段階で必要な情報提供行為であるから本件発表に包摂されるものであるとして、本件送付について法定の証明書の提出がなくても、引用意匠につき意匠法4条2項の適用があると主張するが、
本件送付が本件発表と実質的に同一であるとみることができるような密接に関連する行為であるといえない場合にも引用意匠について同項の適用があるとの趣旨であれば、原告らの主張を採用することはできない。
(3) そこで検討するに、前記認定のとおり、Bは、Aに対し、平成29年2月13日、「Dは、同月19日の本件説明会においてプレゼンテーションをする予定であり、当該プレゼンテーションにおいてちゅら瓦(引用意匠を含むもの)について説明したいので、石垣市役所に対してちゅら瓦のサンプルを送付してほしい」との趣旨の依頼をし、これに応じたAは、同月16日、石垣市役所に対してちゅら瓦のサンプル及び本件パンフレットを送付した上、B及びCに対し、本件パンフレット等を送付し(本件送付)、また、Dは、同月19日、本件説明会において、石垣市の新庁舎に本件発明に係る瓦(引用意匠を含むもの)を使用することを報告したものである(本件発表)。以上の事実経過に照らすと、本件パンフレット等は、被告隈研吾事務所からの依頼がないにもかかわらず、Aの判断のみに基づいて被告隈研吾事務所に送付されたものであるといえるから、被告隈研吾事務所は、本件発表を行うに当たり、本件パンフレット等のような資料を必須のものとは考えていなかったものと認められる。また、本件送付は、原告小林瓦工業(A)が被告隈研吾事務所(B及びC)に対して行った本件パンフレット等を送付する行為であるのに対し、本件発表は、Dが石垣市長、石垣市民らに対して行った本件説明会における発表行為(プレゼンテーション)であり、両者は、行為の主体、客体、内容及び態様を全て異にする。そうすると、本件パンフレット等がDによる本件発表に生かされた面が多少あるとしても、本件パンフレット等の送付行為(本件送付)については、
これが本件発表と実質的に同一であるとみることができるような密接に関連する行為であると評価することはできないというべきである。その他、本件送付が本件発 表と実質的に同一であるとみることができるような密接に関連する行為であると評価できる事情を認めるに足りる証拠はない。
(4) なお、原告らは、本件発表は最先の公開行為に該当するところ、引用意匠は最先の公開行為について法定の証明書が提出されたものであるから、意匠法4条2項の適用を受けると主張する。しかしながら、ある意匠の公開行為が複数存在する場合において、そのうちの最先の公開行為について法定の証明書が提出されれば、
直ちに当該意匠につき同条2項の適用があると解することはできないし、また、前記認定のとおり、本件発表は、本件送付の3日後にされた公開行為であるから、これを本件送付に先行する公開行為(原告らが主張する最先の公開行為)であるとみることはできない。
(5) 以上によると、引用意匠が意匠法4条2項の適用を受けるということはできない。
4 結論 以上の次第であるから、原告らが主張する審決取消事由は失当であり、原告らの請求はいずれも理由がない。
追加
(別紙)当事者目録原告小林瓦工業株式会社原告碧南窯業株式会社原告株式会社神仲上記3名訴訟代理人弁護士鯉沼敦規中前佑一被告大成建設株式会社被告株式会社隈研吾建築都市設計事務所上記両名訴訟代理人弁護士小坂準記蕪城雄一郎細沼萌葉同訴訟代理人弁理士茜ヶ久保公二以上 -39- -40- -41- -42- -43- -44- 別紙第3(一部省略) -46- -47-
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 勝又来未子