関連審決 |
不服2000-11351 |
---|
関連ワード | 物品 / 形状 / 意匠に係る物品 / 一意匠一出願(7条) / 3条1項3号 / 意匠の類否 / 本質的な部分 / 類似性(類否判断) / |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|
事件 |
平成
15年
(行ケ)
57号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告 三和紙工株式会社 訴訟代理人弁理士 福田賢三 同 福田伸一 同 福田武通 同 加藤恭介 同 本田昭雄 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 市村節子 同 藤正明 同 涌井幸一 |
|
裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2003/09/18 |
権利種別 | 意匠権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
---|---|
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2000-11351号事件について平成14年12月19日にした審決を取り消す。 訴訟費用は被告の負担とする。 2 被告 主文と同旨 |
|
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成10年12月9日に,意匠に係る物品を「包装用容器」として,別紙審決書写しの別紙第一の意匠(以下「本願意匠」という。)の意匠登録出願(平成10年意匠登録願第35391号。)をしたところ,平成12年6月16日付けで拒絶査定を受けたので,同年7月24日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2000-11351号として審理し,その結果,平成14年12月19日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,平成15年1月20日にその謄本を原告に送達した。 2 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願意匠は,平成10年2月25日発行の意匠登録第1003986号の意匠公報(審決書別紙第二の意匠。以下「引用意匠」という。)に類似するものであり,意匠法3条1項3号の規定により,意匠登録を受けることができない,と判断した。 審決が,その前提として,本願意匠と引用意匠との共通点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。 【共通点】 紙材等を折曲してなるカップ状の容器で,底面を,前後両辺が円弧状で左右両端を尖らせた偏平長円状(凸レンズの断面形状)として,前後それぞれの円弧状の辺から延長部分を前後で上方に折り立てて,容器の前面壁,及び背面壁とし,前面壁,及び背面壁のそれぞれの左右両側辺を正面視凹湾弧状に対向状に折り倒して,前後の折り倒し部を容器両側で重ね合わせ,上端辺が一連なりの円環状を呈するようにした,全体が側面視上拡がり状で,正面視における左右両側辺が緩やかな凹湾弧状を呈して上方に拡がる態様としたもので,容器両側の重なり合う部分について,外側に被さる前面壁から後ろ向きの折り倒し部分につき,全体を縦長略三角状の翼板状のものとし,即ち,前端を,前面壁の凹湾弧がそのまま前方に突出する凸円弧状の折り山とし,後端を,容器両側上端から斜め下向きの急傾斜で下降する直線状とし,下端を,容器両側下端から後方に延びる直線状とする縦長略三角状の翼板状のものとし,これが容器の両側で,相互平行状に後ろ向きに突出する態様で表われるものとした点 【差異点】 (イ) 容器両側の,正面視が凹湾弧状とする態様について,本願のものは,下端から上向きに,横幅を稍大きく狭めた後,中央稍下位置から上方に向けて拡がるもので,展開状態における前面壁上端の横幅が,下端の横幅の2倍弱であるのに対し,引用のものは,下端から上向きに僅かに横幅が狭められた後,本願のものより下よりの位置から上方に向けて拡がっており,展開状態における前面璧上端の横幅が,下端の横幅の3倍弱で,本願のものより上向きに大きく拡がっている点(以下「差異点(イ)」という。) (ロ) 容器の上端について,本願のものは,展開状態を示す参考図によれば,前面壁上端が凹弧状に抉られており,容器を立てた状態において上端全体が前下がり状に表れるのに対し,引用のものは,前面壁と背面壁の上端は同形の凸弧状で,容器を立てた状態において,上端がほぼ横水平に表れるものである点(以下「差異点(ロ)」という。) |
|
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本願意匠と引用意匠との差異点(イ),(ロ)の認定を誤り(取消事由1),本願意匠と引用意匠とのその余の差異点を看過し(取消事由2),本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点(イ),(ロ)についての評価に当たり,差異点(イ),(ロ)を過小に評価する一方で共通点を過大に評価し,その結果,本願意匠と引用意匠とが類似するとの誤った結論に至ったものである(取消事由3)から,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(差異点の認定の誤り) 審決は,本願意匠と引用意匠との差異について,「(イ)容器両側の,正面視が凹湾弧状とする態様について,本願のものは,・・・展開状態における前面壁上端の横幅が,下端の横幅の2倍弱であるのに対し,引用のものは・・・展開状態における前面壁上端の横幅が,下端の横幅の3倍弱で,」,「(ロ)容器の上端について,本願のものは,展開状態を示す参考図によれば,・・・,引用のものは,・・・」(審決書2頁2段)として,展開図(展開状態を示す参考図)により認定している。 しかし,本願意匠及び引用意匠のいずれにおいても,展開図はあくまでも参考図である。意匠法施行規則(様式6)14によれば,参考図とは,「その意匠を十分表現することができないときは,展開図,断面図,切断部端面図,拡大図,斜視図その他の必要な図を加え,その他意匠の理解を助けるため必要があるときは,使用の状態を示した図その他の参考図を加える。」というものにすぎないのであるから,両意匠の差異点は,正面図,背面図,左側面図,右側面図,平面図及び底面図のみから認定されるべきである。 両意匠の差異点(イ)を正面図により認定すれば,本願意匠は,「前面壁上端の横幅が下端の横幅の2倍弱」ではなく,約1.3倍であり,引用意匠は,「前面壁上端の横幅が,下端の横幅の3倍弱で」はなく,約2倍である。 このように,両意匠の差異点を展開図により認定した審決には,重大な誤りがあり,この誤りは,本願意匠と引用意匠との類否を判断するに当たっての差異点の評価に重大な影響を及ぼし,ひいては,両意匠の類否の判断そのものにも影響を及ぼすものである。 2 取消事由2(差異点の看過) 本願意匠と引用意匠との間には,審決の認定したもの以外にも次の差異点がある。審決は,これらを看過したものである。 (ハ) 本願意匠は,平面図に示すとおり,上端の開口縁が,横幅と縦幅とがほとんど等しい真円状態であるのに対して,引用意匠は,平面図に示すとおり,上端の開口縁が,横幅が縦幅より約1.5倍も長い扁平長円形状であって左右の両端部をとがらせている点(以下「差異点(ハ)」という。) (ニ) 本願意匠は,右側面図に示すとおり,前面壁が,緩い凸弧状であってほぼ垂直であるのに対し,引用意匠は,右側面図に示すとおり,前面壁が,垂直線に対して約10度だけ上端から下端に向かい下り傾斜している点(以下「差異点(ニ)」という。) (ホ) 本願意匠は,右側面図に示すとおり,略三角形状の翼板状のものが,頂点が鋭角ではなく,略台形状になっているのに対し,引用意匠は,右側面図に示すとおり,略三角形状の翼板状のものが,頂点がとがっていて鋭角状となっている点(以下「差異点(ホ)」という。) これらの差異点は,次に述べるとおり,両意匠の類否の判断に重要な影響を与えるものであるから,これらの差異点を看過してなされた審決の判断は誤りである。 差異点(ハ)における上端開口縁の形状の差異は,そのまま下方に連続して延在する胴部分の差異でもあり,本願意匠では胴の部分がほぼ真円状態のままで次第に細くなるのに対し,引用意匠では扁平長円形状のままで細くなっている。すなわち,本願意匠では逆円錐形状であるのに対し,引用意匠では左右の側縁が鋭角になっている扁平な長円錐形状の本体となっており,全体的に観察すると,両者の形状が顕著に相違する。 差異点(ニ)における前面壁の形状の差異は,両者の側面における形状の差異をもたらす。背面壁は,両意匠とも上端から下端に向かって直線状に下り傾斜している。そのため,本願意匠は,前面壁において,本願意匠が右側面図で示すように上下方向が緩い凸弧状をしたほぼ垂直であることから,側面形態において,特異な美的処理状態を示すのに対し,引用意匠は,前面壁において,垂直線に対して約10度だけ上端から下端に向かい直線状に下り傾斜しているため,側面形態において,逆三角形状であって格別特徴的な態様ではない。このように,側面形態において,本願意匠と引用意匠との間には顕著な相違が認められる。 差異点(ホ)における略台形状の頂部の差異は,本願意匠が,引用意匠に比べ,各種の緩やかな曲線や湾曲部で全体の形状が構成されているとの視覚的印象を看者に与えるのみならず,本願意匠に係る物品を工業生産する過程において極めて優れた効果を生ずるものである。すなわち,本願意匠に係る物品を生産する場合,翼板状の構成の頂部の一部が水平部分になっていることから,糊ロールが通る糊しろを,翼板状の構成の長さ方向に沿って直線状に確保することができるため,糊貼り機械として,汎用機でかつ貼り加工の方法も高スピードの糊ロールを備えたものを使用して,同面積の2枚の原紙を貼り合わせるとの方式で,翼板状の部分を成形することができる。この方法は,スポットガン方式又は糊噴射方式とは異なり,糊ロールを使用しているので明らかにスピードが上がり,大量生産が可能でコストダウンにつながるものである。これに対し,引用意匠は,翼板の頂部が鋭くとがっているので,糊付け部分に糊ロールが走る直線部分がなく,この方式を採用することができない。そのため,引用意匠に係る物品の製造方法としては,スポットガン方式又は糊噴射方式が採用され,大量生産が困難であるから,生産性が悪くコストアップにつながることになる。 3 取消事由3(共通点及び差異点についての判断の誤り) (1) 翼板状の構成について 審決は,翼板状の構成について,「容器の両側から後ろ向きに相互平行状に突出させて容器を支持するものとした点は,両意匠の特徴をよく表すところであって,前記のその余の共通点と相俟って,全体の基調を形成しており,これら共通点は,両意匠の類否判断に極めて大きな影響を及ぼすものである。」(審決書2頁3段)と判断している。 しかし,この種の紙製の包装用容器は,一般にその中にフライドポテトやポップコーン等のスナック食品類を収容して,コンビニエンス・ストアー,スーパーマーケット等の販売店舗において直立状に展示しておくものである。購入者は,この容器を手に持って収容されているスナックを賞味する。したがって,本願意匠に係る物品の看者の注意を引く最も重要な部分は,その正面形態である。特に,容器を接近させ,左右方向に並列させて展示する場合には,正面側からのみ視認されるものである。 容器を展示した際に容器が転倒しないように,容器の両側から,翼板状の構成にして後ろ向きに相互平行状に突出させて容器を支持することは,容器を転倒させないために必然的なものである。 このように,本願意匠においても引用意匠においても,翼板状の構成は,正面側からは視認することができず,背面側からのみ視認され得るものであり,また,容器を転倒させないために必然的なものであるから,上記構成をもって,看者の注意を引く部分であるとすることはできない。 正面形態に重点をおいて両意匠の類否判断をすることをしなかった審決の上記判断は,本願意匠に係る物品の看者の注意を引く部分の認定を誤っている。 (2) 差異点(イ)について 審決は,差異点(イ)について,「容器が下寄りで前後に偏平で,側面視において上向きに拡がる態様をなし,正面視において両側が緩やかな凹湾弧状を呈して上方に拡がる態様とした特徴的な共通性の中でみられる差異であり,正面視において最も幅狭とする位置を中央より下位置としている点でも共通しており,全体としては,これら共通点に吸収される程度の微弱な差異に止まり」(審決書2頁4段)と判断した。しかし,審決のこの判断は誤りである。 本願意匠は,正面図で示すように,下端,胴の最も幅狭な部分及び上端における各幅の差が極めて少ないために,左右の側辺が緩やかな凹湾弧状であり,しかも上端の横幅が全体の高さの約1.7倍であるから,全体として,正面視において縦長な「鼓」の形状を呈している。 引用意匠は,上端の横幅が全体の高さの約0.9倍であって,下端の横幅及び最も幅狭な部分の横幅がほぼ等しい。全体として見ると極端に短く,しかも最も幅狭な部分の位置が下端に接近しているので,正面視において上方に向かって顕著に広がる「杯」の形状を呈している。 すなわち,最も幅狭な部分は,本願意匠では胴のほぼ中央部分であるのに対し,引用意匠では下端から4分の1程度上方の位置である。そのために,左右の側辺における正面視凹湾弧状が,本願意匠では高さの中央位置において上下にほぼ対称な形態を示すのに対して,引用意匠では下端から上端に向かって極端な上広がりとなって,本願意匠が「鼓」を連想する形状であるのに対して,引用意匠は「杯」を連想する形状となるのである。 「鼓」と「杯」との間には,顕著な形状の相違があり,視覚による美的感覚にも大きな差異があるため,通常の日本人は,これを明らかに区別することができる。しかも,容器として「鼓」の形状はほとんど存在しないのに対し,「杯」の形状は極めてありふれたものであって斬新性がない。また,「鼓」の形状の容器は,持つときに最もくぼんだ部分に指を沿えて把持するので握りやすいばかりでなく,内容物が充満していても安定感があるのに対し,「杯」の形状の容器は,最も径が短い下端を把持することになるので,内容物が充満していると不安定で揺れやすく,内容物をこぼすことがある。 このように,本願意匠と引用意匠との間には,全体的に観察すると,「鼓」の形状と「杯」の形状という基本的な形状においても,機能から発生する視覚に基づく美的感覚においても,顕著な差異がある。両者のこの顕著な差異を微弱な差異にとどまると認定した審決の判断は誤りである。 (3) 差異点(ロ)について 審決は,「カップ状,或いは袋状の容器においては,前面側の壁面上端を前下がり状とする状とすること(判決注・「前下がり状とすること」の誤記と認められる。)は極く普通にみられる形態処理で(例えば実開昭52-44123号等),格別特徴的な態様でもなく,また上記上端辺を一連なりの円環状を呈するようにした点では共通するものであり,全体としては微弱な差異に止まる。」(審決書2頁4段,3頁1段)と認定判断した。 しかし,周知若しくは著名な形態であると判断するためには,単に実開公報1件のみを例として示すのではなく,少なくとも数十件の公知例を掲げるべきである。また,審決が周知例としている実開昭52-44123号公報(甲第8号証)の図面には,上端開口縁が前下がり状となっていることを示すものは見当たらない。 本願意匠は,その右側面図に示されるように,前面壁の上縁がわずかに緩くくぼむ前下がり状であるとともに,背面壁の上縁が後方に緩く上がる凸円弧状になっているので,前面壁と背面壁との連続する上端の屈曲態様が,従来のものにはない特異な審美感を与えるものである。審決の上記判断は誤りである。 また,本願意匠は,その正面図及び右側面図に示されるように,背面壁の上端が緩い凸弧状になって上方に延在しており,その平面図で示されるように,その背面上端部が径が短くて曲率半径が小さい半円状となっている。これに対し,引用意匠の上端縁は,垂直状態で横水平に表れる。本願意匠の上記の背面上端部の形状によれば,容器を傾けて内容物を取り出す場合,上記背面上端部がガイドとなって,内容物を受け止める皿の役割を果たしたり,緩く流し落とす役割を果たすことになるので,一定量の内容物を安定して取り出しやすくなっている。そして,上記背面上端部が傾斜することにより,商品名,広告文字,製造者責任表示などを印刷表示することもでき,これにより,内容物の各種表示をすることができる。しかし,引用意匠には,このような背面上端部がない。審決は,引用意匠に背面上端部が存在しないことを無視しており,この点でも明らかに誤っている。 (4) 以上のとおり,本願意匠は,縦長で「鼓」の形状の視覚を与えるものであるのに対して,引用意匠は,正面視前後左右対称に形成されているが横幅に対して縦が短くて「杯」の形状の視覚を与えるものであり,この点を中心に,両者は,全体的形態からみても,全く美観を異にするものである。 |
|
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。 1 取消事由1(差異点の認定の誤り)について 審決は,差異点(イ)について,引用意匠が,本願意匠におけるより上向きに大きく広がっていることを認定するに際して,そのおおよその広がりを,展開状態の概略の寸法比率(2倍弱と3倍弱)を示して認定したにすぎず,これを,原告主張の正面図上の寸法比率(1.3倍と2倍強)に置き換えても,認定内容に実質的な違いはなく,差異点(イ)についての判断に影響を及ぼすものではない。 審決は,差異点(ロ)についても,容器上端の傾きに差異があることを,その由来を示して,よりていねいに認定したにすぎない。この認定について原告が主張する事項は,差異点(ロ)の判断に影響を及ぼすものではない。 2 取消事由2(差異点の看過) 原告が主張する差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)は,いずれも両意匠に共通する特徴的な構成,形状の中で見られるささいな違いであり,両意匠の類否判断に影響を及ぼすような性質のものではない。審決がこれらを差異点と挙げていないからといって,それを審決の結論に影響を与えるべき差異点の看過ということはできない。 3 取消事由3(共通点及び差異点についての判断の誤り) (1) 翼板状の構成について 両意匠における翼板状の構成は,底面を幅狭の凸レンズ状面とする不安定な容器本体を,この翼板が支持し,自立させるもので,両意匠の形態構成の上で極めて重要な部分であり,その形態創作の本質的な部分にかかわるものである。この態様は,その余の構成態様と一体となって全体の基調を形成しており,全体の基調を形成する上でも,極めて重要な部分である。 (2) 差異点(イ)について 原告は,両意匠の正面形状を対比して「鼓」と「杯」との違いがある,と主張する。しかし,原告の主張は,双方の意匠を正面図のみで対比した場合の主張にすぎず,両意匠を全体として把握した上での主張ではない。両意匠は,側面に,かなり大きい翼板状の構成を設けて,正面形状と側面形状を大きく異にした点を特徴とする容器であるから,基本的に中心軸に対して同心円筒状をなす「鼓」や「杯」の印象差がそのまま看取されるとは考えられない。差異点(イ)は,正面図同士のみで対比すればともかく,両意匠を立体として観察すれば,全体を構成する共通点が極めて特徴的なものとして圧倒的に看者の視覚をとらえるのに比べて,さほど目立つことのないものである。また,百歩譲って,正面視に限ってみても,原告主張の「鼓」の形状,印象は,公知の意匠の態様に照らして,本願意匠独自のものとして評価することができないものにすぎない。 (3) 差異点(ロ)について 本願意匠は,前面壁と背面壁が,全体としては容器上端で連続する態様で円環状の開口端をなしている点においては,引用意匠と共通している。しかも,その態様は,公知文献(甲第8,乙第1,第6ないし第9号証)に記載された公知意匠における開口部の形状とほぼ共通するものである。原告の,前面壁と背面壁との連続する上端の屈曲態様が,従来に存在しない特異な審美感を与える,との主張は理由がない。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1(差異点の認定の誤り)について 審決は,差異点(イ),(ロ)の認定において,「(イ)容器両側の,正面視が凹湾弧状とする態様について,本願のものは,・・・展開状態における前面壁上端の横幅が,下端の横幅の2倍弱であるのに対し,引用のものは,・・・展開状態における前面壁上端の横幅が,下端の横幅の3倍弱で,」(審決書2頁2段),及び,「(ロ)容器の上端について,本願のものは,展開状態を示す参考図によれば,・・・凹湾弧状に抉られており,引用のものは,・・・」(同2段)と認定している。 原告は,両意匠の差異点は,正面図,背面図,左側面図,右側面図,平面図及び底面図のみから認定されるべきであるから,この差異点の認定は誤りである,と主張する。 しかし,審決は,差異点(イ)について,引用意匠が「本願のものより上向きに大きく拡がっている点」(審決書2頁16行)を認定するに際して,展開状態の概略の寸法比率(2倍弱と3倍弱)を示して認定したにすぎず,「展開状態における前面壁上端の横幅が」(審決書2頁12行,15行)として,その認定のよりどころが展開図であることを明示した上で差異点を認定しているものであり,その限りにおいて審決の認定に何ら誤りはない。審決は,差異点(ロ)についても,容器の上端部の差異を認定するに当たって,「展開状態を示す参考図によれば」(同17行)として,その認定のよりどころが展開図であることを明示した上で差異点を認定しているものであり,その限りにおいて審決の認定に何ら誤りはない。 意匠法施行規則(様式6)8は,「立体を示す図面は,正投影図法により各図同一縮尺で作成した正面図,背面図,左側面図,右側面図,平面図及び底面図(判決注・以下「六面図」という。)をもって一組として記載する。」と規定し,同14は,「8から10までの図面だけでは,その意匠を十分表現することができないときは,展開図,断面図,切断部端面図,拡大図,斜視図その他の必要な図を加え,そのほか意匠の理解を助けるため必要があるときは,使用の状態を示した図その他の参考図を加える。」と規定している。そして,本願意匠及び引用意匠の願書に添付した図面のいずれにも,六面図のほかに,展開図が含まれている(甲第2,第4号証)。展開図と六面図との間に明らかな矛盾があるいった特段の事情がない限り(このような事情がある場合,その差異点の認定は,六面図から見て,誤った認定になる。しかし,本件においては,明らかな矛盾があると認めるに足りる証拠はない。),審決が,両意匠の差異点を説明する際に,展開図に基づく限りのものであることを明示した上で,その差異点を認定したことが誤りであるとする理由はない。六面図も展開図も,立体の形態を表現するための図面であり,六面図に表された立体の形態と,これを展開した展開図によって表される立体の形態とは,本来,同一のものであるはずであるから,立体的な意匠を的確に把握するために展開図をも参照することは当然である。このような参照が許されないということになれば,展開図を記載することの意味は,およそ存在しないことになってしまうのである。 原告は,両意匠の差異点(イ)を正面図により認定すれば,本願意匠は,「前面壁上端の横幅が下端の横幅の2倍弱」ではなく,約1.3倍であり,引用意匠は,「前面壁上端の横幅が,下端の横幅の3倍弱で」はなく,約2倍であるから,審決の認定は誤りである,と主張する。 しかし,両意匠とも,立体化に伴い,容器の下端,中央部,上端のそれぞれの後部への湾曲の度合いが異にして組み立てられるのであるから,正面図上の上下端の寸法比率と,展開図上の上下端の寸法比率が正確に一致しないのは当然であり,また,「2倍弱と3倍弱」と「1.3倍と2倍」との比率は,後者が前者の1.5倍あるいは1.537倍であることを示すものであり,後者と前者の比率について,両者間に顕著な差異があるわけではないのであるから,このことだけを根拠に,審決の差異点の認定が誤りである,とする原告の主張は,採用することができない。 2 取消事由2(差異点の看過)について 本願意匠と引用意匠とを対比すると,原告主張の差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)の差異があることは,事実である(甲第2,第4号証)。しかし,後記3において詳述するとおり,本願意匠と引用意匠とは,全体として,基本的な形状及び特徴的な形状を共通としているものであり,このような中で見られる差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)は,両意匠の特徴的な形状とみることはできず,両意匠の類否判断には影響を及ぼさないものとみるべきである。 意匠の類否の判断においては,両意匠の差異点を,具体的な細部にわたり,そのすべてを認定した上で,両者の類否を判断する必要はなく,両意匠の基本的な形状と特徴的な形状における共通点と差異点を認定した上で,その類否についての判断をすれば足りる,と解すべきである。本願意匠と引用意匠との類否については,取消事由3において詳述するとおりであり,差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)においては,これを両意匠の特徴的な形状における差異点であるということはできない。したがって,原告が主張する差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)は,審決の結論に影響を与えるものではなく,原告の差異点の看過の主張は理由がない。 3 取消事由3(共通点及び差異点についての判断の誤り) (1) 翼板状の構成について 原告は,審決が,両意匠に共通する翼板状の構成を,「両意匠の特徴をよく表すところであって,前記のその余の共通点と相俟って,全体の基調を形成しており」(審決書2頁3段)と判断したことについて,本願意匠に係る物品の看者の注意を引く最も重要な部分は,その正面形態である,本願意匠においても引用意匠においても,翼板状の構成は,正面側からは視認することができず,背面側からのみ視認され得るものであり,また,容器を転倒させないために必然的なものであるから,これらの意匠において看者の注意を引く部分である,ということはできない,と主張する。 しかし,本願意匠及び引用意匠に係る物品は,いずれも包装用容器であるから(甲第4号証),フライドポテトやポップコーンなどのスナック菓子類を入れて,これを店舗等で販売し,顧客が包装用容器を手に持ったり,テーブルに置いたりして,スナック菓子類を賞味するとの使用態様が考えられるものである。したがって,このような包装用容器の使用形態としては,多様な展示形態が想定され,両意匠について,正面からみた形態だけが特に着目されるとは考えられず,正面のみならず,側面,背面あるいは斜め側面,斜め背面などの中間的な位置,さらには斜め上方から見た形態も,十分に看者の注意を引く形態である,というべきである。 両意匠における翼板状の構成は,審決が「外側に被さる前面壁から後ろ向きの折り倒し部分につき,全体を縦長略三角状の翼板状のものとし,即ち,前端を,前面壁の凹湾弧がそのまま前方に突出する凸円弧状の折り山とし,後端を,容器両側上端から斜め下向きの急傾斜で下降する直線状とし,下端を,容器両側下端から後方に延びる直線状とする縦長略三角状の翼板状のものとし,これが容器の両側で,相互平行状に後ろ向きに突出する態様で表れるもの」(審決書2頁1段)と認定したとおりのものであって,審決別紙第一,別紙第二に示すとおり,両意匠の側面に大きく形成されたものである。両意匠における翼板状のものは,このような構成である以上,容器の前方からでも,視点を真正面からわずかにずらせば,十分視認でき,容器の斜め前方,側方,及び後方からは,看者の視覚を容易にとらえるものであるから,普通に両意匠に係る包装用容器を見た場合には,十分視認することができることは明らかである。 本願意匠の最も重要な部分は,その正面形態であり,翼板状の構成は,正面側からは視認することができず,背面側からのみ視認される,との原告の上記主張は採用することができない。 両意匠は,正面から見て,上広がりの凹弧状とする包装用容器であって,その両側に,略三角状の翼板状の構成を形成して容器を自立するようにしたことを基本的な構成とする形状のものであるから,この翼板状の構成は,包装用容器に係る他の種類の形状のものとの対比において,両意匠の形状を形成する基本的な構成の一つとなるものであり,その余の構成態様と一体となって,両意匠全体の基調を形成する重要な部分である。しかも,このような翼板状の構成を備えた容器は,本願出願前に,引用意匠と,本願出願の約3か月前に公知となった登録実用新案公報第3051644号(乙第1号証)に記載されたものを除いて,ほかに公知意匠の例があったことを認めるに足りる証拠はないものである。したがって,両意匠を構成する翼板状の構成は,包装用容器の分野においては,極めて特徴的な形状をなす構成ということができる。 原告の,翼板状の構成が,容器を転倒させないために必然的なものであるから,本願意匠において,看者の注意を引く部分であるとはいえない,との主張も,採用することができない。 審決の「両意匠の共通点は,形態全体に亘る基本的な構成態様をなすところであり,とりわけ,前面壁,及び背面壁の左右両側辺を上拡がりの正面視凹湾弧状に折り倒して容器両側で重ね合わせ,そのうちの外側に被さる前面壁からの折り倒し部分について全体を略縦長三角状の翼板状のものとして,容器の両側から後ろ向きに相互平行状に突出させて容器を支持するものとした点は,両意匠の特徴をよく表すところであって,前記のその余の共通点と相俟って,全体の基調を形成しており,これら共通点は,両意匠の類否判断に極めて大きな影響を及ぼすものである。」(審決書2頁3段)との判断に誤りはない。 (2) 差異点(イ)について 原告は,本願意匠と引用意匠とは,全体的に観察すると「鼓」の形状と「杯」の形状という基本的な形状においても,機能から発生する視覚に基づく美的感覚においても,顕著な差異がある,と主張する。 確かに,本願意匠と引用意匠とを,その正面図同士で対比した場合には,本願意匠のものは,上端幅が下端幅の約1.3倍程度であり,引用意匠のものは,上端幅が下端幅の約2倍と横に大きく広がっており,また,最狭幅の位置も,引用意匠のものが本願意匠のものよりやや低い位置にある(甲第9,第10号証)。しかし,両意匠とも立体としての包装容器であるから,その意匠は立体として対比されるべきであることは当然である。本願意匠と引用意匠とを,立体として全体的に見て対比した場合には,その前面壁の左右の凹湾弧状の線は,正面図の凹湾弧状の線と,側面図に認められる翼板状の構成の前端の凸円弧状の線に相当するものであり,この線は,立体としてみれば,下から,わずかに前面壁を狭めるように前方に膨出した後,後方にしなるように,大きく緩やかに反り返る稜線をなして,後ろ向きに上方に広がり,その間の前面壁を前方に湾曲させているものである(審決別紙第一,別紙第二の斜視図参照)。この前面壁の左右の凹湾弧状の線は,両意匠の立体としての特徴的な形状を構成しており,この線による立体的な前面壁の形状が看者の視覚に与える効果は極めて強く,両意匠におけるこの特徴的形状の共通性は,前記の翼板状の構成と一体となって,両意匠の基本的形状を構成するものである。 原告が指摘する,本願意匠と引用意匠との差異点(イ)(引用意匠の方が,上端幅が下端幅に比し横に大きく広がっていること,最狭幅の位置が低いこと)は,立体としての両意匠を正面から見たときに限定して対比すれば,その差を確認することができるものの,立体としての両意匠を,それ以外の斜め前方,側方,斜め側方あるいは斜め上方などから見た場合には,その差異がそれほど目立たないものとなり,上記の前面壁の左右の凹湾弧状の線による特徴的な上記形状の中に吸収される程度の差にとどまるものというべきである。 包装用容器の分野において,容器を全体として上広がり状に構成したものについて,その基本構成を維持しつつ,下端幅に対する上端幅の比率を変更し,上広がりの度合いを変えることは,普通になされるところである(乙第2号証と乙第3号証,乙第4号証と乙第5号証,乙第6号証の第1図,第2図と第5図)。最狭部の位置について,やや高い位置とするか,やや低い位置とするかも,この種の容器について,特に創作性を要するものではなく,普通になされるところである(乙第6号証の第2図,第5図と第6図)。 これらのことからみても,本願意匠と引用意匠との差異点(イ)が,両意匠をそれぞれ別異のものと特徴付けるまでのものとみることができないことは明らかというべきである。 審決の差異点(イ)についての判断に誤りはない。 (3) 差異点(ロ)について 原告は,審決が,「前面壁の壁面上端を前下がり状とする状とすることは,極く普通にみられる形態処理で(例えば実開昭52-44123号等),格別特徴的な態様でもなく」(審決書2頁4段)と認定したことについて,争っている。 しかし,包装用容器において,容器の前面壁の上端を下方に切り欠くようにすることが普通にみられる形状であることは,実開昭52-44123号公報(甲第8号証の第1図ないし第8図)のみならず,登録実用新案公報第3051644号(乙第1号証の第1図,第2図),実開昭58-14310号公報(乙第6号証の第1図〜第4図),実開昭54-168235号公報(乙第7号証の第1図〜第8図),意匠公報第440107号(乙第8号証),意匠公報第513827号(乙第9号証)にも認められるところであり,ごく普通にみられる形状であることが明らかである。 原告は,本願意匠は,前面壁の上縁がわずかに緩くくぼむ前下がり状であるとともに,背面壁の上縁が後方に緩く上がる凸円弧状になっているため,前面壁と背面壁との連続する上端の屈曲態様が,従来のものにはない特異な審美感を与えるものである,審決は,引用意匠に背面上端部が存在しないことを無視しており,この点でも明らかに誤っている,と主張する。 しかし,本願意匠は,その前面壁と背面壁とが,容器の上端で連続する態様で,円環状の開口端をなしている点においては,引用意匠と共通しており,しかも,「前面側の壁面上端を前下がり状とする状とすること(判決注・「前下がり状とすること」の誤記と認められる。)は極く普通にみられる形態処理で・・・,格別特徴的な態様でもな」(審決書2頁4段))いことは,前掲甲第8,乙第1,第6ないし第9号証から優に認められるところである。したがって,本願意匠において,前面壁と背面壁との連続する上端の屈曲態様が,従来に存在しない特異な審美感を与える,ということはできず,背面壁の上端が凸弧状をなすとの形状も,上記のとおり,従前の態様をそのまま踏襲した程度のもので,新たな特徴としてこれを評価することはできない。原告の主張は採用することができない。 (4) 差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)について 原告が主張する差異点(ハ),(ニ)及び(ホ)は,次の述べるとおり,両意匠の基本的な形状及び特徴的な形状の共通性に吸収される程度の差異にすぎない,というべきである。 原告は,差異点(ハ)における上端開口縁の形状の差異は,そのまま下方に連続して延在する胴部分の差異でもあり,本願意匠では胴の部分がほぼ真円状態のままで次第に細くなるのに対し,引用意匠では扁平長円形状のままで細くなっており,両者の形状が顕著に相違する,と主張する。 しかし,両意匠は,基本的には,容器両側において,前面壁の左右と背面壁の左右が,それぞれ正面視上拡凹湾弧状に折り倒されているから,容器両側に,前後を緩やかな凸円弧状とする凸レンズの断面形状を呈する面が,前面壁と背面壁に挟まれる態様で,対面状に形成されたものであり,したがって,両意匠とも,開口縁の形状が,直下で解消され,容器両側面で,前記レンズ面が,開口直下から下方に向けて漸次幅広となり途中から幅狭となる平坦面を形成しているものである。 原告の上記主張は,誤りである。 そして,両意匠は,前記のとおり,前面壁及び背面壁の左右両側辺を上広がりの正面視凹湾弧状に折り倒して容器両側で重ね合わせ,そのうちの外側にかぶさる前面壁からの折り倒し部分について全体を略縦長三角状の翼板状の構成として,容器の両側から後ろ向きに相互平行状に突出させて容器を支持するものとした点が,両意匠の特徴をよく表すところのものであり,しかも両意匠共に,開口形状を,前後に比較的大きく広がる,全体として円環状のものとした点で共通しており,これらの共通点が類否判断に極めて強い影響を及ぼすのに対し,上記のような開口の形状の差異が,両意匠の類否判断に大きい影響を及ぼす,ということはできない。 原告は,差異点(ニ),すなわち,本願意匠は前面壁が上下に緩い凸弧状をした垂直状であることは,本願意匠について,特異な美的処理状態を示す,と主張する。 しかし,両意匠は,共に,その前面壁が縦中央を中心に左右が大きく後方に湾曲しているものであるから,原告が主張する差異点(ニ)は,前面壁の縦中央に限っての差異であって,その差異は容器を真横から見て認識できる程度の差異にとどまるものである。また,両意匠を真横から見ても,引用意匠のものが特に前方に大きく傾斜したものでなく,本願意匠の前面壁の凸弧状もそれほど目立つようなものでなく,全体として見ても,両意匠の特徴的な形状の共通性に吸収される程度の差異にすぎない,というべきである。 原告は,差異点(ホ)における略台形状の頂部の差異は,本願意匠が,引用意匠に比べ,各種の緩やかな曲線や湾曲部で全体の形状が構成されているとの視覚的印象を看者に与えるのみならず,本願意匠に係る物品を工業生産する過程において極めて優れた効果を生ずるものである,と主張する。 しかし,本願意匠における翼板状の構成の上端の横幅は,極めて狭いものであり,しかも,背面壁の上端にほぼ重なるものであって,全体としてみたときにほとんど目立たないものである。このような横幅部分により,原告の上記主張のような視覚的効果が生じる,ということはできない。また,原告が主張するように,翼板状の構成の上端部分に横幅があることにより,工業生産過程において極めて優れた効果を生ずるとしても,包装用容器の意匠全体の形状としては,ごく目立たない部分であるから,本願意匠と引用意匠との類否判断に影響を及ぼすものとはいえないものであることが明らかである。 |
|
結論
以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 山下和明 |
---|---|
裁判官 | 設樂隆一 |
裁判官 | 高瀬順久 |