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関連審決 無効2002-35144
関連ワード 意匠の創作 /  物品 /  形状 /  意匠に係る物品 /  組物の意匠(8条) /  新規性 /  3条1項3号 /  類似する意匠 /  類似の意匠 /  意匠の類似 /  意匠の類否 /  関連意匠(10条) /  本意匠 /  登録意匠 /  類似範囲 /  類似性(類否判断) /  無効審判 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 38号 審決取消請求事件
原告 フェリック株式会社
訴訟代理人弁理士 牛木理一
被告 桐灰化学株式会社
訴訟代理人弁護士 鈴木修
同 毛利峰子
同 弁理士 中田和博
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2003/06/30
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2002-35144号事件について平成14年12月25日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,意匠に係る物品を「かいろ」,その形態を別添審決謄本写し別紙第一「本件登録意匠」欄記載のとおりとする意匠登録第1110945号の意匠(平成12年6月27日登録出願,平成13年4月6日設定登録,以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。
原告は,平成14年4月15日,本件意匠登録の無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2002-35144号事件(以下「本件審判請求事件」という。)として審理した上,同年12月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,平成15年1月10日,原告に送達された。
2 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件登録意匠は,意匠登録第971829号の意匠(甲6,意匠に係る物品は「温熱外用材」,その形態は別添審決謄本写し別紙第二「甲号意匠」欄記載のとおり。以下「甲号意匠」という。)に類似する意匠であるから,意匠法3条1項3号の規定により意匠登録を受けることができないものであり,その登録は同法48条1項1号に該当し,無効とすべきであるとの請求人(原告)の主張に対し,本件登録意匠と甲号意匠とは,略平板状とした全体を略横長楕円形の下辺中央を内側に向けた緩やかな凹湾状とし,左右両側辺を凸曲線でつないだ態様とし,縦中央が幅狭で,全体が左右対称で,上下に非対称としたものである点等において共通するものの,本件登録意匠は上辺中央を内側に向けた凹湾曲状にしたのに対して,甲号意匠は直線状である点,下辺中央の凹湾部が,本件登録意匠は全体が曲線状であるのに対して,甲号意匠は中央(凹角部)が丸味付けられた偏平逆V字状である点,左右両側辺の凸曲線について,本件登録意匠は上隅のやや広い範囲で浅い弧状とするものであるのに対し,甲号意匠は全体を下方に向けてわずかに幅の狭いごく浅い円弧状として,上下両隅がやや角張った態様のものである点などの差異があり,これらの差異があいまったところは,両意匠の共通点がもたらす共通感を越えて,本件登録意匠について,甲号意匠とは異なる独自の視覚的まとまりを形成していると認められ,両意匠は類似するものとはいえず,本件登録意匠は,意匠法3条1項3号に規定する意匠に該当しないから,その登録を無効とすることはできないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件登録意匠と甲号意匠との類否のみならず,本件登録意匠と意匠登録971829の類似2号の意匠(甲7,意匠に係る物品は「温熱外用材」,その形態は別添意匠公報写しのとおり。以下「甲7意匠」という。)との類否についても判断すべきであるのにこれを怠ったものであって,審理不尽,判断遺脱又は職権探知主義違反の違法がある(取消事由1)上,本件登録意匠は,甲号意匠又は甲7意匠に類似する意匠であるのに,これと類似しないとする誤った認定判断をした(取消事由2,3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(甲7意匠との類否を判断しなかった違法) (1) 本件審判請求事件において,請求人である原告は,本件登録意匠は意匠法3条1項3号の規定に違反して登録したものであると主張し,公知意匠として,甲号意匠のほか,甲7意匠をも証拠として提出し,かつ,甲7意匠と本件登録意匠との類似性についても的確に主張していたのであるから,甲号意匠のみを引用して本件登録意匠との類否判断を行い,甲7意匠との対比を欠落した審決には,審理不尽又は判断遺脱の違法がある。
(2) 被告は,原告は本件審判請求事件において本件登録意匠と甲号意匠との類似性のみを主張していたと主張するが,原告は,本件審判請求事件において,甲号意匠とともに,甲号意匠に類似する意匠として甲7意匠の存在を主張し,かつ,これを証拠として提出している。そして,甲号意匠とその創作体(要部)を共通にする甲7意匠の存在を背景に置いた上で,甲号意匠と本件登録意匠とを対比し,それが類似するとの主張をしていたものである。すなわち,原告は,甲号意匠のみならず,甲7意匠についても,その形態の構成態様ごとに本件登録意匠と対比して説明した上で,本件登録意匠の各構成態様に対して,本意匠である甲号意匠とその類似意匠である甲7意匠との異同に触れつつ,甲7意匠は甲号意匠に類似することが客観的に確認されているから,全体として甲7意匠に酷似する本件登録意匠は,甲号意匠に類似する範囲にあると主張していたものである。したがって,被告の上記主張は失当である。
(3) また,被告は,原告が,本件審判請求事件において本件登録意匠と甲7意匠との類似性の主張を全く行わなかったにもかかわらず,本件訴訟に至るや,本件登録意匠と甲7意匠との類否判断を求め,審決を論難するのは不当であると主張するが,仮に,原告が,本件審判請求事件において,本件登録意匠と甲7意匠とが類似するとの主張を明確にしてはいなかったとしても,原告が,本件登録意匠と甲7意匠との対比を行っていたことは明らかであるし,かつ,両者が類似する意匠であると確信していたことも明らかであるから,審判体としては,原告主張の真意を理解し,具体的に両意匠を対比して類否判断をすべきであったのに,審決は,単に甲号意匠だけを本件登録意匠に対比させて類否判断をしたものであって,審理不尽又は判断遺脱の違法がある。
(4) さらに,被告は,審決は,明示はしていないものの,職権探知主義の下,実質的には本件登録意匠と甲7意匠との対比を行い,非類似との判断を加えている旨主張するが,審決が,甲7意匠について本件登録意匠との対比を行っていないことは,「なお,請求人は,甲各号が,上辺中央部が水平形状と,湾曲形状との差異を有しながらも,相互に類似する意匠として登録されたことから,本件の場合においても両意匠が類似する旨を主張するが,意匠の類否判断には,2つの意匠の間での異なる構成態様を含む全体の形態についての個別判断があるから,従前のある差異形状を含んだ類似登録例が存在するからと言って従前と同様の差異形状を含んだ他の意匠の間の類否判断を直接拘束するものではないから,請求人のこの点に関する主張は採用することができない」(審決謄本4頁第3段落)との説示から明らかである。したがって,審判体が,甲号意匠の他に甲7意匠の存在を承知していながら,それと本件登録意匠とを対比して類否判断をしなかった以上,審決には職権探知主義の原則に反する違法がある。
2 取消事由2(本件登録意匠と甲号意匠との類否判断の誤り) (1) 審決は,本件登録意匠と甲号意匠との類否判断に当たり,以下のとおり,両者の差異点の認定を誤り,また,意匠の創作上,とるに足らない微差といえる差異点を過大評価した結果,両意匠は類似しないと判断したものであるから,その認定判断は誤りである。
ア 審決が差異点(ア)として認定した,「本件登録意匠は,上辺中央を内側に向けた凹湾曲状にしたのに対して,甲号意匠は,直線状である点」(審決謄本2頁最終段落〜3頁第1段落)について,本件登録意匠におけるような上辺中央部の形状は,意匠登録第832131号意匠(甲8)及び意匠登録第832133号意匠(甲9)において公知であり,甲7意匠においても公知であるから,当該部分は本件登録意匠の創作上の特徴部分とはいえない。
イ 審決は,差異点(イ)として,「下辺中央の凹湾部が,本件登録意匠は,全体が曲線状であるのに対して,甲号意匠は,中央(凹角部)が丸味付けられた偏平逆V字状である点」(審決謄本3頁第1段落)を認定したが,甲号意匠は,偏平逆V字状といえるほどの形状ではなく,内側方に向けたやや大きな湾曲形状というだけで十分であるから,その点において,本件登録意匠と甲号意匠は共通するというべきである。また,本件登録意匠のような曲線形状は,甲8及び甲9において公知であり,甲7意匠においても公知であるから,当該部分は本件登録意匠の創作上の特徴部分とはいえない。
ウ 審決は,差異点(ウ)として,「左右両側辺の凸曲線について,本件登録意匠は,上隅のやや広い範囲で浅い弧状とするものであるのに対し,甲号意匠は,全体を下方に向けて僅かに幅の狭い極浅い円弧状として,上下両隅がやや角張った態様のものである点」(同)を認定するが,甲号意匠では,上下両隅がやや角張った態様のものであるというほどの角張りは目立たないから,左右両側辺部はほぼ円弧状になると説明すれば十分であり,その点において,本件登録意匠と甲号意匠は共通するというべきである。
エ 審決は,差異点(エ)として,「縦中央の薄肉部について,甲号意匠は,外周の薄肉部とほぼ等幅のものが浅い溝状に形成されているが,本件登録意匠は,縦中央を上下幅狭としたことにより自ずと盛り上がりが少ない薄肉状をなしているものと認められ,特に段差のある溝部は形成されていない点」(同)を認定するが,両意匠とも,全体が扁平の袋状の左右両側部に発熱剤を収容し,この縦中央部には幅狭の薄肉部を形成している点では一致しているから,差異点といえるものではない。段差の点は,図面で表現するか図面代用写真で表現するかの違いにすぎないし,図面で表現している甲号意匠の縦中央薄肉部においても発熱剤の存在が認められることは,本件登録意匠と同様である。
(2) 被告は,甲号意匠を本意匠とする甲7意匠,意匠登録971829の類似1号意匠(乙2,以下「乙2意匠」という。)の二つの類似意匠に共通の特徴は,中央縦の幅狭部の段状の溝部の存在であるとし,本件登録意匠にはそれが存在しないから,本件登録意匠は甲号意匠に類似しない旨主張する。しかし,甲号意匠においては平面図の中央縦部分に段状の溝部は存在しないし,あっても正面図においてしか確認できない。本件登録意匠においても,左右両側部の中間部において,その深さの程度に差異はあっても凹み部が存在することは明らかなのであるから,その点において本件登録意匠と甲号意匠とは共通するというべきであり,被告の上記主張は失当である。
3 取消事由3(本件登録意匠と甲7意匠との類否判断の誤り) (1) 審決が本件登録意匠と甲7意匠との対比を行わなかったことが違法であることは,取消事由1において主張したとおりであるところ,以下に述べるとおり,本件登録意匠は,甲7意匠に明らかに類似する意匠であるから,審決は違法として取り消されるべきである。
ア 本件登録意匠と甲7意匠とは,@上下両辺中央部において内側方向に凹湾曲形状であり,この上下両辺部をつなぐ左右両側辺部はそれぞれ円弧形状である点,A全体の外輪郭の内側方に,これに沿って少しばかりの間隔をおいて内輪郭を形成する点,B背面部又は底面部に剥離紙を被覆している点,及びC縦中央の凹み部を境に,左右両側部にやや盛り上がりを形成する点において共通する。
イ 全体の形状は,本件登録意匠は上側部分と下側部分とで非対称,左右両側部分では対称であるのに対し,甲7意匠は上下両部分及び左右両側部分でいずれも対称である点で差異はある。しかし,この程度の対称形状の差異は,当該物品の用途から見ると,創作上の特徴といえる部分ではないから微差でしかない。
(2) 被告は,甲号意匠を本意匠とする甲7意匠,乙2意匠の二つの類似意匠に共通の特徴は,中央縦の幅狭部の段状の溝部の存在であるとし,本件登録意匠にはそれが存在しないから,本件登録意匠は甲7意匠に類似しない旨主張する。しかし,本件登録意匠においても,左右両側部の中間部において,その深さの程度に差異はあっても凹み部が存在することは明らかなのであるから,その点において本件登録意匠と甲7意匠とは共通するというべきであり,被告の上記主張は失当である。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(甲7意匠との類否を判断しなかった違法)について (1) 原告の本件審判請求事件における無効理由の主張は,本件登録意匠と甲号意匠とが類似するとの一点にあったのであり,本件登録意匠と甲7意匠とが類似する旨の主張は全くしていない。にもかかわらず,原告は,本件訴訟に至るや,自らあえてしなかった本件登録意匠と甲7意匠との類否の判断を求め,当該判断をしなかったとして審決を論難しているが,審決は,原告の審判段階における主張に沿って,甲号意匠及び甲7意匠についてそれぞれ判断を加えているのであるから,原告主張の違法はない。
(2) また,審決は,明示はしていないものの,職権探知主義の下,実質的に本件登録意匠と甲7意匠との対比を行い,非類似との判断を加えているものであると理解される。その判断が明示されていないのは,原告が本件審判請求事件において本件登録意匠と甲7意匠との類似性を無効理由として主張していなかったからにほかならない。
2 取消事由2(本件登録意匠と甲号意匠との類否判断の誤り)について (1) 本件登録意匠と甲号意匠とは類似しないとした審決の認定判断に誤りはない。原告は,審決における甲号意匠の構成態様の認定について論難するが,その主張は,本件登録意匠を甲号意匠の類似の範囲に含めようとするために,意匠の構成態様の認定をとりわけ大雑把に行い,本件登録意匠と甲号意匠の構成態様の違いを意識的に捨象するものであって失当である。
(2) 甲号意匠を本意匠とする甲7意匠,乙2意匠の二つの類似意匠の存在とその出願経過,及び類似意匠と認められず独立の意匠となった三つの登録意匠(乙4〜6)の存在とその出願経過に照らせば,甲号意匠及び甲7意匠においては,縦中央部に外周の薄肉部とほぼ同幅の段差状に形成された溝が設けられたことがその特徴的部分であることは明らかである。したがって,本件登録意匠は,外形(外観)の差異に加え,上記段差状に形成された溝の有無において,甲号意匠とも甲7意匠とも全く類似しない。
3 取消事由3(本件登録意匠と甲7意匠との類否判断の誤り)について (1) 本件登録意匠と甲7意匠とは,@本件登録意匠が上下非対称・左右対称であるのに対し,甲7意匠は上下左右対称である結果,視覚的に明らかに大きな差異を生じている点,A本件登録意匠は縦中央部について特に段差のある溝部は形成されていないが,甲7意匠は外周の薄肉部とほぼ等幅の偏平の凹部が設けられ溝状に形成されている点において,構成が全く異なるものであって,本件登録意匠が甲7意匠の類似の範囲に入らないことは明らかである。
(2) 本件登録意匠が,外形(外観)の差異に加え,縦中央部に外周の薄肉部とほぼ同幅の段差状に形成された溝の有無において,甲7意匠と全く類似しないことは,上記2(2)のとおりである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(甲7意匠との類否を判断しなかった違法)について (1) 原告は,本件審判請求事件において,請求人である原告は,本件登録意匠と甲7意匠との類似性をも主張していたのに,審決はその点について判断をしていないから,審理不尽又は判断遺脱の違法がある旨主張する。
そこで,本件審判請求事件において,請求人である原告が,本件登録意匠と甲7意匠とが類似するとの事実を無効理由として主張していたか否かについて検討すると,本件審判請求事件の審判請求書(甲3)において,請求人である原告は,「6.2 意匠登録無効の理由の要点」として,「本件意匠(注,本件登録意匠,以下この項において同じ。)は,甲第1号証に係る登録意匠(注,甲号意匠)と類似する意匠であるから,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができないものであり,その登録は同法第48条第1項第1号に該当し,無効とすべきである」(2頁)とした上,「6.3(5) 判断」の項において,本件登録意匠と甲号意匠とを対比してその構成態様ごとに類否の判断を加え(8頁),さらに,「6.3(6) むすび」として,「以上のように,本件意匠は甲第1号証に係る公知意匠(注,甲号意匠)が有する創作体を有しているものと認定することができるから,両意匠は類似する意匠と判断することができ,本件意匠は本来,意匠法第3条第1項第3号の規定により意匠登録を受けることができなかったものであり,その意匠登録は同法第48条第1項第1号に該当するとして無効とすべきものである」(8頁〜9頁)と述べて,本件登録意匠が甲号意匠に類似するとの事実を無効理由として明確に主張している。
一方,甲7意匠については,「6.3(3) 公知意匠の証拠の説明」の項において,本件登録意匠とともにその構成態様を分説し,「6.3(4) 本件意匠と公知意匠との対比」の項において,その各形態の構成態様の対比をしてはいるが,上記「判断」の項においては,本件登録意匠と甲号意匠との対比判断を行うに際し,本件登録意匠と甲号意匠とが異なる形状を有する部分,すなわち,前者は上辺部が中央部において内側方向に緩やかな湾曲形状であるのに対し,後者は上辺部がその中央部においてほぼ水平形状である点等について,前者と同種の形状は甲7意匠にも存在するところ,甲7意匠が類似意匠として本意匠である甲号意匠に類似することが客観的に確認されていることにかんがみれば,その程度の差異があっても,本件登録意匠は甲号意匠の類似の範囲に属するものといえるとの趣旨で援用している(8頁第2段落,第5段落)にとどまり,他に,独立の無効理由として,本件登録意匠が甲7意匠に類似するとの事実を主張する箇所は見当たらない。同様に,被請求人である被告の審判事件答弁書(甲4)を受けて原告が提出した審判事件弁駁書(甲5)においても,「(4) むすび」として,「公知意匠(2)(注,甲7意匠)を類似意匠として含む公知意匠(1)(注,甲号意匠)の有する創作体の広さを考えると,この創作体の中に本件意匠も含まれてしまう類似の意匠と見ることができるから,本件意匠は意匠法第3条第1項第3号の規定によって意匠登録を受けることができない,新規性のない意匠であったといわれるべきである」(3頁〜4頁)と主張するのみであって,甲7意匠との類似性を独立の無効理由として主張した箇所は見受けられない。
そうすると,本件審判請求事件では,本件登録意匠が甲号意匠に類似するとの事実のみが無効理由とされ,本件登録意匠と甲7意匠との類似性については,独立の無効理由として主張されていなかったというほかはないから,本件登録意匠と甲7意匠との類似性が無効理由として主張されていたことを前提とする原告の審理不尽及び判断遺脱の主張は採用することができない。
また,原告は,仮に,独立の無効理由として明確に主張されていなかったとしても,原告が,本件登録意匠と甲7意匠との対比を行っていたことは明らかであるし,かつ,両者が類似する意匠であると確信していたことも明らかであるから,審判体としては,原告主張の真意を理解し,具体的に両意匠を対比して類否判断をすべきであったのであり,これをしなかった点において審決には審理不尽又は判断遺脱の違法がある旨主張するが,本件審判請求事件の当時,請求人である原告が本件登録意匠と甲7意匠との「両者が類似する意匠であると確信していたこと」を示す的確な証拠はないばかりか,むしろ,真実,上記両者が類似すると確信していたのであれば,請求人である原告としては,当然,甲7意匠との類似性の点を独立の無効理由として明示的に主張していたはずであるとさえいえるのであって,原告の上記主張はその立論の前提を欠くといわざるを得ず,採用の限りでない。
(2) 原告は,仮に,本件審判請求事件において,本件登録意匠と甲7意匠とが類似するとの主張がされていなかったとしても,審判体が,甲号意匠の他に甲7意匠の存在を承知していながら,それと本件登録意匠とを対比して類否判断をしなかった以上,審決には,職権探知主義の原則に反する違法がある旨主張する。
意匠法52条において準用する特許法153条1項は,審判においては,当事者が申し立てない理由についても審理することができる旨規定するが,この規定は,当事者が申し立てない無効理由につき職権で審理する権限を審判体に与えたものであって,職権で審理すべき義務まで課したものでないことはその文言上明らかであるし,無効審判手続においては当事者対立の構造が採用されていることから考えると,請求人が主張していない無効理由について審理しなかったことが審理義務違反の違法として審決取消事由になるとは解されないから,職権探知主義違反を理由に審決の取消しを求める原告の主張は,それ自体失当というべきである。これを実質的に見ても,本件審判請求事件においては,この種事件の専門家である弁理士が請求人の代理人として当該事件の審理に当初から関与しており,かつ,上記(1)で認定したとおり,審判請求書(甲3)及び審判事件弁駁書(甲5)の二つの書面において,本件登録意匠が甲号意匠と類似するとの事実のみを無効理由として主張する意向を一貫して明示していたものであって,審判体が本件登録意匠と甲7意匠との類似性につき職権で審理判断しなかった措置に何ら違法はない。
また,たとえ審決が確定したとしても,請求人である原告としては,改めて甲7意匠に基づいて本件登録意匠の登録無効審判請求をする余地もあるから,上記のように解しても,本件審判請求事件において,請求人にとって酷に失するというべき事情は見当たらない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
なお,原告の上記主張が審判体の釈明義務違反の趣旨をも含むとしても,意匠登録無効審判においては,請求の理由の要旨を変更するような補正は認められない(意匠法52条において準用する特許法131条2項本文)から,請求の理由の要旨変更に該当するような不適法な補正をするかどうかについて審判体が請求人に釈明を求めることは無意味であって,そうした釈明義務を認めることはできない。本件審判請求事件において,本件登録意匠が甲7意匠に類似するとの事実を新たに独立の無効理由として主張することは,請求の理由の要旨変更にほかならないから,上記釈明義務違反を審決の取消事由とする余地はない。
(3) 以上のとおり,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(本件登録意匠と甲号意匠との類否判断の誤り)について (1) 審決は,本件登録意匠と甲号意匠の差異点として,「本件登録意匠は,上辺中央を内側に向けた凹湾曲状にしたのに対して,甲号意匠は,直線状である点」(差異点(ア)),「下辺中央の凹湾部が,本件登録意匠は,全体が曲線状であるのに対して,甲号意匠は,中央(凹角部)が丸味付けられた偏平逆V字状である点」(差異点(イ)),「左右両側辺の凸曲線について,本件登録意匠は,上隅のやや広い範囲で浅い弧状とするものであるのに対し,甲号意匠は,全体を下方に向けて僅かに幅の狭い極浅い円弧状として,上下両隅がやや角張った態様のものである点」(差異点(ウ)),「縦中央の薄肉部について,甲号意匠は,外周の薄肉部とほぼ等幅のものが浅い溝状に形成されているが,本件登録意匠は,縦中央を上下幅狭としたことにより自ずと盛り上がりが少ない薄肉状をなしているものと認められ,特に段差のある溝部は形成されていない点」(差異点(エ))の4点を認定する(審決謄本2頁最終段落〜3頁第1段落)。
これに対し,原告は,上記第3の2(1)のとおり,差異点(ア)については,差異の存在自体は認めるものの,当該部分における本件登録意匠の形態は公知であるから,本件登録意匠の創作上の特徴部分とはいえないとし,差異点(イ)については,甲号意匠は偏平逆V字状といえるほどの形状ではないから差異点として認定したこと自体が誤りであるし,また,当該部分における本件登録意匠の形態は公知であるから,本件登録意匠の創作上の特徴部分とはいえないとし,差異点(ウ)については,甲号意匠では上下両隅がやや角張った態様のものであるというほどの角張りは目立たないから差異点として認定したこと自体が誤りであるとし,差異点(エ)については,両意匠は中央部に幅狭の薄肉部を形成している点で一致しているといえば足りるとし,差異点として認定したこと自体が誤りであるなどとして,審決の上記認定を論難するとともに,上記の差異点につき,意匠の創作上,とるに足らない微差といえるものである旨主張する。
しかしながら,本件登録意匠と甲号意匠との間に上記の各差異が存在すること自体は,証拠(甲2,6,乙1)によって認めることができるところ,下辺中央部に関する差異点(イ)については,上辺中央部に関する差異点(ア)の差異(これが存在することは原告も争わない。)とあいまって,本件登録意匠が看者に対し丸みを帯びた印象を強く与えるとみられるのに対し,甲号意匠は,直線で多く構成された角張った印象を与えるというべきであるから,差異点(イ)に関する審決の上記認定に誤りはなく,以上は,差異点(ウ)についても同様である。また,縦中央部に関する差異点(エ)について,原告は,図面で表現するか図面代用写真で表現するかの違いにすぎず,仮に本件登録意匠を図面によって表現するならば,甲号意匠又は甲7意匠と同様に明りょうな巾線によって凹み部が形成されているように表現される等と主張するが,証拠(甲2,乙1)によれば,本件登録意匠について原告主張のような明りょうな凹み部があるとは認められず,甲6の正面図において段差が明確に表現されている甲号意匠とはその点で明らかな差異があるといえるから,差異点(エ)に関する審決の上記認定に誤りはない。
そうすると,上記(ア)〜(ウ)の外周形状に関する差異点は,審決も説示(審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)するとおり,本件登録意匠が,上辺,下辺,左右両側のいずれもが曲線で構成された丸みを帯びた形状との印象を与えるのに対し,甲号意匠は,上辺の直線部分と下辺の偏平逆V字状部分,左右両側辺の上下隅のやや角張った部分とがあいまって全体として角張った印象を与えるものであるから,これらの差異点は,本件登録意匠について,看者に甲号意匠にはない美感ないし美的印象を与え,意匠的効果をもたらすものと認めるのが相当である。加えて,本件登録意匠と甲号意匠との間には上記(エ)の中央部の溝に関わる差異もあることを併せ考えれば,これら両意匠の差異点が類否判断に及ぼす影響は大きいといわなければならず,原告主張のように,意匠の創作上,とるに足らない微差ということはできない。
(2) 他方,審決は,本件登録意匠と甲号意匠の形態上の共通点として,「(A)略平板状とした全体を略横長楕円形の下辺中央を内側に向けた緩やかな凹湾状とし,左右両側辺を凸曲線で繋いだ態様とした,縦中央が幅狭で,全体が左右対称で,上下に非対称としたものである点」,「(B)裏面部に剥離シートを設け,表面部において,外周に沿う一定幅の部分を薄肉状とし,その内側を盛り上げて厚みを持たせたものである点」,「(C)表面部縦中央がやや薄肉状である点」(審決謄本2頁下から第2段落)を認定するところ,両意匠が上記の共通点を有することについては,原告も争わないものと解されるし,証拠(甲2,6)上も明らかである。しかしながら,意匠の類否を判断するに当たっては,意匠に係る物品の性質,用途,使用態様等も参酌すべきところ,本件登録意匠に係る物品は「かいろ」,甲号意匠に係る物品は「温熱外用材」であって,いずれも保温等のために身体に当てて接着させて使用する当て具であり,証拠(甲2,6,8〜11,乙2,3)及び弁論の全趣旨によれば,上記の共通点に係る構成態様は,審決も説示(審決謄本3頁第3段落)するとおり,体に当てて接着させて使用する,この種パット材等の物品においては,従来より普通ないしごく普通に見られる態様のもの(上記共通点(A),(B))であって,両意匠の類否判断に及ぼす影響は小さいと判断することができるか,若しくは,共通点として一応挙げることができる(上記共通点(C))にしても,その具体的態様においては共通点をしのぐ顕著な差異(上記差異点(エ))が認められるものである。
(3) 以上の検討に基づいて本件登録意匠と甲号意匠とを全体として観察すると,意匠に係る物品は共通するものの,その形態上の共通点は,上記(2)のとおり,両意匠の類否判断に及ぼす影響が小さいのに対し,その形態上の差異点は,上記(1)のとおり,それがもたらす意匠的効果によって,両意匠の上記共通点がもたらす共通感をしのぐものがあり,一般需要者に対し全体として異なった美感ないし美的印象を与えるといえるから,両意匠は,類似しないというべきである。したがって,「これらの差異があいまったところは両意匠の共通点がもたらす共通感を越えて,本件登録意匠について,甲号意匠とは異なる独自の視覚的まとまりを形成していると認められ,両意匠は,類似するものとすることはできない」(審決謄本4頁第2段落)とした審決の判断に誤りはない。
(4) なお,原告は,上記1(1)のとおり,本件審判請求事件においては,本件登録意匠と甲号意匠との類否の判断に際し,甲意匠の類似意匠である甲7意匠を参酌すべきであるとし,本件登録意匠と甲号意匠とが異なる形状を有する部分について,同種の形状は甲7意匠にも存在すること,甲7意匠は類似意匠として本意匠である甲号意匠に類似することが客観的に確認されていることを理由に,その程度の差異があっても,本件登録意匠が甲号意匠の類似の範囲に属するものといえる旨の主張をしていたところ,これをもって甲7意匠との類似性を独立の無効理由として主張したものと解されないことは,上記のとおりであるが,念のため,甲7意匠について付言する。確かに,平成10年法律第51号による改正前の意匠法10条が定める類似意匠は,本意匠にのみ類似することを要件として登録が認められるものであり,類似意匠として登録されたということは,特許庁がこれを本意匠類似する意匠と認めたものにほかならず,同法22条により,類似意匠の意匠権は本意匠の意匠権と合体するものとされるから,ある意匠が本意匠と類似するかどうかを判断するに当たっては,登録された類似意匠を参酌すべきである。しかしながら,類似意匠の登録は,本意匠の類似範囲に関する特許庁の判断を示すものの,その判断が誤りである場合には,当該類似意匠登録に無効理由が存在することとなるのであって,無効理由のある類似意匠登録により本意匠の類似範囲が変動するわけではない。したがって,本件において,甲7意匠が甲号意匠の類似意匠として登録されたことから,直ちに,本件登録意匠と甲7意匠とが共通して有する甲号意匠との差異点に係る構成が本件登録意匠に特徴的な構成であることが否定され,ひいては本件登録意匠が甲号意匠に類似しないとする上記判断が左右されるものではない。
(5) 以上のとおりであるから,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 取消事由3(本件登録意匠と甲7意匠との類否判断の誤り)について 無効審判の手続において審理判断されなかった無効理由を審決取消訴訟において主張することは許されないと解されるところ,本件審判請求事件においては,本件登録意匠が甲号意匠に類似するとの事実のみが無効理由とされ,本件登録意匠と甲7意匠との類似性については,独立の無効理由として主張されていなかったことは,上記1(1)のとおりである。そうすると,本件登録意匠が甲7意匠と類似することを理由とする取消事由3の主張は,本件審判請求事件で審理判断されなかった無効理由を審決取消訴訟において主張するものとして,それ自体失当というほかはない。
4 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 長沢幸男
裁判官 早田尚貴