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関連審決 不服2001-8490
関連ワード 産業の発達 /  創作の奨励 /  物品 /  物品の形状 /  形状 /  模様 /  意匠に係る物品 /  組物の意匠(8条) /  一意匠一出願(7条) /  新規性 /  3条1項3号 /  記載された意匠 /  類似する意匠 /  寄せ集め /  意匠の類似 /  意匠の類否 /  登録意匠 /  権利濫用(権利の濫用) /  類似性(類否判断) / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 353号 審決取消請求事件
原告 美和ロック株式会社
訴訟代理人弁理士 宮口聡
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 岩井芳紀
同 藤正明
同 大橋良三
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/11/26
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が不服2001-8490号事件について平成14年5月22日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成11年10月1日,意匠に係る物品を「建物扉用取手の座板」とし,その形態を別紙審決書の写しの別紙1(以下,審決書の写し添付の別紙1,別紙2,別紙3を,単に「別紙1」,「別紙2」,「別紙3」という。)表示のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について,意匠登録出願(平成11年意匠登録願第26321号)をしたが,拒絶査定を受けたので,平成13年4月13日に,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを不服2001-8490号事件として審理し,その結果,平成14年5月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年6月17日,原告にその謄本を送達した。 2 審決の理由の要点 審決の理由は,別紙審決書の写し記載のとおりである。要するに,本願意匠は,その出願前である1990年4月27日に独立行政法人工業所有権総合情報館(旧日本国特許庁総合情報館)が受け入れた潟Sール発行のカタログ「ゴール製品のご案内」42頁所載の建物扉用取手の座板の意匠(特許庁意匠課公知資料番号第HC02015538号)(その形態は別紙2表示のとおりである。以下「引用意匠」という。)に類似する意匠であるから,意匠法3条1項3号に該当し,意匠登録を受けることができない,というものである。
審決は,その前提として,本願意匠と引用意匠との共通点及び相違点は次のとおりであると認定した(審決書1頁下から6行〜2頁下から4行。原告は,この認定自体については,共通点(4)を除き,争わない。)。
[共通点] 「(1)高さが横幅の4倍前後で,厚みが横幅の略1/4程度のカードロック用の座板であって,四隅を略長方形状に角張らせ,正面上辺寄りの位置にスリット状のカード挿入口を水平に形成してその上方に小さな矩形の施錠表示窓を設け,下辺から全高の略1/3強の位置に円形のレバーハンドル組み付け孔を形成し,その下方に円形のキーガイド挿入孔を形成した全体の基本構成。
(2)レバーハンドル組み付け孔とキーガイド挿入口を座板正面の中心線上に揃えている点。
(3)座板両側に均等に小幅な余地を残してカード挿入口を形成している点。
(4)座板周縁の出隅部に丸みをつけている点。」 [相違点] 「(1)座板の上辺部及び下辺部の態様について,本願意匠においては,該部位を正面視緩やかに膨出する円弧上に形成しているのに対し,引用意匠においては,該部位を水平に形成している点。
(2)座板正面の態様について,本願意匠においては,該部全体を略円柱面状に緩やかに膨出させているのに対し,引用意匠においては,該部全体を略平面状としている点。
(3)在室確認表示窓の有無について,本願意匠においては,レバーハンドル組み付け孔とキーガイド挿入孔の間に円形の在室確認表示窓を設けているのに対し,引用意匠においては,それを設けていない点。
(4)施錠表示窓の配置態様について,本願意匠においては,カード挿入口の左上方にある程度の間隔を置いて施錠表示窓を配置しているのに対し,引用意匠においては,カード挿入口の右上方に近接させて施錠表示窓を配置している点。
(5)カード挿入口周縁部の態様について,本願意匠においては特筆すべきものは無いが,引用意匠においては,該部周縁を細幅の黒枠状に縁取っている点。
(6)キーガイド挿入孔の位置について,本願意匠においては,座板の下辺寄りに配置しているのに対し,引用意匠においては,レバーハンドル組み付け孔寄りに配置している点。
(7)座板外周面の態様について,本願意匠においては,該部位を正面側に向けて僅かに窄まる傾斜面としているのに対し,引用意匠においては,該部位の態様が判然としない点。
(8)全体的な寸法比率について,本願意匠においては,座板正面の縦横比が略3.6:1程度であるのに対し,引用意匠においては,それが略4.2:1程度である点。
(9)座板背面の態様について,本願意匠においては,背面図及び断面図に記載されたように,背面側全体に空洞を形成し,数個のネジ止め部等を左右対称的に配置しているのに対し,引用意匠においては,背面の態様が不明である点。」
原告主張の審決取消理由の要点
審決の理由のうち,「1.本願意匠」,「2.引用意匠」は認める。「3.対比」のうち,[共通点](1)ないし(3)は認め,(4)は争う。[相違点](1)ないし(9)は認める。「4.当審の判断」は争う。
審決は,引用意匠を誤認して本願意匠と引用意匠との共通点・相違点の認定を誤り(取消事由1),両意匠の共通点を過大に評価し,差異点を過小に評価するなどした結果,両意匠の類否の判断を誤ったものであって(取消事由2),これらの誤りが,それぞれ審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用意匠の誤認による共通点・相違点の認定の誤り) 審決は,本願意匠と引用意匠との共通点の一つとして,「座板周縁の出隅部に丸みをつけている点。」(共通点(4))を認定し,この認定を前提に,「これらの共通点及び相違点を勘案して両意匠の類否を検討すると,共通点(1)に示す態様は,意匠全体の骨格を成すものであり,これに共通点(2)に示すレバーハンドル組み付け孔とキーガイド挿入孔の配置態様が加味されることによって,意匠の全体的な基調が形成され,さらに,共通点(3)に示すカード挿入口の収まり方,及び共通点(4)に示す座板周辺の面取りの態様における共通性も加わって,両意匠間に強い類似性をもたらしているものと認められる。」(審決書2頁下から2行〜3頁5行)と判断した。
しかしながら,審決が共通点(4)とした座板周縁の面取りの態様は,本願意匠のみにあり引用意匠にはない。すなわち,座板周縁の面取りの態様は,本願意匠においては,R(ラウンド)処理が施され,丸みがつけられているものであるのに対し,引用意匠のそれはフラットな処理が施され,丸みはつけられていないものである。審決は,このように,引用意匠の認定を誤り,その結果,座板周縁の面取りの態様につき,相違点であるものを共通点とする誤りを犯している。審決の共通点(4)の認定は誤りであり,この誤りが両意匠の類否の判断に影響を及ぼすことは明らかである。
2 取消事由2(類否の判断の誤り) 審決は,本願意匠と引用意匠との共通点を過大に評価し,差異点を過小に評価し,その結果,両意匠の類否の判断を誤ったものである。
(1) 相違点(1),(2)についての評価の誤り 審決は,本願意匠と引用意匠との相違点(1),(2)について,「相違点(1)の座板の上辺部及び下辺部の態様における差異については,該部位を円弧状に膨出させた本願意匠の態様がこの種物品においてありふれた態様(登録意匠第509067号,887668号証等,別紙3参照)であり,また,相違点(2)の座板正面の態様における差異については,本願意匠の該部位がありふれた円柱面状の緩やかな膨出面であって,何れも本願意匠を特徴付けるものとは成し得ないものであるため,意匠の構成要素としてはさほど評価できず,全体的に見れば,これらの差異は,共通点(1)に示す全体的な共通性に基づく類似性を凌ぐものではない。」(審決書3頁6行〜13行)と認定判断した。
しかし,意匠の類否は,それに係る物品の購入主体である需要者の立場から見て混同を生ずるほどに美感が共通するか否かによって判断すべきであり,ありふれた要素を含んでいることのみをもって類似性を肯定した審決の上記判断は誤りである。
審決は,本願意匠は意匠法3条1項3号に該当する,とするための比較の対象として引用意匠を選んだのであるから,類否の判断は,あくまで引用意匠との対比においてすべきである。全体的には本願意匠と類似しないものの,部分的には同一のもの,あるいは似たものを次々と持ち出してきて,当該部分ごとに継ぎ足していけば,全体としても同一又は類似の形態が出来上がるのは当然である。このような判断手法を認めるならば,ほとんどの出願意匠の登録が拒絶されることになる。審決が,類否の判断に当たり,引用意匠のほかに,上端・下端の処理しか似ていない登録意匠第509067号,同887668号を用いて判断したのは,誤りである。被告の提出する乙第1,第2号証に記載された意匠は,本願意匠と建物扉用取手の正面の態様が類似しているだけで,他の部分は類似しておらず,このように部分的に類似しているものを継ぎ合わせて類否の判断をすることは許されない。
仮に,このような類否の判断手法を用いることが許されるとしても,審決は,正面の膨出処理はありふれたものであると述べているものの,その判断の根拠となる公知例を示していない。
(2) 相違点(3)ないし(9)についての評価の誤り 審決は,本願意匠と引用意匠との相違点(3)ないし(9)に係る,在室確認表示窓の有無の差異,施錠表示窓の配置態様の差異,カード挿入口周縁部の態様における差異,座板外周面の態様における差異等は,いずれも類否の判断を左右するものではない,と判断した(審決書3頁14行〜4頁4行)。
確かに,当該物品の属する分野が新規な産業分野であって,比較の対象とすべき従来製品があまり存在しない,といった事情の下であれば,審決の判断は正しいといえるかもしれない。しかし,建築金物業界という旧来から存在する業界における建物扉用取手の座板は,正に汎用品である。しかも,建築の分野は,特に,構造上・防犯上の観点からの規制が厳しく,寸法や形状等がある程度必然的に限定されてしまうという宿命を背負っている。このような状況の下で,審決の上記のような判断手法によって類否が決せられ,出願意匠がことごとく拒絶されるなら,当該分野における当業者の創作意欲を著しく減退させ,ひいては産業の発達(意匠法1条参照)が望めなくなる。
このような業界の実情を勘案することなく類否を決した審決の判断は,誤りである。
(3) 相違点全体についての判断の誤り 審決は,「さらに,これらの相違点に係る態様が相俟って表出する効果を勘案しても,各共通点から惹起される両意匠の類似性を凌ぐ視覚効果を認めることはできない。すなわち,本願意匠は引用意匠に類似するものと認められる。」(審決書4頁5行〜8行)と判断した。
しかし,本願意匠と引用意匠とは,需要者の立場から見て混同を生ずるほどに美感が共通するとはいえないから,両意匠は類似しないというべきである。審決の上記判断は誤りである。
(4) 他の登録意匠の存在 本願意匠が引用意匠に似ているよりもよりよく引用意匠に似ている意匠(意匠登録第945791号意匠。1993年7月30日出願。甲第2号証。以下「甲第2号証意匠」という。)が登録されている。この意匠が登録を受けている以上,本願意匠も登録を認められるべきである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,審決に原告主張のような誤りはない。
1 取消事由1(引用意匠の誤認による共通点・相違点の認定の誤り)について 引用意匠の左右長辺部の出隅は,別紙2の写真版に示された陰影,ハイライト及び下端隅部の形状からみて,丸面に形成されていると認められる。
審決が共通点(4)として認定した「座板周縁の出隅部に丸みをつけている点」のうち,「座板周縁の出隅部」とは,座板の周側面と正面が出会う突出した部位であり,左方長辺部から上辺部を経由して右方長辺部に至り,下辺部を経て左方長辺部に戻る縁部のことである。座板周縁の出隅部のうち,審決が「丸みを付けている」と認定した部位は,主に左右長辺部の出隅部のことであり,この部位の丸みの程度が引用意匠と同程度であると認められることから,共通点(4)として認定したものであり,共通点に対する判断においては,その態様を便宜的に「座板周縁の面取り」と表現したものである。引用意匠の上下辺部の出隅部については,丸みの程度が判然としないものの,左右長辺部に比べて著しく小さいものであることは明らかであり,この点については,共通性はみられないとする原告の主張に異論はない。
共通点(4)の認定に誤りはない。
2 取消事由2(類否の判断の誤り)について (1) 相違点(1),(2)についての評価の誤りについて 審決は,各相違点に係る本願意匠の態様を公知事実からの隔たりや使用状態を考慮して評価し,個々の相違点及びこれらがあいまって表出する効果,すなわち,類似性に抗する異質な視覚効果を十分に把握した上で,これを共通点に基づく類似性と比較較量し,その結果として,相違点(1)及び(2)に係る本願意匠の態様については,本願意匠を特徴付けるものではなく,全体的にみれば,その差異は共通点(1)に示す共通性に基づく類似性をしのぐほどのものではないと判断したのであり,さらに,他の相違点についての検討結果も参酌した上で,本願意匠は引用意匠に類似するとの結論に至ったものである。原告の主張するようにありふれている要素を含んでいることのみをもって,類似すると決したわけではなく,ましてや,部分的に似たものを部分ごとに継ぎ足して形成される仮想形態と本願意匠とを対比して新規性や類否を判断したものではない。
本願意匠の相違点(1)に係る座板の上辺部及び下辺部の態様については,別紙3に示すように,建具用の取手の座板においてありふれた態様であることは明らかである。相違点(2)に係る座板正面の態様についても,それが板材においてはいわゆる「甲丸板」と呼ばれる周知の形態であって,建具用の取手の座板においても,本願の出願前に既に公然知られていたものであり,上記相違点に係る両方の態様を兼ね備えた座板も本願出願の出願前に既に公然知られていたものである(乙第1,第2号証参照)。
原告は,意匠の類否は,需要者が混同を生ずるほどに美感が共通するか否かによって判断すべきである,と主張する。美感が現実の意匠(物品の形状,模様,色彩またはこれらの結合)を観察した結果生ずる意識であるとするならば,意識自体を直接観察して特定する手段は実在しないから,このような意識内容の共通性を基準として意匠の類否を判断することは,ややもすれば観念論に陥りやすい普遍性を欠く判断手法であって,類否判断の手法としては不適切である。意匠の類否判断の手法としては,両意匠の構成要素における共通点及び相違点を認定し,公知事実,視覚効果等を勘案して各構成要素を評価した上で,総合的になされるべきものであり,審決も同様の手法に基づいて判断したものであって,その判断手法に誤りはない。
(2) 相違点(3)ないし(9)についての評価の誤りについて 相違点(3)ないし(9)に関する判断は,審決記載のとおりである。いかなる事情があるにせよ,創意工夫が認められない意匠を登録することは理に反することであり,そのような意匠を登録することは,創作の奨励につながるものではなく,むしろ権利の濫用を招く原因となりかねないものである。意匠の類否判断に原告の主張する業界の事情を勘案する余地はない。
(3) 相違点全体についての判断の誤りについて 審決の相違点全体についての判断に誤りはない。
(4) 他の登録意匠の存在について 引用意匠と甲第2号証意匠との類否についての判断は,本願意匠と引用意匠との類否についての判断に何ら影響を及ぼすことのない案件外の事柄にすぎない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用意匠の誤認による共通点・相違点の認定の誤り)について 原告は,引用意匠の座板周縁の面取りの態様はフラット(平ら)な処理を施されているものであるから,審決が,本願意匠と引用意匠の共通点の一つとして「座板周縁の出隅部に丸みをつけている点。」(共通点(4))を認定したのは誤りである,と主張する。
引用意匠を表示したものとして当事者間に争いのない別紙2の引用意匠の表示によれば,引用意匠の座板周縁のうち,左右長辺部の出隅は,丸面に形成されていると認めることができ,原告主張のように平らな処理を施されているということはできない。この限りにおいて,審決が「座板周縁の出隅部に丸みをつけている点」を共通点として認定したことに誤りはない。
別紙2の引用意匠の表示から,引用意匠の座板周縁のうち,上下辺部の出隅は丸面に形成されていると認めることができないから,この点は共通点とすることができない。被告は,この点を共通点とすることができないことは認めた上で,審決は,座板周縁のうち左右長辺部の出隅に丸みをつけていることを意味するものとして「座板周縁の出隅部に丸みをつけている点」と表現したものである,と主張する。
審決の上記共通点の認定は,表現上,座板周縁の左右長辺部だけではなく上下辺部の出隅も丸みをつけている,との趣旨であると読むのが自然であること,及び,審決は,上下辺部の出隅の丸みの有無を相違点として挙げることをしていないことからすれば,そのような趣旨として理解した上で,その認定の当否が問題とされるべきである。このように共通点(4)の認定を読むならば,審決は,少なくとも上下辺部の出隅部の丸みの点については,両意匠の相違点とすべきであるのに,これを相違点と認定せず,共通点と認定してしまったものであり,この限度で,審決には,相違点であるものを共通点とした誤りがある,というべきである。
しかしながら,審決は,「共通点(1)に示す態様は,意匠全体の骨格を成すものであり,これに共通点(2)に示すレバーハンドル組み付け孔とキーガイド挿入孔の配置態様が加味されることによって,意匠の全体的な基調が形成され,さらに,共通点(3)に示すカード挿入口の収まり方,及び共通点(4)に示す座板周縁の面取りの態様における共通性も加わって,両意匠間に強い類似性をもたらしているものと認められる。」(審決書2頁下から2行〜3頁5行)と述べ,本件の類否判断において,共通点(1)に示された意匠の全体的な構成が示す共通性を最も重視し,共通点(4)に示された座板周縁の面取りの態様における共通性は付加的なものにすぎないとしていること,これに続く相違点に対する判断においても,主として共通点(1)との対比において判断を加えていることが明らかである。このことからすれば,上記の共通点(4)の一部についての認定の誤りは,審決の類否判断を左右するに足りるものではなく,その結論に影響を及ぼすものではないというべきである。
取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(類否の判断の誤り)について (1) 相違点(1),(2)の評価の誤りの主張について 原告は,意匠の類否は,それに係る物品の購入主体である需要者の立場から見て混同を生ずるほどに美感が共通するか否かによって判断すべきであるのに,審決は,ありふれた要素を含んでいることのみをもって類似性を肯定した,と主張する。
意匠法2条は,「この法律で,「意匠」とは,物品(物品の部分を含む。
第8条を除き,以下同じ。)の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものをいう。」と規定している。この規定によれば,美感の共通性の有無を類否判断の基準とすべきである,との原告の主張は,抽象的な一般論としては全く正当である。これに対する合理的な反論はあり得ない。しかしながら,ここでの問題は,美感の共通性の有無を具体的にどのように判断すべきか,ということである。二つの美感の共通性を問題とする以上,原理的にいえば,それぞれの意匠が生じさせる美感を何らかの方法で別々に認定し,これらを何らかの方法で表現しつつ,両者を比較するというのが,最も好ましい方法であるということもできよう。とはいえ,美感というものは,本来,意匠に接した者の主観的な意識内容であるから,判断の客観性を一定以上に確保しつつ,これを外部から把握して表現することは,いうべくして容易なことではない。そこで,審決のように,両意匠の構成要素における共通点及び相違点を認定し,公知事実,視覚効果等を勘案して各構成要素を評価した上で,総合的に類否を判断する手法は,判断の客観性を担保するとの観点からみて,少なくとも妥当な手法の一つというべきであり,審決がこのような判断手法を採ったこと自体を誤りとすることはできない。
審決は,上記のような判断手法によって,本願意匠と引用意匠との類否を判断したのであって,ありふれた要素を含んでいることのみをもって類否の判断を行ったものではないことは,審決書の記載自体から明らかである。
原告は,審決は,本願意匠と引用意匠との類否判断に当たり,引用意匠との対比によって類否を判断せず,全体的には本願意匠と類似しない他の意匠から,本願意匠と部分的に似た部分を取り出し,これを寄せ集めて,本願意匠と同一類似の仮想の形態を作出して,類似するとの判断を導いたものである,と主張する。
しかしながら,審決は,まず本願意匠と引用意匠との形態を比較して,共通点と相違点とを認定し,これらの共通点と相違点を勘案して意匠の類否を判断したものであり,引用意匠との対比によって類否を判断したものであることは,審決の記載自体から明らかである。審決が相違点(1)について,別紙3記載の各意匠を引用したのは,引用意匠との共通点と相違点の評価に当たり,相違点(1)に係る本願意匠の構成がありふれた形態であることから,共通点をしのぐものと評価することはできないことを根拠付けるためであって,別紙3記載の各意匠の部分を寄せ集めて仮想の形態を作り出したものではないことが明らかである。
原告は,審決が,相違点(2)について,円柱面状の緩やかな膨出面をなす,本願意匠の座板正面の形状を,ありふたものであると判断したことにつき,その判断の根拠となる公知例を示していない,と主張する。しかしながら,本件で問題となっているのは,本願意匠と引用意匠との類否なのであるるから,通常の意味で公知例となるのは引用意匠のみであり,それ以外にはあり得ない。原告の主張が,審決の上記判断が根拠を挙げないでなされたこと自体を問題とするものであるとしても,上記形式が真にありふれたものであるならば,そのことを認定するのに,あえて証拠を挙げるまでの必要がないことは明らかというべきであり,審決は,証拠を挙げるまでもないとして上記判断をしたものであると解することができる。審決が根拠となる証拠を示さなかったからといって,そのこと自体を誤りとすることはできない。また,上記形状自体がそれ自体としてありふれたものであることは,当裁判所に顕著であり,乙第1,第2号証によれば,本件出願前に公開された意匠公報(意匠登録第895094号,平成6年3月30日発行)及び外国雑誌「MAISON&JARDIN」(特許庁意匠課公知資料番号HB03006577-01,フランスにおいて1990年9月30日に発行されたもの)には,建物扉用取手の座板について,その正面の上下辺部を膨出させた態様が記載されていることが認められ,これらの事実によれば,上記態様は,建具用取手においても,本願意匠の出願前にありふれたものであったということができる。
原告は,被告の提出する乙第1,第2号証に記載された意匠は,本願意匠と建物扉用取手の正面の態様が類似しているだけで,他の部分は類似しておらず,このように部分的に類似しているものを継ぎ合わせて類否の判断をすることは許されない,と主張する。しかしながら,被告が乙第1,第2号証に記載された意匠を引用したのは,相違点(2)に係る座板正面の態様につき,それがありふれた態様であることを明らかにするためのみのことであり,これらの部分のみをつなぎ合わせて仮想の態様を作り出そうとするものでないことは,前に述べたところと同じである。乙第1,第2号証に記載された意匠が,正面の態様を除き,本願意匠と類似しているか否かは,上記の判断とは関係のないことである。
原告の主張は,いずれも採用することができない。
(2) 相違点(3)ないし(9)の評価の誤りの主張について 原告は,審決が,相違点(3)ないし(9)について,いずれも類否判断を左右するものとはなし得ない,と評価したことに対し,本願意匠に係る物品は,建築金物業界という旧来から存在する業界における汎用品である建物扉用取手の座板であり,建築の分野においては,特に,構造上・防犯上の観点からの規制が厳しく,寸法や形状等がある程度必然的に限定されてしまうものであるから,本願意匠と引用意匠の類否判断に当たっては,このような業界の実情を勘案すべきであるのに,審決は,このような実情を勘案しておらず,このような判断手法によって,意匠の出願がことごとく拒絶されるならば,本願意匠に係る物品の属する分野における当業者の創作意欲を著しく減退させ,ひいては産業の発達(意匠法1条参照)が望めなくなる,と主張する。
しかしながら,仮に,原告主張の業界の実情があるとしても,そのことは,本件において,通常は類似性を否定するに足りないというべき相違点(3)ないし(9)を,類似性を否定するに足るものであると解すべき根拠にはならない。
原告の主張するように,構造上・防犯上の観点からの規制により建物扉用取手の座板の寸法や形状等がある程度必然的に限定されてしまうというのであれば,むしろ,そのことは,建物扉用取手の意匠においては,他の建物扉用取手の意匠との間で類似性が認められやすいことに結び付くともいえるのであって,少しでも相違すれば類似性を否定すべきであるとの結論に当然に結び付くというわけのものではない。意匠の登録を認めるということは,登録に係る意匠の意匠権者による独占を認めることになるのであるから,既に広く存在する意匠との間に,需要者によって格別着目されることもない微弱な相違しかない意匠の登録を認めてしまうと,その分野において広く用いられている形状の独占を主張するといった権利の濫用を招くことにもつながり,かえって当該分野の産業の発達を妨げることにもなりかねないのである。
原告の主張は採用することができない。
(3) 相違点全体についての判断の誤りについて 相違点(1)ないし(9)に係る態様があいまって表出する効果を勘案しても,各共通点から惹起される両意匠の類似性をしのぐ視覚効果を認めることはできない,との審決の判断に誤りがあると認めることはできない。
原告の主張は採用することができない。
(4) 他の登録意匠の存在について 原告は,甲第2号証意匠が,本願意匠が似ているよりもよりよく引用意匠に似ているとした上で,この甲第2号証意匠が意匠登録されていることを根拠に,審決の類否の判断は誤りである,と主張する。しかしながら,本願意匠とは別の意匠である甲第2号証意匠が意匠登録されているという事実が,本願意匠と引用意匠との上記類否判断を左右するものではないことは,事柄の性質上,明らかである。
原告の主張は採用することができない。
3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。
よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸