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関連審決 審判1998-12560
関連ワード 物品 /  形状 /  意匠に係る物品 /  一意匠一出願(7条) /  3条1項3号 /  類似する意匠 /  意匠の類否 /  類似性(類否判断) / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 282号 審決取消請求事件
原告 田中産業株式会社
訴訟代理人弁理士 濱田俊明
被告 特許庁長官及川耕造
指定代理人 秋間哲子
同 藤木和雄
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2001/11/08
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 特許庁が平成10年審判第12560号事件について平成13年5月14日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成8年6月19日,意匠に係る物品を「包装用袋」とし,その形態を別紙審決書の理由の写しの別紙第一(以下「別紙第一」という。)表示のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)について,意匠登録出願(平成8年意匠登録願第18346号)をしたが,平成10年6月22日付けで拒絶査定を受けたので,同年8月10日付けで,これに対する不服の審判を請求した。
特許庁は,これを平成10年審判第12560号事件として審理した結果,平成13年5月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年5月30日,その謄本を原告に送達した。 2 審決の理由の要点 審決の理由は,別紙審決書の理由の写し記載のとおりである。要するに,本願意匠は,その出願前に公開された実開平6-32336号公報の第1図に示された取手付の穀粒袋の意匠(その形態は別紙審決書の理由の写しの別紙第二(以下「別紙第二」という)表示のとおりである。以下「引用意匠」という。)に類似する意匠であるから,意匠法3条1項3号に該当し,意匠登録を受けることができない,というものである。
原告主張の審決取消理由の要点
審決の理由のうち,本願意匠の意匠に係る物品が「包装用袋」であること,その形態が別紙第一のものであること,引用意匠が取手付の穀粒袋の意匠であって,その形態が別紙第二のものであること(審決書の理由1頁1行〜7行)は認める。
本願意匠と引用意匠がいずれも同一の目的,機能を有する「包装用袋」であるとの認定,共通点(1)〜(4)の認定及び差異点(イ)の認定(審決書の理由1頁8行〜2頁6行,14行〜16行)は認める。共通点(5),(6)の認定(審決書2頁8行〜12行)及び差異点(ロ)の認定(同2頁17行〜19行)は否認する。
共通点と差異点についての判断(同2頁21行〜3頁4行)は争う。
審決は,本願意匠と引用意匠の共通点の認定を誤り,誤って差異点を過小に評価した結果,両意匠の類否の判断を誤ったものであって,この誤りが,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 共通点の認定及び差異点の評価の誤り (1) 審決は,本願意匠と引用意匠の共通点(5)として「上辺中央部の持ち手は,その各左右の付け根を,正背面の上辺寄りのステッチ部際として,上方に向かって突設する点」(審決書2頁8行〜9行)を挙げている。しかし,引用意匠についてはそのようにいえても,本願意匠については,そのようにはいえない。本願意匠においては,上辺中央部の持ち手は,上辺を越えないように縫合されており,これを突設とするのは,誤りである。この点は,差異点としてのみとらえるべきである。
(2) 審決は,両意匠の共通点(6)として,「底辺中央部の持ち手は,その左右の付け根を,折り返し片の上端際とし,下方に向けて垂下し,先端が袋本体部下辺より僅かに下方側に突出する点」(審決書2頁10行〜12行)を挙げている。しかし,本願意匠についてはそのようにいえても,引用意匠については,そのようにはいえない。引用意匠においては,底辺中央部の持ち手は,大きく突出しており,「僅かに突出する」とするのは,誤りである。この点は,差異点として識別すべきである。
(3) 審決は,両意匠の差異点(ロ)として,「上辺の各持ち手の取り付け態様につき,本願意匠は,その上端が袋本体の上辺より僅か下方に納まる態様で取り付けられているのに対して,引用意匠は,上端が袋本体の上辺よりも僅かに突出する点」(審決書2頁17行〜19行)を挙げている。しかし,本願意匠については,「僅か下方」という特定は不必要であり,むしろ「袋本体の上辺から突出せずに納まる態様」という特定が適切である。また,引用意匠についても,「僅かに突出」していると特定するのではなく,「明確に十分突出」していると特定すべきである。審決は,あいまいな概念である「僅かに」という用語によって,ことさらに差異点が小さいものであると受け取られるように誘導しており,正確ではない。
(4) このように,審決は,持ち手の取付け態様について,差異点と認定すべきところを共通点と認定し,差異点として挙げたものについては,微弱な差異にすぎないとして過小に評価した点において誤っている。
2 類否の判断の誤り (1) 公知意匠の考慮について 意匠の類否判断を行うときには,本願意匠の意匠登録出願時にどのような公知意匠が存在したかを参考にする必要がある。
本願意匠の意匠登録出願時の公知意匠(甲第3号証の1ないし5)のうち,本願意匠に関連するのは,持ち手がある意匠(甲第3号証の2,4,5)である。これらの意匠の持ち手は,いずれも,外方に突出するように配されている。本願意匠は,これらの公知意匠には見られない,上辺から全く突出していない取付け態様の持ち手を採用している。このような本願意匠の上辺の持ち手の取り付け態様は,類否判断に当たって,重視されるべきである。
(2) 類否判断の主体について 意匠の類否判断に当たっては,その判断の主体である取引者・需要者の実態を考慮する必要がある。本願意匠にかかる物品である「包装用袋」は,「コンバインに取り付けられ,穀粒の包装及び運搬に供される」ものであり,その流通過程を考えた場合,取引者とは,製造者及び専門の問屋,あるいは農業協同組合などであり,需要者とは収穫を行う農業の従事者である。そうすると,本願意匠及び引用意匠の類否を判断する主体は,原告と同様の包装用袋の製造者,又は,日常的にこの種の包装用袋を取り扱っている農業の従事者などに限定され,一般消費者は含まれないと解するのが相当である。
このように解した場合,本願意匠に係る物品類否判断の主体は,専門知識を有する者であり,本願意匠と引用意匠の類否を判断する際に,比較的細かい部分にも注意することができることになる。本件における類否判断は,このことを前提にして行われなければならない。
(3) 類否の判断について 審決は,本願意匠及び引用意匠の持ち手の態様について,共通点を過大に評価し,差異点を過小に評価した結果,両意匠の類否の判断を誤ったものである。
審決が認定する共通点(1)ないし(4)が,この種の包装用袋において公知あるいは周知の形態であることは,事実である。しかし,上記共通点(1)ないし(4)は,いずれも,穀物用包装袋としての機能等に制約された形状である。このように機能等に制約された形状は,意匠的価値に乏しいものというべきであるから(東京高裁平成4年7月30日判決),類否判断においてこれらの共通点が大きな意味を有するとすることは,許されない。したがって,これを「全体の大部分を占める」と判断して,「大きな影響を及ぼす」とした審決は,誤りである。
本願意匠の意匠的価値は,あくまでも上辺側の持ち手を上辺から突出しない態様にして,外形だけを見ると下辺側だけが突出して片持ち手のように見えるようにしつつ,平面的に見れば上辺側の持ち手が明確に視認されて両持ち手となるようにしたところにこそ,存するのである。すなわち,本願意匠は,上辺側の持ち手を上辺から全く突出させないことにより,持ちやすさという機能的な効果を犠牲にして,あえて意匠的美観を重視したものである。審決は,本願意匠の,このような上辺側の持ち手の態様を全く評価しなかったため,類否判断を誤ったものであり,この誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
(4) 被告の主張に対する反論 被告は,本願意匠及び引用意匠の持ち手の態様が,既にありふれたものであると認められる以上,包装用袋の取引者・需要者は,その分野の通常の知識に照らし,持ち手の態様を,格別の特徴を有しないものであると看取することになるから,その態様は格別の注意を引かないものというべきである,と主張する。しかし,上記主張は,進歩性の判断にはそぐうものの,類否判断の基準としては適切ではなく,判断手法として誤りであるというべきである。
被告の反論の要点
審決の認定判断は正当であり,原告主張のような違法はない。
1 共通点の認定及び差異点の評価の誤りについて (1) 審決は,共通点(5)においては,「上方に向かって突設する点」のみを挙げ,突出の態様については,差異点(ロ)において,「本願意匠は,その上端が袋本体の上辺より僅か下方に納まる態様で取り付けられているのに対して,引用意匠は,上端が袋本体の上辺より僅かに突出する点」(審決書2頁17行〜19行)と認定している。このことから,共通点(5)における「突設」とは,上辺中央部の持ち手について袋本体前後表面上に張り付け状に取り付けられている態様,すなわち,その左右の付け根は,上辺寄りのステッチ部際でステッチのラインに対して垂直状に縫い付けられ,持ち手全体は,ステッチの水平ラインから上方に立ち上がった態様をなしていることを指すことは,明らかである。「突設」を袋本体上下各辺からはみ出す態様に限定して理解すべきであるとする原告の主張に確たる根拠はなく,共通点(5)についての,審決の認定に格段の誤りはない。
(2) 引用意匠の底辺中央部の持ち手は,略倒コ字状の持ち手の短い左右両脚部の全長の略半分を袋本体側に縫い付け固定し,残り略半分を持ち上げる際の手の差込口として変形自在とし,下辺よりわずかに突出させて,コンバインへの装着時に,袋の下辺より大きく突出しないように配慮工夫しているものである。本願意匠の持ち手も,その左右両脚部の全長の略半分を袋本体側に縫い付け固定し,残り略半分を持ち上げる際の手の差込口として変形自在とし,下辺よりわずかに突出させて,コンバインへの装着時に,その袋下辺より大きく突出しないように配慮工夫しているものである。両意匠は,全体として観察した場合,持ち手の変形自在の手差込口についてわずかな大きさの差異があるにすぎないというべきである。したがって,審決が,共通点(6)において「僅かに突出」と認定した点に格別の誤りはない。
原告の主張は,持ち手を,それ以外の他の部分と切り離し,その上で,持ち手の突出態様をのみを比較した場合には,あるいは成り立つものであるかもしれない。しかし,両意匠を全体として観察し,袋本体の縦横の比率,面積等と比較した場合には,両意匠のいずれにおいても,底辺中央部の取っ手の下辺からの突出の程度は,「大きい」ものということはできず,むしろ,小さいものというべきである。
(3) 本願意匠に係る物品の分野においては,コンバインへの袋の装着時に,上辺左右端の円孔に支持棒を貫通させて袋本体左右を支点にして袋を垂下させ支持している。この場合に,上辺中央の持ち手が上辺より上方に突出していると,袋本体の装着時及び離脱時に出し入れが円滑に行われないため,これを改善する目的で,引用意匠の持ち手(乙第8号証参照)においては,その材質を伸縮自在のゴムとし,その改善を図っており,本願意匠においても,その変形自在の部分の長さを短くすることによって,その改善を図っている。このように,両意匠は,共に目的を同じくする袋本体の上辺側の持ち手の取付け態様において,共に上辺際に設けた態様の狭い範囲内における上辺を境に「僅か下方」か「僅かに上方に突出」するかの微弱な差異を有するに過ぎないものである。差異点(ロ)についての審決の評価に誤りはない。
2 類否の判断の誤りについて (1) 公知意匠の考慮について この種,コンバインに装着され,内容物として穀粒などを収納した後,上方のファスナーを閉じ,上下両辺側に設けた持ち手で袋を運ぶように形成された「包装用袋」は,本願意匠の出願前に広く知られていたところである。
このような包装用袋の持ち手の態様は,一般に,袋体の上端(辺)と下端(辺)の中央付近に同型の持ち手を相対して外方に突出するように配して成るものであって,袋の上下に持ち手を付することは周知技術であり,持ち手を中央付近に配することも容易に想到し得る性質のものである。同様に,下辺の持ち手と対称状に上辺側のファスナー開口面両側に一対の持ち手を設けることも,例えば,乙第1号証(実登3005913号),乙第2号証(実開昭59-49637号)等に明らかなように,一般的である。そして,その一般的な態様のものの中でも,開口部をコンバインのダクトに挿入する場合に開口面両側の持ち手(提げ手)がダクトの口端に触れたり,引っ掛かったりして,籾が袋外に散乱し,生籾の収納効率を低下させるという課題を克服するために,上部の持ち手を袋主体の上縁から露出しないように構成したもの,すなわち,これら両持ち手を前記袋体の外周縁よりも内方に位置させたことを特徴とする穀類の包装用袋は,例えば,乙第2号証(実開昭59-49637号),乙第3号証(実開昭54-81808号の第3,第4図),乙第4号証(実開昭54-7913号の第1,第2図),乙第5号証(実登3012124号の第1図ないし第26図),乙第6号証(特開平7-329989号の第1図ないし第7図),乙第7号証(実登3015412号)等に明らかなように,広く知られていたところである。
そして,その持ち手自体の形状についても,差異点(イ)で挙げたように,本願意匠の各持ち手の,細幅帯状の布片を角部で折曲した態様は,例を挙げるまでもなく,ごく一般的な態様である。引用意匠の各持ち手も,細幅帯状の伸縮自在のゴム片からなるものとし,本願意匠と同じく,コンバインへの挿入,離脱が円滑に行えるようにするために形成されている形状であって,上辺から上方への突出もわずかなものであり,上辺よりわずかに突出するか,本願意匠のようにわずかに内方側に納まるかの差異は,微弱な差異に過ぎず,共通点を凌駕して独立して印象づけられる程の特徴のあるものではなく,結局,両意匠の共通する態様に包摂されてしまうというべきである。
このように,公知意匠を考慮しても,審決の類否の判断に誤りがあるとすることはできない。
(2) 類否判断の主体について 審決は,意匠法3条1項3号類否判断の主体については,特に明示していない。しかし,本件における類否判断の主体は,この種包装用袋の取引,需要に係わる者,すなわち包装用袋の製造業者,流通業者,農業従事者等であることは明らかであり,審決は,これを前提として両意匠の類否の検討を行ったものである。
類否判断の主体を明示していないからといって,審決が誤りであるということはできない。
原告は,審決が差異点を殊更に低く評価する判断をしたのは,類否判断の主体を正確に認識しないままに判断を行ったためである旨主張する。しかし,包装用袋の取引者・需要者であれば,包装用袋の機能や形態に強い関心を持ち,公開実用新案公報等その分野の情報の収集,獲得にも努力を怠らないものである。前記のとおり,本願意匠及び引用意匠の持ち手の態様が,既にありふれたものであると認められる以上,包装用袋の取引者・需要者は,その分野の通常の知識に照らし,持ち手の態様を,格別の特徴を有しないものであると看取することになるから,その態様は格別の注意を引かないものというべきである。審決は,このような判断に基づいて,その差異点につき,格別なものでなく,他の共通点に埋没する微差にすぎないと結論づけたのであるから,原告の主張は失当である。
(3) 類否の判断について ア 原告は,本願意匠の意匠的価値は,上辺側の持ち手を上辺から突出しない態様にして,外形だけを見ると下辺側だけが突出して片持ち手のように見えるようにしつつ,平面的に見れば上辺側の持ち手が明確に視認されて両持ち手となるようにしたところにこそ,存するのである,本願意匠は上辺側の持ち手については上辺から全く突出させないことにより,持ちやすさという機能的な効果を犠牲にし,あえて意匠的美観を重視したものである,として,上辺側の持ち手の態様を全く評価しなかった審決は違法である,と主張する。
しかし,原告指摘の上記の態様の包装用袋は,本願意匠の出願前において,乙第5号証(実登3012124号),乙第6号証(特開平7-329989号),乙第7号証(実登3015412号)等から明らかなように,広く知られていたところであって,本願意匠のみの特徴とは言えないから,上記態様を格別な評価に値するものとすることはできないというべきである。
イ 原告は,共通点(1)ないし(4)は,機能的な制約からなされたものであるから,過大に評価すべきではないと主張する。
しかしながら,審決にいう共通点(1)〜(4)のすべてを機能的な制約からなされた態様とすることはできない。
前記のとおり,本願意匠と引用意匠との差異点を格別な評価に値するものとすることができない場合には,「両意匠の全体の形態の基調を形成し,全体の大部分を占めるものであって,これらが相まって両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすもの」(審決書2頁34行〜36行)であるところの全体の基本的な構成態様及び各部の具体的な態様の共通点が,類否判断を左右するものと評価されるべきである。
当裁判所の判断
1 共通点の認定及び差異点の評価の誤りについて (1) 原告は,審決が本願意匠と引用意匠の共通点(5)として,「上辺中央部の持ち手は,その各左右の付け根を,正背面の上辺寄りのステッチ部際として,上方に向かって突設する点」(審決書2頁8行〜9行)を挙げたのに対し,本願意匠においては,上辺中央部の持ち手が上辺を越えないように縫合されているとして,審決の上記認定が誤っていると主張する。しかしながら,上記共通点(5)の認定は,上辺側の持ち手の付け根の取付け位置及び取付け方向に関するものであって,持ち手の上端が上辺を越えているか否かについて認定したものでない。このことは,共通点(5)の認定の記載自体と,審決が,原告主張のこの点を,差異点(ロ)として認定していることから明らかである。したがって,審決の共通点(5)の認定に誤りはない。
(2) 原告は,審決が本願意匠と引用意匠の共通点(6)として,「底辺中央部の持ち手は,その左右の付け根を,折り返し片の上端際とし,下方に向けて垂下し,先端が袋本体部下辺より僅かに下方側に突出する点」(審決書2頁10行〜12行)を挙げたのに対し,引用意匠では底辺側の持ち手は,先端が袋本体部下辺よりも大きく突出しているから,「僅かに突出する」とするのは誤りであると主張する。
しかしながら,別紙第一,第二によれば,両意匠の底辺側の持ち手は,手の差込口の広さに違いはあるもの,袋全体の縦横の長さ,比率や面積と比較して全体的に観察するならば,その下辺からの突出の程度には,ほとんど違いがなく,いずれも突出の程度は少ないと表現することが可能である。審決が,この点につき,「僅かに突出する」点で共通するとして,類否判断の際に差異点として考慮しなかったことに誤りがあるということはできない。
(3) 原告は,審決が,本願意匠と引用意匠の差異点(ロ)として,「上辺の各持ち手の取り付け態様につき,本願意匠は,その上端が袋本体の上辺より僅か下方に納まる態様で取り付けられているのに対して,引用意匠は,上端が袋本体の上辺より僅かに突出する点」(審決書2頁17行〜19行)を挙げたのに対し,本願意匠については,「僅か下方」という特定は不要であり,むしろ「袋本体の上辺から突出せずに納まる態様」と特定するのが適切であり,引用意匠については,「僅かに突出」しているのではなく「明確に十分突出」していると認定すべきである旨主張する。
しかしながら,別紙第一によれば,本願意匠における上辺の各持ち手の上端は,袋本体の上辺に近接した下方にあることは明らかであるから,審決が,これを「僅か下方」と特定したことは,何ら不適切とはいえない。
また,別紙第二によれば,袋を全体的に観察するならば,引用意匠の上辺の各持ち手が,袋本体の上辺から突出する部分は小さい,と表現することが可能であるから,審決が,これを「僅かに突出」していると認定したことが誤りであるということはできない。
2 類否の判断の誤りについて (1) 原告は,本願意匠の意匠的価値は,上辺側の持ち手を上辺から突出しない態様にして,外形だけを見ると下辺側だけが突出して片持ち手のように見えるようにしつつ,平面的に見れば上辺側の持ち手が明確に視認されて両持ち手となるようにしたところにこそ,存する,本願意匠は,上辺側の持ち手を上辺から全く突出させないことにより,持ちやすさという機能的な効果を犠牲にし,あえて意匠的美感を重視したものである,として,類否判断に当たっては,このような上辺側の持ち手の取付け態様を評価するべきであるのに,審決は,この点を全く評価せず,そのため類否判断を誤ったと主張する。
原告は,上記主張の根拠となるべき事由として,本願意匠の意匠登録出願時における公知意匠中には,上辺から全く突出していない取付け態様の持ち手を採用したものはないことを挙げ,このことを裏付けるものとして,上辺から突出した取付け態様の持ち手を採用した公知意匠(甲第3号証の1ないし5)を提出している。
しかしながら,乙第2ないし第7号証によれば,本願意匠の登録出願前に公開された公知資料中には,本願意匠に係る物品である,コンバインに取り付けられ,穀粒の包装及び運搬に供される,片側を開口した包装用袋について,開口部をコンバインのダクトに挿入する際に,開口部の両側に取り付けられた持ち手が,コンバインのダクトの口端に触れたり,引っ掛かったりして,籾が袋外に散乱し,生籾の収納効率を低下させるという課題を克服する目的等から,開口部(本願意匠の上辺側に相当する。)の持ち手を袋本体の上辺の縁から露出しないように,外周縁よりも内側に位置させたことを特徴とする穀粒の包装用袋が複数開示されていること(実開昭59-49637号公報,実開昭54-81808号公報,実開昭54-7913号公報,実登3012124号公報(平成7年6月13日発行),特開平7-329989号公報,実登3015412公報(平成7年9月5日発行)),このうち乙第5ないし第7号証に開示されたものは,原告が本願意匠の意匠的価値の存する特徴であると主張する「外形だけを見ると下辺側だけが突出して片持ち手のようにみえるようにしつつ,平面的に見れば上辺側の持ち手が明確に視認されて両持ち手とした」特徴を備えているものであることが認められる。
上記認定によれば,本願意匠の登録出願前において,上辺側の持ち手を袋本体の上辺よりも内方に位置させた包装用袋は,周知であったということができる。
したがって,本願意匠の上辺側の持ち手の取付け態様が公知ないし周知でなかったことを前提とする原告の主張は,失当である。
原告は,本願意匠の類否判断の主体である取引者・需要者は,包装用袋の製造者又は日常的にこの種の包装用袋を取り扱う農業従事者など専門知識を有する者であることを,類否判断に当たっては考慮すべきであると主張する。
本願意匠の類否判断の主体である取引者・需要者が,原告主張のような専門的知識を有する者であることは,当事者間に争いがない。しかし,これらの取引者・需要者は,当然に上記上辺側の持ち手の取付け態様に関する周知事実を知っているものということができるから,類否判断の主体が原告主張の者であることを前提としても,類否判断に当たっては上記周知事実が考慮されるべきであることに変わりはない。
(2) 上記の上辺側の持ち手の取付け態様に関する周知事実を前提とするならば,本願意匠と引用意匠の類否判断において,本願意匠の上辺側の持ち手の取付け態様を,他の部分に比べ,特に重視するべきであるとする根拠はないということができる。そして,前記のとおり,引用意匠において,上辺側の持ち手の上辺からの突出の程度はわずかであり,本願意匠の上辺側の持ち手の取付け態様との間の差異は微弱なものであることからすれば,この差異は,両意匠の大部分を占め,その基本的な構成を形成する共通点(1)ないし(6)に比して,両意匠の類否の判断に影響するところは,はるかに小さく,これを左右するものではないというべきである。
(3) 原告は,上記周知事実に基づく判断は,進歩性の判断手法としてはともかく,類否判断の手法としては誤っている旨主張する。しかしながら,本願意匠の特徴と主張される部分がありふれたものであると評価されるか否かが類否判断に影響を及ぼすことは明らかであるから,上記周知事実に基づく判断が類否判断の手法として誤りであるということはできない。原告の主張を採用することはできない。
(4) 以上述べたところによれば,両意匠が類似するとした審決の判断に誤りがあるとは認められない。
3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がなく,その他審決にはこれを取り消すべき理由は見当たらない。
よって,原告の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 宍戸充
裁判官 阿部正幸