運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2002-5920
関連ワード 物品 /  形状 /  意匠に係る物品 /  3条1項3号 /  意匠の類否 /  類似性(類否判断) / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 17年 (行ケ) 10036号 審決取消請求事件
原告 東洋ゴム工業株式会社
訴訟代理人弁理士 蔦田璋子
同 蔦田正人
同 中村哲士
同 富田克幸
同 夫世進
被告 特許庁長官小川洋
指定代理人 藤木和雄
同 藤正明
同 宮下正之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2005/06/15
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-5920号事件について平成16年10月28日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成12年4月11日,別添審決謄本写しの別紙第1表示の意匠について,意匠に係る物品を「自動車用タイヤ」として意匠登録出願をしたが(意願2000-13218,以下,これを「本件出願」といい,その意匠を「本願意匠」という。),平成14年3月12日に拒絶査定を受けたので,同年4月5日,拒絶査定不服の審判請求をした。特許庁は,これを不服2002-5920号事件として審理した結果,平成16年10月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年11月9日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願意匠と,特許庁総合情報館(現独立行政法人工業所有権総合情報館)が平成8年8月21日に受け入れた国内カタログ「POTENZA」(同年2月作成)12頁上段に掲載の自動車用タイヤの意匠(甲4,特許庁意匠課公知資料番号第HN08016706号,別添審決謄本写しの別紙第2表示の意匠。以下「引用意匠」という。)とが,意匠に係る物品において一致しており,その形態においても共通点が差異点を凌駕するものであって,類似するといわざるを得ないから,本願意匠は,意匠法3条1項3号に該当し,同条柱書きの規定により意匠登録を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本願意匠と引用意匠との差異点を看過し(取消事由1),両意匠の類否判断を誤り(取消事由2),その結果,本願出願が意匠法3条1項3号に該当し,意匠登録を受けることができないとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから,取り消されるべきである。
1 取消事由1(差異点の看過) (1) 審決の認定(審決謄本1頁下から2行目ないし2頁末行)のとおり,本願意匠と引用意匠とを対比したときに,次のとおりの共通点及び差異点があることは認める。
(共通点) 「ショルダエッジ部が丸いやや扁平の自動車用タイヤにおいて,そのトレッドパターンの概略は,略竹の節状に形成した中央リブを中心に多数の長短の傾斜溝を左右に枝状に形成したものであって,トレッド中央部に左右対称形の略波状縦溝を間隔を空けて2本形成し,その各波頂部からショルダ部にかけて上向き傾斜太溝を多数形成し,その先端を下方に弧状に屈曲させ,ショルダ部付近で上向き傾斜太溝間を上下に略二分する傾斜短溝を形成すると共に,上向き傾斜太溝間を上下につなぐ傾斜縦溝を形成した基本的な構成。」(共通点(1)) 「略波状縦溝の態様について,各波頂部を,外側に向けて凸状になるように形成し,また上下に等間隔に,かつ,左右の波頂部を上下にややずらせて配置し,各波頂部間を緩やかな弧状に形成した点。」(共通点(2)) 「上向き傾斜太溝の態様について,略波状縦溝からショルダ部付近までの間を水平線に対し略70度程度傾斜させ,その先を幅狭の中幅とした点。」(共通点(3)) 「傾斜短溝の態様について,外側に向かって上昇する略中幅のものとした点。」(共通点(4)) 「傾斜縦溝の態様について,水平線に対し略80度程度傾斜させて外側に向かって下降させ,上下に等間隔で互いに平行に形成した点。」(共通点(5)) (差異点) 「中央リブの態様について,本願意匠においては,平坦であるのに対し,引用意匠においては,中央に細溝が形成されている点。」(差異点(イ)) 「略波状縦溝の態様について,本願意匠においては,中央リブの縁に沿ってやや細幅の底を有する略三角形波状の削ぎ面を形成し,各波頂部間は引用意匠に比べ緩やかな弧状に形成されているのに対し,引用意匠においては,波頂部間の半分位まで上向き傾斜太溝が延長されて太溝となっており,各波頂部間は本願意匠よりやや急な弧状に形成されている点。」(差異点(ロ)) 「上向き傾斜太溝の態様について,本願意匠においては,波頂部を起点とした緩やかな弧状に形成され,傾斜縦溝と接触する箇所で溝幅を狭めているのに対し,引用意匠においては,波頂部から略直線状に伸び,傾斜縦溝と接触する箇所を過ぎてから溝幅を狭めており,また,溝を横断する水平リブが一部形成されている点。」(差異点(ハ)) 「傾斜短溝及び傾斜縦溝の態様について,本願意匠においては,傾斜短溝は引用意匠よりやや長めで細幅の傾斜縦溝と十字状にクロスしているのに対し,引用意匠においては,傾斜短溝はより短く,中幅の傾斜縦溝とT字状にクロスしている点。」(差異点(ニ)) 「上向き傾斜太溝に挟まれたブロックの態様について,本願意匠においては,略波状縦溝からショルダ部に向かって徐々に幅広に形成され,傾斜縦溝までの間にサイプが形成されていないのに対し,引用意匠においては,略波状縦溝からショルダ部までの間はわずかに幅広に,ショルダ部からサイド部にかけて幅広に形成され,傾斜縦溝までの間にサイプが2本形成されている点。」(差異点(ホ)) (2) しかし,本願意匠と引用意匠との間には,上記(イ)ないし(ホ)の差異点のほか,「本願意匠において,上向き傾斜太溝に挟まれたブロックは,ショルダ部に位置する段部を介して顕著に広幅となっているのに対して,引用意匠には,そのような構成がない点」(以下「差異点(ヘ)」という。)という差異点も存在するのに,審決はこの差異点を看過している。
差異点(ヘ)に係る本願意匠の構成態様は,看者の目を惹きやすいタイヤ周面に存在し,しかも,タイヤの取引者,需要者が関心をもつ,タイヤの機能に深く関わるブロックの形状に関するものであり,看者が注視する部分であるので,意匠の類否判断に当たっては,これを無視することができないものである。
審決は,差異点(ヘ)を看過したため差異点の評価を誤り,ひいては類否判断の結論も誤るに至ったのであり,違法である。
2 取消事由2(類否判断の誤り) (1) 共通点の評価の誤り ア 審決は,「基本的な構成についての共通点(1)は,両意匠の形態全体を支配する骨格的な態様に係り,略波状縦溝の態様についての共通点(2)及び上向き傾斜太溝の態様についての共通点(3)と相まって両意匠の基調が形成され,これに傾斜短溝及び傾斜縦溝の態様についての共通点(4)及び(5)が加わることにより両意匠に強い類似感をもたらしているものと認められる。」(審決謄本3頁第1段落)と判断した。
しかし,共通点(1)とされる,略竹の節状に形成した中央リブ,これを中心として左右に枝状に形成した多数の長短の傾斜溝,トレッド中央部に左右対称形にて間隔を空けて2本形成した略波状縦溝,その各波頂部からショルダ部にかけて多数形成した上向き傾斜太溝であって先端を下方に弧状に屈曲させたもの,ショルダ部付近で上向き傾斜太溝間を上下に略二分する傾斜短溝から構成されるトレッドパターンないしそれに近似したトレッドパターンは,この種物品について普通に採用される周知あるいは公知の形状にすぎない。このように普通に採用され,よく見受けられる形状は,さして看者の注意を惹くことのないものであり,意匠の類否判断において支配的要素とはならない。以上のことは,略波状縦溝,上向き傾斜太溝,傾斜短溝及び傾斜縦溝に係る共通点(2)〜(5)についても同様にいい得るところである。
イ 被告は,本願意匠及び引用意匠のような略左右対称形で樹の枝状に伸びたトレッドパターンにおいては,特にその点が強く印象づけられるところ,本願意匠及び引用意匠のトレッド中央部分の態様は,様々なトレッドパターンが存在する中で,比較的特異な,しかもいまだに特徴を有する少数のグループに属するものであり,普通に採用されよく見受けられる態様であるとはいえないと主張する。
しかしながら,仮に,様々なトレッドパターンが存在する中で,比較的特異な,しかも,いまだに特徴を有する少数のグループに属するものであるとしても,少数ながら存在しているのであり,少ないからといって周知と認定することを妨げることにはならない。
ウ また,被告は,本願意匠や引用意匠が,いずれも,一般的な大衆車向けのタイヤというより,より上位クラスの比較的限定されたユーザーを対象としているものと想定される旨主張する。
しかしながら,本願意匠に係る商品は,国産車用をターゲットとしたものであるのに対し,引用意匠に係る商品は,高級輸入車用であるから,被告の主張は失当である。また,仮に,被告の主張のように,本願意匠及び引用意匠において,ともに高級スポーツカーにふさわしい高級感と希少性のあるデザインを用意するとしても,そのことから,直ちに,共通点(1)〜(5)の態様がありふれておらず独自の印象を与えるものであるとはいえない。すなわち,両意匠は,共通点(1)〜(5)によってではなく,具体的な構成態様においてこそ顕著に区別され,それぞれ独自の意匠感を呈するからである。
(2) 差異点の評価の誤り ア 審決は,「略波状縦溝の態様についての差異点(ロ)のうち,略三角形波状の削ぎ面の有無の差異については,本願意匠の略三角形波状の削ぎ面は,両意匠に共通する略竹の節状に形成された中央リブの形状を強調するように施されているから,その差異は目立たず類否判断を左右する程のものではない。また,上向き傾斜太溝を延長させたか否かの差異についても,中央部分の目に付きやすい部分である点を考慮したとしても多少の変更を加えた程度のものにとどまり,また,波頂部間の弧状の差異もわずかなものであるから,いずれも共通点(1)及び(2)に優る程のものではない。上向き傾斜太溝の態様についての差異点(ハ)は,いずれもわずかな差異であってその基本形状を変更するほどのものではないから共通点(3)に優越するものではない。傾斜短溝及び傾斜縦溝の態様についての差異点(ニ)は,その部分を取り出して比較すればともかく,全体のトレッドパターンの中で比較する場合は,その差異は希釈されて目立たず,類否判断を左右する程のものではない。上向き傾斜太溝に挟まれたブロックの態様についての差異点(ホ)は,多少の変更を加えた程度のものでブロックの基本形状を変更するものではないから,類否判断上影響を及ぼすものではない。」(審決謄本3頁第2段落)とした上で,「結局,上記差異点は,類否判断上はいずれも微弱なものにとどまり,それらが相まって奏する効果を検討しても,上記共通点を凌駕して両意匠を非類似とする程のものとは認められない。」(同頁第3段落)としたが,この判断は誤りである。
イ 本願意匠におけるブロックの態様についてみると,ブロックは,@略波状縦溝からショルダ部に向かって徐々に幅広に形成され,A緩やかな弧状に形成され,Bショルダ部(ここに傾斜縦溝がある)に位置する段部を介して顕著に広幅となり,C上記@記載の徐々に幅広に形成された部分と,上記B記載の広幅部分とがショルダ部で傾斜縦溝により画され,D中央リブ側の縁(ブロックの先端側)において,略三角形波状の削ぎ面を有する,という形状をしており,このような形状であることによって,本願意匠のブロックは,上記Bに記載の広幅部分を柄とし,上記@及びAに記載の徐々に幅広となり,かつ,緩やかに湾曲した部分を刀身とし,この柄と刀身とが上記Cに記載の傾斜縦溝により明瞭に区分され,その刀身は,その先端が平面で見ると先細に尖るとともに,その肉厚も薄くなっていて,ナイフないし刃物様(特に「日本刀様」)の態様が顕著に示されている。しかも,E傾斜短溝が傾斜縦溝と十字状にクロスし,Fブロックにおける上記@に記載した部分においてはサイプが全く設けられていないことにより,ナイフないし刃物様の態様がいっそう顕著となっている。本願意匠は,上記のようなナイフないし刃物様のブロックをタイヤ周面の左右に及び周方向に沿って多数配設したものであり,本願意匠独自の特徴を有する。
タイヤ周面におけるブロックの具体的態様は,タイヤの機能,性能に強く関連するものであり,タイヤの取引者,需要者がタイヤを購入する際に注視する部分であり,このような具体的構成態様における構成の異同は,意匠の類否判断を大きく左右するものであり,本願意匠のトレッドパターンは,全体として,ナイフないし刃物様の独自の美感を与えている。
これに対して,引用意匠のブロックの態様は,略波状縦溝からショルダ部までの間の部分が略同幅で伸びているから,徐々に幅広に形成されているとはいえず,湾曲しているわけでもなく,また,ブロックの中央リブ側において,平面で見て尖っておらず,その肉厚が薄くなっているわけでもないから,本願意匠のように刀身様の態様が示されているとはいえない。さらに,ブロックのショルダ部からサイド部にかけての部分は,顕著に広幅に形成されてはいないから,柄様の態様を呈していると認識することもできない。加えて,傾斜短溝は,本願意匠より短く,傾斜縦溝とT字状にクロスしているにすぎず,また,ブロックの略波状縦溝からショルダ部までの間の部分には,サイプが2本設けられているので,引用意匠のブロックを,ナイフないし刃物様の態様として認識するのは困難である。
したがって,本願意匠は,引用意匠に類似するとはいえない。
ウ また,本願意匠は,引用意匠が有する中央リブの中央細溝,上向き傾斜太溝を横断する水平リブ,ブロックにおけるサイプなどの構成要素を欠いており,また,中央リブの弧状の輪郭において,引用意匠に比して緩やかであり,これらのことから,本願意匠は大柄であり比較的簡潔であるのに対して,引用意匠は小柄であり比較的複雑であるということができ,両意匠は,このような意匠感においても顕著に相違していることが明らかである。大柄か小柄かはレスポンス性,安定性といった取引者,需要者の嗜好に係わるものであるから,取引者,需要者はこれを注視するものであり,その結果,取引者,需要者は,両意匠を容易に区別することができるのである。
エ さらに,本願意匠においては,上向き傾斜太溝及びブロックは,傾斜縦溝から略波状縦溝までの間において先細り状に伸びており,ブロックにはこれを横断するサイプが設けられておらず,傾斜短溝はショルダ部に位置する傾斜縦溝を越えて中央リブ側へ先細り状に伸びているから,サイド部より中央リブに向かう動的な流れないし集束感を感得することができる。これに対して,引用意匠においては,上向き傾斜太溝及びブロックは,傾斜縦溝から略波状縦溝までの間において略同幅で伸びており,ブロックにはこれを横断するサイプが設けられており,傾斜短溝はショルダ部を超え,かつ,傾斜縦溝まで同幅で伸びてそこで停止しているから,静的な安定感を感じるものである。このように,両意匠の意匠感に差異がある以上,本願意匠が引用意匠に類似するといえないことは,明らかである。
被告の反論
審決の認定判断は正当であって,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(差異点の看過)について 原告は,審決が,本願意匠と引用意匠との間の「本願意匠において,上向き傾斜太溝に挟まれたブロックは,ショルダ部に位置する段部を介して顕著に広幅となっているのに対して,引用意匠には,そのような構成がない点」(差異点(ヘ))の差異を看過している旨主張する。
しかし,本願意匠のブロックが「ショルダ部に位置する段部を介して顕著に広幅となっている」のは,「上向き傾斜太溝」の態様に起因するものであり,「上向き傾斜太溝」の溝幅が狭まればその分だけブロックの幅が拡大するという関係にあるところ,審決は,差異点(ハ)として,本願意匠が「傾斜縦溝と接触する箇所で溝幅を狭めている」のに対し,引用意匠は「傾斜縦溝と接触する箇所を過ぎてから溝幅を狭めており」と認定し,原告主張のブロックの態様の差異を,「上向き傾斜太溝」の態様の差異によって表現している。そして,トレッドパターンにおける溝とブロックとの関係が表裏一体のものであり,溝の態様はブロックの態様を形成すると同時に,ブロックの態様は溝の態様を形成するという関係にあることからすると,必ずブロックの態様の差異として認定しなければならないというものではない。審決が差異点(ヘ)として言及しなかったからといって,この差異点を看過したことにはならない。
2 取消事由2(類否判断の誤り)について (1) 共通点の評価の誤りについて ア 本件出願前に,トレッド中央部に形成されたリブ,ブロック又は溝を中心にして,多数の溝ないしブロックを左右に形成した態様の意匠は,多数見受けられるが,本願意匠及び引用意匠のように「略竹の節状に形成した中央リブを中心に多数の長短の傾斜溝を左右に枝状に形成した」 態様のものは,さほど多くはなかった。トレッド中央部分は,トレッドパターン全体の軸,支柱となる部分であり,本願意匠及び引用意匠のような略左右対称形で樹の枝状に伸びたトレッドパターンにおいては,特にその点が強く印象づけられるところ,本願意匠及び引用意匠のトレッド中央部分の態様は,様々なトレッドパターンが存在する中で,比較的特異な,しかもいまだに特徴を有する少数のグループに属するものであり,普通に採用されよく見受けられる態様であるとはいえない。
イ 引用意匠が掲載されているカタログ(甲4-1〜3)によれば,引用意匠は,ポルシェやBMW等の高級スポーツカーに装着されるタイヤに採用しているものであり,一方,本願意匠も,原告発行のカタログ(甲3-1〜4)によれば,レスポンス系スポーツ専用タイヤに装着されることを予定しているものであって,いずれも,一般的な大衆車向けのタイヤというより,より上位クラスの比較的限定されたユーザーを対象としているものと想定される。そうとすれば,タイヤのトレッドパターンが,魅力のないありふれたデザインであるということは一般的に考え難く,むしろ,高級スポーツカーにふさわしい高級感と希少性のあるデザインを用意すると考えられるから,そういった意味でも,審決の挙げる共通点(1)〜(5)及びそれらが総合された態様がありふれていて注目されないという原告の主張は,根拠に乏しい。
ウ なお,仮に,上記態様がありふれたものであると認定されるとしても,それが両意匠のトレッドパターンの大部分を占め,全体のまとまりと基調を形成する以上,類否判断における要部になることは明らかである。
(2) 差異点の評価の誤りについて ア 原告は,「ナイフないし刃物様の構成態様をタイヤ周面の左右に及び周方向に沿って多数配設した」点に本願意匠独自の特徴が存在する旨主張する。
しかし,本願意匠の態様は,引用意匠の上向き傾斜太溝の湾曲度合いをより滑らかにするとか,ブロックの中央寄りの端部の幅をより細身とするとか,また,ブロック内の極細のサイプを取り去って平坦面にする等,部分的にわずかな変更を加えた程度である。原告が主張するナイフないし刃物様の態様は,本願出願前にも種々の態様のものが知られているから,ナイフないし刃物様の態様であることをもって,本願意匠独自の特徴ある態様であるということはできず,公知の態様の部分的改変又はバリエーションの範囲内のものにとどまるというべきである。
原告は,本願意匠は,引用意匠の有する中央リブの中央細溝,上向き傾斜太溝を横断する水平リブ,ブロック内のサイプなどの構成要素を欠き,また,中央リブの弧状が比較的緩やかであることなどを,両意匠に差異がある根拠として主張する。
しかし,本願意匠や引用意匠のように,略竹の節状に形成した中央リブを中心に多数の長短の傾斜溝を左右に枝状に形成した比較的複雑なトレッドパターンにあっては,上記差異点はいずれも視覚的に目立たない,ごく細部の相違にすぎず,また,差異点に係るいずれの態様も格別特徴のない新規といえるほどのものではないから,取引者,需要者の注意を惹くものではない。
その他,原告は,タイヤ周面におけるブロックの具体的態様は,タイヤの機能,性能に強く関連するものであり,タイヤの取引者,需要者がタイヤを購入する際に注視する部分であり,このような具体的構成態様における構成の異同は,意匠の類否判断を大きく左右するものであると主張する。
しかし,タイヤの機能,性能は,個々の部分的なブロックの態様によるというより,トレッド面に形成されたすべてのブロックと溝によって構成される全体のトレッドパターンにより,グリップ力,レスポンス性,排水性,静粛性,乗り心地等が決まってくるのである。そして,仮に,取引者,需要者が,ブロックの態様に注意を惹かれることがあるとしても,全体のトレッドパターンの観察を差し置いてブロックの態様だけに注意が向くということは考えられない。特に,全体の態様がいまだ一般的とはいえず,特徴を有している本願意匠の場合にあっては,なおさら考えにくいことである。
このように,原告主張のナイフないし刃物様の態様は,既に知られている態様の部分的な改変にとどまり,両意匠を全体的に観察する場合においては,それらの差異点は,両意匠の共通点によって形成される圧倒的共通感に埋没されてしまい,両意匠は類似の範囲内にとどまるものというべきである。
イ 原告は,本願意匠が大柄であり比較的簡素であるのに対し,引用意匠が小柄であり比較的複雑と主張する。
しかし,比較的単純なものからかなり複雑なパターンまで,また,比較的変化に乏しい静的なものから動きのある斬新なものまで,様々なトレッドパターンが存在する中で,本願意匠及び引用意匠は,やや複雑なトレッドパターンに属しているのであり,原告の上記主張は,失当である。
ウ 原告は,上向き傾斜太溝やブロック等の態様の差異から,本願意匠においては,サイド部より中央リブに向かう動的な流れないしは集束感を感得できるのに対し,引用意匠からは,静的な安定感を感じるとし,両意匠の意匠感に差異がある以上,本願意匠が引用意匠に類似するといえないと主張する。
しかし,本願意匠が動的か,引用意匠が静的かということは,見方の問題にすぎず,見方を変えれば,種々の視覚的イメージがあり得るのである。
仮に,原告が主張するような意匠感の差異があるとしても,共通点(1)の基本的な態様及び共通点(3)〜(5)の範囲内での部分的な差異あるいは変更であって,それにより両意匠のトレッドパターンの基本的態様やその視覚的イメージに大きな変更をもたらすようなものとはいえず,両意匠を全く別異の意匠と印象づけるというものではない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(差異点の看過)について 原告は,本願意匠と引用意匠とが共通点(1)から(5)において共通し,差異点(イ)〜(ホ)において差異があることを認めた上で,両意匠には,上記差異点のほか,さらに,「本願意匠において,上向き傾斜太溝に挟まれたブロックは,ショルダ部に位置する段部を介して顕著に広幅となっているのに対して,引用意匠には,そのような構成がない点」の差異点(差異点(ヘ))も存在するのに,審決はこの差異点を看過している旨主張するので,検討する。
本願意匠と引用意匠とは,いずれも,「ショルダエッジ部が丸いやや扁平の自動車用タイヤにおいて,そのトレッドパターンの概略は,略竹の節状に形成した中央リブを中心に多数の長短の傾斜溝を左右に枝状に形成したものであって,トレッド中央部に左右対称形の略波状縦溝を間隔を空けて2本形成し,その各波頂部からショルダ部にかけて上向き傾斜太溝を多数形成し,その先端を下方に弧状に屈曲させ,ショルダ部付近で上向き傾斜太溝間を上下に略二分する傾斜短溝を形成すると共に,上向き傾斜太溝間を上下につなぐ傾斜縦溝を形成した基本的な構成。」(共通点(1))であるところ,上記基本的な構成によれば,トレッド中央部から外側に向けて多数の上向き傾斜太溝が伸びており,これらに挟まれた部分がブロックを形成しているのであるから,上向き傾斜太溝とブロックとは,裏腹の関係にあるものである。
審決は,差異点(ハ)として,「上向き傾斜太溝の態様について,本願意匠においては,波頂部を起点とした緩やかな弧状に形成され,傾斜縦溝と接触する箇所で溝幅を狭めているのに対し,引用意匠においては,波頂部から略直線状に伸び,傾斜縦溝と接触する箇所を過ぎてから溝幅を狭めており,また,溝を横断する水平リブが一部形成されている点。」と認定しているのであるが,本願意匠において,上向き傾斜太溝が,ショルダ部付近に形成されている「傾斜縦溝と接触する箇所で溝幅を狭めている」ことは,見方を変えると,傾斜縦溝と接触する位置でブロックが段差をもって広幅となることを意味することになり,また,引用意匠において,上向き傾斜太溝が「傾斜縦溝と接触する箇所を過ぎてから溝幅を狭めて」いることは,見方を変えると,ブロックがショルダ部付近の傾斜縦溝の位置を過ぎてから徐々に広幅となることを意味することになり,溝に着眼するかブロックに着眼するかで表現が異なるものの,結局は,同じことを表現しているということができる。
したがって,原告のいう差異点(ヘ)は,差異点(ハ)に包含されているものというべきである。
なお,原告は,本願意匠のブロックにおいて,ショルダ部が「顕著に広幅」となっていることを認定していないとしているが,引用意匠のブロックにおいても,ショルダ部が徐々に広幅となって,最終的に本願意匠のブロックのそれと同程度の広幅になっているから,本願意匠のブロックのショルダ部が「顕著」に広幅であるとはいい難い。もっとも,審決は,この点について,上向き傾斜太溝が「傾斜縦溝と接触する箇所で溝幅を狭めている」としているのみで,溝幅を狭める程度に触れていないものの,傾斜縦溝と接触する箇所で溝幅がどのように変わるかを具体的に指摘しているのであるから,ショルダ部の「広幅」に関する審決の認定に誤りがあるとはいえない。
2 取消事由2(類否判断の誤り)について (1) 共通点の評価の誤りについて ア 原告は,共通点(1)とされる,略竹の節状に形成した中央リブ,これを中心として左右に枝状に形成した多数の長短の傾斜溝,トレッド中央部に左右対称形にて間隔を空けて2本形成した略波状縦溝,その各波頂部からショルダ部にかけて多数形成した上向き傾斜太溝であって先端を下方に弧状に屈曲させたもの,ショルダ部付近で上向き傾斜太溝間を上下に略二分する傾斜短溝から構成されるトレッドパターンないしそれに近似したトレッドパターンは,この種物品について普通に採用される周知あるいは公知の形状にすぎないとし,これを前提に,このように普通に採用され,よく見受けられる形状は,さして看者の注意を惹くことのないものであり,意匠の類否判断において支配的要素とはならない,以上のことは,略波状縦溝,上向き傾斜太溝,傾斜短溝及び傾斜縦溝に係る共通点(2)〜(5)についても同様にいい得る旨主張する。
しかしながら,一般に,意匠が類似するか否かの判断をするに当たっては,全体的観察を中心とし,これに部分的観察を加えて,総合的な観察に基づき,両意匠が看者に対して異なる美感を与えるか否かによって判断すべきものと解される。とりわけ,本件においては,本願意匠及び引用意匠に係る物品が「自動車用タイヤ」であることから,一般消費者が類否判断の主体となるべき取引者,需要者となるところ,自動車用タイヤは,取引される際にも使用される際にも,真っ先に取引者,需要者が物品を全体的に観察するのが通常であると思われるから,トレッドパターン全体の輪郭というべき基本的な構成は,取引者,需要者において真っ先に注意を惹くことになるものというべきである。
したがって,仮に,本願意匠と引用意匠とに共通する基本的な構成の全部あるいは一部に,当該物品について普通に採用される周知あるいは公知の形状が含まれているとしても,そのことから,意匠を観察する場合にその周知あるいは公知の形状を捨象して意匠の類否を判断してもよいということにならないことは,明らかである。
そして,上記1のとおり,両意匠の基本的な構成は,「略竹の節状に形成した中央リブを中心に多数の長短の傾斜溝を左右に枝状に形成したものであって,トレッド中央部に左右対称形の略波状縦溝を間隔を空けて2本形成し,その各波頂部からショルダ部にかけて上向き傾斜太溝を多数形成し,その先端を下方に弧状に屈曲させ,ショルダ部付近で上向き傾斜太溝間を上下に略二分する傾斜短溝を形成すると共に,上向き傾斜太溝間を上下につなぐ傾斜縦溝を形成し」ているものであって,全体としてまとまった意匠を形成しており,看者に視覚を通じて一つの美感を与えていると認められる。
しかも,本願意匠と引用意匠は,上記のとおり基本的な構成において共通しているのみならず,具体的構成態様においても,共通点(2)ないし(5)が共通していることからすれば,意匠全体のうちの圧倒的な部分が共通しているということができるから,具体的形状に若干の差異があるとしても,その差異によって看者に特別な美感を与える要素が付加されない限り,類似の範囲内にとどまるものというべきである。
イ 加えて,本件全証拠によっても,当該物品について,上記のような基本的な構成を有する意匠が,本件出願前において,幅広く一般的な自動車用タイヤに採用されていることを認めるに足りない。すなわち,証拠(甲3-1〜4,甲4-1〜3,甲16-1〜3,甲17-1〜12)及び弁論の全趣旨によれば,本願意匠は,レスポンス系スポーツ専用タイヤに使用されていること,引用意匠も,本件出願前において,ポルシェ,AMG,BMW等に標準装備されていた自動車タイヤの意匠であることが認められ,上記事実によると,両意匠の共通点(1)を具備する意匠が,幅広く一般的な自動車用タイヤに採用されるものであるとは到底いい難い。
原告は,仮に,本願意匠及び引用意匠の共通点(1)を具備する意匠が,様々なトレッドパターンが存在する中で,比較的特異な,しかも,いまだに特徴を有する少数のグループに属するものであるとしても,少数ながら存在しているのであり,少ないからといって周知と認定することを妨げることにはならない旨主張する。
しかしながら,本願意匠及び引用意匠の共通点(1)を具備する意匠が,比較的特異な,しかも,いまだに特徴を有する少数のグループに属するものであるとすれば,当然に,その消費者層も限定されたものになるから,一部の消費者層において周知になっているとしても,直ちに,一般消費者の間で周知となっているとはいえないものというべきである。したがって,幅広く一般的な自動車用タイヤに採用されていると認められない以上,両意匠の共通点(1)がこの種物品について普通に採用される周知あるいは公知の形状であるということができないことは明らかである。
(2) 差異点の評価の誤りについて ア 差異点(イ)は,中央リブの中央に細溝が1本あるかないかという差異であり,差異点(ロ)は,トレッド中央部の左右対称形の略波状縦溝に削ぎ面があるか,溝が形成されているか,各波頂部間の弧状の態様が緩やかか否かという差異であり,差異点(ハ)は,上向き傾斜太溝の形状が緩やかな弧状か略直線状か,溝幅を狭めている箇所が傾斜縦溝と接触する箇所であるか否かであり,差異点(ニ)は,ショルダ部付近で傾斜短溝及び傾斜縦溝の交叉の仕方が十字状かT字状かという差異であり,いずれも,意匠全体のうちの圧倒的な部分が共通しているトレッドパターンにおいて,部分的かつ微細な差異にすぎず,しかも,意匠に格別の創作性を付与するような特徴的な形状であるとはいい難い。
イ 原告は,本願意匠は,ナイフないし刃物様のブロックをタイヤ周面の左右に及び周方向に沿って多数配設したものであり,本願意匠独自の特徴を有するのに対し,引用意匠のブロックを,ナイフないし刃物様の態様として認識するのは困難である旨主張する。
しかしながら,本願意匠と引用意匠の共通点(1)(基本的な構成)が,「そのトレッドパターンの概略は,略竹の節状に形成した中央リブを中心に多数の長短の傾斜溝を左右に枝状に形成したものであって,トレッド中央部に左右対称形の略波状縦溝を間隔を空けて2本形成し,その各波頂部からショルダ部にかけて上向き傾斜太溝を多数形成し,その先端を下方に弧状に屈曲させ,ショルダ部付近で上向き傾斜太溝間を上下に略二分する傾斜短溝を形成」していることからすると,各波頂部からショルダ部にかけて上向き傾斜太溝の間に挾まれて形成されるブロックは,必然的に,傾斜した細長いものとなり,しかも,ショルダ部付近において,その先端が下方に弧状に屈曲し,かつ,ブロックを上下に略二分する傾斜短溝を形成しているのであるから,中央リブから外側に傾斜して延びる細長いブロックがショルダ部付近で区分されている形状となっており,これを象徴的にナイフないし刃物様の柄と刀身に見立てることが可能である。
本願意匠におけるブロックの態様は,上記刀身に見立てた部分が,略波状縦溝からショルダ部に向かって徐々に幅広に形成されていること,緩やかな弧状に形成されていること,引用意匠のようなサイプがないこと,上記柄に見立てた部分が,ショルダ部付近で段差をもって広幅となっていることなどにおいて,引用意匠と差異があることは,原告が指摘するとおりである。しかし,これらの差異は,引用意匠に若干の部分的変更を加えた程度のものであって,いまだ基本的な構成の範囲内でのバリエーションの一つにとどまっているといわざるを得ず,意匠全体のうちの圧倒的な部分が共通している中で,この共通部分を凌駕して,看者に特別な美感を与えるほどの要素が付加されたとすることは困難である。
したがって,上向き傾斜太溝に挟まれたブロックの態様が独自の美感を与えているとする原告の主張は,採用することができない。
ウ 原告は,本願意匠は大柄であり比較的簡潔であるのに対して,引用意匠は小柄であり比較的複雑であるということができ,両意匠は,このような意匠感においても顕著に相違していることが明らかであり,大柄か小柄かはレスポンス性,安定性といった取引者,需要者の嗜好に係わるものであるから,取引者,需要者はこれを注視するものであり,その結果,取引者,需要者は,両意匠を容易に区別するものである旨主張する。
しかしながら,大柄か小柄か,簡潔か複雑かという問題は,設計事項ともいうべきものであって,特別な事情でもない限り,意匠として独自の創作的価値を付与するようなものとはいえない。そして,本件全証拠を検討しても,本願意匠が大柄であり比較的簡潔であることによって,意匠全体に特別な美感を付与するような特別な事情を見いだすことができない。したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
エ 原告は,本願意匠においては,サイド部より中央リブに向かう動的な流れないし集束感を感得することができるのに対して,引用意匠においては,静的な安定感を感じるものであるとし,両意匠の意匠感に差異がある以上,本願意匠が引用意匠に類似するとはいえない旨主張する。
しかしながら,仮に,原告主張のような意匠感の差異があるとしても,それは,上記イ判示のとおり,基本的な構成の範囲内でのバリエーションの差から生じるイメージの差異をいうものであって,それが特別な美感を与える要素の付加にはつながるとはいえないから,原告の上記主張も理由がない。
(3) その他,本願意匠と引用意匠とを総合的に考察しても,本願意匠は,引用意匠との共通部分を凌駕して看者に特別な美感を与える要素を見いだすことができないから,両意匠は,類似の範囲内にとどまるものというべきであり,本願意匠が意匠法3条1項3号に該当するとした審決の判断に誤りはない。
3 以上によれば,原告が審決取消事由として主張するところはいずれも理由がなく,他にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 青柳馨
裁判官 宍戸充