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関連審決 審判1978-118
関連ワード 物品 /  模様 /  意匠に係る物品 /  新規性 /  公然知られた(3条1項1号) /  頒布された刊行物 /  記載された意匠 /  類似する意匠 /  類似の意匠 /  意匠の同一 /  意匠の類否 /  願書の記載 /  差止請求(差止) /  損害賠償 /  類似性(類否判断) /  手続違背 /  無効審判 / 
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事件 昭和 57年 (行ケ) 33号
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裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 1983/03/29
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が昭和五三年審判第一一八号事件について、昭和五六年九月二八日にした審決を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
一 原告 主文同旨の判決二 被告「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
当事者の主張
一 請求の原因1 特許庁における手続の経緯 原告は、登録第三七九七二二号意匠(以下「本件意匠」という。)の意匠権者である。本件意匠は、別紙図面(一)(図面代用見本の写真)のとおりの意匠につき意匠に係る物品を「織物地」として昭和四七年三月一五日登録出願(昭和四七年意匠登録願第一一六六三号)され、昭和四九年二月一四日設定登録されたものである。
被告は、昭和五三年一月五日原告を被請求人として本件意匠登録の無効の審判を請求し、昭和五三年審判第一一八号事件として審理された結果、昭和五六年九月二八日、「登録第三七九七二二号意匠の登録は、これを無効とする。」との審決がされ、その謄本は同年一〇月二六日原告に送達された。
なお、原告のための出訴期間として三か月が付加された。
2 審決の理由の要旨(一)本件意匠の「意匠に係る物品」及び登録出願から設定登録までの経緯は前項記載のとおりである。
(二)願書の記載及び願書添付の図面代用見本全体から、本件意匠の生地模様は、
次のとおりのものと認める。すなわち、 二重格子縞に形成したもので、この種物品において著名なタータン模様の一様式である格子模様(英国においては、「HAMILTON」の名称が付されている。)の生地模様であり、この模様の色彩を除いた場合、その基本的構成と「HAMILTON」意匠のそれとはほぼ同一であり、当業者間では広く知られているのでその構成については省略する。本件意匠は、このHAMILTONの構成において、中央の縦三本を黒色帯とし、この三本に挟まれた中間帯(二本)を黄土色とし、最外端(左右上下)の縦横各二本を赤色帯とし、次に中央の横三本を、薄い黒色帯とし、縦三本の黒色帯の十字交差によつて、
前記二本の黄土色の帯部分に当る中央部分四箇所の四角形部分をほぼ白色とし、これらの各帯が交差する十字の中央部は、各帯の色が重なり濃色に表われており、その他面積的に一番広い四角形部分は濃い黄土色に表わされ、以上の模様が左右上下に連続しているものである。
次に、「男子専科」通巻七九号(昭和四一年九月一〇日発行、発行所 東京都港区<以下略> 株式会社スタイル社、発行者 【A】)の広告頁のカラー写真版の写(以下「引用刊行物」という。)(別紙図面(二)参照)に掲載された図によれば、「伝統に生きる紳士のたしなみ」の字句の下方にバーバーリーズ・コートのラベルのみえるコートが胸部付近から襟元まで撮影されており、このコートの襟ぐりからその裏地の部分が見えており、これによれば、生地模様の意匠は、次のとおりのものと認められる。襟ぐりのほぼ中央(すなわち、背部)に一本の細い赤色縦帯が表わされ、その帯幅の約九倍幅を各々おいて左右に前記赤色縦帯幅の約二倍幅の黒色帯を表わし、右方のそれはこれが三本表われており、この三本の間隔は、この黒色帯とほぼ同幅で、これに挟まれた中間帯(二本)をほぼ白色とし、左方のこの黒色帯は右方のそれと対称的にその一本が表われており、横方向は、襟ぐりの中央やや上方に前記の黒色帯とほぼ同態様で三本表わされ、これの色彩は薄い黒色であり、これらの各帯が交差する十字の中央部は各帯が重なり濃色に表われ、その他面積的に一番広い四角形部は黄土色に表わされているものである。そして、コート裏地であるから、この模様は襟ぐり部分のみとは到底考えられず、この生地模様は、
左右上下コート裏地ほぼ全体に連続しているものと推認され、この推認(前述の一本の細い赤色縦帯が本件意匠の最外端《左右上下》縦横各二本の赤色帯に相応する。)からすれば、二重格子縞に形成したところの英国におけるHAMILTONなる生地模様を基本的構成とするものと認める。
そこで両意匠を比較すると、両者のその生地模様は、前記のとおり、基本的構成においてほぼ共通するものと認められ(この種の模様を確認するに、たとえば、
昭和四四年二月一七日特許庁資料館所蔵受入、THE CLANS AND TARTANS OF SCOTLAND 一九六四(昭和三九)年 WILLIAN COLLINS SONS&CO,LTD.及び昭和四四年二月一七日特許庁資料館所蔵受入、THE SCOTTISH TARTANS 一九六六(昭和四一)年 W.&A.K.JOHNSTON&G.W.BACON LTD.などの書中に、HAMILTONなる模様は掲載されている。)、そうして両意匠の色彩について対比するとき、黒、薄い黒、黄土、濃い黄土、ほぼ白の各色に交差の十字中央部を濃色に表わしているその各帯の配列と色彩は、一部に不明な点などがみられても、この点は前記の赤色帯の構成がHAMILTON状に表われることは明らかであり、ほぼ全面的に共通しており、これが互いに一枚の生地として展開された状態を推定するとき、その構成や色調から、両意匠は、互いに類似する意匠と認める。
そして、引用刊行物については、その成立に争いのないところであり、かつ、本件意匠の登録出願前に発行頒布されたものであることは、その記載事実と審判請求書に添付された書類から十分に認められるものである。
したがつて、本件意匠は、意匠法第3条第1項第3号の規定に該当する意匠であるにかかわらず、誤つて同条柱書の規定に違反して登録されたものであるから、本件意匠は、その登録を無効とすべきものである。
3 審決を取消すべき事由 審決は、次のとおり誤りがあり違法であるから、取消されるべきである。
(一)審決は、被告には本件意匠登録の無効の審判を請求することについての利益がないことを看過したものである。
被告(請求人)は、本件意匠登録を無効にするについて審判を請求するにあたり、「被告は織物地の製造販売を業とし、昭和四四年以来本件意匠と同一又は類似の織物地を製造販売しているので、本件審判を請求するについて重大な利害関係を有する」と主張し、審決もこれを肯定したうえで実質的な類否の判断をしたものと理解されるが、被告の提出に係る各証拠によつても、被告が、
本件意匠登録を無効にするについて審判を請求する利益を有する者とは認められない。かえつて、被告は、昭和五四年ころには、繊維不況のあおりを受けて織物地の製造をやめ、飲食業手伝をやつて現在に至つているのであるから、本件意匠登録を無効にするについて審判を請求する利益は、審決時においては存在しなかつたものである。しかるに、審決は、これを看過し、本件無効審判の請求を却下することなく、実質的な類否の判断をしたうえ、本件意匠登録を無効にしたものであるから、
違法として取消を免れない。
この点、被告は、原告が訴外宮川通商株式会社に対し、同社が販売している織物地は、本件意匠登録に係る原告の意匠権を侵害する旨の警告書を送付したことから、被告の製造する織物地を同社に納入できなくなり、また、被告が製造し、すでに流通過程においた織物地について原告との間に紛議を生ずる可能性が存するから、被告には本件意匠登録を無効にするについての審判を請求する利益があることは明らかである旨主張する。
しかしながら、原告が意匠権に基づく差止請求権を行使したのは織物地を販売した宮川通商株式会社であり、被告ではないのであるから、これをもつて、被告に審判請求の利益があるということにはならない。なんとなれば、被告に対する原告の権利主張はいまだ現実化しておらず、被告の法律上の利害関係は仮にあつたとしても間接的だからである。
(二)引用刊行物に基づく意匠登録の無効事由について、原告(被請求人)には意見を述べる機会が与えられなかつたので、審決には手続上明らかな瑕疵が存する。
審決挙示の引用刊行物の広告頁は、被告の昭和五六年五月六日付「審判事件理由補充書」に特許庁の番号「甲第五号証のロの1ないし4」として添付されたものであるところ、この引用刊行物を含む審判事件理由補充書は、審決が原告に送達されたのちである昭和五六年一一月一七日になつて原告宛に発送され、そのころ原告に送達されたものである。すなわち、本件の審理終結通知は、これより先同年九月二二日に原告宛に発送され、次いで、同月二八日に審決がされ、
その謄本は同年一〇月二六日に原告に送達されていたのである。
被告は、昭和五三年一月五日に本件意匠登録を無効にするについての審判を請求したのち、昭和五四年五月一七日付「審判事件理由補充書」を提出して、被告自身が本件意匠の登録出願前から、本件意匠と同一又は類似の織物地を製造販売していたので、本件意匠と同一又は類似の意匠は公知となつていたことを主張、立証しようとした。そこで、原告は、右の第一回目の審判事件理由補充書については昭和五四年八月三〇日付「審判事件答弁書(第二回)」を提出した。しかしながら、引用刊行物に基づく無効事由は、原告主張の前記無効事由とは異る別個の事由であるから、審査段階にあれば別個独立の拒絶理由となる事柄である。
右の審判手続の経過からも明らかなとおり、原告は、引用刊行物に基づく本件意匠の登録を無効にすべき事由については、これを知ることもなく、これについての答弁をする機会もなかつたものである。
審決は、このような原告の知ることのできなかつた引用刊行物に基づく無効事由を採用して本件意匠の登録を無効にしたのであるから、審決には審判手続上の瑕疵があり、この点でも審決は違法として取消されるべきである。
この点、被告は、審判手続は、いわゆる弁論主義ではなく職権主義によつて審理されるのであるから、当事者の一方より提出された証拠資料等を相手方に送達するか否かは、明文の規定がある場合を除き、審判長の裁量に委ねられていると主張する。
しかし、被告の右の主張は、審判手続の構造の誤解に基づくものであつて、正当ではない。審判手続において職権主義が支配するというのは、一般論としては正当であるが、これが、審判手続の各局面において、いかなる形で現われるかは、個別的に、これをみなければならない。
そして、意匠法は、無効審判手続においては双方審尋主義をとつていると解するのが通説である。すなわち、無効審判手続においては、対審構造をとり、双方当事者にその言分を述べる機会を平等に与える主義をとつている。この機会は、相手方の主張を知つたうえで与えられなければならないから、
無効審判手続において、一方当事者の主張は、必ず相手方に示されなければ、言分を述べる機会が実質的に保障されたことにはならない。したがつて、答弁書の提出の場合のように明文の規定(意匠法第52条、特許法第134条2項)がなくとも、当然に、一方当事者の主張は相手方当事者に示されなくてはならない。更に、
意匠法第52条において準用する特許法第153条第2項の規定においては、審判長は、当事者又は参加人が申し立てない理由について審理したときは、その審理の結果を当事者及び参加人に通知し、相当の期間を指定して、意見を申し立てる機会を与えなければならない旨規定している。この規定から明らかなように、意匠法は、審判資料が審判官によつて見出された場合においてさえも、当事者に対しそれに対する意見を申し立てる機会を与えなければならない旨規定しているのである。
審判資料が当事者によつて提出された場合には、勿論のこと、反対当事者に、それに対する意見を述べる機会を与えなければならないことは、双方審尋主義からいつて当然である。また、この点に関し、意匠法第51条第2項の規定は、拒絶査定不服の審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合には、新たに拒絶理由の通知をして、出願人に意見書を提出する機会を与えなければならないと規定する。当事者系の審判に比してより職権主義的、行政処分的色彩の強い拒絶査定不服の審判においてさえ、右のような規定が存在するのであるから、無効審判手続においては、一層強い理由をもつて、当事者の一方の提出した審判資料について、他方当事者に対し意見を述べる機会を与えなければならない。
右の点に関し、被告は、被告の無効審判請求の理由は意匠法第3条第1項第1号及び第三号の規定に対する該当性であり、公知の事実関係は審決前に既に原告に送達された無効審判請求書及び昭和五四年五月一七日付審判事件理由補充書において主張ずみであつて、引用刊行物は、右の公知の事実(公然知られた意匠であること)を立証するため補強資料として提出されたものにすぎないと主張する。
しかし、無効審判請求手続における無効事由は、単に、
無効事由を規定した法律の条文を主張したのでは足りないことは勿論、「本件意匠登録出願以前に国内において公然知られた意匠ないしそれに類似する意匠が存在した。」という抽象的な事実の主張だけでも不十分であり、法律に規定された無効事由に該当する具体的な事実を主張することを要する。けだし、こう解さなければ、
前述した双方審尋主義における、反対当事者の意見を述べる権利は保障されないからである。
被告自身が本件意匠と同一又は類似する意匠の織物地を製造販売していたという無効事由と引用刊行物に基づく無効事由とは、事実関係としても全く別個であり、
審査ないし審判手続においてであれば、別個独立の拒絶理由となりうるものであり、したがつてまた、無効審判手続においてであれば別個独立の無効事由となりうるものである。被告の主張は理由がない。
被告は、審決が本件意匠登録を無効にした主たる理由は、審判官が「職務上知りえた公知の事実」によるものであるとする。しかしながら、たとえ、公知の事実であつても、被告が主張した事由と異る別個の無効事由をもつて審決をする場合には、原告に対し意見を述べる機会を与えるべきことは、前述のとおり意匠法第52条において準用される特許法第153条第2項の規定の定めるところであるのみならず、審決は、この公知の事実をもつて無効事由とはしていないことは明らかである。すなわち、審決は、まず本件意匠と公知の「HAMILTON」意匠とは、色彩を除いた構成においてほぼ同一であるとしたうえ、引用刊行物(審判における甲第五号証「ロ」)の意匠は、右「HAMILTON」意匠をその基本的構成とするものと認め、したがつて、本件意匠と引用刊行物の意匠とは基本的構成においてほぼ共通するとし、しかるのちに、審決は、右二つの意匠の対比を行い、類似意匠と認め、意匠法第3条第1項第3号の規定に該当するとしている。このように、審決は、本件意匠と引用刊行物の意匠との類似性を判断するのに、媒介として公知の「HAMILTON」意匠を使用しているにすぎず、
公然知られた意匠」(「HAMILTON」意匠)に「類似する意匠」として本件意匠登録を無効にしたものではない。
なお、被告は、審判手続における証拠調に関する手続上の違法があつても、裁判所における再度の証拠調、主張、立証をなすこと等により右の瑕疵は治癒されると主張するが、審決取消訴訟において新たな無効事由の主張を行うことができるという趣旨なら、最高裁判決(最大判昭五一・三・一〇民集第三〇巻二号七九頁)に牴触した主張となつて失当である。
(三)(1)審決は、本件意匠と「HAMILTON」意匠とは、色彩を除いた場合、「その基本的構成」をほぼ同一とすると誤つて認定した。
審決は、本件意匠といわゆる「HAMILTON」意匠とを対比し、色彩を除いた場合には、両者は基本的構成をほぼ同一とすると認定した。しかしながら、原告が提出する証拠からも明らかなように、単なる格子模様のみについては、様々な形のものが公知であつたのである。そして、もとより、本件意匠も「HAMILTON」意匠も、模様と色彩が結合したものとして表わされているのであるから、色彩を除外して模様のみを比較することに、いか程の意味があるのか理解し難い。
いわゆるタータン模様には、実に様々なものが考えられているのであり、「HAMILTON」意匠も、厳格に規定されているものである。すなわち、幅において、白=2、赤=18、青=12、赤=2、青=12、赤=2、青=12、赤=18、白=2という割合の配列が縦横に連続したものが「HAMILTON」意匠である。これに対して、本件意匠は、赤=2、黄土=14、黒=4、黄土=4、黒=4、黄土=4、黒=4、黄土=14、赤=2という割合の配列が縦横に連続したものである。これから明らかなように、色彩の点を別にしても、その基本的構成はほぼ同一ではない。とりわけ特徴的なのは、本件意匠にあつては、黒色の三本の帯の間の間隔が、帯自体の幅に等しいのに対して、「HAMILTON」意匠においては、青色の三本の帯の間隔がいずれも帯自体の幅よりも著しく狭くなつていることである。この差異は、
類似の公知意匠が多数存在するタータン模様にあつては重要である。
更に、色彩においては、本件意匠は「HAMILTON」意匠とは何ら共通するものを持たないというべきであり、その相違は、審決も認めるように、明白である。したがつて、本件意匠は、「HAMILTON」意匠と、基本的構成を同一にするものではない。
(2)審決は、引用刊行物にみられる意匠が、「HAMILTON」意匠と基本的構成を共通にする旨認定したが誤りである。すなわち、引用刊行物の写真においては、赤色帯及び黒色帯が四本、淡黒色帯が二本(そのうち一本は不完全)しか見えておらず、これのみでは、この意匠が、「HAMILTON」意匠と基本的構成を共通にするかどうかの判断はおろか、この意匠が、いわゆるタータンチエツク模様であるかどうかの判断もできない。審決は、この意匠は、コートの裏地であるから襟ぐり部分のみとは考えられず、左右上下コート裏地全体に連続しているものと推認されるとしている。しかし、コート着脱のとき見える可能性のある襟ぐり部分のみに意匠を付したコート裏地は、さほど珍らしいものではないと考えられ、審決の推認は妥当ではない。まして、「HAMILTON」意匠と基本的構成が一致すると推認することは不可能といわざるをえない。
(3)以上のとおりであるから、本件意匠と引用刊行物の意匠とを対比して、「HAMILTON」意匠を媒介にして、類似するものとした審決の判断が誤りであることは明らかである。
この点に関し、被告は、「意匠の同一性の判断は、その意匠をミクロ的に対比観察して判断すべきものではない。」として、本件意匠と「HAMILTON」意匠との格子模様の各帯の幅の数値を対比することは、同一性判断の単なる資料にとどまるべきであり、これを極端に重視し、これをもつて両意匠の同一性を判断することは誤りであると主張する。しかし、意匠においては、斬新なものほど類似の幅が広い、換言すれば、昔から使いならされ、また沢山の意匠が考え尽されているものほど類似の幅が狭いとするのが通説である。意匠は、それが新規性を有する創作であるが故に、
国家によつて独占権が賦与されるのであるから、反面において、新規性の程度の低いものについては、その保護の範囲がそれだけ狭い、すなわち、類似の範囲が狭いのは当然である。そして、繊維品の模様は比較的に類似の幅が狭いが、縞もの特に大名縞、子持縞、矢がすり、千鳥格子等の名称のある柄にいたつては、ほんの微差でも一般需要者が見分けるとされる。
本件におけるタータン・チエツクは、原告が提出した証拠から明らかなように、
昔からありとあらゆる模様のものが創作されて来たのであり、ここにおいては、正に微差といえども無視できないことは明らかである。したがつて、この点に関する被告の主張は、理由がない。審決は、意匠の類否の判断において、「タータン・チエツク」の持つ歴史的背景、その普及度等を無視しており、その前提において誤つていることは明らかである。
二 被告の答弁及び主張1 請求の原因1及び2の事実は、認める。
2 同3の取消事由についての主張は争う。
審決の判断は、正当であり、審決には、以下述べるとおり、違法の点はない。
(被告に無効審判請求をする利益がないとする主張について)原告は、「被告には本件意匠登録を無効にするについて審判を請求する利益がなかつた」旨主張するが、右主張は全く理由がない。すなわち、被告は、肩書地において織物地の製造販売を業としていたものであるが、原告は、昭和五二年一〇月二〇日付内容証明郵便(乙第一号証)をもつて、被告の織物地等の売却先である東京都千代田区所在の訴外宮川通商株式会社に対し、その販売している生地は原告の本件意匠に係る意匠権を侵害するものであるから、その販売の停止を求める旨警告した。そのため、被告は、右宮川通商株式会社から苦情をいわれ、同社への織物地の納入もできなくなつた。
右のように、本件意匠と同一もしくは類似のものといわれ、織物地の納入をその取引先から拒まれたことなども一因となり、被告は、現在織物地の製造を中断しているが被告の製造販売した織物地がその後、どこに、いくら存するか、また、今後それらの織物地がどのように利用されるかも全く不明であり、もし、
本件意匠登録が有効なものであれば、今後においても右の織物地が使用、販売された段階で原告との間に紛議を生ずる可能性の存することはきわめて明白であり、被告に本件無効審判請求をする利益が存することには疑問の余地がない。
(手続上の瑕疵が存する旨の主張について) 審判手続は、いわゆる弁論主義ではなく職権主義により審理されるものであり、
意匠法第52条において準用する特許法第153条第1項は「審判においては、当事者又は参加人が申し立てない理由についても、審理することができる。」と定め、また、同第150条第1項は、職権で証拠調をすることができる旨定めている。
したがつて、審判手続において当事者の一方より提出された証拠資料等を相手方に送達するか否かは、明文の規定がある場合を除いて、審判長の裁量に委ねられている。
本件無効審判請求事件において被告の主張する無効事由は、当初より意匠法第3条第1項第1号及び第三号の規定に対する該当性、すなわち本件意匠は、その登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠又はこれに類似する意匠に該るとするものであり、引用刊行物も右の公知の事実の立証を補強すべきものとして提出されたものにすぎない。したがつて、かかる刊行物が存するという事実関係について争う余地がないことを考えれば、これにつき反論の機会がなかつたことをもつて、右審判手続の瑕疵ということはできない。
仮に、審判手続における証拠調に関する手続違背があつたとしても、裁判所において主張、立証、証拠調をすることにより、右の瑕疵は治癒される。
したがつて、本訴において、引用刊行物に対し反論の機会が与えられれば、仮に右審判の証拠調手続に原告主張のごとき過誤があつたとしても、それは、審決取消の理由とはなりえない。
(審決の認定に関する主張について)(1)原告は、審決が本件意匠と「HAMILTON」意匠とは基本的構成をほぼ同一にするとした点に関し、両意匠の格子模様の各帯の幅の割合を数値で表示し、
その僅かな差異をもつて、両意匠の基本的構成が異なる故に、審決の右の判断は不当であると主張する。
しかしながら、原告の右の主張は、次のとおり失当である。
すなわち、そもそも意匠の同一性の判断は、その意匠をミクロ的に対比観察して判断すべきものではなく、両意匠を全体的に対比観察して判断すべきものである。
したがつて、本件意匠と「HAMILTON」意匠との同一性の判断に両意匠の格子模様の各帯の幅の割合の数値を対比することは、同一性判断の単なる一資料にとどまるべきものであり、格子模様の各帯の幅の割合を極端に重視し、これをもつて両意匠の同一性を判断することは誤りである。ちなみに、本件意匠と「HAMILTON」意匠との格子模様の各帯の幅の割合を算出すると次のような割合の配列となつている。
(イ)本件意匠 赤1 黄土9 黒2.5 黄土2.5 黒2.5 黄土2.5 黒2.5 黄土9 赤1(ロ)「HAMILTON」意匠(甲第一二号証の一四参照) 白1 赤7 青4.5 赤2 青4.5 赤2 青4.5 赤7 白1この両意匠を対比すると、本件意匠と「HAMILTON」意匠との格子模様の帯の数は双方同一であることが明らかである。また、格子模様の各帯の幅の割合にあつては、本件意匠は黒色の三本の間隔が帯自体の幅に等しいものとなつているのに対し、「HAMILTON」意匠は、青色の三本の帯の間隔がいずれも帯自体の約1/2となつている点に差異が認められるが、他の帯の幅の割合は、両意匠とも、
数値的に若干の差異は認められるものの、狭広の割合の配列は、ほぼ同一であることが明らかであり、全体として、両意匠は、ほぼ同一の構成となつていることが認められる。したがつて、本件意匠と「HAMILTON」意匠との基本的構成は、
ほぼ同一であることが明白であり、かかる判断に立つ審決もまた、妥当なものであることは、疑問の余地がない。
(2)また、原告は、引用刊行物の意匠について、この意匠が左右上下コート裏地全体に連続しているものと推認することは妥当でないとし、その理由として、コート着脱のとき見える可能性のある襟ぐり部分のみに意匠を付したコート裏地は、さほど珍らしいものではないと主張する。
しかしながら、
コート着脱のとき見える部分は襟ぐり部分だけでなく、むしろ、脊部全体が見えることは経験則上明らかである。コート裏地に意匠を付する目的及びその意匠的効果を考えると、コートの襟ぐり部分にのみ意匠を付した裏地を使用することは、実際上の事例としては、特殊な場合を除いては、ほとんどないものと考えられる。
引用刊行物の意匠には「バーバリーズ」のラベルがみえ、これは、本件意匠の意匠登録出願前、原告が製造したものと考えられる。これをみても、引用刊行物の意匠が左右上下コート裏地全体に連続しているものであることは明白であり、したがつて、審決が右意匠が裏地全体に連続して使用されているものと推認していることは、現実の使用例からも首肯できるものであり、原告の右の点に関する非難は全く理由のないものである。
証拠関係(省略)
理 由一 請求の原因1及び2の事実については、当事者間に争いがない。
二 そこで、審決を取消すべき事由の存否について判断する。
1 まず、原告は、被告(請求人)には本件意匠登録を無効にするについて審判を請求する利益がなかつた旨主張するので、この点から検討する。
成立について争いのない甲第一三号証及び原本の存在と成立について争いのない乙第一号証並びに証人【B】の証言によれば、被告は、織物地の製造販売業者であつて、昭和三〇年代から、洋服裏地の販売業者である訴外宮川通商株式会社(以下「宮川通商」という。)に対し、取次商を介しあるいは直接に自ら製造した裏地等を卸していたところ、昭和五二年に入つて、右宮川通商が被告から仕入れて訴外株式会社池田に販売したチエツクの裏地に関し、原告は、昭和五二年一〇月二〇日付の内容証明郵便によつて、宮川通商に対し同社が販売した右の織物地が本件意匠に係る原告の意匠権を侵害するものであるから、この種の裏地の販売を停止するように警告し、また、宮川通商は、その販売先である右株式会社池田からも同意匠権を侵害するものであるといわれた旨の苦情を聞いたことから、被告からのこのようなチエツクの裏地の仕入れを全くやめたこと、
宮川通商からの右の取引拒絶を契機として、被告は、これまでの織物地の製造販売をやめているが、すでに被告が製造販売している右チエツクの裏地についての法的な事後処理はいまだされておらず、本件意匠の登録が有効なものとされると、関係人らの間で損害賠償請求などの紛議の生ずる余地が残されていることが認められる。
右の認定事実に徴すると、被告には、本件意匠登録を無効にするについての審判を請求する利益が十分に存するものというべきである。
この点の原告の主張は理由がない。
2 次に、手続上の瑕疵の存否について判断する。
成立について争いのない甲第一号証、同第二号証、同第四号証、同第六号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、被告(審判請求人)が本件意匠の登録無効の審判の請求にあたつて、当初無効事由としたところは、本件意匠が「意匠登録出願前に日本国内において公然知られた意匠」(意匠法第3条第1項第1号)又は「この意匠に類似する意匠」(同項第三号)に該当するということであり、昭和五四年五月一七日付審判事件理由補充書に「本件意匠登録出願前に被告が訴外有限会社小林商店の製造注文に基づいて本件意匠と同一又は類似模様の織物地を製造し納品していた事実」を立証するための証明書二通が添付されていたこと、その後被告から提出された昭和五六年五月六日審判事件理由補充書においては、被告は、「本件意匠と同一又は類似の織物地は本件意匠登録出願前から公知であることは明白であり、よつて、本件意匠は意匠法第3条第1項第1号、第二号、第三号の規定に該当する」から、無効とせられるべきであると主張し、これには、「本件意匠登録出願前に公然知られた意匠」(第一号)に「類似する意匠」であること(第三号)を立証するための証明書二通のほか、本件意匠が「本件意匠登録出願前に日本国内において頒布された刊行物記載された意匠」(第二号)に該ることを立証すべく、引用刊行物「男子専科」(昭和四一年九月一〇日発行)を含む四つの刊行物が添付されていたが、審判長は右の昭和五六年五月六日付審判事件理由補充書を原告に送付することなく、
同年八月三一日に原告に対し審理終結通知をし、同年九月二八日に審決がされ、その謄本は同年一〇月二六日に原告に送達されたこと(審決日及び審決の謄本の送達日は、当事者間に争いがない。)、そして、引用刊行物などが添付された前記昭和五六年五月六日付審判事件理由補充書は、審決送達の日ののちの同年一一月一七日になつて原告宛に発送されたものであり、それまで、原告(被請求人)には、本件意匠が意匠法第3条第1項第2号の規定にいう意匠と同一又は類似した意匠(第三号)である旨の無効事由の主張がされて、その立証のため引用刊行物を含む刊行物が被告から提出されていた事実は全く知らされていなかつたこと、しかるに、審決は、引用刊行物を意匠法第3条第1項第2号の規定する「刊行物」として取上げ、
引用刊行物においては、生地模様の一部分しかみえないところから、本件意匠と引用刊行物にみられる生地模様とは、ともに、いわゆる「HAMILTON」といわれる基本的構成において共通していると認めたうえ、結局、引用刊行物は記載された意匠(生地模様)を根拠として、本件意匠は「本件意匠登録出願前に日本国内において頒布された刊行物記載された意匠」(第二号)に「類似する意匠」(第三号)に該当するものと判断して、本件意匠の登録を無効にしたことが認められる。
右の認定事実から明らかなとおり、審決が採用した前記無効事由及びその立証方法に関する限り、原告には、これに対する答弁をする機会が与えられなかつたのであるから、本件審判手続には、意匠法第52条において準用する特許法第134条第1項の規定に違背する違法があるものといわざるをえない。この点、被告は、審判手続における証拠調に関する手続違背があつても、審決の取消訴訟においてあらためて反論の機会が与えられることによつて、右の瑕疵は治癒される旨主張する。
しかしながら、意匠登録の無効の審判手続においては、当事者対立の構造に従いつつ、両当事者に攻撃防御の機会が適切に与えられ、審判官による審理判断の対象となる無効の原因事実が明確に特定されてのちに、
登録官庁における専門的知識経験を有する審判官が両当事者の主張、立証を十分に参酌して、これに対する専門的判断をすることが期待されているのであるから、右の点の瑕疵は、単なる証拠調手続に関する瑕疵にとどまるものとみることはできず、審決取消訴訟において引用刊行物に対する反論の機会があることをもつて治癒されうる性質の手続違背とみることはできない。けだし、引用刊行物にみられる生地模様についての原告(被請求人)の主張及び立証がないこと、すなわち、その攻撃防御の機会が与えられていないことから、これらについての右専門的知識経験を有する審判官の判断は経由されていないことは明らかであり、かつ、審判取消訴訟において、裁判所が審判官に代つて被請求人に示されなかつた引用刊行物について被請求人から提出される新たな主張や立証に関して専門的判断をすることは、審決取消制度上、もともと予想されていないからである。被告のこの点についての主張は、意匠登録について専門官庁として行政処分をする特許庁と、当該行政処分の適否ないし当否の法律的判断をする裁判所との、それぞれの職分を混同ないし紛淆するものであつて採ることができない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
裁判官 荒木秀一
裁判官 舟本信光
裁判官 舟橋定之
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