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関連審決 不服2004-2763
関連ワード 物品 /  形状 /  意匠に係る物品 /  3条1項3号 /  意匠の類否 /  登録意匠 /  損害賠償 /  類似性(類否判断) / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10823号 審決取消請求事件
原告 元旦ビューティ工業株式会社
訴訟代理人弁理士 福田賢三
同福田伸一
同福田武通
同 加藤恭介
同 本田昭雄
被告 特許庁長官中嶋 誠
指定代理人西本幸男
同 岩井芳紀
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/05/31
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2004-2763号事件について平成17年10月12日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,原告が後記意匠登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,その取消しを求めた事案である。
当事者の主張
1 請求の原因(1) 特許庁における手続の経緯原告は,平成15年2月28日,意匠に係る物品を「横葺屋根板材」とし,その形態を別添審決写しの別紙第1のとおりとする意匠(以下「本願意匠」という。)につき意匠登録出願(意願2003-5237号)をしたところ,平成16年1月13日付けで拒絶査定を受けたので,平成16年2月12日,不服の審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2004-2763号事件として審理した上,平成17年10月12日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その審決謄本は同年11月2日原告に送達された。
(2) 審決の内容審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,その理由の要点は,次のとおりである。
ア 本願意匠の出願前に発行された意匠公報(登録第744175号。
甲1)には,意匠に係る物品を「横葺屋根板」とし,その形態を別添審決写しの別紙第2のとおりとする意匠(以下「引用意匠」という。)が記載されている。
イ 本願意匠と引用意匠は,共に意匠に係る物品が屋根を葺くための板体であり,意匠の形態が類似するから,本願意匠は,意匠法3条1項3号が規定する意匠に該当し,登録を受けることができない。
(3) 審決の取消事由しかしながら,審決は,以下のとおり,本願意匠と引用意匠の共通点及び差異点に関する認定を誤り,本願意匠と引用意匠の共通点及び差異点に関する評価判断を誤り,その結果,本願意匠は引用意匠に類似するとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取消しを免れない。
なお,審決の指摘する共通点(あ),差異点(ア)・(エ)・(オ)は争わない。
ア 取消事由1(本願意匠と引用意匠の共通点に関する認定の誤り)(ア) 審決は,本願意匠と引用意匠における「各部の具体的態様」の共通点として,その後係合部形状に関し,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したものである」(2頁(2)(い))と認定している。
しかし,本願意匠の後係合部は,斜め前上方に屈曲した後,ヘアピン状に屈曲させて斜め後下方に屈曲し,その後前下方に屈曲し,最終的に斜め前上方に屈曲しているから,本願意匠と引用意匠の後係合部は,明確に相違するものであって,審決が認定するような共通点を有するものではない。
(イ) 審決は,本願意匠と引用意匠における「各部の具体的態様」の共通点として,「使用態様につき,前係合部の下方へ屈曲した面と,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面が,略面一致状となる」(2頁(2)(う))と認定している。
しかし,本願意匠の当該箇所は,その使用状態を示す参考図1(審決写しの別紙第1参照)で明らかなように,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっており,面一致状ではなく,略面一致状でもないから,引用意匠の当該箇所とは明確に相違するものであって,審決が認定するような共通点を有するものではない。
イ 取消事由2(本願意匠と引用意匠の差異点に関する認定の誤り)(ア) 本願意匠は,前係合部下端の後方への折り返し部分が,水平部分に連なるように極めて緩く傾斜した左下がり片と右下がり片とで形成されている。これに対して,引用意匠は,当該部分が,水平部分から起立する極く短い垂直片と右下がり片とで形成されている。この形状の差異は,それぞれの図面を一見すれば明らかであり,顕著であるにもかかわらず,審決は,この形状の差異を看過している。
(イ) 審決は,背面側の段差部の高さ比率について,「本願意匠は,引用意匠に比べてやや低い」(2頁(2)(ウ))と認定している。しかし,この「やや低い」が何に対してのものであるのか理解できない。
しかも,本願意匠の使用状態を示す前記参考図1に明らかなように,この段差部の高さは,前係合部の前端に位置する垂直状の屈曲部分と密接に関連づけられるものである。本願意匠の段差部の高さは上記垂直状の屈曲部分の高さに比して著しく低く,引用意匠の段差部は上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上の高さを有している。したがって,両意匠の段差部の高さ比率の差異は顕著である。審決は,このような段差部の高さ比率の差異を看過している。
(ウ) 前記ア(イ)のとおり,審決は,前係合部の下方へ屈曲した面と,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面との関係について,本願意匠は,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっているのに対して,引用意匠は略面一致状であるとの差異を看過している。
ウ 取消事由3(本願意匠と引用意匠の共通点に関する評価の誤り)審決は,本願意匠と引用意匠において共通する板面部,前係合部,後係合部の形態は,全体の大部分を占め,かつ,具体的態様の共通点と相俟って看者に共通する印象を与えるから,類否判断を左右する旨の判断をしている(2頁下2行〜3頁5行)。
しかし,横葺屋根板が機能を発揮するためには,板面部,下方に併合のための形態を有する前係合部,上方に前係合部の下片に関連付けられた併合のための形態を有する後係合部が,必然的に必要であるから,審決が認定する本願意匠と引用意匠の共通点は,両意匠に係る物品において極めて一般的な事柄である。この種の物品は,これらの一般的な事柄をすべて踏まえた上で,更に各所について装飾的,機能的見地から各種意匠を施しており,その需要者等は,その各種意匠の具体的形態を当該屋根板の特徴として理解するものである。したがって,審決の上記判断は,誤りである。
エ 取消事由4(本願意匠と引用意匠の差異点に関する評価の誤り)(ア) 前記イ(ア)のとおり,本願意匠は,前係合部下端の後方への折り返し部分が,水平部分に連なるように極めて緩く傾斜した左下がり片と右下がり片とで形成されているのに対して,引用意匠は,当該部分が,水平部分から起立する極く短い垂直片と右下がり片とで形成されている。
しかも,その先端部分は,本願意匠は下側に折り返しているのに対し,引用意匠は上側に折り返している。
本願意匠は二つの片が緩く傾斜していることに起因して間口が広い視覚的印象を看者に与える。これに対して,引用意匠は,前係合部の前端に位置する垂直状の屈曲部分と極く短い垂直片との間に水平部分が介在していることに起因して,当該部分において溝状の視覚印象を看者に与える。
このように前係合部における両意匠の差異は顕著であるのに,審決は,それを認めず,その評価を誤っている。
(イ) 前記イ(イ)のとおり,本願意匠の背面側の段差部の高さは,前係合部の前端に位置する垂直状の屈曲部分の高さに比して著しく低く,引用意匠の上記段差部は,上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上の高さを有している。そのため,使用状態において,段差部と垂直状の屈曲部分との間に形成される境界に関し,本願意匠のそれは,軒側から看取できない程度の低い位置にあり,引用意匠のそれは,明瞭に看取される程度の高い位置にある。
このように段差部における両意匠の差異は顕著であるのに,審決は,それを認めず,その評価を誤っている。
(ウ) 前記ア(ア)のとおり,本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は,子細に観察するまでもなく,図面を一見すれば明らかである。本願意匠のこの部分は,漢字の「入」や「人」を表現しているように認識されるのに対し,引用意匠は,「ひしゃく」や「フック」のように認識される。
審決は,使用状態において,後係合部は,前係合部に内包されて見えなくなると説示する。しかし,横葺屋根板の評価は,前後の係合部の形態に起因する当該屋根板を採用した際の雨仕舞,強度,施工性によって左右されるのであるから,横葺屋根板の創作者は,施工時において見えなくなってしまう部分に形態的な工夫を凝らして機能を発揮させようとする。しかも,横葺屋根板の需要者は,施工された屋根全域を漠然とふかんするような一般消費者ではなく,建築業界の専門家である。このような専門家は,屋根全体の外観として看取される板面部,前係合部の垂直状部分等はもとより,当該製品の機能を左右する前後係合部の係合態様に強く注目し,その形態,更には当該形態により発揮される機能により採否を決する。
このように,本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は顕著である上,この部分は横葺屋根板の需要者である専門業者に強く注目される部分である。それらを認めなかった審決は,後係合部の具体的形態の差異についての評価を誤っている。
(エ) 前記ア(イ)のとおり,前係合部の下方へ屈曲した面と,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面との関係について,本願意匠は,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっているのに対して,引用意匠は略面一致状である。本願意匠は,上記のように奥まっていることに起因して,屋根全体の外観形状として,上記屈曲した面と立ち上がり面との間に濃淡が生ずる。これに対して,引用意匠は,略面一致状であることにより,両者の和としての大きな段差面が看取される。
このように,上記屈曲した面と立ち上がり面との関係についての差異は顕著であるのに,審決は,それを認めず,その評価を誤っている。
2 請求原因に対する認否請求原因(1),(2)の各事実は認めるが,(3)は争う。
3 被告の反論原告が審決の認定判断が誤りであるとして主張するところは,いずれも失当である。
(1) 取消事由1に対しア 審決は,後係合部につき,本願意匠と引用意匠が共通する具体的態様として,「後係合部の側面視につき,段差部後端部を上方側に折り返して倒「U」字状とし,さらに斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したものである」(2頁(2)(い))と認定しており,このように認定することに誤りはない。
そして,原告が主張する後係合部の差異は,更に子細に見れば認められることから,審決において,差異点として採り上げ,「本願意匠は,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲し,先端部を跳ね上がり状としたものであるのに対して,引用意匠は,頂部寄りを緩やかな弧状に屈曲形成したものである」(2頁(2)(エ))と認定している。
イ 本願意匠の前係合部の下方へ屈曲した面に対して,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面は,わずかに奥まっており,完全な面一致状となるものではないが,その差は,わずかである。そして,屋根に葺いた使用状態においては,本願意匠の段差面を看取することは困難であること,本願意匠のように,段差部が奥まった態様のものが,本願意匠の出願前より広く知られており,本願意匠のみの特徴といえるものではないことを考慮すると,本願意匠において段差部が奥まっていることは,意匠法上格別評価できるものではなく,屋根全体に階段状に規則的に現れる段を形成する一つの面として看取できるものである。したがって,この点について,略面一致状であるとした審決の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2に対しア 原告が主張する前係合部下端の後方への折り返し部分の差異は,この点のみ子細に観察すればともかく,形態全体として観察した場合には,「略「へ」字状に屈曲した」態様の中でのわずかな差異であり,また,本願意匠と引用意匠のいずれの態様もこの種の屋根板において普通に見受けられるものであって,特徴的な態様とはいえず,格別注目されないことから,審決がこの点を殊更採り上げなかったとしても審決の結論に影響はない。
イ 審決は,本願意匠の平面図における上下の幅と引用意匠の平面図における左右の幅を同じ長さにしたときの両意匠の背面側の段差部の高さを比較したものである。
原告が主張するように,本願意匠と引用意匠のそれぞれの前係合部の垂直状の屈曲部分の高さと,背面部の段差部の高さの比率を比較したとしても,本願意匠のように,段差部の高さが,前係合部の垂直状の屈曲部分に対して著しく低いものが,本願意匠の出願前に普通に見受けられるのであり,引用意匠のように当該部分の高さがほぼ同じものも普通に見受けられるのであるから,これらの点は,いずれも,格別評価できるものではなく,全体として観察した場合,段差部の高さ比率に差異があるとしても,用途に合わせて高さを変更する範囲に止まるものである。したがって,その差異は微弱であるとした審決の判断に誤りはない。
ウ 前記(1)イで述べたとおり,本願意匠において,前係合部の下方へ屈曲した面に対して,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面は,略面一致状であり,この点に関する原告主張の差異はわずかなものであるから,審決がこの点を差異として殊更採り上げなかったとしても,審決の結論に影響はない。
(3) 取消事由3に対し意匠の類否判断は,物品の外観全体にわたって,その形態を観察する全体的,視覚的な判断であるから,共通する態様が周知又は公知の態様であるとしても,他に格別評価すべき部分がない場合は,意匠全体に占める割合が大きく,意匠的なまとまりを形成し,看者の注意をひくところが類否判断の要部となるものである。本願意匠には,引用意匠との差異点に格別見るべき点はないから,本願意匠と引用意匠において共通する板面部,前係合部,後係合部の形態は,全体の大部分を占め,かつ,具体的態様の共通点と相俟って看者に共通する印象を与えるから,類否判断を左右する旨の審決の判断に誤りはない。
(4) 取消事由4に対しア 前係合部下端の後方への折り返し部分に関する本願意匠と引用意匠の差異については,前記(2)アで述べたとおりである。
イ 背面側の段差部の高さと前係合部の前端に位置する垂直状の屈曲部分の高さの比率が本願意匠と引用意匠とで異なる点については,前記(2)イで述べたとおりである。
ウ 原告は,「横葺屋根板の評価は,雨仕舞,強度,施工法によって左右される」旨主張するが,それらはいずれも技術的な観点による評価であって,必ずしも,意匠法上の評価につながるものではない。この種の屋根板において後係合部の形状が多種多様ある中で,本願意匠と引用意匠の後係合部を対比観察すると,両意匠の差異点は,基本的構成態様を,略三角形状とし,具体的態様を,段差部後端部を上方側に折り返して倒「U」字状とし,さらに斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したとの共通点に包摂される程度のわずかな差異にすぎないものといえる。原告が主張する差異は,上記共通点を,更に子細に観察して看取できるものであって,その具体的態様について見ると,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲したものが,本願意匠の出願前に公然知られており,後係合部の先端部を跳ね上がり状としたものも,公然知られているところであるから,これらの点はいずれも本願意匠のみの特徴といえるものではなく,格別評価できるものではない。したがって,審決が,この差異点について,これのみを子細に観察すればわかる程度の部分的な差異であるとしたことに誤りはない。
次に,原告は,「横葺屋根板の需要者は,施工された屋根全域を漠然とふかんするような一般消費者ではなく,建築業界の専門家である」旨主張するが,建売住宅であっても,完成後の場合はともかく,早期であれば,建築物の購入者である一般消費者に,その屋根材等を選ぶ余地が残されていることが普通であり,また,注文建築やリフォームにおいては,建築主やリフォームの依頼者である一般消費者が,屋根板等を選択することができる。したがって,需要者に関する原告の上記主張は失当である。そして,一般消費者の場合,その関心は,係合部の形状よりは,当該屋根板を使用した葺き上がり状態にある。
エ 本願意匠の前係合部の下方へ屈曲した面に対して,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面が奥まっていることについては,前記(1)イ及び(2)ウで述べたとおりである。
当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2 取消事由1(本願意匠と引用意匠の共通点に関する認定の誤り)について(1) 審決は,本願意匠と引用意匠における「各部の具体的態様」の共通点として,その後係合部形状に関し,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したものである」(2頁(2)(い))と認定しているところ,原告は,このような共通点はないから,この認定に誤りがあると主張する。
本願意匠と引用意匠とでは,その後係合部形状に関し,「本願意匠は,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲し,先端部を跳ね上がり状としたものであるのに対して,引用意匠は,頂部寄りを緩やかな弧状に屈曲形成したものである」という差異がある(審決2頁(2)(エ),当事者間に争いがない。)が,概括的に見たときには,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したものである」(審決2頁(2)(い)後段)という共通点があるものと認めることができるから,これを共通点として認定し,その上で,上記の差異を差異点として認定した審決の判断に誤りがあるということはできない。
(2) 審決は,本願意匠と引用意匠における「各部の具体的態様」の共通点として,「使用態様につき,前係合部の下方へ屈曲した面と,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面が,略面一致状となる」と認定している(2頁(2)(う))ところ,原告は,本願意匠の当該箇所は略面一致状ではないから,この認定に誤りがあると主張する。
本願意匠の当該箇所は,前記参考図1に見られるように,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっている。しかし,その奥まっている長さは,わずかなものである上,使用状態において,段差部の立ち上がり面は低い位置にあって軒側から看取できないから,奥まっていることが特に目立つということもない。これらのことからすると,略面一致状という認定が誤りであるということはできない。
3 取消事由2(本願意匠と引用意匠の差異点に関する認定の誤り)について(1) 原告は,本願意匠と引用意匠では,前係合部下端の後方への折り返し部分に差異があるのに,審決は,それを認定していないと主張する。
しかし,審決は,前係合部下端の後方への折り返し部分について,「本願意匠は,水平部分を「へ」字状部分の略2分の1とし,端部を下方に折り返し状としているのに対して,引用意匠は,水平部分を「へ」字状部分の略3分の1とし,端部を上方に折り返し状としている」(2頁(2)(イ))として,本願意匠と引用意匠の差異点を認定しており,この差異点の認定に誤りはない。
もっとも,本願意匠と引用意匠とでは,上記差異点に加えて,原告が主張するように,本願意匠においては,水平部分に連なる左下がり片が緩く傾斜しているのに対し,引用意匠においては,水平部分からほぼ垂直に短い片が起立しているという差異がある。しかし,この差異を含めた前係合部下端の後方への折り返し部分の差異点の評価については,後記5(1)のとおり微弱なものであり,この差異点は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(2) 審決は,「全体の奥行きに対する背面側の段差部の高さ比率につき,本願意匠は,引用意匠に比べてやや低い」(2頁(2)(ウ))と認定しているところ,原告は,この「やや低い」が何に対してのものであるのか明らかでないと主張する。
しかし,審決の上記認定からすると,審決が,本願意匠の平面図における上下の幅と引用意匠の平面図における左右の幅を同じ長さにしたときの両意匠の背面側の段差部の高さを比較して,「本願意匠は,引用意匠に比べてやや低い」と認定したことは明らかであって,この「やや低い」が何に対してのものであるのか明らかでないということはない。
また,原告は,本願意匠の上記段差部の高さは上記垂直状の屈曲部分の高さに比して著しく低く,引用意匠の上記段差部は上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上の高さを有していると主張する。
本願意匠の上記段差部の高さは上記垂直状の屈曲部分の高さに比して低く,引用意匠の上記段差部は上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上の高さを有しているということはできる。しかし,この差異点の評価についても,後記5(2)のとおり微弱なものであり,この差異点は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
(3) 前記2(2)のとおり,前係合部の下方へ屈曲した面と,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面との関係について,本願意匠は,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっている。これに対して,引用意匠は,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっているということはないから,差異があるということができる。
しかし,この差異点の評価についても,後記5(4)のとおり微弱なものであり,この差異点は,審決の結論に影響を及ぼすものではない。
4 取消事由3(本願意匠と引用意匠の共通点に関する評価の誤り)について審決は,本願意匠と引用意匠において共通する基本的構成態様,すなわち,「全体が,横長の薄板体で,平坦な板面部の正面側端部には,側面視略「コ」字状に屈曲した前係合部を形成し,背面側端部には,側面視上方向きに段差部を設け,該段差部後方に略三角形状の後係合部を形成した基本的構成態様」(2頁(2)冒頭部分)は,「全体の大部分を占め,両意匠の全体の基調を形成するものであり,具体的態様の共通点と相俟って,看者に共通する印象を与えるから,類否判断を左右する」(3頁2行〜4行)旨の判断をしている。
原告は,横葺屋根板が機能を発揮するためには,板面部,下方に併合のための形態を有する前係合部,上方に前係合部の下片に関連付けられた併合のための形態を有する後係合部が,必然的に必要であると主張する。しかし,そうであるとしても,板面部,前係合部,後係合部は,横葺屋根板において,大きな部分を占めており,看者の注意をひく部分であるから,それらの基本的構成形態が共通しており,具体的態様においても共通点があることは,本願意匠と引用意匠が類似するかどうかの判断に当たって重視すべきものである。もっとも,板面部,前係合部,後係合部やその他の部分の具体的態様において,特徴的な差異点がある場合などには,類似しないとの判断に至る場合もあるが,本件において,本願意匠と引用意匠の具体的態様における差異点は,次の5で説示するとおり,いずれも微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するものではない。
5 取消事由4(本願意匠と引用意匠の差異点に関する評価の誤り)について(1) 原告は,前係合部下端の後方への折り返し部分における本願意匠と引用意匠の差異は顕著であるのに,審決は,それを認めず,その評価を誤っていると主張する。
前記3(1)のとおり,本願意匠と引用意匠とでは,前係合部下端の後方への折り返し部分に差異があるが,この差異は,略「へ」字状に屈曲した態様の中での差異であり,また,屋根板材につき,本願意匠のように,水平部分に連なる左下がり片が緩く傾斜しているものは,本願意匠の出願前に知られており(平成3年3月22日発行の意匠登録第809534号の意匠〔乙3〕,特許庁意匠課が平成6年9月14日に受け入れた内国カタログ「NewTechnology Series」A-17頁所載の屋根板の意匠〔特許庁意匠課公知資料番号HC06012215〕〔乙4〕参照),特徴的な態様とはいえないから,前係合部下端の後方への折り返し部分の上記差異は,意匠全体を見た場合,微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するものではない。
(2) 原告は,背面部の段差部と前係合部の垂直状の屈曲部分の高さの比率が,本願意匠と引用意匠とでは,大きく異なるのに,審決は,それを認めず,その評価を誤っていると主張する。
前記3(2)のとおり,本願意匠の上記段差部の高さは上記垂直状の屈曲部分の高さに比して低く,引用意匠の上記段差部は上記垂直状の屈曲部分の高さと同等又はそれ以上の高さを有しているということができ,そのため,使用状態において,段差部と垂直状の屈曲部分との間に形成される境界に関し,本願意匠のそれは,低い位置にあり,引用意匠のそれは,高い位置にあるという差異がある。しかし,本願意匠のように,段差部の高さが,前係合部の垂直状の屈曲部分に対して低いものは,本願意匠の出願前に知られていた(平成12年2月28日に発行された意匠登録第754940号の類似2の意匠〔乙1〕,平成11年4月2日に発行された意匠登録第1035140号の類似1の意匠〔乙2〕参照)のであり,また,引用意匠のように当該部分の高さがほぼ同じものも本願意匠の出願前に知られていた(昭和63年9月26日発行の意匠登録第744177号の意匠〔乙6〕参照)のであるから,このような差異は,特徴的な態様の差異とはいえず,意匠全体を見た場合,微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するものではない。
(3) 原告は,本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は顕著である上,この部分は横葺屋根板の需要者である専門業者に強く注目される部分であるから,それらを認めなかった審決は,後係合部の具体的形態の差異についての評価を誤っていると主張する。
前記2(1)のとおり,本願意匠と引用意匠とでは,その後係合部形状に関し,「本願意匠は,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲し,先端部を跳ね上がり状としたものであるのに対して,引用意匠は,頂部寄りを緩やかな弧状に屈曲形成したものである」という差異がある。しかし,概括的に見たときには,「斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成したものである」という共通点があるものということができる上,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に屈曲したものは,本願意匠の出願前に知られていた(公開日が平成11年3月26日である公開特許公報に掲載された特開平11-81594号図3及び図4の棟縁保持部の意匠〔乙11〕参照)のであり,また,後係合部の先端部を跳ね上がり状としたものも,本願意匠の出願前に知られていた(平成6年8月11日発行の意匠登録第904921号の意匠〔乙12〕参照)のであるから,本願意匠の上記態様は,特徴的な態様とはいえず,後係合部形状に関する上記差異は,意匠全体を見た場合,微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するものではない。
この点について,原告は,「横葺屋根板の評価は,雨仕舞,強度,施工法によって左右される」旨主張するが,それらはいずれも技術的な観点による評価であって,視覚を通じて美感を起こさせるものを保護することを目的とした意匠法上の評価につながるものではない。
また,原告は,横葺屋根板の需要者は,専門業者であると主張するが,建物の建築工事や屋根の改修工事を注文する一般消費者も,屋根板の形態については,関心を持って選択すると考えられるから,専門業者のみならず一般消費者も需要者であり,専門業者のみが需要者であるということはできない。
もっとも,原告や同業他社のホームページには,専門業者向けの「CADデータ」をダウンロードすることができるページがあり(甲9の5,甲10の6枚目ないし8枚目),原告製品については,元旦屋根管理士という専門家が一般消費者にアドバイスすることがあり(甲9の6ないし8),原告や同業他社のホームページの製品に関する情報には,専門業者でないと理解できない記載があること(乙13の7枚目ないし12枚目,甲10の3枚目ないし5枚目)が認められるが,これらの事実があるからといって,一般消費者が横葺屋根板の需要者であることを否定するとまでいうことはできず,需要者に関する上記認定を左右するものではない。
また,横葺屋根板の需要者が専門業者であったとしても,本願意匠と引用意匠との後係合部の具体的形態の差異は,上記のとおり微弱なものであるから,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断が左右されることにはならない。
(4) 原告は,前係合部の下方へ屈曲した面と他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面との関係についての本願意匠と引用意匠の差異は顕著であるのに,審決は,その差異を認めず,その評価を誤っていると主張する。
前記2(2)のとおり,前係合部の下方へ屈曲した面と,他の部材の後係合部の段差部の立ち上がり面との関係について,本願意匠は,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっているのに対して,引用意匠は,前係合部の下方へ屈曲した面に比して段差部の立ち上がり面が奥まっているということはないから,差異があるということができる。
しかし,本願意匠においてその奥まっている長さはわずかなものであり,使用状態において奥まっていることが特に目立つということもない上,本願意匠のように,段差部が奥まった態様のものは,本願意匠の出願前に知られていて(平成12年2月28日に発行された意匠登録第754940号の類似2の意匠〔乙1〕,平成11年4月2日に発行された意匠登録第1035140号の類似1の意匠〔乙2〕参照),本願意匠のみの特徴といえるものではないから,上記差異は,意匠全体を見た場合,微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するものではない。
(5) 以上のとおり,原告が主張する本願意匠と引用意匠の差異点は,いずれも微弱なものであって,本願意匠と引用意匠が類似するとの審決の判断を左右するものではない。
なお,前記意匠登録第1035140号の類似1の意匠(乙2)が,その意匠登録の出願前に本件の引用意匠が公開されている(昭和63年9月26日)にもかかわらず登録されていること,意匠登録第968609号の「布団用除湿具」の意匠権(甲11。平成8年11月19日発行)侵害を理由とする損害賠償請求訴訟において,当該登録意匠と対象製品の意匠が類似しないとして,請求が認められなかったこと(甲12)があるとしても,いずれも,本願意匠と引用意匠とは別個の意匠間の類否が問題となったものであって,本件の結論に影響するものではない。
6 したがって,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がない。よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 森義之
裁判官 田中孝一