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関連審決 不服2006-1808
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成11行ケ321審決取消請求事件 判例 意匠
平成20行ケ10401審決取消請求事件 判例 意匠
平成20行ケ10402審決取消請求事件 判例 意匠
平成21行ケ10083審決取消請求事件 判例 意匠
平成21行ケ10051審決取消請求事件 判例 意匠
関連ワード 意匠の創作 /  物品 /  物品の形状 /  視覚性 /  形状 /  模様 /  意匠に係る物品 /  創作容易(容易の創作) /  同一物 /  公然知られた(3条1項1号) /  3条1項3号 /  記載された意匠 /  意匠の属する分野 /  通常の知識を有する者 /  物品の機能 /  同一物品 / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10032号 審決取消請求事件
原告株 式会社サンケイ技研
訴訟代理人弁理士正林真之
同 八木 澤史彦
被告特許庁長官
同 指定代理 人関口剛
同 樋田敏惠
同 酒井福造
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/08/27
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2006-1808号事件について平成20年12月25日にした審決を取り消す。
事案の概要
1本件は,原告が意匠登録出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたが,特許庁から平成20年12月25日付けで請求不成立の審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
なお,特許庁は,上記不服審判請求に対し,一旦は平成19年2月14日付けで請求不成立の審決をしたが,原告からの訴え(平成19年(行ケ)第10107号)に基づき,当庁が平成19年11月29日付けで上記審決を取り消すとの判決をしたことから,これを受けて特許庁が審理を再開し,再び平成20年12月25日付けで審決をするに至ったものである。
2争点は,下記(1)の本願意匠が,下記(2)の意匠1〜6にみられる公然知られた意匠に基づいて容易に意匠の創作をすることができたか(意匠法3条2項),である。
記(1) 本願意匠・ 意匠に係る物品 弾性ダンパー・ 図面【斜視図】【正面図】【平面図】【B‐B断面図】(2) 公然知られた意匠・意匠1(特許庁意匠課公知資料番号HN13011841号〔特許庁意匠課が平成13年8月24日に受け入れた倉敷化工株式会社発行のカタログ「クラフレックス・パイプサイレンサー」22頁に掲載された産業用機械器具用防振具。甲1〕の意匠)・意匠2(実開平4‐76144号公報〔考案の名称「回転電気の取付構造」,出願人日本輸送機株式会社,公開日平成4年7月2日。甲2〕の第1図及び第2図に2として記載された防振具の意匠)【第1図】【第2図】・意匠3(実公昭12‐6495号公報〔考案の名称「『ボルート』,『ナット』及び『スクリュー』」,出願人A,公告日昭和12年5月14日。甲3〕に第1図として記載された意匠)【第1図】・意匠4(実開昭59‐168443号公報〔考案の名称「ねじ受けを有するタイル」,出願人ナショナル住宅産業株式会社,公開日昭和59年11月10日。甲4〕に記載された意匠)【第1図】【第2図】【第3図】【第4図】1:ねじ,2:雌ねじ,3:ねじ受け・意匠5(特許庁意匠課が平成16年7月23日に受け入れた倉敷化工株式会社発行のカタログ「クラシキ防振ゴムvol.24」5頁及び6頁に掲載された丸形防振ゴム 片側ナット埋込形〔甲5,乙5〕の意匠)・意匠6(特開平11‐303937号公報〔発明の名称「機械器具装置の吊りボルトに介装する防振具,出願人B,公開日平成11年11月2日。甲6〕の図2ないし図5として記載された意匠)【第2図】【第3図】【第4図】【第5図】1:吊りボルト,2:アンカー,3:防振具,4:本体上(下)面,5:凹面,6:軸受ナット,7:ネジ溝,8:割溝,9:調整ネジ,10:ワッシャ,11:すべり止め,12:配管,a:段差,13:リブ,14:管体,15:折曲部
当事者の主張
1 請求原因(1) 特許庁等における手続の経緯ア原告は,平成17年4月18日,本願意匠について意匠登録出願(意願2005-11535号。甲7)をしたところ,平成17年12月26日付けで拒絶査定を受けたので,これを不服とする審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2006-1808号事件として審理した上,平成19年2月14日,本願意匠は上記意匠1(HN13011841号)と類似するから意匠法3条1項3号に該当するとして,不成立の審決をした。
イこれを受けた原告は,上記審決を不服として審決取消訴訟を提起したところ(平成19年(行ケ)第10107号),知的財産高等裁判所は,平成19年11月29日,本願意匠と上記意匠1とは類似するとはいえないとして,上記審決を取り消す旨の判決をした。
ウそこで特許庁は,再び上記不服2006-1808号事件を審理した上,平成20年12月25日,本願意匠は,上記意匠1〜6のような公然知られた意匠に基づき容易に創作することができたから意匠法3条2項に該当するとして,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決をし,その謄本は平成21年1月13日原告に送達された。
(2) 本願意匠の内容本願意匠の内容は別添審決写しのとおりである(斜視図,正面図,平面図,断面図は前記のとおり)。
(3) 審決の内容審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,弾性ダンパーに関する本願意匠の形状は,前記意匠1〜6にみられるように,出願前の公然知られた形状に基づいて当業者が容易に創作できたから意匠法3条2項に該当する,というものである。
(4) 審決の取消事由しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるから,違法として取り消されるべきである。
ア 取消事由の前提としての本願意匠の特徴審決は,本願意匠の基本的な構成態様を下記(ア)(イ)(ウ)のとおり認定した。
記(ア)上下両端を胴部よりやや長径のフランジ状に形成した短円柱状とし,上下両面の中央に,連結のためのボルト孔を設けたものである。
(イ)全体の高さと直径の比率を約1対1.35とし,上下両面(ボルト孔を除く)を平坦面状とし,フランジを,肉厚で,外周面が鉛直状のものとし,胴部からの突出幅をフランジの厚み(上下幅)よりやや幅狭程度としている。
(ウ)ボルト孔について,径をダンパー直径の1/3弱とし,内周面にネジ山を設けたものであり,更に具体的にみると,孔の上端に,幅狭環状の段差が凹状に現れている。
しかし,審決は,本願意匠が「上下両端面の全面を平坦面としてその表面を弾性体で一定の厚さにより被覆する形態となっている」(2頁37〜38行)ことを捨象しており,段差上面及び段差側面の構成を明確にしていない点で誤りである。すなわち,本願意匠は,前記第2.2(1)(B‐B断面図)記載のとおり,段差上面,段差側面及び段差底面からなり,段差上面及び段差側面が弾性体で,段差底面が金属で構成されており,段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なることによる美感の相違が特徴である(以下,かかる構成による段差を「素材の異なる段差」という)。
イ 取消事由1(技術常識に関する事実誤認)審決は,本願意匠の構成について,「・・・孔の上端に,幅狭環状の段差が凹状に現れている点についても,ボルト孔の上端に,『ざぐり』状に幅狭環状の段差を設けることは,従来から,各種物品に設けられるボトル孔の形態処理として広く行われているところである。」(4頁13行〜16行)として,「素材の異なる段差」を「ざぐり」状であると認定している。
しかし,「ざぐり」とは「ボルト・小ねじ類を使用する場合,その頭が平に締め付けられるように孔の周囲の上面を円形に平滑に削ること。」であり(広辞苑第4版),「材料にねじの頭を埋め込むための孔」であるから,このような機能を有さなければ「ざぐり孔」ではない。このため,孔の直径及び深さは使用するねじの頭との関係で規定され,ねじの頭の直径よりも直径が小さいざぐり孔は存在せず,ねじの頭の高さよりも深さが浅いざぐり孔は存在せず,「ざぐり」状の形状というためには,少なくともネジの頭の直径よりも直径が大きく,ネジの頭の高さ以上の深さが必要である。しかるに,本件意匠の「素材の異なる段差」は,ねじ(ボルト)の頭よりも直径が小さく,ねじ(ボルト)の頭の高さより深さが浅いのであるから,これを「ざぐり」孔ということはできない。それにもかかわらず,審決は本件意匠の「素材が異なる段差」を「ざぐり」状であると認定しており,「ざぐり」を単なる凹状の孔と混同している。
以上のとおり,本願意匠の「素材の異なる段差」を「ざぐり状」であるとする審決の認定は,技術常識に関する事実誤認に基づくものであり,誤りである。
ウ 取消事由2(本願意匠に係る物品とは異なる物品に関する事実誤認)(ア)審決は,本願意匠について,「・・・ネジ山,及びその上端の幅狭環状の段差の上面が,ダンパー本体(弾性体)と異なる素材として,看者の視覚を捉えることになると認められる。」(4頁19行〜21行)とした上で,「・・・埋め込まれた金属素材が,ボルト孔の上端(開口端)において幅狭環状の段差面となって凹状に現れることも,様々の分野で,広くみられるところであり(例えば実開昭55‐122523号第2図,第4図,実開昭和52‐41450号第2図,実開昭59‐171212号第1図,特開昭49‐87135号第6図等々),本願意匠のボルト孔の態様も,視覚を通じて認識できる態様としては,これら従来態様の域を出ず」(4頁31行〜37行)と判断した。
(イ)しかし,上記特開昭49‐87135号公報(甲20,以下「甲20文献」という)の第6図には,「素材が異なる段差」は存在しないのみならず,素材が同一である段差すら存在しない。審決は,上記第6図の上型ニ,下型ホ及び受口本体1の補強部2とにより形成される形状を製品(受け口本体1)に形成された段差であると誤解し,図面の読み方を誤ったものである。また,上記文献の雌ねじ部は金属で構成されているものではなく,樹脂と布で構成されている。
(ウ)前記(ア)実開昭55‐122523号公報(以下「乙1文献」という)・特開昭52‐41450号公報(以下「乙2文献」という)・実開昭59‐171212号公報(以下「乙3文献」)に記載された各意匠に「素材の異なる段差」は存在しない。すなわち,「素材の異なる段差」は,フランジ上面と連続していることが前提であり,外観上一体であるフランジ上面との関係とを無視して段差部近傍だけを切り抜いて認定することはできない。しかし,審決は,本願意匠におけるフランジと段差部との関係は無視した上で,凹状の孔の近傍だけに着目し,上記各意匠に「素材の異なる段差」が存在すると誤った認定をしている。
(エ)乙1〜3文献の意匠は,全体形状もボルト孔の構成比率も本願意匠と異なる。
すなわち,乙1文献第2図,第4図のプラスチックナットの全体形状は本願意匠の全体形状とは全く異なり,第4図には「フランジ」が存在しない。第2図には「顎部」なる部分が存在するが,審決が認定する本願意匠の「フランジを,肉厚で,外周面が鉛直状のものとし,胴部からの突出部をフランジの厚みよりやや幅狭程度とした構成態様」とは全く異なる。そのボルト孔は,「(3)ボルト孔について,径をダンパー直径の1/3弱とした」本願意匠の構成とは異なり,径をナット全体の直径の約1/2としたものである。
乙2文献の第2図のプラスチックナットの全体形状は,本願意匠の全体形状とは全く異なり,「フランジ」も存在しない。ボルト孔は,「(3)ボルト孔について,径をダンパー直径の1/3弱とした」本願意匠の構成とは異なり,径をナット全体の直径の約1/2としたものである。
乙3文献の第1図の樹脂被覆ナット(プラスチックナット)は,「フランジ」らしき形状は存在するが,「フランジを,肉厚で,外周面が鉛直状のものとし」たものではなく,また,胴部からの突出部をフランジの厚みより大幅に幅狭にしており,「やや幅狭程度とした構成態様」ではない。このため,審決が認定する本願意匠の形状の「フランジ」に該当する構成は存在しない。ボルト孔は,「(3)ボルト孔について,径をダンパー直径の1/3弱とした」本願意匠の構成とは異なり,径をナット全体の直径の約1/2.3としたものである。
(オ)審決は,前記のとおり,「埋め込まれた金属素材が,ボルト孔の上端(開口端)において幅狭環状の段差面となって凹状に現れることも,様々の分野で,広くみられることであり」と認定したが,乙1〜3文献は全てプラスチックナットに関するものであるから,「様々の分野で広く見られる」との上記認定は誤りである。
エ 取消事由3(意匠5に関する事実誤認)審決は,「素材が異なる段差」について,「・・・この態様は,ダンパーにおいても,「意匠5」に認められるとおり,既に公然知られたものとなっている。」(4頁37行〜38行)と認定した。
しかし,意匠5において,ダンパー本体は弾性体であるが,フランジ上面は弾性体に覆われておらず,意匠5の段差部は,段差上面,段差側面及び段差底面のいずれも金属で構成されている。このように,意匠5の段差部の構成は,本願意匠の段差と異なるのであり,審決の意匠5に関する認定は誤りである。
オ 取消事由4(創作容易性の判断の誤り・その1)審決は,「本願意匠の形状は,弾性ダンパーに関する出願前の公然知られた形状が,単に組み合わされて表された域を出ず」(5頁2行〜3行)と判断する。
しかし,前述のように,乙1〜3文献に記載された各意匠に「素材が異なる段差」は存在しないし,仮に存在するとしても弾性ダンパーに関するものではない。また,前述のように,意匠5には「素材が異なる段差」は存在しない。
このように,審決は,その判断の前提を誤っているから,「本願意匠の形状は,弾性ダンパーに関する出願前の公然知られた形状が,単に組み合わされて表された域を出ない。」との判断は誤りである。
カ 取消事由5(創作容易性の判断の誤り・その2)乙1〜3文献にかかる製品(プラスチックナット)と「弾性ダンパー」とでは,その製造,販売に従事する当業者が異なる。
よって,仮に乙1〜3文献に記載された各意匠に「素材が異なる段差」が存在したとしても,「弾性ダンパー」に係る当業者の間で,当該形態が広く知られていたとは認められない。
キ 取消事由6(創作容易性の判断の誤り・その3)審決は,「請求人は,本願意匠は内部に上下一対の金属部を配し,これを弾性体で被覆した形状で,従前にない新たな着想により創作をおこなった意匠で,また弾性材の変形,劣化等の諸問題を解決するための様々の試行錯誤の結果としての形状で,優れた防振効果を生む意匠である,と強く主張する。しかしながら,意匠は物品の外観形状であるから,外観上現れない物品内部の構成態様,或いは外観形状が由来する着想それ自体,更には使用上の効果,有益性等を,直接,意匠の内容として捉えることができないところであ」るとして(5頁7行〜13行),その出願前の公然知られた形状に基づき,当業者が容易に創作し得たものである旨判断した。
しかし,原告は,外観に現れない構成を争っているのではなく,「これを弾性体で被覆した形状」を含む外観に現れた構成が,容易に創作し得ないことを説明するために,上記主張をしている。公知の形状等に基づいて創作容易か否かを判断するに際しては,その物品の当業者を基準とすべきであり,当業者は,その業界における認識やその物品の形態的,機能的,技術的背景を考慮して意匠を創作するから,創作容易か否かは,その業界における認識や当該物品との関係を考慮した上で判断すべきである。審決は「意匠の内容」の判断と「創作容易性」の判断とを混同している。
2 請求原因に対する認否請求原因(1)〜(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論(1) 「取消事由の前提としての本願意匠の特徴」に対し本来「段差」とは,上段と下段との高低差をいう。被告は,本願意匠に,段差上段に当たるダンパー表面と段差下段に当たる幅狭環状面があるためにボルト孔上端に「段差」があること,原告のいう段差上面と段差側面が弾性体で構成され,段差底面が金属で構成された態様が,段差周辺にみられること,「段差」部について,段差上面を含めれば「階段状の段差」となること,それは「素材の異なる段差」となることは争わない。
しかし,審決は,本願意匠の形状を認定するに当たり,基本的な形状からより細部である具体的形状へと段階を経て認定しており,段差は,その細部である具体的な形状として,「・・・孔の上端に,幅狭環状の段差が凹状に現れている」(3頁26行〜27行)と認定した。すなわち,審決は,平坦面状のダンパー表面から凹陥した凹状に現れる部分,つまり,段差上面を含めず,段差側面と段差底面によって凹状に現れる部分を「段差」として認定した。その理由は,原告のいう段差上面は,平坦面状のダンパー表面の一部であり,基本的な形状の一部になるからで,それとは区別して認定したことによる。
(2) 取消事由1に対し審決は,「ざぐり」に関し,広辞苑に記載されているような技術的観点から,本願意匠における「ざぐり孔」の有無を認定したものではない。審決は,本願意匠の当該部分の態様について分かりやすく言語化するための例えとして「『ざぐり』状に」と記載しているにすぎない。すなわち,審決は,「『幅狭環状の段差』を設け」た外観形状に着目し,当該部分の形状の特徴を,周知の技術的形状にたとえて「『ざぐり』状に」と表現したのであって,当該部分の形状の認定に誤りはない。
(3) 取消事由2に対しア 甲20文献の第6図が誤った例示であることは認める。
イ原告は,乙1〜3文献に記載された各意匠「素材の異なる段差」は存在しないと主張する。
しかし,乙1〜3文献にかかる物品は,金属製雌ねじが各種異素材に,しかもやや凹陥させた状態で,埋め込まれたものであるから,異素材である段差上面を含めれば,当然「素材の異なる段差」が存在することになる。そして,このような「素材の異なる段差」の存在により,原告の主張する「段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なることによる美感」も存在することになる。
ウ原告は,乙1文献の第2図及び第4図,乙2文献の第2図,乙3文献の第1図に記載された意匠は全体形状もボルト孔の構成比率も本願意匠とは異なると主張する。
しかし,審決は,その全体形状やボルト孔の構成比率,あるいはボルト孔がフランジ上面に形成されたものであるか否かに関わりなく,審決が認定した段差が分野を超えて広くみられることを述べたものであるから,審決の認定に誤りはない。
エ原告は,「素材の異なる段差」はフランジ上面と連続していることが前提で,段差部近傍だけを切り抜いて認定することはできないと主張する。
しかし,審決はボルト孔がフランジ上面に形成されたものであるか否かに関わりなく,審決が認定した段差が分野を超えて広くみられることを示したことは上記ウのとおりであるが,段差がフランジ上面と連続していることが前提としても,乙1文献の第2図及び第4図に記載された意匠がこれに該当する。すなわち,乙1文献の第2図の意匠にみられる段差は,第1図ないし第3図に示す「座付き六角ナット」の断面図であるから,段差が円形フランジ面と連続している。また,外観上は現れないが,その構成に着目すると,第2図によれば,埋設されたねじ筒は座面側に「鍔部4」を有し,それを弾性のある「プラスチック部材1a」で覆っている。すなわち,第2図の意匠のボルト孔の段差は,本体フランジ上面と連続しており,しかも本体フランジ上面は弾性体であり,内部の鍔付き金属螺筒の鍔部を覆っている態様である。ゆえに,乙1文献の第2図は構成においても本願意匠と共通するものである。
さらに,弾性ダンパーの分野において,実開昭64‐25544号公報(考案の名称「防振装置」,出願人松下精工株式会社,公開日昭和64年2月13日。乙4。以下「乙4文献」という)の第1図として記載された意匠は,「防振ゴム12」の下端に「固定用ナット13」が「防振ゴム12」内にインサートされている防振具である。固定用ナットは,鍔部を有し,その鍔部は,防振ゴムのフランジ幅より一回り小さい程度の大きなもので,ねじ山部近傍を除き,一定の厚さの防振ゴムに覆われている。
この構成は,本願意匠の構成と共通のものであり,ボルト孔部の下端には,本願意匠と同様,金属素材の幅狭環状の段差底面による凹状の段差も現れている。このように,弾性ダンパーの分野においても「素材の異なる段差」が存在するのであるから,「素材の異なる段差」に由来する美感は本願意匠の特徴となるものではない。
オ原告は乙1〜3文献にかかる物品は全て「プラスチックナット」という1つの分野に関するものだと主張する。
しかし,乙1文献の考案の名称は「プラスチックナット」であるが,明細書では特に用途を示しておらず汎用のものと認められる。乙2文献の考案の名称は「取付螺子」であり,一般家庭用品,台所用品及び事務用機器等に利用されている。乙3文献の考案の名称は「樹脂被覆ナット」であり,建築物に利用される。してみると,乙1〜3文献に記載された意匠は様々な分野で用いられている意匠であり,同旨の認定をした審決の認定に誤りはない。
また,これらは共通して,金属製雌ねじを埋め込んだものであるが,その周囲を覆っている素材として,プラスチック,硬質合成樹脂のみならずゴム及び合成ゴム等の弾性材料も使用されている。したがって,素材の面からみても様々な分野で行われる態様であることが認められ,審決の認定に誤りはない。
(4) 取消事由3に対し審決が,「段差」を「段差側面と段差底面からなる凹状部」と認定していることは前記のとおりである。そして,審決が意匠5を引用したのは,意匠5においても段差側面と段差底面からなる凹状部に関し段差底面に金属素材の幅狭環状部が現れていることを示すためであるところ,意匠5の写真(乙5)によれば,段差底面は明色状で金属素材に由来する光沢が看取されるのに対し,段差側面は濃色状で段差底面と同一の金属素材に由来する光沢ではないことが認められ,このように,意匠5の凹状の段差に着目すると,金属素材による幅狭環状の段差底面が看取され,審決で引用した意匠に見られる視覚効果と同様の効果が生じている。審決は,フランジ上面までを含め段差として示したものではなく,その認定に誤りはない。
(5) 取消事由4に対し審決は,審決が認定した本願意匠の基本的な構成態様のうち(ア)(イ)と(ウ)の前段については,意匠1,同2,同5及び同6を提示して判断している(3頁28行〜4頁13行)が,これらはそれぞれ「産業機械器具用防振具」,「防振具」,「防振ゴム」及び「防振具」であって,いわゆる弾性ダンパーである。また,(ウ)後段のボルト孔上端の幅狭環状の段差が凹状に現れている点については,上記2(3)で述べたように,様々の各種物品分野の例を示し,「・・・本願意匠のボルト孔の態様も,視覚を通じて認識できる態様としては,これら従来態様の域を出ず」(4頁35行〜37行)とした上で,この視覚性を含む態様は,ダンパーにおいても意匠5に認められるとしている。そして,審決の意匠5の言及については,上記(4)で述べたとおりであって,誤りはない。よって,審決が認定した本願意匠のすべての態様に渡り,弾性ダンパーに関する公然知られた形状がみられるわけであるから,審決の判断に誤りはない。
そして,段差底面が金属である場合の美感の主張についても,上記(3)で述べたとおりであって,本願意匠において格別新規な美感が創出されたものではない。
(6) 取消事由5に対し審決は,いわゆる汎用品である「プラスチックナット」のみを審決において引用したものではなく,様々の分野のものを引用したことは,上記(3)で述べたとおりである。そもそも「プラスチックナット」を含む「ナット」や「ボルト」等のいわゆる汎用部材である「係止具」は,あらゆる分野の物品に広く用いられてきており,その用いられ方も分野を超えて広く知られている。製造の観点からしても,当該汎用部材が一体的に成形されて製造される業界にあっては,その一体成形に係る技術が業種を超えて共有されるものである。したがって,「異なる分野の当業者に知られていることにはならない」とする原告の主張は理由がない。
(7) 取消事由6に対し本願意匠については,外観に現れない内部の構成も,上記(3)で述べたとおり既に公然知られており,格別の創作があったとはいえない。
しかし,「対象となっている物品を分解しなければ見えないような部位は,視覚を通じて美感を起こさせるものとはいえないのであり(知的財産高等裁判所平成20年1月31日判決言渡平成18年(行ケ)第10388号審決取消請求事件判決第31頁から32頁)外観に現れない構成について,仮に容易に創作し得ない構成であったとしても,その構成は,意匠の外観形状に係る創作容易性の判断の対象となるものではない。また,創作容易か否かを判断するに際して,その物品の当業者を基準とすべきであるとの主張及びその業界における認識や当該物品との関係を考慮した上で判断すべきとの主張に対しては異論はない。そうすると,本願意匠の形状については,上記(5)で述べたとおり,弾性ダンパーの公然知られた形状に基づくものであり,当業者において知られていたものであるから,審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁等における手続の経緯),(2)(本願意匠の内容),(3)(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2 「取消事由の前提としての本願意匠の特徴」について(1)甲7(本願意匠登録願)によれば,本願は以下のとおりの内容であることが認められる。
意匠に係る物品弾性ダンパー・意匠に係る物品の説明本物品は,地震等の大きな震動が生じた場合に,振動エネルギーを吸収する耐震用の弾性ダンパーである。B-B断面図および各部構成を示す一部切り欠き斜視断面図に示すように,本物品に係る弾性ダンパーは,内部にねじ山が形成されたフランジを有する一対の金属部(斜線部)と,当該一対の金属部を被覆する弾性体よりなる弾性部(ドット部)とからなる。そして,使用状態を示す参考図1およびC‐C部分拡大参考断面図から明らかなように,例えば,載置場所に配置されたボルト穴および架台等に本願物品である弾性ダンパーをボルトを用いて螺合し,機器等の地震により受ける水平力を最小限に抑えることができるものである。また,使用状態を示す参考図2に示すように,本物品は垂直に重ねて使用することもでき,高さの異なる地盤においても使用できる。
・図面【斜視図】【正面図】【平面図】【B‐B断面図】【使用状態を示す参考図1】【使用状態を示す参考図2】【C‐C部分拡大参考断面図】【各部構成を示す一部切り欠き斜視断面図】(2)ところで審決は,上記内容の本願意匠について,以下のとおり要約している(3頁19行〜27行)ア上下両端を胴部よりやや長径のフランジ状に形成した短円柱状とし,上下両面の中央に,連結のためのボルト孔を設けたものである。
イ全体の高さと直径の比率は約1対1.35とし,上下両面(ボルト孔を除く)を平坦面状とし,フランジを,肉厚で,外周面が鉛直状ものとし,胴部からの突出幅をフランジの厚み(上下幅)よりやや幅狭程度としている。
ウボルト孔について,径をダンパー直径の1/3弱とし,内周面にネジ山を設けたものであり,更に具体的にみると,孔の上端に,幅狭環状の段差が凹状に現れている。
(3)本願意匠につき,原告は,弾性体からなる上下両端面(段差上面)とこれに形成されたボルト孔の側面(段差側面)及び金属素材で形成されたボルト孔上端(段差底面)から構成される段差を「素材の異なる段差」と表現し,審決は,上下両端面(段差上面)を含めず,段差側面と段差底面によって凹状に現れる部分を「段差」と表現しているところ,原告は,本願意匠が段差上面,段差側面及び段差底面からなり,段差上面及び段差側面が弾性体で,段差底面が金属で構成されており,段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なることによる美感の相違が特徴であるにもかかわらず,審決は本願意匠が「上下両端面の全面を平坦面としてその表面を弾性体で一定の厚さにより被覆する形態となっている」ことを捨象しており,段差上面及び段差側面の構成を明確にしていない点で誤りであると主張する。
この点,審決が認定した本願意匠の上記要約(3頁19行〜27行)においては,「段差」の段差上面及び段差側面の構成(素材)は明らかではない。しかし,段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なることによる美感の相違が本願意匠の特徴であるとしても,審決が,「・・・本願意匠は,・・・このボルト孔が,内部に金属素材を埋め込むことにより形成されたものであることが記載されており,従って外観上,ネジ山,及びその上端の幅狭環状の段差の上面が,ダンパー本体(弾性体)と異なる素材として,看者の視覚を捉えることになると認められる」こと(4頁17行〜21行),「・・・本願意匠は,ダンパーの形状に係る意匠であるから,この金属部分を,特定の色彩,光沢,或いは質感等を備えているものと捉え,ダンパー本体(弾性体)との間に,特定した,或いは際立つ色彩,光沢,質感等の差があるとして,これを前提に本願意匠の内容を特定して把握することはできないものではあるが,本願意匠のネジ山,及びその上端の幅狭環状の段差面に,金属素材が一般に持つ視覚性があるとして,ダンパー本体(弾性体)との間に素材上の最大限の異質感があるとして推し量」ること(4頁22行〜29行)を前提として,本願意匠が公然知られた意匠に基づいて容易に創作することができたか否かを検討していることからすれば,審決は,原告の主張する「素材の異なる段差」(段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なること)を認識した上で,本願意匠の意匠法3条2項該当性(創作容易性)を判断していることが認められる。
そうすると,審決が認定した「段差」が原告の主張する「素材の異なる段差」と異なり,段差上面を含めず,段差側面と段差底面によって凹状に現れる部分を「段差」と表現し,その構成(素材)を明らかにしていないからといって,審決がなした本願意匠の認定が誤りとなるものではないから,原告の上記主張は採用することができない。
3 取消事由1について原告は,本願意匠の「素材の異なる段差」を「ざぐり状」であるとする審決の認定は,技術常識に関する事実誤認に基づくものであって誤りであると主張する。
この点,「ざぐり」とは「ボルト・小ねじ類を使用する場合,その頭が平に締め付けられるように孔の周囲の上面を円形に平滑に削ること。」であり,「材料にねじの頭を埋め込むための孔」であるから(弁論の全趣旨),「ざぐり」というためには,少なくともネジの頭の直径よりも直径が大きく,ネジの頭の高さ以上の深さが必要であるところ,本件意匠の「素材の異なる段差」ないし「幅狭環状の段差」は,ねじ(ボルト)の頭よりも直径が小さく,ねじ(ボルト)の頭の高さより深さが浅いので,これを「ざぐり」孔ということはできない。
しかし,審決は,「幅狭環状の段差」を「ざぐり」ないし「ざくり孔」と認定したのではなく,「幅狭環状の段差」の形状の特徴を「ざぐり状」(ざぐりのような形状,ざぐり孔に類する形状)と表現したにすぎないと認められる。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
4 取消事由2について(1) 乙1文献ないし乙4文献に記載された意匠ア乙1文献に記載された第2図及び第4図の形状は下記のとおりである。
乙1文献によれば,その第2図及び第4図は「プラスチックナット」であり,プラスチックナット本体に金属製螺筒を埋め込んだもので,本体の一方の開口部は埋め込まれた金属製螺筒の雌ねじの径よりもやや大きく,プラスチックナット本体の当該開口部の下面(段差上面)と金属製螺筒の下面(段差底面)に段差があり,段差上面及び段差側面はプラスチックで構成され,段差底面は金属で構成されることが認められる。
【第2図】 【第4図】1:ナット本体,2:螺筒,3:めねじ,4:鍔部,5:舌片6及び7:開口イ乙2文献に記載された第2図の形状は下記のとおりである。乙2文献によれば,その第2図は「取付螺子」であり,ゴム等弾性材料からなるつまみ本体に金属製雌ねじが埋め込まれたものであり,つまみ本体開口部の下端(段差上面)と金属製雌ねじの下端(段差底面)に段差があり,段差上面及び段差側面はゴム等の弾性材料で構成され,段差底面は金属で構成されることが認められる。
【第2図】1:つまみ本体2,2′:金属製螺子本体3:先端部4:物品ウ乙3文献に記載された第1図の形状は下記のとおりである。乙3文献によれば,その文献の第1図は「樹脂被覆ナット」であり,硬質の合成樹脂からなる筒体に金属ナットを埋め込み,金属ナットの雌ねじ部を上記筒体の内周に突出させたものであり,硬質樹脂製筒体の下端(段差上面)と金属ナットの雌ねじの下端(段差底面)に段差があり,段差上面及び段差側面は硬質樹脂からなり,段差底面は金属で構成されることが認められる。
【第1図】1:樹脂被覆ナット,2:筒体3:金属ナット,4:雌ねじ部5:凹溝,6:ナット面エ乙4文献に記載された第1図の形状は下記のとおりである。乙4文献によれば,その文献の第1図は「防振装置」であり,防振ゴムの下端に固定用ナットをインサートしたものであり,固定用ナットは鍔部を有し,その鍔部は防振ゴムのフランジ幅より一回り小さい程度の大きさのもので,ねじ山部近傍を除き一定の厚さの防振ゴムに覆われている。防振ゴム下端の開口部下端(段差上面)と固定用ナット下端(段差底面)に段差があり,段差上面及び段差側面はゴムからなり,段差底面は固定用ナットを構成する素材で構成されていることが認められる。
【第1図】11:圧縮機の脚,12:防振ゴム,13:固定用ナット,14:保持用ナット15:固定用ボルト,16:保持用ボルト17:突出部18:ワッシャー(2)上記(1)によれば,乙1〜3文献に記載された各意匠は,金属製雌ねじが各種異素材にやや凹陥させた状態で埋め込まれたものであることが認められる。したがって,異素材である段差上面を含めれば,異素材である段差上面及び段差側面と金属製雌ねじの端部(段差底面)に「素材の異なる段差」(段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なること)が存在することになる。そして,このような「素材の異なる段差」の存在により,「段差上面及び段差側面の素材と段差底面の素材とが異なることによる美感」も存在することになる。
よって,乙1〜3文献に記載された各意匠に「素材の異なる段差」は存在しないとの原告の主張は理由がない。
(3)原告は,乙1〜3文献に記載された各意匠は全体形状もボルト孔の構成比率も本願意匠と異なると主張する。
しかし,審決に「・・・また埋め込まれた金属素材が,ボルト孔の上端(開口端)において幅狭環状の段差面となって凹状に現れることも,様々の分野で,広くみられるところであり(例えば実開昭55‐122523号第2図,第4図,実開昭和52‐41450号第2図,実開昭59‐171212号第1図,特開昭49‐87135号第6図等々)・・・」(4頁31行〜35行)と記載されていることからすれば,審決は,乙1〜3文献の全体形状やボルト孔の構成比率,あるいはボルト孔がフランジ上面に形成されたものであるか否かに関わりなく,これらの意匠に審決が認定した段差が存在することを認定したものであるから,上記文献に記載されたの各意匠の全体形状やボルト孔の構成比率などが本願意匠と異なるからといって,乙1〜3文献につき誤った認定をしたということはできず,原告の上記主張は理由がない。
(4)原告は,審決は,「埋め込まれた金属素材が,ボルト孔の上端(開口端)において幅狭環状の段差面となって凹状に現れることも,様々の分野で,広くみられるところであり」と認定したが,乙1〜3文献は全てプラスチックナットに関するものであるから,「様々の分野で広くみられる」との上記認定は誤りであると主張する。
しかし,証拠(乙1ないし3)によれば,乙1文献の考案はプラスチックナットに関するものであり,用途は汎用と推認されること,乙2文献の考案は「取付螺子」に関するものであり,鏡,ガラス板,鍋蓋,ハンガー,カレンダー等,一般家庭用品,台所用品及び事務用機器等に利用されること,乙3文献の考案は「樹脂被覆ナット」であり,建築物,特に折板屋根を梁,柱,壁等の構造材に連結するための防水防錆ナットとして利用されることが認められる。そうすると,乙1〜3文献の示す意匠は,取付器具ないし連結器具を対象物品としていることでは共通するが,その用途は一般家庭用品から建築物まで様々な分野で用いられていることが認められる。してみると,埋め込まれた金属素材が,ボルト孔の上端(開口端)において幅狭環状の段差面となって凹状に現れることが「様々の分野で,広くみられる」旨の審決の認定が誤りであるとまでいうことはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
5 取消事由3について(1)ア証拠(甲5,乙5,検証の結果)及び弁論の全趣旨によれば,意匠5は弾性ダンパーに関するものであり,その基本的な構成は以下のとおりであると認められる。
(ア)上下両端を胴部よりやや長径のフランジ状に形成した短円柱状であり,上面の中央に連結のためのボルト孔が設けられ,下面の中央にはボルト等が取り付けられている。
(イ)上下両端面(上端面のボルト孔,下端面のボルト等は除く)は平坦面状,フランジは肉厚で外周面が鉛直状である。
(ウ)ボルト孔の内周面にネジ山が設けられている。
(エ)ボルト孔は内部に金属素材を埋め込むことにより形成され,上端面に設けられたボルト孔の直径は内部に埋め込まれた金属素材で形成されるボルト孔よりもやや大きく,そのため,上端面(段差上面・段差上段)とボルト孔上端(段差底面・段差下段)に段差がある。
(オ)上記(エ)の段差は幅狭環状である。
イまた,証拠(甲5,乙5,検証の結果)によれば,意匠5のフランジ状の上端面は金属素材からなり,それ以外の部分(胴部)は弾性体からなることが認められる。
ウしたがって,意匠5の段差部は段差上面,段差側面及び段差底面のいずれもが金属で構成されていることが認められる。
(2)上記(1)によれば,意匠5の段差部は段差上面,段差側面及び段差底面のいずれもが金属で構成されており,「素材の異なる段差」は存在しないことになる。
しかし,審決は,その記載からすれば,「埋め込まれた金属素材が,ボルト孔の上端(開口端)において幅狭環状の段差面となって凹状に現れること」(4頁31行〜32行),すなわち,「段差側面と段差底面からなる凹状部に関し段差底面に金属素材の幅狭環状部が現れていること」を示すために意匠5を引用したと認められる。
したがって,意匠5には「素材の異なる段差」が存在しないのに「素材の異なる段差」が存在すると認定したことを前提とした原告の取消事由3の主張は,その前提を欠くことになり,採用することができない。
6 取消事由4(創作容易性の判断の誤り・その1)について原告は,乙1〜3文献に記載された各意匠に「素材が異なる段差」は存在しないし,仮に存在するとしても弾性ダンパーに関するものではなく,また,意匠5には「素材が異なる段差」は存在しないにもかかわらず審決が「本願意匠の形状は,弾性ダンパーに関する出願前の公然知られた形状が,単に組み合わされて表された域を出ない。」と判断したが,かかる判断は前提を誤っているから判断自体も誤りである,と主張する。
しかし,乙1〜3文献に記載された各意匠に「素材が異なる段差」が存在すること,審決が意匠5に「素材の異なる段差」があると認定していないことは前記のとおりであり,原告の主張はその前提を欠くものである。また,乙1〜3文献など審決が引用した意匠には,弾性ダンパーに関するものではないものも含まれるが,意匠の創作容易性の判断の基礎となる公然知られた意匠は同一分野の意匠であることを要するとまで解することはできないので,乙1〜3文献が弾性ダンパーに関する意匠でないからといって,直ちに審決の判断が誤りとなるものではないから,原告の上記主張は採用することができない。
7 取消事由5(創作容易性の判断の誤り・その2)について原告は,乙1〜3文献に記載された各意匠に「素材が異なる段差」が存在したとしても,乙1〜3文献にかかる製品(プラスチックナット)と本願意匠の対象物品である弾性ダンパーとではその製造,販売に従事する当業者が異なり,弾性ダンパーに係る当業者の間で「素材の異なる段差」が広く知られていたとは認められないから,本願意匠を創作することは容易ではないと主張する。
しかし,乙1〜3文献は,対象物品が弾性ダンパー(防振装置)でない点で本願意匠と異なるものの,前記4のとおり,取付器具ないし連結器具を対象物品としており,乙1〜3文献に記載された意匠も本願意匠も他の物品に取付けないし連結した上で使用される点で共通している。また,本願意匠及び乙1〜3文献のいずれもダンパー,ナット及びつまみ等の本体に金属製雌ねじをやや凹陥させた状態で埋め込まれたものであり,いずれも汎用部材である金属製雌ねじを用いる点,金属製雌ねじと本体とを一体成型するための技術を要する点で共通する。そして,乙4文献に「素材の異なる段差」が認められることは前記4(1)のとおりであり(段差上面及び段差側面はゴムからなり,段差底面は固定用ナットを構成する素材で構成されている),乙4文献は「防振装置」に関するものであって本願意匠と同一物品を対象としている。このように,本願意匠と乙1〜3文献に記載された意匠は,対象物品の使用方法,対象物品を構成する部材,対象物品を成型するために必要な技術等で共通点がある上,「素材の異なる段差」が本願意匠と同一の分野でもみられる意匠であることからすると,「素材の異なる段差」は弾性ダンパーの属する分野の当業者(その意匠の属する分野における通常の知識を有する者)にも当然知られていたと認めるのが相当であり,原告の上記主張は採用することができない。
8 取消事由6(創作容易性の判断の誤り・その3)について原告は,審決が「請求人は,本願意匠は内部に上下一対の金属部を配し,これを弾性体で被覆した形状で,従前にない新たな着想により創作をおこなった意匠で,また弾性材の変形,劣化等の諸問題を解決するための様々の試行錯誤の結果としての形状で,優れた防振効果を生む意匠である,と強く主張する。
しかしながら,意匠は物品の外観形状であるから,外観上現れない物品内部の構成態様,或いは外観形状が由来する着想それ自体,更には使用上の効果,有益性等を,直接,意匠の内容として捉えることができないところであ」ると説示したことにつき(5頁7行〜13行),原告は,「これを弾性体で被覆した形状」を含む外観に現れた構成が,容易に創作し得ないことを説明するために,上記主張をしているのであって,審決は「意匠の内容」の判断と「創作容易性」の判断とを混同しており違法であると主張する。
しかし,意匠とは,物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるもの(意匠法2条1項)をいうのであるから,それ以外の物品の機能,あるいは外観に現れない物品内部の構成態様,更には使用上の効果,有益性等を,直接,意匠の内容として捉えることができないことは明らかであり,これと同旨の審決の説示に誤りはない。また審決が本願意匠の内容の認定と創作容易性の判断を混同したと認めることもできないから,原告の上記主張は採用することができない。
9 結語以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は全て理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 中野哲弘
裁判官 今井弘晃
裁判官 真辺朋子