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関連審決 不服2008-11163
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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関連ワード 物品 /  形状 /  部分意匠 /  意匠に係る物品 /  3条1項3号 /  全体意匠 /  部品 /  意匠の類似 /  意匠の類否 /  本意匠 /  登録意匠 /  類似範囲 /  類似性(類否判断) / 
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事件 平成 21年 (行ケ) 10051号 審決取消請求事件
原告東 芝機械株式会社
訴訟代理人弁理 士木下實三
同 石崎剛
同 小泉妙子
同 小林恵美子
被告特許庁長官
指定代理人関口剛
同 樋田敏惠
同 小林和男
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2009/08/31
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1特許庁が不服2008−11163号事件について平成21年1月19日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯原告は,平成19年5月7日,別紙第1「本願意匠」記載の意匠(実線で示された部分が部分意匠として登録を受けようとする部分,以下「本願意匠」という。)について,意匠に係る物品を「光学部品シート転写成形ロール」(以下,単に「成形ロール」という。)として,意願2007-11929を本意匠とする意匠登録出願(意願2007-11970号。以下「本願」という。)をしたが,平成20年4月1日に拒絶査定を受けたことから,同年5月1日,不服の審判(不服2008-11163号事件)を請求した。
特許庁は,平成21年1月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同年2月3日,原告に送達された。
2 審決の理由(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本願意匠は,特開2004-42475号の【図1】の符号3で表わされた「第1転写用ロール」の意匠(以下「引用意匠」という場合がある。別紙第2「引用意匠」参照)に類似しているから,意匠法3条1項3号に規定する意匠に該当する,というものである。
(2)審決が認定した本願意匠と引用意匠との共通点及び差異点は,以下のとおりである。
ア 共通点(A)全体が,略円柱状のロール本体部からなるものであって,直径:長さの比率を略1:2とし,ロール本体部の外周面に,同径の小円形状で浅い半球状の凹部を両端部の小幅の平坦余地部を残して多数形成しマイクロレンズ成形面とした基本的な構成態様のものである点(B)マイクロレンズ成形面の小円形状凹部(以下,単に凹部という。)については,ロール本体部の軸方向に沿って規則的に一列に配置され,これが全周にわたって配列されている点(C)凹部の大きさについては,略円形状ロール本体の直径の略10分の1前後の直径としている点イ 差異点(a)外周面の凹部の配列について,本願の意匠は,1条の螺旋に沿って一定ピッチ間隔で配列されているのに対して,引用の意匠は,複数の円周軌跡上に配列され,それが一定ピッチ間隔で配列されている点,(b)凹部のロール本体の軸方向の間隔について,本願の意匠は,隣接する2つの凹部の間隔が凹部の直径と略等しい間隔であるのに対して,引用の意匠は,隙間なく接した状態である点,(c)隣接する4つの凹部間の平坦面について,本願の意匠は,略正方形で各角部が開放された形状であるのに対して,引用の意匠は,凹部の直径の略4分の1を各辺の長さとする2つの三角形としている点,(d)凹部の起点と終点について,本願の意匠は,ロール本体の両端に起点と終点があるのに対して,引用の意匠は,これがない点,(e)凹部の態様について,本願の意匠は,互いの凹部の間隔が空いているのに対して,本願の意匠(判決注「本願の意匠」は「引用の意匠」の誤記と認める。)は,縦横びっしり配列してある点
当事者の主張
1 審決の取消事由に係る原告の主張審決には,以下のとおり,(1)共通点の認定の誤り,(2)差異点の認定の誤り,(3)類否の判断の誤りがある。
(1) 共通点の認定の誤りア共通点(A)の認定の誤り審決は,本願意匠と引用意匠の各平坦余地部(ロール外周の円筒面)を「小幅な平坦余地部」と一括して共通点であると認定する。
しかし,審決の上記認定は誤りである。すなわち,本願意匠のロール本体の軸方向全長と,「平坦余地部」の比は,約7.7:1であるのに対し,引用意匠のそれは,約29.3:1であるから,両者には,約3.8倍の差がある。そうであるのに,審決は,両意匠の平坦余地部を「小幅な平坦余地部」と一括して共通点であると認定しているから,誤りである。
なお,被告は,本件訴訟になってから,従来,小幅な平坦余地部が形成されていないものが多かったことを示す新たな証拠(乙1の1頁の代表図面,乙2の図1,乙3の1頁の代表図面)を提出しているが,拒絶理由になかった新証拠を提出するものであって,不当である。
イ共通点(C)の認定の誤り審決は,共通点(C)として,凹部の大きさがロール本体直径の略10分の1前後の直径である点を認定する。
しかし,審決の上記認定は誤りである。すなわち,本願意匠のロールの直径と凹部の直径の比は約11.4:1であるのに対し,引用意匠のそれは約7:1であるから,これらをいずれも共通点として「略10分の1」(通常は「9分の1から11分の1」の範囲を示す語句)であると認定した審決は,誤りである。
(2) 差異点の認定の誤り審決は,差異点(c)において,隣接する4つの凹部間平坦面の形状について,本願意匠は略正方形で各角部が開放された形状であるのに対して,引用意匠は凹部の直径の略4分の1を各辺の長さとする2つの三角形であると認定する。
しかし,審決の上記認定は,以下のとおり,2点において誤っている。
第1に,平坦面の形状を認定するに当たっては,引用意匠につき「隣接する4つの凹部間平坦面の形状」として認識すべきではなく,「隣接する3つの凹部間平坦面の形状」として認識すべきである。
第2に,引用意匠の平坦面は,3つの円弧の頂点を直線で結んでできる三角形より明らかに面積が狭いから三角形とはいえないし,仮に三角形と表現しても,その凹部の直径の長さは,略4分の1ではなく,略2分の1と認定すべきである。
(3) 類否の判断の誤りア 共通点に係る審決の類否判断の誤り審決は,「共通点については,(A)の基本的な構成態様の共通点は,両意匠の形態の全体にかかわりその骨格を構成するところであって,両意匠の形態全体の基調を形成しており,具体的な態様の共通点の(B)および(C)については,それぞれ各部の態様を具体的に表すところであって,基本的な構成態様と相俟って,両意匠の特徴をよく表しているとともに,形態全体の基調を決定づけており,これらの共通点は,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものである。」(審決書2頁下から11行〜5行)と判断する。
しかし,以下のとおり,これらの共通点は,両意匠の特徴をよく表すものではなく,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼさないから,上記審決の判断は誤りである。すなわち,(ア)共通点(A)の「全体が略円柱状のロール本体部からなること」,「外周面に一定の形状の凹部を多数形成していること」といった構成態様は,本願の意匠に係る物品である「成形ロール」の基本的構成であり,機能上必要なものとして,ほぼ,そのようにしか構成のしようのないものである。
(イ)「凹部がロール本体部の軸方向に沿って規則的に一列に配置され,これが全周にわたっている」との共通点(B)についても,「成形ロール」としての通常の特徴である。
(ウ)共通点(C)についても,凹部のロールに対する直径比が,本願意匠と引用意匠とで約1.6倍の大きな差異があるから,そもそも審決のように共通点と考えることができない。
イ差異点に係る類否判断の誤り(ア) 差異点(a)に係る判断の誤り審決は,差異点(a)(凹部配列)について,「本願の意匠は,1条の螺旋に沿って一定ピッチ間隔で配列されているのに対し,引用意匠は複数の円周軌跡上に配列され,それが一定ピッチ間隔で配列されている」(審決書2頁12行〜15行)と認定した上で,「本願の意匠のものが,注視して初めて認識できるような螺旋状配列であり,かつ,極めて多数の凹部を集合して形成された外周面にあっては,見方によっては複数の円周軌跡上に配列されているとも螺旋状に配列されているとも看取できるものであるから,凹部が1条の螺旋状に形成されているとしても,僅かな差異というべきであり,その類否判断に及ぼす影響は軽微なものといえる。」(審決書2頁下から4行〜3頁2行)と認定する。
しかし,審決の上記認定は誤りである。
aすなわち,本願意匠の凹部が始点と終点を持つ1条の螺旋として配列されていることは,?@凹部の中心をつなぐ中心線が引かれた図(別紙「本願意匠,引用意匠対比説明図(その1)」・甲1参照),?A凹部の中心をつなぐ中心線をすべて割愛した図(甲4),及び?B別紙第1「本願意匠」の正面図における平坦余地部の軸方向間隔からも,注視しなくとも,明確に看取することができる。
bまた,成形ロール製造業者は,簡易かつ安価に成形ロールを製造する観点から,外周面に配置されている凹部の配置形態に着目し,それらの配置形態から成形ロールの製造方法を想定するから,外周面における凹部の配列の差異は,大きな差異として認識する。
cさらに,光学部品シート成形業者にとっても,成形ロールにより成形される「光学部品シート」(別紙「光学部品シート図」・甲5参照)の形態,特に,当該「光学部品シート」の光学性能に影響する凸部の配置形態に関心があるところ,この凸部を形成するのは,成形ロールの外周面の凹部の配置形態であるから,光学部品シートの成形業者においても,外周面に配置されている凹部の配置形態に最も着目し,外周面における凹部の配列の差異を大きな差異として認識する。
d被告主張のように,凹部の直径や凹部の配置態様(平坦面の形状),平坦余地部の幅等を度外視して,単に「凹部の集合体」として観察するならば,ほとんどすべての成形ロールの美感には大きな差異がなく,意匠法3条1項3号により出願が拒絶されることになりかねないが,そのような見解は意匠法の趣旨に反する。
e被告が指摘する乙1の図面は,数の異なる凹部の直線がロール本体の軸方向に前後して不規則に配列されていると分かるだけであり,背面図すらもないから,この図のみから「始点と終点を有する螺旋状に配列した」意匠が周知であるとはいえない。
f以上によれば,両意匠の類否判断の判断主体である「技術的・専門的知識を有する光学部品成形業者,成形ロール業者」が「美感の観点」に立って観察すれば,差異点(a)を大きな差異として認識し,類否判断においても大きな影響を及ぼすから,この点を看過した審決の判断は取り消されるべきである。
(イ) 差異点(b)ないし(d)に係る判断の誤り審決は,差異点「(b)ないし(d)の点については,螺旋状の配列であることを別の観点から主張するものであり,上記と同様に僅かな差異というべきである」(審決書3頁2行〜4行)と判断する。
しかし,差異点(b)ないし(d)は,以下のとおり,単に螺旋状の配列であることを別の観点から主張したものではないから,審決の上記判断は,誤りである。
a差異点(b)について審決は,差異点「(b)凹部のロール本体軸方向の間隔について,本願の意匠は,隣接する2つの凹部の間隔が凹部の直径と略等しい間隔であるのに対して,引用の意匠は,隙間なく接した状態である点」(審決書2頁15行〜17行)と認定した上で,「凹部が一つずれたことによる平坦面の形状をいうものであって,平坦面の形状のみに着目するべきはなく,凹部の集合を全体として観察すると僅かな差異というほかなく,その類否判断に及ぼす影響は軽微なものといえる。」(審決書3頁5行〜8行)と判断する。
しかし,そもそも「凹部の間隔」とは,ロール本体の軸方向における凹部と凹部の間の長さ寸法,すなわち1次元の寸法を指しているのであるから,それを「平坦面び形状」という2次元の面積の話にすり替えた時点において,審決は論理的整合性を欠き,誤っている。
b差異点(c)について審決は,差異点「(c)隣接する4つの凹部間の平坦面について,本願の意匠は,略正方形で各角部が開放された形状であるのに対して,引用の意匠は凹部の直径の略4分の1を各辺の長さとする2つの三角形としている点」(審決書2頁17行〜20行)と認定した上で,「平坦面の形状の差異に着目するよりも,凹部の集合を全体として観察するべきであり,この観点からすると,平坦面の差異は僅かなものであり,その類否判断に及ぼす影響は軽微なものといえる。」(審決書3頁8行〜11行)と判断する。
しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,平坦面を比較する場合には,平坦面を構成する凹部の最小数で比較するのが合理的であるから,本願意匠の平坦面については「隣接する4つの凹部」を,引用意匠の平坦面については「隣接する3つの凹部」を,それぞれ1つの単位として比較観察すべきである。そうすると,本願意匠の図中に1点鎖線の正方形で示すように(別紙(別紙「本願意匠,引用意匠対比説明図(その2)」・甲6参照),本願意匠は,どの位置で区切っても,角部が上下,左右方向に向いた正方形単位(◇)の繰り返しの連続としてイメージすることができるのに対し,引用意匠は,半ピッチずつずれた逆向き三角形単位(△,▽)の繰り返し,三種類の菱形又は一種類の六角形をイメージし(別紙甲6参照),統一的なイメージを看者である需要者等に与えることができないから,両意匠は異なる。
さらに,ロール本体全体の外観として対比した場合にも,本願意匠が比較的隙間の多い,ゆとりのある印象を与えるのに対し(甲4,別紙甲6参照),引用意匠は,隙間なく詰まった窮屈な印象を与える。
したがって,「凹部の集合全体として観察」しても,両意匠の平坦面の顕著な差異は意匠全体に影響し,その類否判断にも大きく影響するから,この点に係る審決の上記判断は誤りである。
なお,同じ面積の凹部を基準とした場合における両意匠の平坦面の面積比は9対1であるから,平坦面の形状の差異点がその類否判断に及ぼす影響も極めて大きく,その観点からも,差異点(c)に係る審決の前記認定は誤りである。
c差異点(d)について審決は,差異点(d)について,「本願の意匠は,ロール本体の両端に起点と終点があるのに対して,引用の意匠は,これがない点」(審決書2頁20行〜22行)と認定した上,「注視して起点をさがせば発見できるような起点であるから,格別顕著なものではなく,また,終点も同様であり,僅かな差異というほかなく,その類否判断に及ぼす影響は軽微なものといえる。」(審決書3頁11行〜13行)と判断する。
しかし,審決の上記判断は誤りである。
まず,差異点(d)については,需要者等の観点からすれば,本願意匠において,凹部の起点と終点を明確に看取することができる。
また,別紙「光学部品シート図」(甲5)中,本願意匠に係る成形ロールを用いて成形した「光学部品シート」の右脇に記載された「一回転」「二回転」などの文字は,成形ロールの1回転ごとに現れるパターンを示すものであるところ,本願意匠においては各回転ごとに凹部に対応した凸部の起点と終点とが明確に現れる一方で,引用意匠にあっては,そのような起点,終点が現れることがないから,この起点と終点の存在は,はっきりと両意匠の美観に差異を生じさせるものといえる。
加えて,差異点(d)について両意匠の美観に差異を生じさせているのは,あくまでも起点と終点の存在であって,起点と終点を繋いだものが螺旋状であるか否かは直接の差異点(d)に関係するものではないから,「起点と終点があること」は「螺旋状配列」と同義ではない。よって,差異点(d)は単に螺旋状配列を別の観点から主張したものにすぎず,わずかな差異であるとした審決の判断は誤りである。
(ウ) 差異点(e)に係る判断の誤り審決は,「凹部の態様について,本願の意匠は,互いの凹部の間隔が空いているのに対し,本願の意匠(判決注「本願の意匠」は「引用の意匠」の誤記と認める。)は,縦横びっしり配列してある点」(審決書2頁22行,23行)と認定した上で,「本願の意匠の凹部間に僅かな間隔があり,互いに接して配列されていないとしても,僅かな間隔であり,この間隔が目立たないほどロール本体部には凹部が多数配列されていることから,多少の疎密の差異は微差にすぎないといわざるを得ず,類否判断に及ぼす影響は軽微なものといえる。」(審決書3頁14行〜18行)と判断する。
しかし,審決の上記判断は誤りである。すなわち,前記のとおり凹部間の間隔の広狭は,本願意匠と引用意匠との対比では,大きな印象上の差異を与えるから(別紙「本願意匠,引用意匠対比説明図(その2)」・甲6参照),ロール本体部における凹部の配列は,その疎密の差異が意匠全体の類否判断に大きな影響を及ぼすものであって,影響が軽微であるとはいえない。
(エ) 差異点の相乗効果に係る判断の誤り審決は,「上記の差異点の相俟った効果を考慮してもなお,本願の意匠は意匠全体としては引用の意匠にない格別の特徴を発揮するまでには至っていないものというほかない。」(審決書3頁19行〜21行)と判断する。
しかし,上記差異点(a)ないし(e)に基づく美観(特徴)の差を前提として,各差異点の相俟った効果を考慮すれば,本願意匠は意匠全体としても引用意匠にはない格別の特徴を有するものであるから,審決の上記判断は,誤りである。
ウ 先行意匠?@及び?Aにおける類否判断との比較(ア)本願意匠に係る物品「成形ロール」の先行周辺登録意匠として,意匠に係る物品を「平板マイクロレンズアレイ」とする登録第1164146号意匠(以下「先行意匠?@」という。)及び登録第1164148号意匠(以下「先行意匠?A」という。)の登録例が存在する(別紙「先行意匠類否判断事例」・甲8参照)。これらの先行意匠?@及び?Aの物品が「成形後の製品」であり「平板」である点で,本願意匠の物品とは相違しているが,「成形する側」(本願意匠)と「成形後の製品」(先行意匠?@及び?A)は,表裏の関係にあり,需要者等を共通としているから,参考になる。
(イ)先行意匠?@及び?Aの形態は,正方形の小区画を全体に配置した構成で共通し,中心部の正方形の配置角度が45度異なり,端部形状の膨らみ(膨出)状態が異なっているが,非類似と判断され,別個に登録されている。この判断に従えば,本願意匠と引用意匠についても,単に外周面に小円形の凹部が多数集合しているとの共通点をもって類否を判断すべきではなく,凹部の配列,凹部と平坦面の形状,端部形状(起点・終点の有無),平坦余地部の寸法等の差異点にも着目して美感の判断をすべきであり,それをしなかった審決は誤りである。
2 被告の反論(1) 共通点の認定の誤りに対しア 共通点(A)の認定の誤りに対し原告は,本願意匠のロール本体の軸方向全長対平坦余地部の比が約7.7:1であるのに対し,引用意匠のそれが約29.3:1であり,両者の平坦余地部の幅(比率)には約3.8倍の差があるから,平坦余地部を一括して「小幅な平坦余地部」とした審決の認定は,誤りである旨主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,従来の「成形ロール」においては,小幅な平坦余地部が形成されていないものが多かったこと(乙1の1頁の代表図面,乙2の図1,乙3の1頁の代表図面参照)からすると,本願意匠と引用意匠の特徴の1つは,凹部がロール本体の両端部の際まで形成されてはいない点にあるといえるから,審決が両意匠の共通点として「小幅の平坦余地部を残して」と認定したのは相当である。
また,需要者は,成形ロールにかけるシートの幅を考慮するにあたり,平坦余地部の端部までの幅を必要幅と認識するのではなく,必要に応じて平坦余地部の範囲内で設定し得ると認識するものであるから,需要者の意匠の認識においては,平坦余地部があるということが第一次的に重要であって,「平坦余地部の幅の相違」は,さほど重要ではないから,美感についても平坦余地部の幅が強く認識されるとはいえない。
したがって,審決が両意匠をともに「小幅の平坦余地部」を残したものであると認定したことに,誤りはない。
イ 共通点(C)の認定の誤りに対し原告は,本願意匠のロールの直径と凹部の直径の比が約11.4:1であるのに対し,引用意匠のそれは約7:1であるところ,審決は,凹部の大きさをロール直径の「略10分の1」と認定しているから,誤りであると主張する。
しかし,審決は,本願意匠と引用意匠において,各凹部の直径とロール本体の直径との比率には差異のあることを前提とした上で,「略10分の1」ではなく,「略10分の1前後」(審決書2頁9行,10行)と認定したものであるから,誤りはない。両意匠の凹部ともロール本体の直径と比較すると,かなり小さく,かつ,端部以外の外周面の全面にわたって多数密集して形成されているから,厳密に計測して正確な比率を算出する必要はない。
(2) 差異点の認定の誤りに対しア原告は,本願意匠と引用意匠の各平坦面の形状を比較して認定するに当たっては,平坦面を構成する凹部の最小数で比較するのが合理的であるから,引用意匠の平坦面について「隣接する3つの凹部間平坦面の形状」として認定すべきであると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,審決は,本願意匠の平坦面を認定する際に,隣接する4つの凹部間の平坦面の形状として認定したので,これとの対比上,引用意匠についても隣接する4つの凹部間の平坦面の形状を認定したものであり,合理性がある。マイクロレンズ成形面を中心とした本願意匠と引用意匠のような物品を比較する場合,基準となる凹部を一致させた方が自然であり,両者の差異点を認識しやすい。
イ原告は,引用意匠の平坦面は,3つの円弧の頂点を直線で結んでできる三角形より明らかに狭いから三角形であるとはいえないし,仮に三角形としても,その辺の長さは凹部の直径の長さの略4分の1ではなく,略2分の1であると認定すべきであると主張する。
しかし,原告の上記主張も理由がない。すなわち,本願意匠及び引用意匠においては,ロール本体の直径と比較した場合,端部以外の外周面の全面にわたってかなり小さな凹部が多数密集しており,平坦面が小さいから,引用意匠の場合には,凹部間の平坦面が略三角形であると認定すれば十分であるし,凹部全体の中でこの略三角形を視認しても,実際には,極めて狭小である交点付近の面積まで視覚的に捉えることは困難であり,各辺が凹弧状であっても各辺の交点が頂点となる尖った略三角形に内接する正三角形が看取されるから,概ね正三角形の辺の長さが凹部の直径の略4分の1であると認定すれば十分である。意匠出願の添付図面や引用意匠は,どのように見える意匠であるかを示すための図面であるから,これらの図面等に基づいて判断すべきであり,甲7のように必要以上に拡大して描いた図面等に基づいて,厳密に計測して正確な比率を算出する必要はない。したがって,審決の認定判断に誤りはない。
(3) 類否の判断の誤りに対しア 共通点に係る審決の類否判断の誤りに対し原告は,共通点(A)及び(B)は,成形ロールとして一般的な構成であって,重視されないから,両意匠の美感の認定においても大きく評価されるべきでないのに,審決はその共通点を大きく評価しているから,誤りである旨主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,成形ロールには集合体を構成する多数の凹部の形状が小円形状ではないものも相当数存在していたといえるから(乙4の10頁の図7及び図8,乙6の4頁の図1,乙7の14頁の図8,乙8の37頁の図4),機能上,変更不可能なものではないにもかかわらず,本願意匠においてはあえてその一般的な態様である小円形状の凹部が選択されたのであるから,その共通点に特徴があると認定されてもやむを得ない。
イ 差異点に係る類否判断の誤りに対し(ア) 差異点(a)についてa原告は,本願意匠の凹部が始点と終点を持つ1条の螺旋として配列されていることは,注視することなくして明確に看取することができると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,極めて多数の凹部が規則正しく密集して形成されている両意匠にあっては,見方によっては,凹部が,複数の円周軌道上に配列されているとも,螺旋状に配列されているとも,看取することができる。例えば,本願意匠は螺旋状に形成されているが,引用意匠もまた複数条ではあるが,上下の列をずらして配置しているため,凹部の配置は円周方向への軸と直交するような方向性が看取されるというより,むしろ,視線は斜め方向に誘導され,螺旋状に形成されているようにも見える。また,本願意匠が1条の螺旋状であるとしても,その傾きがわずかであるから,引用意匠と同様に上下の列をずらしているとも視認することができ,引用意匠と大差がないと見ることもできる。別紙「本願意匠,引用意匠対比説明図(その1)」及び甲3のように補助線を引いた場合にのみ,補助線に沿って凹部を認識し得るからある程度の差異を看取することができるが,そのような見方を補助線なしで見るには注視が必要である。また,仮に補助線を引いて見たとしても,特開2003-80598号公報(乙1の1頁)の代表図面のように複数本ではあるが凹部を,始点と終点を有する螺旋状に配列した成形ロールは,既に公知であって,このような螺旋状配列に格別な特徴はなく,引用意匠と大差がないとみることができる。よって,本願意匠が1条の螺旋状であるとしても,引用意匠との差異はわずかなものであるといえる。
bまた,原告は,?@成形ロール製造業者は,簡易かつ安価に成形ロールを製造する観点から,外周面に配置されている凹部の配置形態から成形ロールの製造方法を想定するので,外周面における凹部の配列の差異を大きな差異として認識する,?A光学部品シート成形業者も,光学性能に影響する凸部と表裏一体の関係にある凹部の配置形態に最も着目し,外周面における凹部の配列の差異を大きな差異として認識する,旨主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,両意匠の類否判断の主体である光学部品成形業者や成形ロール製造業者等の中には,企業経営の効率性や収益性の観点から観察する者もいるから,需要者等が必ずしも製品の設計等に携わる専門的技術者であって細かい技術的差異に着目するとは限らない。また,原告主張のように,専門的知識を有する技術者が注目する点がすべて有意な差異点であって美感に相違を生じさせるものとすれば,少しの技術的変更を加えるだけで,あらゆる意匠登録出願が登録可能となってしまうが,それは,意匠法の趣旨に反する。成形ロール製造業者や光学部品シート成形業者を含む需要者等がその職業的観点から捉えた差異が,需要者等が受ける美感の差異と一致しているとは限らない。また,成形ロールの類否判断の検討に当たっては,技術的観点から局部的に観察するのではなく,成形ロールそのものが起こさせる全体的な美感の観点から観察すべきであり,この観点からすると,凹部間の平坦部のわずかな差異に殊更着目することなく,レンズ部を,成形ロールの表面に形成された凹部の集合体として観察するのが自然である。看者は通常,回転によってどのような転写がされるかに関心があるので,成形ロールが回転する時に一斉に回転する凹部の集合体(軸方向に沿った凹部の列)に視線を向け,それとは直角方向の,成形ロールを周回する凹部の1列に視線を向けることは考え難いから,差異点(a)は共通点(B)を凌駕するものとはいえない。
したがって,たとえ凹部の配置態様がわずかに異なるとしても美感において大きな差異がないとした審決の判断に誤りはない。
(イ) 差異点(b)について原告は,「凹部間隔」とは,ロール本体の軸方向における1次元の寸法を指しているのに,審決はそれを「平坦面形状」という2次元の面積の話にすり替えているから,審決の認定は論理的整合性を欠いており,誤りであると主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,審決は,差異点(b)については,本願意匠につき,凹部間の間隔が,凹部の直径程度空いている状態と,引用意匠につき,隙間なく接している状態の差異点をいうものであり,寸法のみの1次元とか面積を示す2次元の問題ではなく,差異点がそのような態様であると認定したものであり,何ら論理的整合性を欠いたものではない。
(ウ) 差異点(c)について原告は,?@平坦面を比較する場合には,平坦面を構成する凹部の最小数で比較すべきである,?A本願意匠は,どの位置で区切っても,角部が上下,左右方向に向いた正方形単位の繰り返しの連続をイメージさせるのに対して,引用意匠は,逆向き三角形単位のほか,3種類の菱形単位,又は六角形をイメージさせる(別紙「本願意匠,引用意匠対比説明図(その2)」・甲6参照),?B両意匠の平坦面の面積比には9倍の違いがある,?Cしたがって,両意匠のこのような平坦面の顕著な差異は意匠全体に大きく影響するから,その影響を軽微であるとした審決の判断は誤りである,旨主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,平坦面を比較する場合に,必ずしも凹部の最小数で比較する必要はない上,仮に引用意匠の平坦面について凹部の最小数である隣接する3つの凹部を1つの単位として観察してみても,凹部の配列については,上下逆向きの三角形の単位のイメージがあり,平坦面は略三角形となり,この点については,差異点(c)として,略三角形の平坦面が2つあると適切に認定している。この審決の認定に対し,原告は,単位を3つとすべきと主張しながら,これに加えて,凹部の配列が菱形や六角形のイメージがあるなどと,凹部を便宜的に選択して観察し,本願意匠との差異がある旨を主張しているが,それは,最小数である隣接する3つの凹部を1つの単位として観察すべきであるいう前記主張とは,整合しない。また,本願意匠についても,原告主張のような選択的な観察をするならば,上下逆向きの三角形単位をイメージすることができるし,扁平縦長になるものの六角形単位でさえイメージすることが可能である。したがって,両意匠を対比する場合は,可能な限り同一の条件で対比することが望ましく,審決は,隣接する4つの凹部を単位として,凹部間の平坦面や凹部の配列について認定し,類否判断を行ったのであるから,審決に誤りはない。
なお,原告が両意匠の面積比が9対1であると主張する点については,本願意匠については隣接する4つの凹部間の面積を,また引用意匠については隣接する3つの凹部間の面積を求めており,視覚的に捉えられる印象とはかけ離れた条件で比較しているから,妥当でない。
(エ) 差異点(d)について原告は,本願意匠においては凹部の起点と終点を明確に看取することができる上,「起点と終点があること」(差異点(d))は「螺旋状配列」と同義ではなく,起点と終点の存在自体が美感の相違をもたらすから,差異点(d)が螺旋状配列を別の観点から主張するものであって,わずかな差異であるとした審決の判断は,誤りである旨主張する。
しかし,原告の上記主張は理由がない。すなわち,本願意匠の立体的意匠を念頭において図面をみると,ロール本体の余白部側に凹部のずれている箇所のあることが看取されるが,そのずれた箇所の凹部に着目し,注視しつつ円周方向へと辿れば,差異点(a)で認定した1条の螺旋状の起点と終点に当たることとなるため,審決では起点と終点があると認定した。本願意匠のような態様においては,「螺旋状配列」と「起点と終点がある」ことは分かつことができないものであり,起点と終点のあることが,螺旋状配列を別の観点から主張するものであるとの審決の認定判断に誤りはない。そして,螺旋状配列については,審決において差異点(a)として取り上げてあり,また,その類否判断の項で判断したとおり,わずかな差異であるとしているので,「起点と終点があること」もまた同様にわずかな差異というべきであり,実際,本願意匠の起点と終点である凹部のずれは,両意匠ともロール本体の余白部側へ出っ張っている凹部と引っ込んでいる凹部が交互に配列され,端部の凹部がでこぼこした印象を形成している中での局部的な差異であり,目立たないものであるから,わずかな差異というべきである。したがって,審決に誤りはない。
(オ) 差異点(e)について原告は,凹部間の間隔の広狭は,本願意匠と引用意匠との対比では,大きな印象上の差異を与えるから,ロール本体部における凹部の配列は,その疎密の差異が意匠全体の類否判断に大きな影響を及ぼす旨主張する。
しかし,本願意匠の「成形ロール」を認識するに際しては,同径の小円形状で浅い半球状の凹部が,ロール本体の外周面に多数密集して形成され,ロールの端部には小幅の平坦余地部が形成されていると認識されるから,この点に特徴があるとするのが相当である。また,凹部の配列の粗密については,凹部が互いに接しておらず,少し間隔が空いているものが従来から存在するから(乙1の1頁の代表図面参照),この点に格別の特徴があるともいえない。さらに,本願意匠と引用意匠の凹部間の平坦部の広狭については,局部的なわずかな差異であるから,平坦部の広狭は,二義的なものであり,過大評価すべきではない。
(カ)なお,本願意匠と引用意匠とを対比させた原告の提出図面(甲1,3,4,5,6)は,それら図面の立証趣旨欄に「相似形を保ちつつ寸法比率を適宜拡大しロール寸法がほぼ同じ大きさになるようにした」とあるように,本願意匠と引用意匠の構成比率と一致したものではなく,概念図にすぎない。また,甲5(別紙「光学部品シート図」)については,対比すべきは製造機械であって,製品である光学部品シートではないから,その点でも不適切である。
ウ 先行意匠?@及び?Aにおける類否判断について原告は,先行意匠?@及び?Aの形態は,正方形の小区画を全体に配置した構成で共通するが,中心部の正方形の配置角度が45度異なるとともに,端部形状の膨らみ(膨出)状態が異なっており,非類似と判断され,登録されていることにならえば,本願意匠と引用意匠との関係も,単に外周面に円形の凹部が多数集合していることをもって類否を判断すべきではなく,凹部の配列,凹部と平坦面の形状やロール本体上で凹部が形成されている範囲の端部形状(起点・終点の有無),平坦余地部の寸法などの差異点から,類否判断をすべきであると主張する。
しかし,原告の上記主張は,理由がない。
すなわち,本願意匠と,先行意匠?@及び?Aとでは,「成形する側」と「成形後の製品」という意味で,表裏の関係があるとしても,異なる物品であり,異なる形状のものであるから,参考とすべきでない。また,先行意匠?@及び?Aは,部分意匠に係る登録意匠であり,意匠登録を受けようとする部分が重点的に審査されており,全体意匠とは異なる見方がされているのであるから,参考にはならない。
エ まとめ以上のとおり,審決は,本願意匠と引用意匠に共通する基本的な構成態様及び各部の具体的態様を認定し,凹部の配列,凹部の間隔,凹部間の平坦面,凹部の起点と終点,凹部の態様について差異があると認定した上で,それらの差異にもかかわらず,共通点が両意匠の形態全体の基調を決定づけていると判断したものであるから,誤りはない。
当裁判所の判断
当裁判所は,本願意匠と引用意匠の共通点及び差異点については,おおむね審決の認定した前記第2の2記載のとおりである(ただし,以下の認定に反する部分を除く。)が,その認定を基礎とした審決の類否の判断には誤りがあり,取り消すべきものと判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1 本願意匠と引用意匠の各特徴(1) 本願意匠本願意匠は,別紙第1「本願意匠」のとおりであり,以下の特徴を備えている。
すなわち,「光学部品シート転写成形ロール」に関する意匠であり,全体が,略円柱状のロール本体部からなるものであって,直径:長さの比率を略1:2とし,ロール本体部の外周面に,同径の小円形状で浅い球面状の凹部を,両端部に小幅の平坦余地部を残して,多数形成してマイクロレンズ成形面とした形状のものである。なお,ロール本体の軸方向全長と「一方の平坦余地部」との比は,おおむね7.7:1である。
凹部の形状は,前記のとおり小円形状で浅い球面状であって,凹部の大きさは,略円形状ロール本体の直径対凹部の直径の比率において,おおむね11.4:1である。
凹部の配列については,?@ロール本体部の軸方向に見ると,8個の凹部が,等しい間隔で直線状に規則的に配列され,?Aロール本体部の円周方向に見ると,1条の螺旋が16周回転するように,等しい間隔で規則的に配列され,?B正面図において,その左右両端に,螺旋の起点と終点が存在し,?C前記のとおり,ロール本体の軸方向及び円周方向で,隣接する凹部同士は,互いに接することなく,凹部の直径とほぼ等しい距離で離隔し,?Dロール本体部の軸の垂直方向(円周方向)から,やや(正面図等各図においておおむね2度)傾けられて,配置されている点に特徴がある。
(2) 引用意匠引用意匠は,別紙第2「引用意匠」(公開特許公報の実施例図面【図1】の符号3で示されるもの)であり,以下の特徴を備えている。
すなわち,全体が,「マイクロレンズアレイシートの成形用ロールスタンパ」の略円柱状のロール本体部からなるものであって,直径:長さの比率を略1:2とし,ロール本体部の外周面に,同径の小円形状で両端部に小幅の平坦余地部を残して,多数形成しマイクロレンズ成形面とした形状を示している。なお,ロール本体の軸方向全長と「一方の平坦余地部」の比は,おおむね29.3:1である(凹部が,浅い球面状であるか否かは,図面からは明らかではない。)凹部の形状は,前記のとおり小円形状を示し,その大きさは略円形状ロール本体の直径対凹部の直径の比率において,おおむね7:1である。
凹部の配列については,?@ロール本体部の軸方向に見ると,最上段の列では13個の凹部が,軸方向に隣接する凹部と接触しながら,直線状に配列され,2段目の列も,13個の凹部が,軸方向に隣接する凹部と接触しながら,直線状に配列され(なお,各列の凹部の数は,13個と14個が交互に描かれているのに対し,最上段及び2段目の列では13個描かれ,7段目と最下段の列では14個描かれている。そのため,各列の軸方向の最端部は,ジグザグ状を示していない部分が存在する。この点は,実施例説明面の性質上,正確に表記する必要がないため,上記のような態様で描かれたものと推認されるが,その点は不明である。),?A「特定の列」と「その上下の列」における隣接する凹部同士は,いずれも互いに接しながら配列され(なお,克明詳細に見ると,凹部同士わずかながら離れたものも,いくつか存在する。この点も実施例説明図の性質上,正確に表記する必要がないため,そのように描かれたものと推認されるが,その点は不明である。),?Bロール本体部の円周方向に見ると,隣接する凹部とは,半径分だけずれて,千鳥状(ジグザグ状)に配置され,?C1条の螺旋が回転するような配置はされず,また,ロール本体の両端に起点と終点も存在しない点に特徴がある。
2 本願意匠と引用意匠との類否についての判断以上認定した事実を前提として,本願意匠と引用意匠との類否について判断する。
(1)本願意匠における凹部の配列は,?@ロール本体部の軸方向に見ると,凹部が,一定の間隔を置いて,直線状に配列され,?Aロール本体部の円周方向に見ると,1条の螺旋が16周回転して,起点から終点に達するように,同一の間隔で配列され,?B正面図左右に,螺旋の起点と終点が存在し,?C隣接する凹部同士は,互いに接することなく,ロール本体の軸方向及び円周方向で,凹部の直径とほぼ等しい距離で離隔し,?Dロール本体部の垂直方向から,やや傾いて配置され,?Eロール本体の端部における各「平坦余地部」は,ロール本体の全長のおおむね8分の1であるとの特徴がある。
本願意匠における凹部の配置上の各特徴,すなわち,凹部が螺旋状に,傾けて配列されていることに照らすならば,本願意匠は,対称でない,均衡を欠く,定型的でない,安定性を欠く,ねじれている等の印象を与え,また,凹部同士が,接触することなく,凹部の直径とほぼ等しい距離を置いて,左右及び上下(軸方向及び円周方向)に離隔していることや平坦余地部が比較的広く確保されていることに照らすならば,本願意匠は,全体として,緩慢で,ゆったりとした印象をも与え,これらの各特徴によって特有の美感を生じさせている。
(2)これに対して,引用意匠における凹部の配列は,?@ロール本体部の軸方向に見ると,凹部同士が,軸方向及び軸と垂直方向に隣接する凹部と接触して,直線状に配列され,?Aロール本体部の円周方向に見ると,隣接する凹部とは,半径分だけずれて,千鳥状(ジグザグ状)に配置され,?B1条の螺旋が回転するような配置はされず,ロール本体の両端に起点,終点のいずれもなく,?Cロール本体の端部における各「平坦余地部」は狭く,ロール本体の全長のおおむね30分の1が確保されているのみである。
引用意匠における凹部の配置上の各特徴,すなわち,凹部が軸方向及び軸垂直方向に隣接するすべての凹部と接触していることや平坦余地部が狭いことに照らすならば,引用意匠は,密集した余裕のない印象を与え,また,ロール本体の軸方向の直線が強調されていることに照らすならば,全体として,機械的であるとの印象を与える。特に,各列の軸方向の最端部が,正確に描かれず,ジグザグ状を示していない部分も存在するので,意匠としてのまとまりを感じさせない。さらに,引用意匠は,全体として,変哲がなく,単調な印象を与え,美感という観点からは,格別の特徴点はない。したがって,引用意匠における類似の範囲は,決して広いものと解することはできず,むしろ,狭いものと解するのが相当である。
(3)以上のとおり,本願意匠と引用意匠とは,略円柱状のロール本体部からなること,ロール本体部の外周面に,同径の小円形状の凹部を平坦余地部を残して多数形成していること,凹部は,ロール本体部の軸方向に沿って規則的に,全周にわたり配置されていることなどの基本的な構成態様において共通する部分があるものの,凹部の具体的な配列において,上記のような相違があり,その相違により,看る者に対して,美感上の相違を生じさせている。
したがって,本願意匠は,引用意匠と類似しない。換言すれば,引用意匠の類似の範囲は狭いものであって,本願意匠は,その類似範囲に含まれるものとはいえない。
3 審決の理由及び本訴における被告の主張について(1)審決は,差異点を5つ挙げるものの,それらは,いずれも,「僅かな差異」であると判断する。すなわち,差異点(a)については,凹部が1条の螺旋状に形成されているとしても,「僅かな差異」というべきであり,差異点(b)については,凹部が1つずれたことによる平坦面の形状のみに着目すべきでなく,凹部の集合を全体として観察すると「僅かな差異」というべきであり,差異点(c)については,凹部の集合を全体として観察すると,「僅かな差異」というべきであり,差異点(d)については,起点,終点は,注視して探せば発見できる程度のものであって,「僅かな差異」というべきであり,差異点(e)については,本願の凹部が接して配置されていない点は,微差にすぎないというものである。
要するに,凹部については,全体の集合のみを対比の対象にすべきであって,凹部相互の配置関係を対比の対象にすべきではないとして,類似するとの結論を導いている。しかし,審決は,「引用意匠」における「意匠としての特徴」や「類似の範囲」について,何らの説明することなく結論を導いており,凹部相互の配置関係を対比の対象にすべきではない点の論証がされているとは到底いえない。また,その結論も上記のとおり誤りがある。
(2)被告は,成形ロールの分野においては,凹部の形状が,円形状でないものも存在するから,本願意匠と引用意匠とは,凹部の円形状を選択した点に共通の特徴があり,その点を重視すべきであると主張する。しかし,被告の主張は,以下のとおり失当である。仮に,凹部の円形形状を選択した点に,本願意匠と引用意匠の共通点があることを前提としたとしても,そのことが,本願意匠と引用意匠との類否の判断に当たって,凹部の配列などその他の特徴点を考慮に入れるべきでないことの根拠にはならない。
また,被告は,成形ロールにおける意匠の類否は,成形ロールそのものが起こさせる全体的な美感の観点から判断すべきであり,そのような観点に照らすならば,凹部間の平坦部の差異に着目すべきではなく,凹部の集合体として観察するのが相当であると主張する。しかし,被告のこの点の主張も失当である。すなわち,専ら機能的な理由により,凹部の配置が制約を受け,特定の配置,間隔しか選択できないような事情が存在するような場合には,凹部の特定の配置等に特徴があったとしても,その特徴を考慮すべきでないということができるが,本願意匠及び引用意匠において,そのような特段の事情は,主張,立証がされていないから,被告の主張は採用の限りでない。
確かに,成型ロール等の機械の分野において,その需要者が,凹部の配置等によって惹起される美感等を重視して,当該製品を購入するか否かを決定する例は,少ないであろうことは容易に推認されるが,そのような実情があったとしても,類否の判断に当たり,成形ロールの全体の形状のみを考慮に入れるべきであって,凹部の配置,間隔,パターン等の特徴を考慮に入れるべきではないとする根拠にはならない。
さらに,被告は,見方を変えさえすれば,本願意匠は,複数条のより斜め方向の螺旋に沿った凹部の規則的な配列と見ることも可能であり,引用意匠も,複数条の斜め方向の螺旋に沿った凹部の規則的な配列と見ることも可能であることに照らすならば,本願意匠が1条の螺旋配列という特徴を有し,引用意匠がその特徴を欠くという差異は,美感上わずかなものであると解すべきであると主張する。しかし,被告のこの主張も失当である。すなわち,本願意匠と引用意匠の両者とも,複数の螺旋を見ることが可能であるのは,異なる列の凹部がずれて,規則的に配置されていることによるものであって,そのような見方ができるからといって,本願意匠と引用意匠の類否の判断において,前記1(1)及び2(1)で認定した本願意匠の凹部の配列上の特徴点(とりわけ1条の螺旋がねじれるように配列されているという特徴点)に基づく美感上の相違を考慮すべきでないとする根拠にはなり得ない。
4 結論以上によれば,本願意匠は引用意匠とは類似しないから,これと異なる審決の判断には誤りがある。よって,原告の請求は理由があるので,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 飯村敏明
裁判官 大須賀滋
裁判官 齊木教朗