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関連審決 不服2000-9458
関連ワード 物品 /  形状 /  模様 /  意匠に係る物品 /  先願 /  一意匠一出願(7条) /  類似の意匠 /  意匠の類似 /  意匠の類否 /  類似性(類否判断) / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 221号 審決取消請求事件
原告 東洋ガラス株式会社
原告 生活クラブ事業連合生活協同組合連合会
両名訴訟代理人弁護士 平山隆幸
両名訴訟代理人弁理士 神戸真
同 加藤 佳代子
被告 特許庁長官太田 信一郎
指定代理人 市村節子
同 藤正明
同 大橋良三
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2002/11/14
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告ら 特許庁が平成14年3月5日に不服2000-9458号事件についてした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告らは,平成10年10月16日に,意匠に係る物品を「包装用びん」として,別紙審決書写しの別紙第一の意匠(以下「本願意匠」という。)の意匠登録出願(平成10年意匠登録願第29720号。以下「本願出願」という。)をしたところ,平成12年5月26日に拒絶査定を受けたので,同年6月23日,これに対する不服の審判を請求した。特許庁は,これを不服2000-9458号として審理し,その結果,平成14年3月5日「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年4月10日にその謄本を原告らに送達した。
2 審決の理由 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願意匠は,昭和44年意匠登録願第8748号の意匠(審決書別紙第二の意匠。昭和44年3月27日に,意匠に係る物品を「包装用びん」として出願され,その後拒絶の査定が確定したもの。以下「引用意匠」という。)に類似するものであり,意匠法9条1項の規定により,意匠登録を受けることができないものである,と判断した。
審決は,その前提として,本願意匠と引用意匠との共通点及び相違点は次のとおりであると認定した(審決書2頁第1段落,第2段落。原告らも,この認定自体については,争わない。)。
【共通点】 (1) 「上面視が真円状の,縦長筒状の瓶体であって,全体が上から口部,上胴部,及び下胴部からなり,上胴部と下胴部の間が緩やかな括れ状に形成された基本的な構成態様のものである点」(以下「共通点1(基本的構成態様)」という。) (2) 「口部は,短円筒状で,周面の横方向に,蓋体を嵌め合わせる凸条が配されたものである点」(以下「共通点2(口部・凸条付短円筒形)」という。) (3) 「上胴部は,口部直下に,僅かに下拡がりの浅い凹湾面状の首状部を形成した後,そのまま反転して大きく緩やかな突曲面状に膨らませ,下寄りを再度緩やかに窄めた,全体が稍下膨らみ状を呈する,稍縦長のものである点」(以下「共通点3(上胴部・下膨らみ状)」という。) (4) 「下胴部は,上端の括れ部の径と下端の窄まりの径を略同径として,その間全体を緩やかな中膨らみ状にしたもので,中間付近の最大径を,上胴部の最大径と略同径とし,全体を稍縦長のものとしている点」(以下「共通点4(下胴部・中膨らみ状)」という。) (5) 「上胴部と下胴部の間の括れ部は,瓶全体の高さのおおよそ中間あたりに位置し,上胴部の膨らみと,下胴部の膨らみとを自然に,緩やかな凹湾面状に繋いで表したものである点」(以下「共通点5(括れ部・凹湾面状)」という。) 【差異点】 (イ) 「口部,及び首状部の径について,本願のものは,上胴部の最大径の1/2以下とする細口,細首のものであるのに対し,引用のものは1/2強で,本願のものより,やや太口,太首のものである点」(以下「差異点イ(細口,太口)」という。) (ロ) 「括れ部の位置について,本願のものは,瓶全体の高さの中間稍下方に位置するのに対し,引用のものはほぼ中間に位置し,本願のものの括れ部の位置が稍低く,更に括れの深さについて,本願のものが引用のものより浅いものである点」(以下「差異点ロ(括れ部の位置・深浅)」という。) (ハ) 「下胴部の中膨らみの態様について,本願のものは,中間に垂直面状の部分を介して,上下を緩やかに窄ませているのに対し,引用のものは,全体を,曲面状に膨らませている点」(以下「差異点ハ(下胴部・垂直面状)」という。) (ニ) 「口部の周面について,本願のものは,数本の凸条が横水平に配され,下端に稍高さのある鍔状のものを配しているのに対し,引用のものは凸条が螺旋状に配されていると認められ,更に口部全体が首部に対して細く表され,これに蓋体が螺合されている点」(以下「差異点ニ(口部・水平凸条,螺旋凸条等)」という。)
原告ら主張の審決取消事由の要点
審決は,本願意匠と引用意匠との差異点及び共通点についての評価に当たり,差異点を過小に評価する一方で共通点を過大に評価し,その結果,本願意匠と引用意匠とが類似するとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 差異点イ(細口,太口) 審決は,差異点イ(細口,太口)について,「確かに,括れ部の位置,及び深浅についての(ロ)の差異とも相関連して,本願のものが引用のものに対し,稍太身でどっしりした印象与えるところに係わるものであるが,この点を考慮に入れても,口部から首状部,そして上胴部の膨らみ,窄まり,そして括れ部に至る瓶体周面の態様を(2)及び(3)とする共通性に対しては,これを凌いで両意匠を特徴付けるまでの差異とすることができず,瓶体の口部,及び首状部の構成についての(2)及び(3)の共通点の中での,径についての,程度の差というべきで,全体としては微弱な差異に止まり,」(審決書2頁第4段落)と判断した。
しかし,上胴部の最大径に対する口部及び首状部の径は,本願意匠が1/2以下で,引用意匠が1/2強であるから,この差異は,本願意匠が「細口,細首のもの」で,引用意匠が「太口,太首のもの」であるというにとどまらず,審決も認めているように,「本願のものが引用のものに対し,稍太身でどっしりとした印象与えるところに係わ」り,全体の形状から受ける印象に極めて大きな影響を与えるものである。
すなわち,本願意匠は,口部及び首状部の径と上胴部最大径との差が大きく,これにより肩のラインの傾斜は緩やかになっており,肩幅が広く,肩部が強調される形状であるのに対し,引用意匠は,口部及び首状部の径と上胴部最大径との差が小さく,これにより,肩のラインの傾斜は急で,肩幅が狭く,肩部というより首状部の延長といった形状である。これにより,本願意匠は,その幅広く緩やかに傾斜する肩部が,どっしりとした太身のびんであることを印象づけており,これに比べ,引用意匠は,首状部がやや広がった程度の印象しか与えない肩部が,ほっそりとした細身のびんであることを印象づけている。
このように,本願意匠と引用意匠とは,この差異点イ(細口,太口)により,口部及び首状部から上胴部にかけて,肩部のラインが異なり,この点が形態全体に与える影響はかなり大きく,これだけでも,両意匠の全体形状は著しく相違することが明らかである。
審決が上記の判断の根拠とした共通点2(口部・凸条付短円筒形)及び共通点3(上胴部・下膨らみ状)は,口部及び上胴部の形状としては,いずれも公知の形状である。したがって,これらの共通点は,それ自体では,意匠の類否判断を左右するものではない。それにもかかわらず,審決は,意匠の類否判断において上記のように大きな意味を有する差異点イ(細口,太口)を,「口部から首状部,そして上胴部の膨らみ,窄まり,そして括れ部に至る瓶体周面の態様を(2)及び(3)とする共通性に対しては,これを凌いで両意匠を特徴づけるまでの差異とすることができない」とした点で,その判断を誤っているものである。
2 差異点ロ(括れ部の位置・深浅) 審決は,本願意匠と引用意匠との差異点ロ(括れ部の位置・深浅)について,「括れ部を,瓶全体の高さのおおよそ中間あたりに位置させて,上胴部の膨らみと,下胴部の膨らみとを自然に繋ぐ態様で凹湾面状に表した点では共通しており,いずれの差異も類否判断を左右するまでのものとはいえない。」(審決書3頁第1段落)と判断した。
しかし,審決は,共通点5(括れ部・凹湾面状)を過大評価する一方で,差異点ロ(括れ部の位置・深浅)をほとんど評価しない,との誤りを犯している。すなわち,共通点5(括れ部・凹湾面状)の形状は,公知の形状であるのに対し,差異点ロ(括れ部の位置・深浅)に係る本願意匠の形状は,差異点イ(細口,太口)に係る形状とあいまって,審決も認めるとおり,「本願のものが引用のものに対し,稍太身でどっしりした印象与えるところに係わるものである」(審決書2頁第4段落)。一方,引用意匠の括れ部は,深く,シャープな曲線で形成されており,かつ,括れ部の最小径の位置は,びん全体の高さのほぼ中間に位置するものである。これにより,引用意匠は,全体として腰高でスマートな印象を与える。
したがって,審決の判断は,公知形状であり,それのみでは類否判断を左右することのない小さな共通点を過大評価し,その一方で,差異点をほとんど評価せず,結果として,重要な差異点を見落とすに等しいものとなっており,その判断に誤りがあることは明らかである。
3 差異点ハ(下胴部・垂直面状) 審決は,差異点ハ(下胴部・垂直面状)について,「本願のものについても,垂直面状の部分から上下の窄まりへと至る部分は,緩やかな曲面状をなしており,垂直面状としている点がさほど目立たず,全体としては微弱な差異に止まる。」(審決書3頁第1段落)と判断した。
しかし,審決は,共通点4(下胴部・中膨らみ状)を過大評価して,差異点ハ(下胴部・垂直面状)をほとんど評価しない誤りを犯している。すなわち,本願意匠は,下胴部が垂直面状で構成されていることから,全体的にどっしりと安定感のある印象を受けるもので,この下胴部が曲面状で構成されている引用意匠とは明らかに相違しており,審決のいうように「垂直面状としている点がさほど目立たず,全体として微弱な差異に止まる」というような程度のものではない。本願意匠が,包装用びんという,ごてごてとした過度な修飾がされない物品に係るものであり,基本形状がある程度決まっているものであることから,下胴部はびんの観察者にとって目に付きにくい部分では決してないこと,及び,本願意匠の下胴部がびんのほぼ半分の体積を有していることを考えても,この下胴部の形状という大きな差異点を「微弱な差異に止まる」とした審決の上記判断は,誤りであることが明らかである。
包装用びんは,市場に出回るときには必ず印刷やフィルムを施されるものであり,印刷等がなされる下胴部の形状が曲面状であるか垂直面状であるかによって,印刷等の印象がかなり異なったものとなる。また,印刷等により下胴部の形状が明確になり,びん全体の印象も大きく異なってくるのである。後述のように,包装用びんの類否判断の主体が,いわゆるボトラー,すなわち,酒類製造,清涼飲料製造,医療品製造,化学薬品製造等の業界人(以下単に「ボトラー」ともいう。)及び一般消費者であることからすれば,ボトラーの場合は,印刷等が施されて市場に出回る状態を当然想定して吟味しており,また,一般消費者の場合は,市場に出た状態で商品として目にするのであるから,市場に出回る状態でより顕著になる曲面状か垂直面状かという相違は,審決が評価するような「垂直面状がさほど目立たず」という程度のものではない。
4 意匠全体について 審決は,「共通点につき,(1)の点は形態全体の骨格的な態様を表すところであって,この態様に,瓶体の上端首状部から下胴部の下端に至る周面全体の膨らみ,及び窄まりの態様を具体的に表す(3)ないし(5)の点が相俟ったところは,両意匠の全体の特徴をよく表すところであって,これら(1)及び(3)ないし(5)の共通点に(2)の点も相関連した全体のまとまりは,両意匠の全体の基調を形成しており,これら共通点は両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものと認められる」(審決書2頁第3段落)と判断した。しかし,この判断は,誤りである。
(1) 差異点イ(細口,太口),差異点ロ(括れ部の位置・深浅)及び差異点ハ(下胴部・垂直面状)があいまって,本願意匠は,全体の形状が太身で,全体的にどっしりと安定感のある印象を受けるものであるのに対し,引用意匠は,全体の形状が細身で,全体的にか細く,華奢(きゃしゃ)な印象を受けるものである。
これらの違いを一言で表すならば,本願意匠は「牛乳びん」の範疇(はんちゅう)に入るものであるのに対し,引用意匠は「ラムネびん」又は「瓢箪をイメージした清酒びん」の範疇に入るものである。また,両意匠から受ける印象を女性の体型に例えれば,本願意匠は,稍(やや)太身でどっしりとしており,構成ラインが全体的にゆったりとして,やさしい「母」を想わせる。一方,引用意匠は,細身,腰高でウエストが締まっており,ラインが全体的にシャープでめりはりがあり,ファッションモデルのような細身の「若い女性」を連想させる。
以上のように,両意匠が観察者に訴える美感は異質なものであり,両意匠は,美感を全く異にする相互に非類似の意匠というべきである。
(2) 包装用びんは,内容物を収容して運搬する物品であることから,内容物に応じた容量や強度,手に取った重さや使いやすさ等が求められる物品であり,かつ,消費される内容物を一時的に収容する容器であることから,消費した後の容器の処理方法についての考慮が必要なものであり,材料やコストなどによる制約が大きいものである。しかも,包装用びんは,昔からある物品であり,その基本形状が大体決まっているものである。したがって,デザイナーは,そうした包装用びん特有のもろもろの制約の中で創作活動を行わなければならず,突飛なデザインを考案するよりも,微妙なラインの組合せによって,少しでも独創性のある意匠を創作するべく努力をしているのである。本願意匠は,デザイナーによる,そのような地道な創作活動の結果である。
包装用びんの需要者は,第1次的に,ボトラー,すなわち,酒類製造,清涼飲料製造,医療品製造,化学薬品製造等の業界人である。彼らは,自己の商品を包装する容器を詳細に観察した上で選択するので,包装用びんの意匠の鑑識には高度に習熟しているのである。
包装用びんの類否判断については,このような包装用びんという物品の特異性を考慮すべきであり,また,意匠の混同が生じるかどうかは物品の需要者であり,包装用びんについて優れた鑑識眼を持つボトラーが基準となることも考慮しなければならない。その結果,包装用びんの類否判断においては,かなり微妙な形態の相違が問題となるのであり,一般人では見逃してしまいそうな一見微細な形態的相違であっても,この需要者はそれを見逃さず,そこから異なった美感を感じ取ることもあり得るのである。
このような観点から,本願意匠と引用意匠とを離隔的に観察すると,観察者は,審決の挙げる各共通点に係る形状を認識することができるけれども,これらの形状は,いずれもこの種の物品によくある特徴であり,両意匠がこれらの形状を共有するからといって,それだけで両意匠を混同するということは,あり得ないことである。差異点イ(細口,太口),差異点ロ(括れ部の位置・深浅)及び差異点ハ(下胴部・垂直面状)によれば,両意匠の間には,混同することが全く考えられない程度の明らかな差異がある,ということができるのである。
したがって,審決の類否判断は,このように基本的構成態様の域を出ない共通点のみを過大評価して,具体的な態様における大きな差異点を過小に評価し,これを見落としたに等しいものとなっており,明らかに誤りである。
(3) 本願意匠は,包装業界で名高い木下賞や,2000日本パッケージングコンテスト,ワールドスター賞,2000年のグッドデザイン賞及びその特別賞であるユニバーサルデザイン賞などの数々の賞を受賞している。この中でも,グッドデザイン賞の受賞は,本願意匠の優れたデザイン性及び創作性が,インダストリアルデザインに精通した専門家により客観的に評価されたものである。グッドデザイン賞の審査基準によれば,この賞の審査は,「良いデザインであるか」,「優れたデザインであるか」,「未来を拓くデザインであるか」の3項目を中心に審査されているものであり,本願意匠については,特に「独創的である」,「デザインの総合的な完成度に優れている」といった点に高い評価がされているのである。
被告の反論の骨子
審決の認定判断はいずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はない。
1 差異点イ(細口,太口)について 両意匠の,上胴部の最大径に対する口部及び首状部の径の比率は,本願意匠について1/2より稍細く,引用意匠については1/2より稍太いというものであり,いずれも,比率自体としては,従来から普通にみられるもので,格別特徴的なものではない。この口部及び首状部の径の比率の差(差異点イ)が,差異点ロ(括れ部の位置・深浅)とも関連して,本願意匠に,引用意匠との比較において,全体が「稍太身でどっしりした印象」を与えるものとなってはいるものの,だからといって特に新たな特徴が生じたといえるほどではなく,差異点ロ(括れ部の位置・深浅)による効果を考慮しても,両意匠の共通点2(口部・凸条付短円筒形)及び共通点3(上胴部・膨らみ状)の中での,上胴部の径と口部の径の比率についての程度の差というべきであり,全体としては微弱な差異にとどまる。
2 差異点ロ(括れ部の位置・深浅)及び差異点ハ(下胴部・垂直面状)について 両意匠の共通点3(上胴部・下膨らみ状)ないし共通点5(括れ部・凹湾面状)は,両意匠の全体の基調を形成する重要な要素である。これに対し,差異点ロ(括れ部の位置・深浅)及び差異点ハ(下胴部・垂直面状)が両意匠の類否判断に及ぼす影響は,微弱である。
3 意匠全体について 両意匠の間には,本願意匠は,引用意匠に比較して,稍太身でどっしりとしている,との若干の印象差があるものの,この程度の差は,両意匠が別異なものであるとの印象を与えるほどのものではない。両意匠の1ないし5の共通点により,両意匠の全体の基調が形成されているのである。この基調の共通性が両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものであることから,両意匠は,イないしハの差異点の存在にもかかわらず,全体としては類似するものとなっている。
当裁判所の判断
1 差異点イ(細口,太口)について 原告らは,審決の差異点イ(細口,太口)についての判断に対し,本願意匠は,その幅広く緩やかに傾斜する肩部が,どっしりとした太身のびんであることを印象づけており,これに比べ,引用意匠は,首状部がやや広がった程度の印象しか与えない肩部が,ほっそりとした細身のびんであることを印象づけている,本願意匠と引用意匠とは,この差異点イ(細口,太口)により,口部及び首状部から上胴部にかけて,肩部のラインが異なり,この点が形態全体に与える影響はかなり大きく,これだけでも,両意匠の全体形状は著しく相違する,と主張する。
確かに,本願意匠と引用意匠とは,差異点イ(細口,太口)に係るそれぞれの部分が首状部の下方の拡径する部分に影響を与え,これと差異点ロ(括れ部の位置・深浅)及び差異点ハ(下胴部・垂直面状)に係る部分とも関連して,審決も認定したとおり,本願意匠が引用意匠よりも,「稍太身でどっしりした印象」を与えていることは,否定できないところである。
しかし,包装用びんにおいては,収容する内容物の容量に応じて,適宜の大きさのものを取りそろえ,販売に供することはよくあることであり,容量を大きくする場合には,びんの基本的形状を変えることなく,口部の径に対して胴部の径を大きくすることは,特段珍しいことではない(乙第1号証ないし乙第4号証)。したがって,包装用びんにおいては,口部の径に対する胴部の径の大小により,その形態全体として,太身か細身かの相対的な差が生じることになるものの,胴部の径に対する口部の径の比率差が,包装用びんの容量の変更に合わせて普通に変更される範囲のものであれば,その比率の差を,意匠の類否判断においてそれほど大きく評価することはできない,というべきである。
これを両意匠についてみると,上胴部の最大径に対する口部及び首状部の径の比率は,確かに,差異点イ(細口,太口)の認定のとおり,本願意匠については1/2よりやや小さく,引用意匠については1/2よりやや大きいものではあるものの,その比率自体は,両意匠ともに,従来より包装用びんにおいて普通にみられるものであり,いずれも格別特徴的なものではない。他方,両意匠は,口部,首状部から上胴部にかけての態様として,上胴部の最大径の部分を上方に緩やかな突曲面状に窄(すぼ)めて,その上部を反転するように上向きに立ち上がらせ,上端に短筒状の口部を設けた態様,すなわち,共通点2(口部・凸条付短円筒形)及び共通点3(上胴部・下膨らみ状)の認定のとおりの態様を採用しており,この点において共通している。両意匠は,窄まりの度合い,及び,胴部の径に対する口部及び首状部の径の比率に差がありはするものの,これらは,容量の変更に伴い,普通にみられる程度のものにすぎないということができ,したがって,両意匠の類否判断に与える影響は大きくはない,ということができる。
このように,本願意匠が,差異点イ(細口,太口)により,引用意匠より肩幅が広く,全体が「稍太身でどっしりした印象」を与えるものとなっているのは事実であるものの,その差は,包装用びんの容量の変更に伴い,普通にみられる程度の「太身」か「細身」かの域を出るものではない以上,この差異は,両意匠の1ないし5の共通点によってもたらされる全体としての類似性の範囲内における微差にすぎないものというべきである。
審決は,1ないし5の共通点が,両意匠の全体の基調を形成していることから,差異点イ(細口,太口)を,口部から上胴部にかけての構成態様の共通性の中でみられる口部及び首状部の窄まりの度合いの差と認め,この程度の差異であれば,両意匠が別々のものであるとの印象を与えるまでの差異とすることができないと判断したものであり,審決のこの判断に誤りはない。
2 差異点ロ(括れ部の位置・深浅)について 原告らは,審決の差異点ロ(括れ部の位置・深浅)についての判断に対し,審決は,共通点5(括れ部・凹湾面状)を過大評価する一方で,差異点ロ(括れ部の位置・深浅)をほとんど評価しない,との誤りを犯している,差異点ロ(括れ部の位置)は,差異点イ(細口,太口)とあいまって,本願意匠が稍太身でどっしりとした印象を与えるのに対し,引用意匠は腰高でスマートな印象を与える,と主張する。
しかし,共通点5(括れ部・凹湾面状)は,両意匠の特徴をよく表す部分であり,両意匠の全体の基調を形成する重要な要素である。すなわち,びんの中間部をシンプルで緩やかな凹湾面状とした点は,共通点3(上胴部・下膨らみ状)及び共通点4(下胴部・中膨らみ状)と一体となって,両意匠を強く特徴付けているものであり,その形状の共通性は,両意匠の類否判断において,重要なものとして評価せざるを得ない。
両意匠においては,びんの中間部の括れの位置及び括れの深浅に若干の差が認められるものの,それは,両意匠を,その高さをそろえて,横に並べて子細に観察したときに認識することができる程度のものであるというべきであり,両意匠の括れ部の位置及び括れの深浅の差異が,両意匠の類否判断に及ぼす影響は,微弱なものという以外にない。
原告らは,共通点5(括れ部・凹湾面状)は公知の形状であるとし,審決は,それのみでは類否判断を左右することのない小さな共通点を過大評価した,と主張する。しかし,仮に共通点5(括れ部・凹湾面状)が公知の形状であるとしても,公知の形状であるということは,意匠の特徴を示す要素となり得ないことに何ら結び付くものではない。両意匠は,共通点5に係る形状,すなわち,上胴部の膨らみと,下胴部の膨らみとを,瓶の中間辺りで,上下に二分するように緩やかな凹湾面状に表した点が,共通点3(上胴部・下膨らみ状)及び共通点4(下胴部・中膨らみ状)の形状と関連付けられ,一体となって両意匠の全体の特徴をよく表すところとなっているのであるから,審決が,共通点5(括れ部・凹湾面状)の形状類否判断において大きく評価した点に誤りはないのである。
3 差異点ハ(下胴部・垂直面状)について 原告らは,審決の差異点ハ(下胴部・垂直面状)についての前記判断に対し,審決は,共通点4(下胴部・中膨らみ状)を過大評価して,差異点ハ(下胴部・垂直面状)をほとんど評価しない誤りを犯している,本願意匠は,下胴部が垂直面状で構成されていることから,全体的にどっしりと安定感のある印象を与えるもので,この下胴部が曲面状で構成されている引用意匠とは明らかに相違している,と主張する。
しかし,共通点4(下胴部・中膨らみ状)は,両意匠の下胴部の形態を,全体との関連の中で端的にとらえたもので,前記のとおり,他の共通点と一体化して両意匠の全体の基調を形成するものであり,両意匠の類否判断において大きく評価せざるを得ないものである。
しかも,本願意匠の下胴部は,その中間の部分が,それのみを取り出してみれば,垂直面状であるとはいえ,下胴部全体の中でとらえれば,下胴部全体が中膨らみである印象が強いものであり,両意匠間に,原告らが主張するように,本願意匠は,下胴部が垂直面状で構成されている,とか,引用意匠が,曲面状で構成されている,とかいうほどの明りょうな印象差は生じていない。審決の上記判断に誤りはない。
原告らは,包装用びんは,市場に出回るときには必ず印刷やフィルムを施されるものであり,印刷等がなされる下胴部の形状が曲面状であるか垂直面状であるかによって,印刷等の印象がかなり異なったものとなる,また,印刷等により下胴部の形状が明確になり,びん全体の印象も大きく異なってくるのである,包装用びんの類否判断の主体が,ボトラー及び一般消費者であることからすれば,ボトラーの場合は,印刷等が施されて市場に出回る状態を当然想定して吟味しており,また,一般消費者の場合は,市場に出た状態で商品として目にするのであるから,市場に出回る状態でより顕著になる曲面状か垂直面状かという相違は,審決が評価するような「垂直面状がさほど目立たず」という程度のものではない,と主張する。
しかし,包装びんにおいて,印刷やフィルムが施されることがしばしばみられるとしても,それらの施される部位,あるいは施される態様には様々なものがあり得るのであるから,両意匠の形状自体から,直ちにその印刷の態様やフィルムの態様を推認し,特定することは困難であり,そうである以上,これらを前提として,両意匠の類否判断をすることは相当でない。原告らの主張は,採用することができない。
4 意匠全体について (1) 本願意匠と引用意匠とは,前記のとおり,共通点1(基本的構成態様),共通点2(口部・凸条付短円筒形),共通点3(上胴部・下膨らみ状),共通点4(下胴部・中膨らみ状)及び共通点5(括れ部・凹湾面状)を共通の構成とするものである。この共通点1(基本的構成態様)が両意匠全体の基本的な構成態様を表すものであり,共通点3(上胴部・下膨らみ状),共通点4(下胴部・中膨らみ状)及び共通点5(括れ部・凹湾面状)が,瓶体の上胴部から下胴部に至る周面全体の膨らみ及び窄まりの態様を表すものであり,これに共通点2(口部・凸条付短円筒形)の構成を加えると,両意匠とも,これにより,その全体の形状の基調が形成されているものと認められる(甲第2,第3号証)。このことからすれば,本願意匠と引用意匠とが,その1なし5の共通点の構成を共通にしていることは,両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものというべきである。したがって,「両意匠を全体として検討するに,共通点につき,(1)の点は形態全体の骨格的な態様を表すところであって,この態様に,瓶体の上端首状部から下胴部の下端に至る周面全体の膨らみ,及び窄まりの態様を具体的に表す(3)ないし(5)の点が相俟ったところは,両意匠の全体の特徴をよく表すところであって,これら(1)及び(3)ないし(5)の共通点に(2)の点も相関連した全体のまとまりは,両意匠の全体の基調を形成しており,これら共通点は両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものと認められる。」(審決書2頁第3段落)とした審決の判断に誤りはない。
(2) 原告らは,本願意匠は,全体の形状が太身で,全体的にどっしりと安定感のある印象を受けるものであるのに対し,引用意匠は,全体の形状が細身で,全体的にか細く,華奢な印象を受けるものである,と主張する。
しかし,本願意匠が,差異点イ(細口,太口)により,引用意匠より肩幅が広く,全体が「稍太身でどっしりした印象」を与えるものとなっているとはいっても,その差は,包装用びんの容量の変更に伴い,普通にみられる程度の「太身」か「細身」かの域を出るものではなく,両意匠の1ないし5の共通点によってもたらされる全体としての類似性の範囲内における微差にすぎないものというべきであり,両意匠がそれぞれ別異なものであるとの印象を与えるほどのものではない,とみるべきことは既に述べたとおりである。
原告らは,本願意匠が「牛乳びん」の範疇に入り,引用意匠が「ラムネびん」又は「瓢箪をイメージした清酒びん」の範疇に入る,とか,女性の体型に例えれば,本願意匠が「母」を想わせ,引用意匠が「若い女性」を連想させる,とかと主張する。しかし,本願意匠から「牛乳びん」を連想することができるとしても,引用意匠から,原告ら主張の範疇の意匠を連想することができるかどうかについては明らかとはいえず,「母」か「若い女性」かについては,本願意匠が稍太身でどっしりとした印象を与え,引用意匠が稍細身の印象を与え,若干の印象差があることを別な言葉で述べたものにすぎない。両意匠の差異についての評価は,上記のとおりであり,原告らの主張は,上記判断を左右するものということはできない。
(3) 原告らは,包装用びんのデザイナーは,包装用びん特有のもろもろの制約の中で創作活動を行わなければならないのであって,突飛なデザインを考案するよりも,微妙なラインの組合せによって,少しでも独創性のある意匠を創作するべく努力をしている,また,包装用びんの類否判断は,物品の第1次的な需要者であり,包装用びんについて優れた鑑識眼を持つボトラー,すなわち,酒類製造,清涼飲料製造,医療品製造,化学薬品製造等の業界人が基準となるべきである,このような観察者が,両意匠の差異点イ(細口,太口)ないし差異点ハ(下胴部・垂直面状)により,両意匠を混同することは全く考えられない,と主張する。
確かに,包装用びんの第1次的な需要者は,上記のようなボトラーであり,このような者は,包装用びんの意匠について優れた鑑識眼を持つと考えられるから,本願意匠と引用意匠のイないしハの差異点を直ちに認識するとみることはできるであろう。しかし,この種の包装用びんは,通常は,包装用びんに商品を入れた後,商品とともに一般消費者へ販売され,一般消費者も,購入する際に,あるいは,購入後に,これを手に取り,日常的にこれを使用するものであるから,このような一般消費者もまた,類否判断の基準となるべき需要者というべきであり,類否判断に当たっては,一般消費者の眼で両意匠の美感を判断することも必要となるのである。したがって,優れた鑑識眼を持ち,両意匠の具体的な差異を直ちに認識することができるボトラーが両意匠を混同するか否かの基準のみによって両意匠の類否を判断することはできず,一般消費者をも基準として,両意匠において観察者の注意を引きつける意匠的特徴を考慮してその類否を判断すべきことになるのである。
原告らは,本願意匠と引用意匠とを離隔的に観察すると,観察者は,1ないし5の共通点を認識することができるけれども,これらの共通点は,いずれもこの種の物品によくある特徴であり,両意匠がこれらの共通点を共有するからといって,それだけで両意匠を混同することはあり得ないことである,と主張する。しかし,1なし5の共通点を構成する部分に公知な形状や周知な形状が含まれているとしても,公知であること,周知であることは,意匠の特徴を示す要素とはなり得ないことに何ら結び付くものではなく,上記各共通点があいまってなす全体の基調が,意匠全体の類否に大きな影響を及ぼすことを否定すべき理由となると考えるべき根拠はない。審決の「これら(1)及び(3)ないし(5)の共通点に(2)の点も相関連した全体のまとまりは,両意匠の全体の基調を形成しており,これら共通点は両意匠の類否判断に大きな影響を及ぼすものと認められる」(審決書2頁第3段落)との判断に誤りはない。
(4) 原告らは,本願意匠はグッドデザイン賞等の数々の賞を受賞しており,専門家によっても,独創的で,高い創作性を有する,優れたデザインとして評価されたものである,と主張する。
本願意匠に係る牛乳びんは,そのデザイン性が優れたものであると評価され,グッドデザイン賞等を受賞しているものである(甲第20号証)。しかし,その受賞理由は,例えば,「福祉的な視点に配慮し広範な使用者に対応したものとして特に優れている」(ユニバーサルデザイン賞),「滑り落ちないように改良を加えた点が評価できる。流通,ユニバーサル,エコロジカルに有効な商品である。」(グッドデザイン賞評価シート・審査会コメント),「@…超軽量瓶,A優れたリターナブル適正,Bユニバーサルデザイン(共用品)…」(2000年10月17日付け日刊食品通信),「子供や高齢者も「持ちやすく,注ぎやすい」と高く評価している。」(2000年10月27日付け週刊酒類・食品ニュース&解説)(甲第20ないし第24号証(各枝番を含む。))というものであり,意匠を「物品…の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるもの」(意匠法2条1項)と規定する意匠法における意匠の登録要件としての判断と,これら各賞受賞に際して,本願意匠に係る牛乳びんが得た評価を同列に論じることはできない。すなわち,これら各賞の受賞については,上記のとおり,例えば,超軽量等の素材の選択改良,あるいは,リターナブル等の機能も含めた,広義のデザインといえる観点から,牛乳びんという具体的な商品に対しての評価がなされたものと考えられるのである。本件においては,先願である引用意匠と本願意匠との類似性が,意匠法9条1項の登録要件との関係で問題となっているのであり,上記の受賞理由を,引用意匠と本願意匠の類似性についての上記判断を左右すべきものということはできない。
結論
以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由は理由がなく,その他,審決には,これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告らの請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸