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関連審決 無効2005-88003
関連ワード 意匠の創作 /  物品 /  形状 /  意匠に係る物品 /  創作容易(容易の創作) /  3条1項3号 /  広く知られた /  頒布された刊行物 /  記載された意匠 /  類似する意匠 /  意匠の類否 /  登録意匠 /  類似性(類否判断) / 
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事件 平成 17年 (行ケ) 10620号 審決取消請求事件
原告 株式会社ユーエイキャスター
訴訟代理人弁護士 小松陽一郎
同 福田あやこ
同 井崎康孝
同 辻村和彦
同 井口喜久治
同 川端さとみ
訴訟代理人弁理士 福島三雄
同 小山方宜
同 向江正幸
同 面谷和範
被告 株式会社内村製作所
訴訟代理人弁理士 大塚忠
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2006/02/02
権利種別 意匠権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1)特許庁が無効2005-88003号事件について平成17年6月29日にした審決を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,昭和61年8月29日に登録出願(以下「本件出願」という。)され,平成7年11月24日に設定登録(意匠登録第946347号)された,意匠に係る物品を「運搬車用キャスター」とする,別紙審決書写し添付の別紙第一の意匠(以下「本件登録意匠」という。)の意匠権者である。
原告は,平成17年2月18日,特許庁に対し,本件登録意匠の登録を無効とすることについて審判の請求をした。特許庁は,同請求を無効2005-88003号事件(以下「本件審判」という。)として審理をした上,平成17年6月29日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年7月12日,原告に送達された。
2 本件審決の理由 別紙審決書写しのとおりである。要するに,@本件登録意匠は,昭和56(1981)年に発行されたFaultless Division,Bliss & Laughlin Industriesのカタログ「FAULTLESS CATALOG 81」(甲1の1(審判甲1の1)添付の別紙1ないし5,以下「本件カタログ」という。)の42頁(同別紙4)の中央左に所載の,LOW PROFILE CASTERSと記載された「キャスター」の意匠であって,形態は,本件カタログ42頁の写真版(以下「本件斜視図」という。)により現されたとおりのもの(本件審決における甲号意匠(別紙審決書写し添付の別紙第二参照),以下「引用意匠」という。)に類似する意匠とはいえず,意匠法3条1項(判決注:平成11年法律第41号による改正前のもの,以下同じ。)3号に規定する意匠に該当しない,A本件登録意匠は,別紙審決書写し添付の別紙第三の各意匠(引用意匠,甲3(審判甲12),甲6(審判甲13の20),甲7(審判甲10),甲8(審判甲8)及び甲9(審判甲11)の各意匠)が有する周知の形態に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものとはいえず,意匠法3条2項(判決注:平成10年法律第51号による改正前のもの,以下同じ。)に規定する意匠に該当しない ,というものである。
本件審決が,上記@の判断の前提として認定した本件登録意匠と引用意匠の共通点及び差異点は,次のとおりである。
[共通点] (1)全体が,水平な略平板状の取付板と,その取付板の下部に,ベアリング部を介して回動自在に設けた本体と,本体下端寄りに水平に設けた車軸ボルトによって支持した車輪とからなる,基本的な構成態様のものである点 各部の具体的な態様において, (2)取付板は,略矩形状であって,中央に本体取付用主軸の頭部が略円形に現れ,その周囲にベアリング受け溝を略円環状に設けたものである点 (3)本体は,取付板の一辺より短い横幅であって,正面側を上端寄りに余地を残して切り欠いて,本体の側面が,略円筒形状に形成された部分と,平坦面状に形成された軸受部からなる点 (4)車輪は,略倒円柱形である点 (5)軸受部に設けられた車軸ボルトを本体の中心軸よりやや正面側に偏心して設けている点 (6)本体上部と取付板との間のベアリング部周囲に,本体とほぼ同幅で薄い略円柱形状部材を設けている点 (以下,順に「共通点(1)」などという。) [差異点] (イ)車輪の大きさ及び見え方について,本件登録意匠は,車輪の直径が本体の高さよりも短く,車輪の大部分が本体に覆い隠されているのに対して,引用意匠は,車輪の直径が本体の高さよりも長く,車輪の約3/4が本体から露出している点 (ロ)本体の背面側形状について,本件登録意匠は,上端寄りに余地を残して切り欠いて,下広がりに開放する略等脚台形状であるのに対して,引用意匠は,背面方向の形状が不明である点 (ハ)軸受部の形状について,本件登録意匠は,正面側端部をほぼ垂直状とし,円筒形状に形成された部分との上方及び側方の境界線をほぼ直線状として,軸受部を略矩形状としているのに対して,引用意匠は,正面側端部を下方を前方に突出させて傾斜状とし,円筒形状に形成された部分との境界線を上方が前方に傾いた傾斜線状として,軸受部を略三角形状とした点 (ニ)本体の正面側切欠部の形状について,本件登録意匠は,下方に開放した略コ字形状であるのに対して,引用意匠の正面側切欠部の形状は,正面方向の形状が定かではなく,本件登録意匠と同様の略コ字形状であるかが不明である点 (ホ)取付板の態様について,本件登録意匠は,四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸正方形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けているのに対して,引用意匠は,平面方向の形状が定かではなく,四隅の形状や,小円孔の存在について,本件登録意匠と同様であるかが不明である点 (へ)車輪の幅について,本件登録意匠は,車輪の直径よりも短いのに対して,引用意匠は,正面方向の形状が定かではなく,長短が不明である点 (以下,順に「差異点(イ)」などという。)
原告主張の取消事由の要点
1 意匠法3条1項3号について 本件審決は,引用意匠の認定を誤り,本件登録意匠と引用意匠の共通点及び差異点の認定判断を誤った結果,類否判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
(1)共通点の看過及び差異点認定の誤り ア 本体の形状について 本件登録意匠と引用意匠の本体を対比すると,両意匠とも,本体の大部分が略円筒形状をしている点で,その態様を共通にしており,上記本体の態様は,意匠全体において大部分を占め,看者が一瞥で把握し得るものであるから,基本的構成態様に含まれると解するべきである。
本件審決は,本件登録意匠と引用意匠に共通する基本的構成態様として,共通点(1)を認定し,各部の具体的な態様として,共通点(3)において,本体の側面の一部のみが略円筒形状である点のみが共通しているかのように認定したが,基本的構成態様における「略円筒形状の本体」からなるという共通点を看過した誤りがある。
イ 背面方向の形状について 本件登録意匠や引用意匠のような本体を略円筒形とする重荷重用キャスターにおいては,その製造上の必要性から,本体の背面側が大きく切り欠かれるのが通常であること,本件登録意匠のほか,絞り加工により本体を略円筒形に形成された多数の公知意匠において,本体の背面側が下広がりに開放する略等脚台形状に大きく切り欠かれていること(甲3〜5参照)に鑑みると,引用意匠の背面側形状は下広がりに開放する略等脚台形状に切り欠かれているものと解するべきである。
したがって,本件審決が,差異点(ロ)を認定し,また,共通点(3)において,両意匠に共通する点が正面側が切り欠かれていることのみであるかのように認定したのは,本体の切欠部の「背面側が下広がりに開放する略等脚台形状である」という共通点を看過した誤りがある。
ウ 正面側切欠部の形状について 本件斜視図においては,奥手側(右側面側の脚部の形状)を除く正面側切欠部の略3分の2の形状を明確に把握することができる。また,正面側切欠部の両側に位置する脚部は,略倒円柱形の車輪を車軸ボルトに挿通することによって支持する機能を果たすものであること,本件斜視図に現れている左側面側の脚部軸受部に「ナット」が存在することから合理的に解釈すれば,他方にも脚部が存在し,その脚部軸受部には「ボルト」が挿通されていることが明らかである。さらに,引用意匠のような重荷重用キャスターは,左右の脚部を異なる形状にすると荷重が均等にかからなくなり変形など故障の原因となるため,その形状を左右対称にすることが機能上必要であり,現に,本件登録意匠や他の公知意匠においても左右対称に形成されている。これらの事実に鑑みれば,引用意匠の脚部は左右対称に形成されていると解するべきであり,脚部に挟まれて形成される正面側切欠部の形状も左右対称であると解すべきであるから,本件斜視図から把握される形状より,本件登録意匠と同様の略コ字形状であると解するべきである。
したがって,本件審決が,差異点(ニ)を認定したのは誤りであり,本体の切欠部の「正面側が下方に開放した略コ字形状」であるという共通点を看過したものである。
エ 軸受部について 本件登録意匠と引用意匠とは,軸受部が脚部の正面寄り略半分を内側に窪まされることにより形成されているという点で共通していることが明らかであるから,この点は共通点として認定されるべきものである。
本件審決は,共通点(5)として,脚部における車軸ボルトについて認定したにとどまり,「脚部は,正面寄り略半分を内側に窪ませて平坦状の軸受部を形成」しているという共通点を看過した誤りがある。
オ 取付板について 引用意匠は,本件斜視図のみならず,本件カタログの記載を総合して把握すべきであるところ,本件カタログ42頁には,本件斜視図と併せて,車輪径,取付高,取付寸法などの数値が記載されており,これらによれば,引用意匠の取付板は,本件登録意匠の取付板と同様に,四隅が丸く形成され,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔が設けていることが明らかである。
したがって,本件審決が差異点(ホ)を認定したのは誤りであり,取付板は,「四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸矩形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けて」いるという共通点を看過したものである。
カ 車輪の幅と直径の関係について 本件カタログ42頁の本件斜視図並びに車輪径及び車幅についての記載から,引用意匠における車輪の幅が,本件登録意匠と同程度に,車輪の直径よりも短いことは,明白である。
したがって,本件審決が,車輪の形態につき共通点(4)を認定したにとどまり,また,差異点(ヘ)を認定したことは,車輪の「幅(厚さ)が直径よりも短い」という共通点を看過したもので,誤りである。
キ 原告主張の共通点 本件審決が認定した共通点(1)〜(6)のほか,本件審決が看過した共通点(上記アないしカにおいて指摘したもの。)を総合すると,本件登録意匠と引用意匠の正確な共通点は,次のとおりである。(下線部は本件審決が看過した点である。) (A)全体が,水平な略平板状の取付板と,その取付板の下部に,ベアリング部を介して回動自在に設けた略円筒形状の本体 と,本体下端寄りに水平に設けた車軸ボルトによって支持した車輪とからなる,基本的な構成態様のものである点, 各部の具体的な態様において, (B)取付板は,四隅を小円弧状 に隅切 りした 略隅丸矩形状 であって ,四隅寄 りに 取付 ボルト 用の小円孔 を設けており ,中央に本体取付用主軸の頭部が円形に現れ,その周囲にベアリング受け溝を円環状に設けたものである点, (C)本体は,取付板の一辺よりやや短い横幅であって,下側の正面及 び背面側 を切り欠いて ,上部 の円筒部 と,下部 の左右一対 の脚部 とからなる ものである点, (D)車輪は,幅(厚さ)が直径 よりも 短い,略倒円柱形である点, (E)脚部は,正面寄 り略半分 を内側 に窪ませて 平坦状 の軸受部 を形成し,そこに 車軸ボルトを本体の中心軸よりやや正面側に偏心して設けている点, (F)本体の切欠部 は,正面側 が下方 に開放 した 略コ字形状 であり ,背面側が下広 がりに 開放 する 略等脚台形状 である 点, (G)本体上部と取付板との間のベアリング部周囲に,本体とほぼ同幅で薄い円柱形状部材を設けている点。
(以下,順に「原告主張の共通点(A)」などという。) (2)類否判断(共通点及び差異点の評価)の誤り ア 共通点について (ア) 本件審決は,共通点(1)〜(6)について,本件出願前にこの種物品の属する分野において,他にも見受けられる態様であって,格別看者の注意を惹くものとはいい難いから,類否判断に及ぼす影響は微弱に過ぎず,さらに,それらの共通点を纏めても,特段際立った特徴を奏するとはいい難いものであるので,類否判断に及ぼす影響はなお微弱の域を超えるものではない旨評価したが,本件審決の上記判断は,上記(1)で指摘した多数の共通点を看過してなされたものであり,誤りである。
(イ) 原告主張の共通点(A)〜(G)は,両意匠の大部分を構成し,視覚的な印象として両意匠の強い類似性を示しており,類否判断に支配的な影響を与えることは明らかである。
本件登録意匠と引用意匠が,原告主張の共通点(A)〜(G)において共通すること,及び,原告主張の共通点(A)〜(G)の組合せが,本件登録意匠において,意匠全体における支配的部分を占め,意匠的まとまりを形成し,看者の注意を強く惹くものであることは,知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10274号事件の判決(以下「別件判決」という。)において,次のとおり認められているところである。
「本件訴訟において,原告は共通点(1)ないし(7)の組合せが周知のものであるとして,甲4,甲7ないし12,乙4ないし7,乙10を挙げるが,これらの意匠をみるに,これらのうちには共通点(1)ないし(7)のうちいくつかを備え,また,共通点(1)ないし (7)のすべてを 備えるもの (甲4の別紙4に記載 の「FAULTLESS キャスター 」, 甲12 の2枚目上段記載 の意匠)もあることが 認められる 。」「本件において,引用意匠における共通点(1)ないし(7)の組合せが,引用意匠の出願前の公知意匠に既に見られるものであり,また,引用意匠自体が周知となることにより本件登録意匠の出願前に既にありふれたものとなっていたとしても,これらの組合 せが 本件登録意匠及 び引用意匠 において,意匠全体 における 支配的部分 を占め,意匠的 まとまりを 形成 し,看者 の注意 を強く惹くものである ときは,これを両意匠に共通して見られる特徴として類否判断を行うのは,当然というべきである。」(原告注:下線は原告が付加した。なお,本訴における原告主張の共通点(A)〜(G)は,別件判決における共通点(1)〜(7)と同内容であり,本訴における本件登録意匠及び引用意匠は,それぞれ別件判決における「引用意匠」及び「甲4の別紙4に記載の『FAULTLESSキャスター』」である。) イ 差異点について (ア) 差異点(イ)について 差異点(イ)における,車輪の直径が本体の高さよりも短く,車輪の大部分が本体に覆い隠されている態様は,公知の態様であり(甲9),特段看者の目を惹くものではない。そして,車輪の前方端と取付板との位置関係を見れば,本件登録意匠は車輪の前方端が取付板より僅かに内側にある程度であり,引用意匠においても,車輪の前方端が取付板から大きく突出するものではなく,ほぼ同位置にある共通した印象を看者に与えるため,差異点(イ)が形態全体の基調に与える影響はほとんどないというべきである。
したがって,本件審決が,差異点(イ)について,車輪の大きさ及び見え方の差異は類否判断に影響を及ぼすものといえるとしたのは,誤りである。
(イ) 差異点(ロ)について 前記(1)イで指摘したとおり,引用意匠の背面側形状は下広がりに開放する略等脚台形状に形成されていると解するのが妥当であるから,本件審決の差異点(ロ)の評価は,そもそも差異点(ロ)が存在しないという点において誤りである。
また,引用意匠の背面側の形状が不明であるという本件審決の認定を前提としても,本件登録意匠の背面側切り欠きの形状は他の公知意匠とほぼ同じ形状であるから,看者の目を惹くものではなく,類否判断においてほとんど影響を及ぼさないものと解するべきである。
したがって,本件審決が,差異点(ロ)について,この種物品の属する分野においては背面側の形状特徴も重要であることから,この背面側形状の差異は,類否判断に影響を及ぼすものといえると評価したのは,誤りである。
(ウ) 差異点(ハ)について 差異点(ハ)における軸受部の側面視形状の差異は,平坦部の正面側端部について,側面視において比較した場合に看取される程度の傾斜の有無に関する差異であり,およそ看者の目を惹きにくいものである。また,その脚部における平坦部の占める割合も同程度であって,両意匠が,本体略下半分の正面寄りに平坦部を形成して軸受部としている共通性に対して,部分的で微弱な差異に止まり,形態全体の基調に影響を与えるほどの要素でもない。そうすると,軸受部の側面視形状の相違は,仮に両意匠の類否判断に影響を与えるとしても,極めて微弱な影響を与えるに過ぎないと評価すべきである。
したがって,本件審決が,差異点(ハ)について,軸受部の形状の差異は類否判断に影響を及ぼすものといえると評価したのは,誤りである。
(エ) 差異点(ニ)〜(ヘ)について 前記(1)ウ〜カにおいて述べたとおり,そもそも差異点(ニ)〜(ヘ)は存在しないというべきであるから,本件審決が,差異点(ニ)〜(ヘ)について,これらの差異は類否判断に影響を及ぼすとの評価は,その前提を欠くものであって,誤りである。
ウ 類比判断についてのまとめ 本件登録意匠と引用意匠とを比較すると,原告主張の共通点(A)〜(G)は,両意匠の大部分を占め,視覚的な印象として両意匠の強い類似性を示しているものであって,類否判断に支配的な影響を与えるものである。一方,本件審決が認定した差異点のうち,差異点(ロ),(ニ)〜(ヘ)はそもそもこれらを差異点とすること自体が誤りであり,残る差異点(イ)及び(ハ)は,いずれも類否判断に与える影響は微弱なものに過ぎず,これらを総合した効果を考慮しても,類否判断に与える影響は微弱である(仮に差異点(ロ)の存在を前提としても,同様である。)。そうすると,両意匠は,意匠に係る物品が共通し,形態においても,共通点が類否判断に支配的影響を及ぼし,差異点を遥かに凌駕しているので,両意匠が類似することは明らかである。
したがって,本件登録意匠と引用意匠が非類似であるとし,本件登録意匠が意匠法3条1項3号に該当しないとした本件審決は,違法として取り消されるべきである。
2 意匠法3条2項について (1)本件審決の誤り 本件審決は,引用意匠,甲3,甲6ないし甲9の各意匠のいずれにも,本件登録意匠に見られる,車輪の大部分が本体に覆い隠されている構成態様(以下「本件態様@」という。),及び,正面側端部をほぼ垂直状とし,円筒形状に形成された部分との上方及び側方の境界線をほぼ直線状として,軸受部を略矩形状としている構成態様(以下「本件態様A」という。)が存在しないとしたが,本件態様@及びAはいずれも周知の形態若しくは極めてありふれた形状であるから,本件審決の認定判断は誤りである。
(2)本件態様@について 本件態様@は,本体と比べて車輪の径を相対的に小さくし,偏心距離を小さくしたことによるものであるが,本件登録意匠が登場する遥か以前に公開された甲9が既に有する構成態様である。
また,そもそも,本件態様@自体,本件登録意匠独自のものではなく,従来から広く一般に採用されている周知の態様に過ぎない(甲12〜17参照)。
(3)本件態様Aについて 本件態様Aは,軸受部とする平坦部を,あらゆる意匠においてごく普通に使用される,極めてありふれた略正方形状に形成したというだけのものであり,当業者ならば誰でも極めて容易になしうる程度の形状である。
略正方形という形状は,従来からあらゆる物品についてごく普通に採用されている極めてありふれた形状であり,軸受部を略正方形状にすることに何ら困難性はなく,当業者であれば,ごくありふれた普通に用いられる「略正方形状」を軸受部の形状として表すことは極めて容易にできる。
被告は,「略正方形状の軸受部」が,他の構成要素と総合して,「堅牢な印象」となると主張するが,「略正方形状」という形状について「堅牢」のイメージは一般的に認識されていないし,仮に他の構成要素と総合して「堅牢な印象」となることがあるというのだとしても,それは軸受部形状とは無関係である。
(4)まとめ このように,本件態様@及びAが,従来意匠にないとして,周知の形態に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものとはいえないとした本件審決の認定判断は,誤りであり,本件登録意匠は,当業者が日本国内において広く知られた形状等に基づいて容易に創作をすることができたものである。
したがって,本件登録意匠が意匠法3条2項に規定する意匠に該当しないとした本件審決は取り消されるべきである。
被告の反論の要点
1 意匠法3条1項3号について (1)共通点の看過及び差異点認定の誤りについて 本件審決による共通点及び差異点の認定は正当であり,原告主張の誤りは存しない。
ア 本体の形状について 本件審決は,本体の側面視形状について,共通点(3)において,略円筒形状に形成された部分と,平坦面状に形成された軸受部からなる点を共通点と認定し,かつ本体の背面側形状については,引用意匠の背面視形状が不明であるから対比できないと認定している(差異点(ロ))のであり,これらの認定は正当であって,本件審決の認定に原告主張の誤りはない。
イ 背面方向の形状について 本件斜視図からは,引用意匠の背面方向の形状が不明であることは明らかであり,これを他の公知意匠の形態から推測して認定することができないことは当然である。そして,不明である引用意匠の背面側の形態を含めて本件登録意匠と対比することができないことも当然である。したがって,本件審決の認定に原告主張の誤りはない。
なお,原告は,多数の公知意匠において,本体の背面側が下広がりに開放する略等脚台形状に大きく切り欠かれているとして,甲3〜5の意匠を挙げるが,これらは,むしろ,本体の背面側形状が様々であることの証左である。
ウ 正面側切欠部の形状について 本件斜視図からは,引用意匠の正面方向の形状が不明であることは明らかであり,これを他の公知意匠の形態から推測して認定することができないことは当然であるから,本件審決の認定に原告主張の誤りはない。
エ 軸受部について 本件斜視図から明らかに認定できる引用意匠の側面側の形態に基づくとき,両意匠の共通点を原告主張のように認定することはできない。本件審決は,本件斜視図により現された引用意匠から明らかに認定できる側面側の形態に基づいて,本体の側面側の形態について,「本体の側面が,略円筒形状に形成された部分と,平坦面状に形成された軸受部からなる点」を共通点として認定しているのであって,本件審決の認定に原告主張の誤りはない。
オ 取付板について 本件斜視図からは,引用意匠の平面方向の形状が不明であることは明らかであり,本件審決の認定に原告主張の誤りはない。
カ 車輪の幅と直径の関係について 本件斜視図からは,引用意匠の正面側の形態が定かでなく,車輪の幅,直径の長短も不明であるから,本件審決の認定に原告主張の誤りはない。
キ 原告主張の共通点について 原告は,本件審決が共通点として認定した構成に加え,原告主張の共通点(A)〜(G)(前記第3,1(1)キ)における下線部分の構成を共通点として認定すべきであると主張するが,当該下線部分の構成は,上記(1)のとおり,共通点として認定すべき構成ということができないから,本件審決が共通点を看過してなされたものということはできない。
原告は,本件登録意匠と引用意匠が原告主張の共通点(A)〜(G)において共通することは,別件判決において認定されていると主張するが,同判決は,本件登録意匠と引用意匠を直接詳細に検討したものではなく,本件審決が原告主張の共通点(A)〜(G)の構成態様のすべてを共通点と認定しなかった点に誤りはない。
(2)類否判断(共通点及び差異点の評価)の誤り ア 共通点について (ア) 上記(2)のとおり,本件審決が共通点を看過したものとはいえない。
(イ) 仮に原告主張の共通点(A)〜(G)を前提としたとしても,後記イのとおり,本件登録意匠と引用意匠の差異点(イ)〜(ヘ)には,原告主張の共通点を超えて看者の注意を惹く特徴的部分があるのであり,原告主張の共通点が類否判断に支配的な影響を与えるものであるということはできないから,本件審決の結論に影響するものではない。
なお,原告が引用する別件判決の説示のうち,「これらの組み合わせが,・・・意匠全体における支配的部分を占め,意匠的まとまりを形成し,看者の注意を引くものである」との点は,別件判決の判断の対象となった登録意匠(原告が保有する登録第1192386号意匠)と引用意匠(本件登録意匠)の対比についての記述であり,本件登録意匠と引用意匠の対比についてのものではない。また,上記説示は,原告の上記登録意匠が,当該「組み合わせ」を超えて,他に看者の注意を惹く点がないとの評価を前提にした記述であって,本件登録意匠と引用意匠との関係に妥当するものではない。
イ 差異点について (ア) 差異点(イ)について 本件審決が指摘したとおり,車輪の大きさ及び見え方については,本体と車輪の関係という視覚的に目立つ部位の構成態様であり,またこの種の重荷重用キャスターの需要者が,キャスターの選択に当たり最も高い関心を持つ耐荷重性,取付高さ等のキャスターの性能に直接関係する構成態様であることから,看者の注意を最も強く惹く構成態様である。したがって,この差異点は,類否判断に大きな影響を及ぼすものということができる。
また,車輪の大部分が本体に覆い隠されている態様は,引用意匠はもとより,甲9にも現れておらず,原告の主張はその前提において誤りである。
(イ) 差異点(ロ)について 本件斜視図からは,引用意匠の背面方向の形状が不明であること,これを他の公知意匠の形態から推測して認定することができないことは,前記(1)イのとおりであり,また原告がいう多数の公知意匠を代表すると解される甲3〜5の意匠を参照すれば,本件登録意匠と顕著に相違する種々の背面側の切欠形状が見られるのであり(少なくとも等脚台形状のものはみられない。),かえって,引用意匠の背面側が,下広がりに開放する略等脚台形状に形成されていると解するのが困難であることも,前記(1)イのとおりである。
よって,原告の主張は失当である。
(ウ) 差異点(ハ)について 原告は,差異点(ハ)について,およそ看者の目を惹きにくいものであると主張するが,誤りである。
本件登録意匠は,軸受部(車軸ボルト)の上方と側方に明瞭に円筒形状部分が存在し,軸受部(車軸ボルト)が円筒形状部に囲まれている強い視覚的印象を看者に与える。これに対して,引用意匠は,軸受部が上下方向に相対的に細長い印象を看者に強く与え,軸受部(車軸ボルト)の上方と側方に円筒形状が明瞭に存在せず,軸受部(車軸ボルト)が円筒形状部に囲まれている視覚的印象がない。
このように,差異点(ハ)は,本件登録意匠の耐荷重性能の高さを看者に印象づけるのに対し,引用意匠の耐荷重性能の相対的低さを看者に印象づける。この種の重荷重用キャスターの需要者は,商品の選択に当たって,耐荷重性能の高さを重視するから,需要者である看者が,差異点(ハ)に注目することは必定である。したがって,差異点(ハ)は,両意匠の類否判断に決定的な影響を及ぼすものといえるのである。
(エ) 差異点(ニ)〜(ヘ)について 前記(1)エ〜カのとおり,本件審決の差異点(ニ)〜(ヘ)の認定はいずれも相当であるから,これが誤りであることを前提とする原告の主張は失当である。
ウ 類比判断についてのまとめ 以上のとおりであるから,仮に原告主張の共通点(A)〜(G)を前提としたとしても,本件登録意匠と引用意匠は,形態において,差異点が両意匠の共通点を凌駕して類否判断を左右するとした本件審決の結論に影響するものではない。
2 意匠法3条2項について 本件審決の認定及び判断はいずれも正当であり,原告主張の誤りは存しない。
(1)本件態様@について 原告は,本件態様@について,甲9が既に有する構成態様であると主張するが,甲9の意匠が本件態様@を有していないことは,明らかである。
また,原告は,車輪の大部分が本体に覆い隠されている構成態様が周知であるとし,甲12〜17をも挙げるが,これらの意匠に係るキャスターは,いずれも本件登録意匠に係るキャスターとは,用途も形態も全く異なる別の系統に属するものであり,本件登録意匠の形態の周知性を示すものではない。
(2)本件態様Aについて 原告は,本件態様Aについて,「軸受部とする平坦部を,あらゆる意匠においてごく普通に使用される,極めてありふれた略正方形状に形成したというだけのもの」であり,当業者が容易に創作をすることができる程度のものであるというが,この構成態様が本件登録意匠における他の構成態様と総合して奏する意匠的印象,例えば,堅牢な印象は,他の公知又は周知のキャスターの形態には見られない,本件登録意匠のみが奏する特異の意匠的印象であるから,本件登録意匠が,周知形態に基づいて当業者が容易に創作をすることができたものとはいえない。
当裁判所の判断
1 意匠法3条1項3号について (1)共通点の看過及び差異点認定の誤りについて ア 本体の形状について 原告は,本件審決が,本体の大部分が略円筒形状をしている点を本件登録意匠と引用意匠に共通する基本的構成態様として認定せず,共通点を看過した誤りがある旨主張する。
まず,本件審決は,本体の側面視形状について,共通点(3)において,略円筒形状に形成された部分と,平坦面状に形成された軸受部からなる点を共通点として認定しており,本件登録意匠と引用意匠を対比すれば,この認定自体には何ら誤りはない。
一方,本件審決は,本体の背面側形状について,差異点(ロ)において,引用意匠の背面視形状が不明であるから対比できないと認定したものであり,この認定に誤りがないことは,後記イのとおりである。
そうすると,引用意匠の基本的構成態様として,その本体の大部分が略円筒形状をしているとにわかに断定することはできないというべきであり,本件審決が原告主張の共通点を看過したということはできない。
イ 背面方向の形状について 原告は,本件審決が,差異点(ロ)を認定し,また,共通点(3)において,両意匠に共通する点が正面側が切り欠かれていることのみであるかのように認定したのは,本体の切欠部の「背面側が下広がりに開放する略等脚台形状である」という共通点を看過した誤りがある旨主張する。
ところで,本件審判において引用意匠とされた,本件出願前に日本国内又は外国において公然知られ,又は頒布された刊行物記載された意匠は,本件カタログ42頁の中央左に所載の,LOW PROFILE CASTERSと記載された「キャスター」の意匠であって,形態は,本件斜視図により現されたとおりのもの(別紙審決書写し7頁6行〜12行,同添付の別紙第二参照。)であり(なお,原告は,本件審決における,引用意匠についての上記認定を争っていない。),キャスターの現物そのものによって現される意匠(甲11参照)ではない。
そして,本件カタログの記載を参酌しても,本件斜視図に現された引用意匠の背面方向の形状を確定することはできないし,かように不明である引用意匠の背面側の形態を含めて本件登録意匠と対比することはできないから,本件審決の認定に誤りがあるとはいえず,本件審決に原告主張の共通点を看過した誤りはない。
この点について,原告は,重荷重用キャスターの製造上の必要性及び甲3〜5などの公知意匠に見られる形状の共通性に鑑みれば,引用意匠の背面側形状も,公知意匠と同様に下広がりに開放する略等脚台形状に切り欠かれていると解するべきである旨主張する。しかし,甲3〜5の各意匠において背面側形状が等脚台形状ということはできないし,そもそも引用意匠自体の形状が特定できないときにこれを他の公知意匠の形態から推測することは相当でなく,原告の主張は採用することができない。
ウ 正面側切欠部の形状について 原告は,本件審決が,差異点(ニ)を認定したのは誤りであり,本体の切欠部の「正面側が下方に開放した略コ字形状」であるという共通点を看過したものである旨主張する。
しかし,本件斜視図それ自体からは,奥手側(右側面側の脚部の形状)を明確に把握することができないことが明らかである。
なるほど,本件斜視図に現れているナットの存在は,原告が指摘するとおり,他方にも脚部が存在することを推測させるものであり,また,引用意匠のような重荷重用キャスターには,使用時に大きな荷重がかかることが予想されないではない。しかしながら,だからといって直ちに,引用意匠において脚部に挟まれて形成される正面側切欠部の「形状」が必ず左右対称であるとまで,にわかに断定することはできないというべきであり,本件斜視図により現されたものを引用意匠とする以上,明確に把握することができない奥手側(右側面側の脚部の形状)を推測によって特定して,本件登録意匠と対比することは相当でない。
したがって,本件審決が,引用意匠における本体の正面側切欠部の形状について,差異点(ニ)において「本件登録意匠と同様のコ字状であるかが不明である点」との認定をしたことに誤りはなく,本件審決に原告主張の共通点を看過した誤りがあるとはいえない。
エ 軸受部について 原告は,本件審決が,本件登録意匠と引用意匠とは,軸受部が脚部の正面寄り略半分を内側に窪まされることにより形成されているという共通点を看過したと主張する。
しかし,上記ウのとおり,引用意匠を現している本件斜視図においては,奥手側(右側面側の脚部の形状)を明確に把握することができず,また,引用意匠において脚部に挟まれて形成される正面側切欠部の形状が左右対称であるとにわかに断定することはできないのであるから,左側面側についてはともかく,引用意匠の右側面側について,軸受部が脚部の正面寄り略半分を内側に窪まされると断定することはできない。
したがって,本件登録意匠と引用意匠の対比において,軸受部について共通して認めることができる車軸ボルトの位置関係のみを共通点として認定した本件審決の認定は相当であり,本件審決に原告主張の共通点を看過した誤りはない。
オ 取付板について 原告は,本件審決が差異点(ホ)を認定したのは誤りであり,取付板は,「四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸矩形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けて」いるという共通点を看過したものである旨主張する。
前記のとおり,引用意匠は,本件カタログによって特定されるものであるから,その認定に当たっては,本件斜視図のみでなく,本件カタログに記載された文章等による表現をも参酌することができるものというべきである。
そして,本件斜視図からは,やや不鮮明ながら,取付板の四隅が丸く形成され,四隅に円孔が存在することがうかがわれるところ,甲1の1によれば,本件カタログ42頁には,本件斜視図のほかに,車輪径,取付高,取付寸法などの数値(取付寸法:2-3/8″×3-3/8″(round hole)/取付座:3-5/16″×4-5/16″)の記載があることが認められる。このことからすれば,引用意匠の取付板は,本件登録意匠の取付板と同様に,四隅が丸く形成され,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けているものということができる。
したがって,本件審決が,引用意匠における取付板の態様について,差異点(ホ)として「本件登録意匠と同様であるか不明である点」と認定したことは誤りであり,取付板の態様について,両意匠は,四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸正方形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けているという点において,共通するものというべきであるから,本件審決はこの共通点を看過したものといわなければならない。
カ 車輪の幅と直径の関係について 原告は,本件審決の差異点(ヘ)の認定は誤りであり,車輪の幅(厚さ)が直径よりも短いという共通点を看過した旨主張する。
まず,本件斜視図からは,側面方向と正面方向の正確な縮尺が明らかでないため,引用意匠における車輪の幅と車輪の直径の正確な大小関係を確定することは困難である。
しかしながら,甲1の1によれば,本件カタログ42頁,74頁には,車輪径3インチ,車幅1-13/16インチの記載があることが認められ,引用意匠における車輪の幅が本件登録意匠と同程度に「車輪の直径よりも短い」ということができる。
したがって,本件登録意匠と引用意匠は,いずれもその車輪の幅(厚さ)が直径よりも短い点において,共通していると認められ,本件審決が,差異点(ヘ)として,引用意匠における車輪の幅について「長短が不明である点」と認定したことは誤りであり,原告指摘の共通点を看過したものというべきである。
キ 以上のとおり,引用意匠の背面方向の形状及び正面側切欠部の形状を不明とした本件審決の認定に誤りはなく,また,本件審決が,軸受部が脚部の正面寄り略半分を内側に窪まされることにより形成されているという点を共通点として認定しなかったことにも誤りはないが,本件登録意匠と引用意匠は,いずれもその車輪の幅(厚さ)が直径よりも短い点(以下「共通点@」という。),及び,取付板が四隅を小円弧状に隅切りした略隅丸正方形状であって,四隅寄りに取付ボルト用の小円孔を設けているという点(以下「共通点A」という。)においても,共通するものというべきであり,本件審決はこれらの点を看過するとともに,差異点(ヘ)及び(ホ)を誤って認定したものというべきである。
そこで,上記の誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすものであるか否かについて,さらに検討する。
(2)類否判断(共通点及び差異点の評価)の誤りについて ア 共通点について (ア) 上記(1)で説示したとおり,本件登録意匠と引用意匠は,本件審決が認定した共通点に加え,共通点@及びAにおいても,共通するものというべきである。
しかしながら,両意匠を全体として観察した場合において,共通点@の点は,引用意匠についてはともかく,少なくとも車輪の大部分が本体に覆い隠されている本件登録意匠においては,視覚的に目立たないところであり,共通点Aは,この種の重荷重用キャスターにおいて特徴的形態とはいえないし,視覚的に目立つ部分でもないから,共通点@及びAのいずれの点も,格別看者の注意を惹くものとはいい難く,類否判断に及ぼす影響は微弱に過ぎない。
そして,両意匠を全体として観察すると,両意匠の基本的な構成態様である共通点(1)はもとより,具体的な態様に係る共通点(2)ないし(6)は,いずれもこの種物品の用途,使用態様などに伴い一般に見受けられる態様であって(甲6,甲7など),特に看者の注意を惹く特徴ある部分とはいい難く,また,これらと上記の共通点@及びAを纏めても,特段際立った特徴を奏するとはいい難いものである。そうすると,共通点@及びAの存在を加味して考えても,両意匠の共通点が類否判断に及ぼす影響は微弱なものにとどまるというべきである。
(イ) 原告は,原告主張の共通点(A)〜(G)の存在を前提として,それらは両意匠の強い類似性を示しており,類否判断に支配的な影響を与えることは明らかである旨主張するが,本件登録意匠と引用意匠との共通点は,前記のとおり,本件審決が認定した共通点(1)ないし(6)に加え,共通点@及びAの限度で認められるにとどまり,原告が主張するその余の共通点は認められないから,原告の上記主張は,その前提において失当といわざるを得ない。
なお,原告は,両意匠が原告主張の共通点(A)〜(G)において共通することは,別件判決において認められているところであると主張するが,原告が引用する別件判決の説示は,引用意匠等の多数の公知意匠が上記(A)〜(G)の構成態様を備えていることを挙げてなされた,「ありふれた形態であるから,その共通性を理由に類否判断するのは誤りである」旨の主張に対して,「既にありふれたものとなっていたとしても」,対比すべき両意匠において,「意匠全体における支配的部分を占め,意匠的まとまりを形成し,看者の注意を強く惹くものであるときは,これを両意匠に共通して見られる特徴として類否判断を行うのは,当然というべきである」との判断を示す上で,引用意匠に言及したに過ぎないものであって,本件登録意匠と引用意匠との類否を厳密に検討して判示したものでないことは,その説示に照らして明らかであり,本件登録意匠と引用意匠との類否が争われている本訴において,原告主張の共通点(A)〜(G)を認定する根拠となるものではない。また,原告が引用する別件判決の説示のうち,「これらの組み合わせが,・・・意匠全体における支配的部分を占め,意匠的まとまりを形成し,看者の注意を強く惹くものである」との点は,別件判決の判断の対象となった登録意匠(原告が保有する登録第1192386号意匠)と引用意匠(本件登録意匠)の対比に関する説示であり,本訴における本件登録意匠と引用意匠の対比についてのものではない。
イ 差異点について (ア) 差異点(イ)について 原告は,本件審決が認定した差異点(イ)の存在を前提とした上で,車輪の直径が本体の高さよりも短く,車輪の大部分が本体に覆い隠されている態様は,甲9に見られるように,既に公知の態様であり,特段看者の目を惹くものではないから,車輪の大きさ及び見え方の差異が類否判断に影響を及ぼすとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,車輪の大部分が本体に覆い隠されている態様は,引用意匠はもとより,甲9にも現れておらず,原告の主張はその前提において誤りである。
そして,本件審決が指摘したとおり,車輪の大きさ及び見え方については,本体と車輪の関係という視覚的に目立つ部位の構成態様であるから,看者の注意を最も強く惹く構成態様というべきである。そうすると,差異点(イ)は,類否判断に大きな影響を及ぼすものというべきである。
したがって,差異点(イ)についての本件審決の判断に原告主張の誤りはない。
(イ) 差異点(ロ)について 原告は,本件審決が認定した差異点(ロ)の存在を争う一方,その存在を前提としたとしても,本件登録意匠の背面側切り欠きの形状は,他の公知意匠とほぼ同じ形状であるから,看者の目を惹くと評価できるものではなく,類否判断にほとんど影響を及ぼさない旨主張する。
しかし,本件審決における差異点(ロ)の認定に誤りがないことは,前記(1)イのとおりであるから,引用意匠の背面方向の形状が不明であり,上端寄りに余地を残して切り欠いて,下広がりに開放する略等脚台形状である本件登録意匠の背面側形状との対比はできないとする本件審決の判断は正当であり,また,この種物品の属する分野において,背面側の形状特徴がおよそ重要でないとまではいえないから(なお,原告が同じ形状の公知意匠として引用する甲3〜5の各意匠は,いずれもその背面側形状が本件登録意匠のような等脚台形状のものとはいえない。),背面側形状の差異が類否判断に影響を及ぼすものといえるとした差異点(ロ)についての本件審決の判断に誤りはない。
(ウ) 差異点(ハ)について 原告は,本件審決が認定した差異点(ハ)の存在を前提とした上で,軸受部の側面視形状の差異は,看者の目を惹きにくいものであり,両意匠が,本体略下半分の正面寄りに平坦部を形成して軸受部としている共通性に対して,部分的で微弱な差異に止まり,形態全体の基調に影響を与えるほどの要素でもないから,類否判断に与える影響は微弱であるというべきで,差異点(ハ)の評価についての本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,本件登録意匠においては,軸受部(車軸ボルト)の上方と側方に明瞭に円筒形状部分が存在し,軸受部(車軸ボルト)が円筒形状部に囲まれているという視覚的印象を看者に与える。これに対して,引用意匠においては,軸受部が上下方向に相対的に細長い印象を看者に強く与え,軸受部(車軸ボルト)の上方と側方に円筒形状が明瞭に存在せず,軸受部(車軸ボルト)が円筒形状部に囲まれているという視覚的印象を与えない。このように,両意匠は,差異点(ハ)に係る軸受部の形状の差異に伴って,看者に異なった視覚的印象を与え,異なる美感を醸し出しているものということができるのであり,類否判断に与える影響が微弱であるとはいえない。
したがって,差異点(ハ)は類否判断に影響を及ぼすとの本件審決の判断に原告主張の誤りはない。
(エ) 差異点(ニ)について 前記(1)ウにおいて説示したとおり,本件審決が差異点(ニ)を認定したことに誤りはなく,当該認定が誤りであることを前提とする原告の主張は失当であって,差異点(ニ)が類否判断に影響を及ぼすものといえるとした本件審決の判断に誤りはない。
(オ) 差異点(ホ)及び(ヘ)について 前記(1)オ及びカにおいて説示したとおり,本件審決が差異点(ホ)及び(ヘ)を認定したことは誤りであるから,これらの差異が類否判断に影響を及ぼすものとした本件審決の判断も誤りである。
類否判断についてのまとめ 以上によれば,本件審決の差異点(イ)ないし(ニ)についての意匠的判断は正当であるが,差異点(ホ)及び(ヘ)の存在を前提とした意匠的判断は誤りである。
しかしながら,差異点(イ)ないし(ニ),特に差異点(イ)及び(ハ)は,本件登録意匠と引用意匠に共通するとした態様を覆す程の印象を看者に与えるものであって,両意匠の醸し出す形態全体の印象を異にする程の差異感を奏するものというべきであり,差異点(ロ)及び(ニ)と相まって,両意匠の全体的な意匠的美感を異ならせるものということができる。そうすると,差異点(イ)ないし(ニ)は,両意匠の共通点を凌駕して類比判断に支配的な影響を与えるものというべきであり,本件登録意匠は引用意匠に類似する意匠とはいえないとした本件審決の判断は,その結論において相当であるということができるから,本件審決が,前記のとおり,共通点@及びAを看過して差異点(ホ)及び(ヘ)を認定したことの誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすものではないというべきである。
2 意匠法3条2項について (1)本件態様@について 原告が,本件態様@についての公知意匠であると主張する甲9は,前記1(2)イ(ア)のとおり,車輪の大部分が本体に覆い隠されている構成態様を有するものではない(なお,原告が,本件態様@の周知例と主張する甲12〜17は,一見して本件登録意匠とはかなり異なる印象を与えるものである。)。
したがって,原告が創作容易との主張の根拠とする引用意匠,甲3,甲6〜9の各意匠のいずれにも本件態様@が存在しないとした本件審決の認定に,原告主張の誤りがあるとはいうことはできない。
(2)本件態様Aについて 原告は,本件態様Aについて,軸受部とする平坦部を,あらゆる意匠においてごく普通に使用される,極めてありふれた略正方形状に形成したというだけのものであり,当業者ならば誰でも極めて容易になしうる形状であると主張するが,原告が創作容易との主張の根拠とする引用意匠,甲3,甲6〜9の各意匠のいずれにも,正面側端部をほぼ垂直状とし,円筒形状に形成された部分との上方及び側方の境界線をほぼ直線状として,軸受部を略矩形状としている構成態様が存在しないことは明らかであるから,本件審決の認定に,原告主張の誤りがあるとはいうことはできない。
(3)まとめ そうすると,本件登録意匠に対し,引用意匠,甲3,6〜9の各意匠を比較した場合において,それらの意匠のいずれにも,本件登録意匠に見られる,車輪の大部分が本体に覆い隠されている構成態様,及び,正面側端部をほぼ垂直状とし,円筒形状に形成された部分との上方及び側方の境界線をほぼ直線状として,軸受部を略矩形状としている構成態様が存在しないので,本件登録意匠が,上記意匠が有する周知の形態に基づいて容易に意匠の創作をすることができたものとはいえない旨判断した本件審決に,原告主張の誤りがあるとはいえないというべきである。
3 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その他,本件審決に,これを取り消すべき誤りは認められない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 佐藤久夫
裁判官 嶋末和秀
裁判官 沖中康人